#4 -1
前回のあらすじ
チキュウを取り巻く謎を突き止めるため、各惑星で手がかりの入手に独り励んでいたニロだったが、その道中で謎の覆面集団に襲われる。
アジトに連行されたニロは、彼らこそが死亡した侵入者・バッツの仲間であることを知り、自身の目的を明かす。
集団の一員であるヤマトは、その言動の一つ一つにバッツの面影を重ねながら、条件付きで彼を受け入れることを決意する。
一方、ニロの言葉に感化されたオリバーもまた、自身の"夢"の形を掴み取ろうとしていた。
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「悪いなニロ。バッツが死んで、私達もどうかしてたみたいだ」
四肢を拘束する縛り付けを解きながら、仮面を被っていたうちの1人がそう謝ってきた。
声のトーンから仮面の中は全員男だと思っていたが、肌の黒いスキンヘッドのこの人物は、彼と呼ぶのは不適切な気がする。
「ヤマトも本当はもっと冷静なんだけどなー・・・あ、俺もいきなり殴りかかってごめんよ」
もう1人の男は何かとおちゃらけてそうな風貌だ。
こんな陽気な人間が、バットを振り回して人間を殺そうとしていたとは・・・。思い返すだけでも恐ろしかった。
「帰る前に手荷物検査だけさせて貰うぞ」
そして全ての枝が解放され、彼らはニロの体にあちこち手を触れ始めた。
保安局に持ち帰られてはいけないものを探るため、確かに"手荷物検査"が必要なのは分かるが、誰かにペタペタと触られるのはあまり良い気がしない。
仕方なく受け入れていたが、陽気な男の右手が左脇腹に触れた際、静かな痛みが背筋を走った。
「ッ!!」
言葉にならない叫びが漏れ、男も焦り始める。
「悪ぃニロ!ケガでもしてんのか、傷が開いてないといいけど・・・」
恐る恐る服を捲る男。
すると、保安局の重厚な制服の内側には、十字の形に縫われている、奇妙な傷が見られた。
「あれ、これって・・・」
その傷跡を目前に、男は口も手も動きが止まった。
その様子に微かな疑問を抱きながら、ニロはその説明を始めた。
「ガキの頃からあるんだ。どういうケガでこうなったのかはオレも知らねぇ」
そもそも殆どのことが記憶にない幼少期につけられた傷のことを、ニロが知る術は無かった。
それでも男がどういった理由でこの傷に反応を示したのか、それを知る為に知っている最低限の情報を提示した。
しかし、男は依然として固まったままであった。
― #4 Croaker ―
本部に戻り、自身を休息に誘ってくれる部屋の扉を開けた頃には、既に建物全体の電灯が消え切っていた。時刻にして1時34分。
(オリバーもトチもいない・・・)
いつも通りに寝床についていたのは、ミナミただ一人であった。
健康を何より大切にしているうちの班の面子が、こんな夜更けにまで帰って来ないとは。
近頃はニロの帰還が1番遅いということが多かったが、今日もかなり夜遅い時間帯なのに、そうではなくなった。
(とりあえず今日は寝るか、金属でボッコボコにされたんだし)
数時間前まで殺意の塊かのようにバットを振り回していた連中が、丁寧に施してくれた応急処置。
傷や炎症から拡がる二次被害を阻むには十分だが、少し強引に包帯を巻かれているところも幾つかあり、痛みは数日間引きそうにない。
ラートウからロイルまで移動するときにも、本部に向かう為に街の階段を上がったときにも、こうしてベッドカプセルに腰を降ろしたときにも、体中のどこかしらが悲鳴を上げていた。
(こんなのがずっと続くんなら、当分動けなくなるからな・・・さっさと終わらせて次だ!)
