#5 -3
背後からの突然の大声に驚き、思わずレーザーガンが両手から離れてしまった。
落下音を耳にしながら、徐々に後ろを振り返ってみると、次は自分が銃口を向けられている状況が出来上がっていることに気付いた。
「研修生だな。保安官のみに許された武力を行使して、私益を肥やすことが御法度なんてこと、研修期間にも教わる筈だが」
両手で銃を構えながら説教口調を炸裂させる女保安官と、その後ろに自分達2人を撮影しているに違いないイーグルスアイの構え方をする男保安官。
「あ〜えっと、これはその・・・まぁ色々ありまして・・・」
ケイトへの尋問に余りに夢中になり過ぎて、本部から近い場所で銃を使っているという事実を忘れてしまっていた。
一先ずは彼らを説得するべく咄嗟に御託を並べてみるが、その効果が一切見込めないことはとうに分かっていた。
これまで問題行動を摘発されることなど日常茶飯事だったが、銃を使っている様子を目撃されるのは初めてだったし、その行動は保安局内の禁止行為の中でも最も重い罪の一つに値する。
想定外の問題に焦り以外の感情が浮かんで来なかった。
「対応は任せたよ。連れて行かれる前には助けてあげるからさ」
背中から小さく囁かれる。
つい先程まで信用に足らない言葉ばかり投げて来たこの女が、次は無責任に助けてくれるなどとほざいている。
無論緊急事態だからと言ってそれを信用できる筈も無い。
「はぁ!?どうすんだよ、もう逃げ場なんてどこにもねぇぞ!?!?」
保安官2人の前で情けない言い訳を積み重ねながら、焦りに満ちた台詞の数々を思うがままにぶつける。
しかし何故か彼女はまだ冷静を保ったままであった。
「まぁ一旦落ち着いて。こういうのは慣れてるから」
そう言い残してしゃがみ込み、長い髪の毛を束ね始めたケイト。
自身が置かれている状況とは裏腹に呑気に鼻歌を歌っている。
「お前達はこれから弾劾待機所に連れて行かれる。長官含めた上官方のご判断の元で、今後の処罰が決まるまでそこからは出られない。特に手前の研修生、お前の今後は相当危ういだろうな。まだ正式な保安官として認められていないままで安直に武器を使い、更にそれを人に向けたとなると・・・」
確保後の絶望的過ぎるヴィジョンが淡々と語られる。その女保安官の声のトーンの低さも相まって、ニロは既に手先足先のあちこちを震わせていた。
体験したことのない罰則への恐怖、憧れの人と会えず保安局を立ち去るかもしれない未来への拒絶、そしてバッツの意志を引き継げず終わる自分へのやるせなさ。
徐々に速まって行っていた心臓の鼓動は、遂にこれまでの人生で感じたことのないテンポにまで到達していた。
「おいヤベェって!!オレもこのまま大人しく捕まる気はねぇけど、でもなんも進んでねぇじゃん!!!」
両手を振って違うんですと弁明しつつ、その行為に一切の効果が無いことを後ろに訴え続けるニロ。
背後に振り返る余裕など無かったが、未だにケイトは髪を括る作業から進展していないことは確かだった。
現状二人が位置しているのは三方向を壁に囲まれた薄暗い路地裏。唯一開いている方角は保安官に占領されており、上空に飛び立とうにも二人はマンタジェットを用意していなかった。
脱出する道も術も無く、それでいて未だ危機感もなければ信頼性の欠片もないこの女を、どう活かせば良いと言うのか。
何度も理解しつつも、選択肢が残されていないことを認めたくはなかった。絶望に瀕しながらも動きを止めなかった。
すると、背後から重い何かを背負う人の動きの気配が、確かに彼の五感を刺激した。
「・・・よしっ、そんじゃあたしに掴まってな!!」
合図を出した途端、ケイトは小柄なニロの身体を持ち上げ、正面向かって走り出した。
そして銃を構える女保安官に衝突する寸前で、突如背中に姿を現したジェットの爆音が鳴り響き、ニロの両足と背中を両手で支えるケイトの華奢な姿が、大きく上空へと飛び立った。
「なっ!?待ちやがれ、罪状を増やすつもりか!!!」
その刹那に起こった事象の全てを、その場に居た全員、ニロも2人の保安官も、決して理解することは出来なかった。
彼らを問い詰めていた保安官達も咄嗟にジェットを起動し飛び立ったが、展開の早かったケイトの元には簡単に辿り着けそうにない。
「なっ、何がどうなってんだ!?!?!?」
「あはははっ!!ジェットは前からあそこに用意してたんだよ、作戦大成功ぅーー!!!」
都市部の空中を飛び舞いながら高らかに笑うケイト。そんなしたり顔を目の当たりにしながら、ニロの脳内で先程までの彼女の行動が1本の軌跡を描き始めた。
人目につく場所で盗聴器を見せびらかしていたのも、自分と合流した後の目的地をわざわざあの路地裏に設定したのも、全てはこの未来を掴み取る為に用意された一つ一つのピースだったのだ。
おまけに路地裏にはジェットを待機させておいて、こうした緊急事態にも素早く対応することが出来た。
少し前まで見くびっていた目の前の相手が、相当計画的に動いていた事実を実感し、ニロが抱いていたケイトへの不信感は、いつしかちょっとした憧れへと変化を始めていた。
しかし。
「・・・こちら本部周辺を滑空中!対立中の保安官2人と遭遇、うち1人はレーザーガンを使用していたため確保体勢に入ったところ、マンタジェットを使用し逃亡!至急応援求む!!」
(まずい、追っ手が増えちまう!!)
