#5 -2



 その日、盗聴器を見つけ出して自分達を挑発し、その後もよく分からない状況の中で一方的に言葉を振って来たあの女。

 髪や身長などの特徴が一致する女保安官が、談笑を楽しむ者以外が去った食堂にて、何やらごく小さな物体の分解作業に没頭しているではないか。


(意味分かんねぇよ・・・わざわざオレらに見つかりに来てんのか?)


 ただただ不可解な彼女の行動の矛盾性。掛けてきた言葉の数々や、現在のこうした無防備な行動など、女の素性がさっぱり掴めそうにない。

 ヤマト達と同じ言葉を使っているところに、彼らと同じく何か考えがあるのかと測っていたが、この様子を見るに彼らのような用意周到さは全く伺えない。

 冷や汗を大量にかきながら、一か八か接触を図ることにニロは踏み込んだ。


「・・・なぁアンタ、それどこで手に入れたんだ?」


 既に自分の正体などバレているに違いないが、あくまで彼女が取り扱っている物体に関心を持っている風を装って近付いた。

 もし想像している以上の馬鹿であれば、相対している男がヤマトと約束を交わしたニロであると認識出来ず、何か有益な方向に向かわせてくれるかもしれない。

 僅かな期待値だったが、これを思い浮かばせる程に、目の前の女は何も考えてなさそうに見える。


「これ?・・・拾ったの、いいでしょ〜」


 しっかり目は合った。その瞳の奥に浮かぶ歪曲した黄色の印すら視認出来た。

 それ程に互いの顔を見合った上で、その物体を盗聴器と分かっているか怪しいレベルの呑気な発言を繰り出して来る。


(マジでなんなんだよコイツ・・・!!この間とは別人みてぇに軽いじゃねぇか・・・)


 背中は確かにあの女と一致していた。更にこれを持っているとなると、例え女と別人であったとしても、何かしらの繋がりはある筈だ。その立場の上で、自分が盗聴器を奪った犯人であると主張するように、食堂のど真ん中に座り込み、周りの空気すらも忘れてその分解作業に励んでいる。

 声以外の特徴を一切見せようとして来なかった先日の印象と違って、今日は中身が変わったかのように用心という2文字が欠けている。

 調子が狂わされそうになっていた。


「そ、そっか・・・でもそれ、もしかしたら爆弾かもしれないぜ?」


 対応に困ったニロは、どうにかしてこの女をこの場から引き剥がす方法だけを考えた。

 人目のない所に連れて行くことが出来れば、後は幾らでも尋問すれば良い。

 そこで思いついたのが、物体が爆弾であるなどという嘘っぱちを伝え、作業の場を移転させる方法だった。


「え、ほんと!?それは困っちゃうなぁ・・・でも中身も知りたいし・・・あたしどうすればいい?」


 嘘をついているのはどうやらこちらだけでは無なかったようだ。

 物体の本当の役割を知っておきながら、どうしてそのような素の反応が取れるというのか。

 彼女は演技の天才なのか、それとも本当に中身が入れ替わっているのか。

 そして杞憂を抱えた子どものように、キラキラと目を輝かせてこちらに上目遣いを配ってくる。

 主導権はこちらに渡ったのだ、もう目的を実行する他無いだろう。


「そうだなぁ・・・オレも分解するの手伝うからさ、人が集まらなさそうな所でやんね?」


 ”人が集まらなさそう”以外の表現が見つからなかったが、まあ今の女ならその真意を見抜いて来ることも無いだろう。


「手伝ってくれるの?やったー!じゃあ早く外行こっ」


 期待通りのお返事をどうもありがとう。一瞬で思いついたアイデアがそっくりそのまま実現し、ニロはチェスの盤上で駒を全て従えたような気分になった。

 ところが、人が居ないという情報以外は伝えていない筈が、この女は"外に行く"と断言した。

 彼のこれからの目的地は本部の外であったが、たまたま認識が一致しただけなのだろうか?

 まあ今はそういうことにしておこう、と思い立った矢先、無邪気な女も席を立って大玄関に向かって歩き始めた。

 ニロは何も口にせず、ただその後ろを着いて行く。歩数が増えて行くに連れ、2つの影は次第に物陰に近付いて行く。


(なんか誘導されてねぇか・・・?)