心の中でそう思い聞かせながら、一日でも早い怪我の治療に専念しようと決めた。
その為には良好な生活習慣を心がけ、身体に負荷をかけないよう細心の注意が必要となる。
今できることは一刻も早く睡眠に入ることだと、誰かに言われずとも理解していた。
目の前に広がるベッドに横たわろうとした、その時だった。唐突に明かりがついた方向から、足跡が近付いてくる。
「・・・えっ、何よそのケガ」
イーグルスアイを片手に部屋へと入ったトチ。
真っ先に彼女の目に入ったのは、扉を抜けてすぐ左手にある、ニロのカプセルベッドだった。
珍しく包帯がぐるぐる巻きされ、情けない背中で俯いていた彼の姿に、どうにも口を挟まずにはいられなかった。
「色々首突っ込んでたら、こんなことになっちまった。・・・でも今日は凄かったんだ!こうはなっちまったけど、それも無傷だって思えるくらい・・・」
落ち込む表情を見せるかと思えば、いつにも増して目を輝かせる。
私の知らない間に何があったのかは全く検討もつかないが、きっと簡単に届きそうもない高嶺の花に目をつけ、無茶ぶりを重ねて漸く手にしたといったところだろう。
その見返りの大きさに、そこまでに負った損害は全てチャラにできるなどとも抜かしている。
考えれば考えるほど、手の平を出さずにはいられなかった。
「痛っ・・・!何すんだ!!このケガ見て叩こうって思うのかよ!?」
左頬に響くビンタの衝撃。
叩かれたこと自体は大したことにはなっていないが、その事態に体が反応したことで、またしても他の部位に痛みが走る。
思わず反論をしたニロだったが、慌ててトチの顔を見上げたときには、もう幼稚な言葉は一つも出てこなくなった。
「・・・何で、何でそんなに突っ走れるのよ」
無意識に歯軋りが加速して行く。
今まで理解出来なかった以上に、この状況が何一つ分からない。いや、分かりたくもない。
いつもと同じように、分かり合える事項が一つも見当たらない。いや、見つけたくもない。
「何でもっと、周りに合わせようとしないのよ」
そこにあった感情は言葉で表すには難しかった。怒りとも、叱責とも、労いとも、心配とも言えるかもしれないし、言えないかもしれない。
ただ、これまで問題外としていたこの男の単独行動が、何故か今一番重要な問題に変化し、それを冷静に受け入れられずに居る自分が在ることは確かだった。
「こんなこと続けてたら、いつか死んじゃうでしょ!!!」
溜まりに溜まった感情が、ラートウの火山の噴火のように溢れ出た。
人に向けて放たれる言葉としては、彼女の人生の中では最も大きな声量を誇るだろう。
大声に驚き、就寝中だったミナミも飛び起きてしまった。
「えっ、何!?・・・ニロ君どうしたのその怪我!?!?」
寝起き直ぐでも周囲に気を配り、他人の心配ができるミナミの献身さが窺える。
しかし、そんなことに対応し切れないほどに、ニロはトチの叫びを受け止めることに精一杯だった。
「"チキュウ"がなにとか、宇宙の謎がどうとかか、私には何も分からないけど・・・でも・・・」
段々と声が震えて来たのが自分でも実感出来た。
今の私は、何を思ってこの説教文句のような御託を並べているのだろう。この演説の先に何を望むのだろう。この男に、何が期待出来ると言うのだろう・・・。
でも、嘗て思い浮かべていた侮蔑と違って、彼なりに成し遂げたい何かがあって、その為に挫けない覚悟を決めているという、トチにとっての"理想の自分"が、ニロに投影されていることが判り、目を離せなくなっていることは理解出来た。
そして何より。
「私達、こんなだけど"仲間"なのよ・・・!?」
何より、切磋琢磨し合える"仲間"がここに居ることを、どうしても伝えたくなった。
確かに少し前に彼の意志に反対したりもしたが、知っている顔がこんなにも滅茶苦茶にされるぐらいなら、少しは平穏な選択肢を探ってあげることだって、考えていたかもしれない。