背後から僅かに聞こえるのは、イーグルスアイ越しに応援を要請する女保安官の声だった。
口調からして彼女の立場は比較的上の方であると推察でき、通信を拾う他の保安官の数を想像すればそれは恐ろしいものだ。
ただでさえ不安定な姿勢を強制されているというのに、脳の情報処理機関の許容範囲は既に限界を迎えていた。
「これで駅包囲されちゃったら色々と台無しだなー・・・ねぇ、ちょっと無理してもらってもいい?」
滑空の姿勢を左右自在に傾けて障害物を避けながら、ケイトはより確実な逃げ道を提案する。
この移動時間ですら病み上がりの身体にはかなり負担がかかるものだが、それ以上に無理強いさせられるならばそれはどの程度か。
「えっ?いや、"無理"っつったって、それがなんなのか分かんなきゃどうにも・・・」
未だ謎の多い彼女の価値観など計り知れない。
今日一日、振りかかってきた困難を軽々と乗り越えてきた人間がそう言うのだから、ここでの"無理"は真に実現不可能を意味しているのかもしれない。
しかし彼女の期待通りに動けなければ捕まる危険性が上がる。文字通り台無しになってしまう。
何を言われても従うしかないのかと、まだ深く考え続ける真剣な表情と、風に靡くブロンドのポニーテールを眺めていた。
するとケイトは突如眉を顰め、反射的にニロを抱える両手を右側目掛けて振り払った。
(はぁ!?落とされたのか!?!?)
現状が掴めないまま手放されたニロの身体は宙を舞い、数秒間の落下の後にある建物の屋上に激突した。
バッツと対峙した日や、ヤマト達の保安官狩りに遭った日のものと似たような痛みが伝わる。
(アイツ、何もかもメチャクチャ過ぎんだろ!?!?)
徐に立ち上がって上空を見上げる。先程まで傍にあったケイトの姿は周辺に無かった。
しかしそれと同時に、背後に迫っていた保安官2人の姿も見当たらなかった。自分だけは一時的に危機を避けられたみたいだ。
そして目を凝らしてみれば、街の奥の方に集うジェットで飛行中の保安官の群れ、そしてその周辺をケイトが通過した途端、彼らはその一点を目掛けて動き始めていた。
応援が駆けつけながらも、ケイトはたった1人でその窮地を突っ切ろうとしている。
(・・・そうか!アイツが上空でアレの相手をしてる間に、オレは地上から駅を目指せるって訳だ!!)