 歩き始めること数分、2人は本部から少し離れた路地裏に辿り着いた。

 女が先導していた筈なのに、何故か自分が理想としていた尋問の場所が目の前に広がっている。女は目的地を外とだけ表現したのに、到着地点はとても具体的だった。

 そして同時に止まる両者の足の動き。敢えて効果音が立つように、ニロはベルトループに縛り付けられたレーザーガンを大袈裟に取り出す。


「・・・おい、本当は全部分かってんだろ」


 銃が抜かれた音に反応して、ゆっくりと両手をパーにして挙げる女。

 盗聴器はポケットから少し顔を出している。


「話聞いただけだと、あたしの中の君のイメージがあんな感じだっただけだよ」


 突如として彼の雰囲気が変わったことに一つの異議も唱えようとしない。

 やはりこちらの三文芝居は見抜かれていたのだ。そしてこの路地裏に誘い込まれた。

 実際に脅されているのは自分だった。しかし、何者かから自分に関する話を聞いていることや、自分の尋問に適する場を選んでいること、そして盗聴器から流れたあの一言から、ヤマト達との関連を匂わせているのも事実。真相を突き止める為には、多少荒い言動も避けられないだろう。


「お前は何だ」


 外敵に照準を定めたように女を睨みつけ、ニロは引き金に人差し指を引っ掛ける。

 味方である可能性が1ミリあったとしても、それを包み隠すような答えを出すなら撃つ、そう語りかけるように。

 すると女は挙げた両手を下ろし、その殺意を煽るように高らかに胸に5本の指を当てる。


「キャサリン・ルナ。ケイトでいいよ」


 漸く正体が告げられた。キャサリンと名乗り、ケイトという愛称までわざわざ提示して来たその女は、目の前に銃口が迫っているにも関わらず余裕を装っている。

 ただでさえ人を狙うことに抵抗があると言うのに、相手は表情一つ変えずずっと微笑んでいるのだから、ニロのペースは既に崩されそうになっていた。


「どうしてオレ達の邪魔をした?」


 これ?と首を傾げながら、ケイトははみ出ている盗聴器を指差す。

 相変わらず呑気な様子にそれ以外無いだろと舌打ちをしてやりたい気分だ。


「邪魔はしてないよ、ただ気になっただけだし〜。でもで行けるって思ってたんなら、まだまだだねって言ってあげようかなって」


 罪の意識が無い上、自分達の計画を見下す言葉まで放たれた。

 その軽い口調で繰り返される発音の一つ一つが全て鼻につく。

 引き金に添えられた人差し指は少しずつ震えて行った。


「・・・他に仲間は?」


「同じ班なら3人かな・・・あれ、そっちじゃなかった?えへへ」


 全ての答えが的外れ過ぎる。

 これまで人間と会話をする場面で、これ程苛立たせられる機会はあっただろうか。

 知人に恵まれた人生だったのかもしれないが、ここまでの例は見たことも聞いたこともない。

 歯軋りの音は口の中の奥歯付近で静かに響いていた。


「逆に聞いてもいいかな?結局、どういうつもりで盗聴なんてしようとしたの?」


 この立場で逆に質問出来る勇気を称えたいが、それは自分が蚊帳の外の人間であればの話。確かにその問いは盗聴当日にも聞かれた。

 あの時に意思疎通を図る術は無かった故、意志に関わらず動くことは出来なかったが、こうして言葉を交える環境になったとしても、まだその気分には到底なれそうにない。


「答えねぇよ、この状況でお前を信用出来るかよ」


 ヤマトとの約束は決して容易いものではない。

 オリバー達のような信頼出来る仲間であっても、彼らとの間にある条件を教える訳には行かない。もし漏らしてしまえば、もう二度とチャンスは訪れない。

 そういった警戒心溢れる発言を踏んで、嘲笑うようにケイトは不敵な笑みを浮かべた。


「・・・あたしら、お互い似たような指導者に捕まってんだろうね」


 口を割れないことが面白い表現で言語化された。

 巫山戯ているのか、それともこれが真実なのか。似たような指導者とかいうのは、これまた現実を隠蔽しているアドリアのことか、それとも単にヤマトのことか。