彼ではなく、彼の"夢"の為に、何か自分が協力出来ることを模索したかもしれない。それぞれが掲げる目標点に、それぞれが散らばって向かって行くのなら、この4人が班として形成された意味はなんだったのか。
この班の存在意義は、それぞれが目標点に近付ける為に、互いに手を差し伸べ合うことではないのか。
「別に、アンタの全てが迷惑だなんて、ちっとも思ってないから・・・」
イーグルスアイを強めに握る左手も小刻みに震えていた。
先程までキラキラと輝いていたニロの瞳には、実際には流れていないことは分かっていながらも、トチの両目に浮かぶ透明の涙の雫が映っていた。
ここで初めて彼は、自分の思い描いた世界だけに入り込み、仲間達が自分の目的達成の手助けになってくれる可能性を、一切考えていなかったことを思い知った。
後悔ばかりが募って行く。ただ一時の言葉に惑わされ、どんなに険しい道でも独りで進めと、この3人全員から無関心な声色で言われていたように思っていたが、その声は他ならぬ自分の思い込みによる洗脳であったのだ。
「・・・最近はオリバー君もずっと出払ってて、班がバラバラになっちゃったみたいで・・・トチちゃんもずっと、寂しかったんだと思う」
打撲の痕を優しく撫でながら、ミナミは彼女なりの励ましを零す。
真っ先にオリバーの単独行動という新事実に関心が向きそうになるが、"仲間"の存在を忘れかけていたような罪を今になって思い出した男が、そこに向き合わずに次を迎える権利など、持ち併せている筈もない。
「・・・ごめん、私ずっといい子振ってた。君の夢を蔑ろにして、それっぽい理由でずっと逃げてた。・・・でもきっと、私もトチちゃんも、君の"味方"にはなれなかったけど、まだ君の"仲間"なんだって信じてる」
突然深く頭を下げた彼女の姿勢に気を取られたニロが詳しい意味を汲み取ることは出来なかったが、"味方"として直接の支援は出来なくとも、"仲間"として最低限力を貸し見守ることくらいは出来る、ミナミはそう言いたいのだろうか。
言葉に包まれた本心をほんわかと噛み締めて行くうちに、2人の思い遣りがこれでもかと感じられるようになった。
「ごめん、ごめん2人とも・・・オレはバカだから、皆はオレを見放してるんだって、つい決めつけちまった・・・」
自分の元に就いた保安官はこれで3組目、またいつものように自分だけを取り残して旅立って行くのだろう、何故なら彼らは全てに於いて優れており、自分などに構っている暇はないのだから。
常に正隊員昇格を志していたつもりだったニロだったが、心の中ではいつしかこのような諦めが形を成していた。だからこそ無謀な行動に出ることに迷いの一つもなかったし、絶対に周りを巻き込む訳にはいかないと思い込んでいたのかもしれない。
だが、そんな絶望に塗れた諦めを覆すように、この優秀な3人組は、優しさや慈しみに満ちていた。
それに長らく気付けなかった自分が何よりも情けなく、今更でもそれを知れたことが何よりも嬉しい。今はただただ謝ることしか出来なかった。
「・・・どういう状況だ?」
感傷に浸っていたところにいつも通りの声が聞こえてくる。
幾つか図書を積み上げ、それを両手で支えながら入室したオリバー。彼の視界にまず入ったのは、目の前で膝が崩れているトチ、尋常でない量の包帯を巻かれたニロ、そしてそれを介抱するミナミの姿。
ここに至るまでの背景を一切知らず、現在の状況を飲み込むことはとても難しそうだ。
しかし事実以外にも、ニロがまたしても新たな決意を抱くような、熱い眼差しを向けていることは見て取れた。
「・・・ダメ元でもう一度頼むぜ、オリバー」
深呼吸を繰り返し、最も愚かな要求を言い放つ準備に入る。
だが、そんな愚かな自分を何から何まで受け入れてくれるような、信頼に満ちた"仲間"に頼むのであれば、もう何を言うのも怖くない。
「力を貸してくれ」
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