第12話 可憐の懸念


 宿の部屋で入浴を済ませた可憐は、脱衣所で自慢の黒髪を丁寧に拭いていた。

 ふと大きな鏡が目に入り、何気なくその前に立つ。

 鏡に映るのは、下着姿の自分。

 今までなかったくびれがわずかに出現し、下腹についていた浮き輪のような肉もだいぶ小さくなった。

 太ももや二の腕も、明らかに細くなっている。

 立派だった顔回りも、だいぶスッキリとして輪郭がはっきりしてきた。


(やっぱり……日に日に痩せていってる)


 それも当然といえば当然である。

 間食を再開したとはいえ、その内容は先日買った蜂蜜と、ジークが気を利かせて買ってきてくれるようになった飴やクッキーといったちょっとしたもの。

 可憐が大好きだった、ポテトチップスや生クリーム入りチョコレート、ロールケーキ、ドーナツといった高カロリーなものとはすっかり縁がなくなってしまった。

 夜になると疲れて眠ってしまうため、夜中に食べるということも滅多にない。

 何より、あの魅惑的なコンビニがないということが一番大きいだろう。あれば絶対に行きたくなる。そして食べる。


(別に痩せるのが嫌なわけじゃないし、むしろ痩せたほうが体が軽いし旅をするにはいいのだけど……)


 服に関しては、もともとゆったりとした前合わせのワンピースを帯で結んでいるので、体型が変わってもそう困らない。

 ただ、ジークがどう思うか。それが気になった。

 どう見ても女性にもてまくっているであろうジークのような男性が、最初から可憐に優しくし、あれこれ美味しいものを食べさせてくれる。

 もちろん、それは彼が真面目で優しい紳士だからというのはわかっている。

 だが、彼が時折見せる甘い笑みは、可憐には馴染みのないものだった。

 それは恋愛経験のない自分の勘違いかもしれないと思いつつも、もしそうだったとしたら。


(ジークさんは……もしやぽっちゃり専?)


 あれこれ食べさせてくれようとするのも。

 今までモテたことがない可憐に対して時折甘い雰囲気を見せるのも。

 もしやそれ系? と。

 日本にもそういう嗜好の男性がいるのは知っているが、可憐の周囲にはいなかったため、よけいにそう思った。


 あれこれ考えてあまり眠れなかった一夜を過ごし、第三の神殿へと向かう馬車の中。

 可憐は、ジークに思い切って聞いてみることにした。

 くよくよ一人で悩んですれ違うのは好まない。それならズバッと聞いてしまえばいいという判断だった。

 とはいえ、「ぽっちゃり専ですか?」とは聞けない。

 隣に座るメッシーの首のモフモフを触りながら、「そういえば、ジークさん」と切り出した。


「最近、私……どんどん痩せてきているんです」


「そう言われてみればそうですね」


 彼はうれしそうということも残念そうということもなく、ただいつもの穏やかな表情でそう答えた。

 

「私……このままいったらスレンダー美人になってしまうかもしれません」


「そうなのですか」


「会社の健康診断……ええと、医師の診断によると、このまま太り続けると早死にすると言われていました」


「!」


 ジークの表情が曇る。


「あ、このまま太り続ければということですから、大丈夫ですよ。体感ですが、危険な域は脱したのではないかと。ぽっちゃりな自分もかわいくて好きですが、太りすぎはやっぱり健康によくないので、その点はよかったのかなと思います」


「それはいいことですね。カレン様にはお元気でいてほしいですから」


 ジークがうれしそうな顔をする。

 その表情の変化に、可憐はくらくらした。


「その……ジークさんは痩せている女性についてどう思いますか? 痩せていた方がいい、といったような……」


 ぽっちゃりしているほうが好きなのか。

 痩せているほうが好きなのか。

 そのどちらであっても、複雑な心境になるだろうと思われた。だが。


「お元気でいてくださることが何より大事ですから、健康に悪いのでなければどのような体型でも関係ありません」


 ジークが優しく微笑する。

 可憐の過労気味な心臓が、ズキュンと音をたてた。


(子供の頃から馬鹿にされてきたから、どちらかというと男性は苦手だったのに。この世にこんな男性がいるなんて……)


 赤くなった顔を見られないよう、隣に座るメッシーに顔を向ける。

 「かわいいねーメッシーかわいいねー」とモシャモシャ撫でるが、わかりやすい誤魔化しにメッシーは物言いたげな目で可憐を見上げるだけだった。


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