第39話 その手の温もりに


「殿下のお気持ちは、よくわかりました」


 少しうつむきがちにはにかむ。まるで照れているように。

 もちろん演技である。


「おお、そうか、わかってくれたか」


 可憐の態度の急変にも疑問を抱かない王子に、笑いそうになる。


「ですが……私にもどうしても譲れない点があるのです」


「それは何だ?」


「私、実はペットを飼っておりまして。かわいいあの子たちを大事にしてくださらない方とは、結婚することができません」


 それを聞いて、ジークとセーラが後ろで小さく笑いを漏らす。


「ペットだと? なんだそんなことか」


「私を……ペットごとかわいがってくださいますか?」


 笑みを浮かべる可憐に、王子がごくりと喉を鳴らす。


「ああ、もちろんだ。約束する」


 その言葉を聞いて、可憐の笑みが不敵なものに変わった。


「それを聞いて安心しました。メッシー、小梅ちゃん!」


 可憐がの名を呼ぶと、白い子犬がどこからともなく走ってきて、白いオカメインコが可憐の肩にそっと乗った。


「ふ、愛らしい獣たちではないか」


「そうでしょう? 自慢の子たちです」


 王子に笑みを向けながら、ジークとセーラを聖女バリアで包み込む。

 そしてすかさずデスボイスで歌い始めた。

 王子と物陰にいた青騎士たちは体から力が抜けてがくりと膝をつき、メッシーと小梅ちゃんはムクムクと大きくなっていく。


「う、うわっ、化け物!」


「さあ、殿下。私のペットをかわいがってくださいませ」


 小梅ちゃんが王子のすぐ上をぐるぐると旋回する。

 メッシーは動けない王子にのしのしと近づいて、低く唸り始めた。

 青騎士たちが慌てて剣を抜いて近づいてこようとするが、うまく力が入らないらしくジークとセーラに足を引っかけられてあっさりと転ぶ。

 王子は腰が抜けたまま後ずさりした。


「あら、なぜ逃げようとなさるのですか? 私のペットをかわいがってくださるのでしょう?」


「な、なにを馬鹿なことを。これは魔獣ではないか!」


「私が浄化しましたので今は聖獣です。女神様よりいただいた大切なペットなのですよ。ただ、私への忠誠心が強すぎて、私が不快に思った相手を攻撃してしまうかもしれません。もちろん獣なので身分も権力も法律も通用しません」


「な、なん……だと……」


「それでも私を望まれますか? 命をしてまで私を欲するというのなら、私も殿下のお気持ちにお応えしましょう」


 王子ががくりとうなだれる。

 可憐の覚悟を感じ取ったのだろう。


「……私が悪かった。二度とそなたに近づいたりしない。だから許してくれ……」


「ご理解いただけてうれしいです」


 とそこで、「これは何事だ!?」という声が響く。

 声がしたほうを見ると、王が青騎士団長を連れて、慌てた様子でこちらに向かってきているところだった。


「魔獣!?」


 メッシーと小梅ちゃんを見て、青騎士団長が剣を抜く。


「ご安心ください。これは聖獣です」


 そう言って、可憐は高い声で歌う。

 メッシーと小梅ちゃんは元のサイズに戻った。

 王子も脱力感は消えたはずだが、腰が抜けたままになっている。


「一体何があったのだ」


 王が周囲を見回して、戸惑った顔で言う。


「殿下がなんとしてでも私を側室にと望まれたので、女神様より授けられし私のペットをご紹介したのです」


 さすがは国王、それだけですべてを察したようだった。

 重々しくため息をつく。


「……すまなかった、聖女殿。国を救ってくれた女性に対し、よもやこのような無礼を働くとは。アレックスは一から教育しなおし、それが終わるまでは王宮から一歩も出さない。それでも次期王に相応しい人間にならなければ、私の甥に王位を譲ることとする」