 いや、本当に選択肢はその2つだけなのか。

 孤児院以外のコミュニティを知らずに幼少期を過ごしてきた彼にとって、初めて会ったばかりの他人の心を汲み取るなど不可能に近い。

 だが、命の未来が関わっている状況で、無理にその限界を破る必要性など全くない。

 保安局の統制の中で育てられた野生の勘が、ニロの次の行動を絞り込んでいる。


「真面目に答えろ!!今すぐにだってオレは撃てるんだぞ」


 疑念を抱き続けることで、徐々に心に余裕が無くなって行く。

 右足は今にも貧乏揺すりを始めそうな体勢に、呼吸は今にも言葉で表せる程に荒いような段階に、そして脳は今にも人差し指を突き動かしそうな思考に、入ろうとしていた。

 焦りとイライラが興奮中のニロの体温を引き上げて行った中、それを笑いながらケイトが近付いて来る。


「ダ〜メ、銃持ってるのに感情的になっちゃ・・・」


 両手で強く銃を構え直し、その覚悟の大きさを示した筈なのに、全く効いちゃいない。それどころか、未熟な子どもを諭すように、口元に人差し指を当てて指摘して来やがる。

 言われなくても分かってるってのに。立場が逆転して馬鹿にされる流れになり、本当に撃ってやろうかとまで思い始める。

 ・・・しかし。


「それに君、バッツと同じで人殺しとか無理でしょ?」


 その発言の瞬間、心がケイトを更に警戒し、身体はそれに呼応して一気に距離を取った。

 同じ人間を銃撃出来ないことを見抜かれた。

 そしてなにより、普通の保安官が知る筈のない名前が出て来た衝撃に、反射的に行動に出てしまった。


(・・・そういうことだったのか、オレをすぐに殺せるってのは・・・)


 そして無意識に後ずさりしていたことに気付いたその刹那、以前のヤマトの言葉の意図を理解する事が出来た。

「俺達はいつでもお前を殺せる」という自信満々なあの言葉は、保安局内に潜入している彼らのもう1人の仲間であるこの女の存在あってこそのものだったのだ。


「ね?味方になれるって言った意味、分かってくれそう??」


 相変わらず感情の読めない微笑みがニロを掴んで離さない。

 バッツの名を知っている以上、彼の犯罪調査書をたまたま目にした保安官か、最初から彼と繋がっているかのどちらかに属するのは確実である。

 しかし、味方になると言っておきながら、今のところその機会を潰さんとばかりの行動しか見られない。

 結局のところ自分は試されているのか、そうでないなら彼女はこの状況を作り出して何がしたいのだろうか。


「・・・じゃあ何で、さっきからずっとはぐらかしてばっかりなんだ?ヤマトからオレの話を聞いてんじゃなかったのかよ」


 相手が同じ組織の下で動いていることが分かっておきながら、真実を隠すような言動が繰り返されて来たことはどうしても不可解であった。

 引き金から少し人差し指を離すも、銃を下ろす選択肢は選ばなかった。

 すると、笑顔ばかりが浮かんでいた表情に、大きな影が覆いかぶさった。


は狭いんだよ。どこから敵が出て来るか分からないのは、君らだっておんなじでしょ」


 再び抽象的な表現が放たれる。

 果てしない宇宙を狭いなどと言い、今度は敵だとかいう先程までと真反対の語彙が使われている。

 一般教養も特殊な能力も無いままに、ニロはまたしても彼女の意図の読めなさに困惑を重ねていた。

 そんなこんなで常に上手に立っていたようなケイトだったが、突然何か珍しいものを目にしたような反応を見せる。


「おっと」


 その一言と共に彼女の額に冷や汗が次々と流れ出てくる。

 コイツが見ている自分の背中の先に、何かあってはならないものでも見えるのだろうか。

 不思議な展開に首を傾げたニロだったが、次の瞬間、心当たりのない窮地に己が立たされていたことを思い知らされる。


「そこの保安官、銃を下ろしてゆっくり振り返るんだ!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る