「そ、そんな!?」


「黙っていろアレックス。息子が愚かで情けない男に育ってしまったのは、ひとえに私のせいだ。どうか許してほしい」


「陛下のお心遣いに感謝します」


 王と王子、青騎士たちが去り、庭園には可憐とジーク、セーラ、ペットたちだけになった。

 セーラが「さーて」と声をあげる。


「メッシーと小梅ちゃんは私と一緒においで。カレン様を守ったご褒美に、美味しいお肉や木の実をあげるよ~」


「わふっ!」


「ワーイ」


「じゃあわたしたちはこれでぇ」 


 むふふぅ、と笑って、セーラがペットたちと去っていく。

 そしてジークと二人きりになった。


「大丈夫ですか、カレン様。お役に立てず申し訳ありません」


「何を仰るんですか。私をかばってくれて、本当にうれしかったです」


 彼の顔を見ていると、気が緩んだのか急に疲れが出てくる。


「お疲れのようですね」


「殿下もそうですけど、ここ数日ちょっと……慌ただしくて」


 ジークの眉がぴくりと動く。


「……もしや、殿下のほかにもあなたに言い寄る男が?」


「あー、なんというか。もう済んだことだし、気にしないでください」


 誤魔化すように可憐が笑う。

 十代の頃などは、物語の主人公のように様々な男性に言い寄られることに憧れたこともあったが、実際にそうなってみると振る罪悪感やしつこくされる嫌悪感で疲れるばかりだった。

 結局、心を満たすのは一人だけ。そう、目の前の……。


「旅を終えて以降、様々な男がカレン様を手にしようと動いているようですね」


「えーと。でもまあ、それも今ので終わりですよ」


「……いいえ。もう一人残っています」


「もう一人?」


 首をかしげる可憐の前で、ジークは片膝をついた。


「カレン様。あなたが好きです。どうか私と結婚を前提にお付き合いしていただけませんか」


「……!」


 可憐の心臓が、激しく動き出す。


「私はあなたと共に歩み、笑い合い、美味しいものをたくさん食べる人生を夢見ています。剣の腕しか取り柄のない男ですが、あなたを想う気持ちだけは誰にも負けません」


「一緒に……美味しいものをたくさん食べてくれるんですか?」


「はい、もちろん」


「旅も終わったことだし、また太ってしまうかもしれませんよ?」


「体型がどうであれ、カレン様はカレン様です。今の美しいお姿も以前のかわいらしいお姿も好きですし、何よりもあなたの心に惹かれているのです。あなたがこの先どう伸び縮みしようが、この気持ちは変わりません」


 その言葉に胸がいっぱいになり、可憐の瞳が潤む。

 ずっと想ってきた相手に好きだと言ってもらえることが、こんなにもうれしいものなのだと初めて知った。


「私でよければ、喜んで」


「……!」


 ジークが立ち上がる。

 可憐に向かって手をのばしかけ、躊躇ためらったように動きを止めた。


「その……カレン様。抱きしめてもいいでしょうか」


「はっ、はい、もちろんです」


 許可を得たジークが、可憐をそっと抱きしめる。

 可憐の心拍数が一気に上がった。


「ずっと……あなたが好きで好きでたまらなかった」


 耳元で低く囁かれる情熱的な言葉に、倒れてしまいそうになる。


「わ、私も。ずっと好きでした」


 ジークが体を離す。

 見つめあった数秒は、永遠にも感じられた。

 ジークの手が頬に触れ、わずかに顔が近づいたそのとき。


 ぐぅぅぅぅぅという派手な音が鳴った。


「……」


 可憐が真っ赤になってうつむく。

 相変わらずムードぶち壊しなタイミングで腹が鳴って、泣きたい気持ちになった。


(なんでまた! しかもこんな時に!)


 ジークが、いつも通りの優しい微笑を浮かべる。


「あなたに好きだと言ってもらえて、本当に夢のようです。気持ちが通じ合ったところで、まずはデートなどいかがでしょう。ケーキが美味いという店があるのですが、ご一緒していただけますか?」


「もちろん!」


 どちらからともなく手をつなぎ、歩き出す。

 大きく温かな手の感触に、涙が出そうなほど幸せを感じた。



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