彼女は自身を囮に自分を逃がしてくれたようだ。若しくは、本当に足手まといにならざるを得なくなり、捨てるという選択肢を選ばれたのか。
後者の可能性が浮かび上がって少し不満気になったが、いずれにせよ別行動は大いにチャンスを作り出している。
イーグルスアイ内蔵の地図で駅への道順を確認しながら、ニロは急いで建物の階段を駆け下りた。
周辺に保安官の姿は特になく、全速力でそのルートを辿り始める。
(しっかしあの女、速過ぎなんじゃねぇのか?普通あんなスピード出せねぇだろ)
飛行中にも薄々勘づいていたが、彼女の飛行スタイルは少し特殊なものであった。体感速度が自分の飛行よりも僅かながらに高い気がしていた。そして屋上に着地後、あっという間に消え去った彼女の姿。
あのジェットの性能が良いのか、それとも単に彼女の技術が高いのかは分からないが、いつか真似てみたいものであった。
そんなことを考えながら走ること数分、駅まで残り数百メートルといったところで、道路を複数の保安官が塞いでいる光景に遭遇する。
「止まれ研修生!我々が追っている者かどうか確認させてもらう」
(クッソ、ここさえ突破出来ればあと少しだってのに・・・)
全ての応援が上空に集中していることなど無く、あの女保安官は様々な可能性を考慮出来る人材だったのだろう。今やそれは関心ではなく弊害となっているのだが。
この障壁を打開する策を考えるべく、まずは上空のケイトの様子を観察しようと見上げたものの、彼女を追っていた筈の保安官達がキョロキョロと辺りを見回しながら徐行している。
もしかすると彼女が彼らを撒くのに成功したのかもしれないが、何か嫌な予感がする。
呼吸が荒くなったのを感じたその瞬間、ジェットを展開中の1人の保安官と目が合ってしまった。
「アイツだ!!!捕まえろ!!!!」
目標発見をとてもじゃない大声で知らせる保安官。
彼らが追跡中の研修生ニロが、地上の保安官らによる検閲の手前に居ることが知れ渡ってしまった。
無論その場の保安官達に包囲され、咄嗟に無数の銃口を向けられ服従を強いられる。
(クソっ!!一か八か動くしか・・・でもどうやって!!!)
いよいよ博打打ちの時が迫られていた。しかしケイトのように柔軟に対応出来る作戦など思い浮かんでくる筈もなく、彼らに認識されない程度に後退りしながら、周辺の物体のうち活かせそうなものを探すことしか出来なかった。
気が付けば上空の応援部隊もすぐそこに待機しており、時間が経てば経つほど成功率は下がってくる。
そんな時、閉店中の小さな売店のシャッター付近にニロの視界に入る。コレを使えばまだなんとかなるかもしれない。
アイデアの誕生と同時に両足は大きく大地を踏み込んだ。
「この期に及んでまだ足掻くか・・・!!」
ここまで諦めの悪い彼の性格は想定外だった。そして保安官試験歴代最高記録を見せた彼の走りに、その場の誰もが追いつけなかった。
中には無慈悲に発射されるレーザー弾の数々も見られたが、全て着弾点は既に彼の足跡となっていた。
そして売店に辿り着き、その壁に密着していた火災報知器に拳を打ち付けた。瞬時にシャッター上部のスプリンクラー装置が作動し、銃を構えていた保安官達に大量の水が浴びせられた。彼らはその水圧に目も開けていられない。
「よっしゃ!!!んじゃお先に〜」
全員が怯んだことを確認し、再び駅の方角に向かって走り出すニロ。
飛び立ってすぐのケイトの大笑いを真似てみた。とても清々しく気持ちが晴れた。
しかし一時の勝利に翻弄され、彼らを追う保安官は今のが全てではないということを忘れ切っていた。
ふと気が付けば背後からジェットの爆音が耳に飛び込み、その音量は心做しか徐々に増加して行っている。
「残念だったな研修生、ただ走ることしか出来ないお前が、俺達の火花から逃げ切れる訳無いんだよ」
(やべっ、追いつかれる・・・!!)
彼の自慢の走りでさえも、全宇宙で保安局だけが占有する先端技術には適う筈も無かった。
追尾者の掌がすぐそこにまで迫っていた。いよいよ終わりかと絶望してしまった。
するとその瞬間、前方上部から差し出される1本の腕。その先に映る自信満々な表情。
ケイトは駅前で追手を撒いた後、再びニロと合流する為に駆けつけていたのだった。
彼女の手を思い切り握り、地面を大きく切って離陸する。
「あたし達の勝ちだよ」
直後に駅の入口がすぐそこに迫っていた。
保安官制服には切符の代わりとなるIDが組み込まれており、着用中は常にホームとの出入りが可能である。
改札口センサーを横切った時、目の前に停車していた列車は、既に発車寸前であった。扉が完全に閉じようとしていた中、ケイトの素早い飛行技術によって、2人はその列車に無理矢理乗り込むことに成功した。
後ろの追手はそれに間に合わず、一斉に2人を指差しながら何かを言っている。
突如現れた滑空中の保安官2人と、それに向かって怒号を浴びせる大勢の保安官達を目の当たりにし、他の乗客やホームで待つ人々は唖然としていた。
「アーハッハッハ!!楽しかったね、ニロ」
「楽しいわけあるかよ!何度死ぬと思ったことか・・・」
全てを終えたかのようにまた笑うケイト、この数分の体験の危険性を訴えるニロ。
2人の間には大きな緊張感の差があった。しかし、一先ずは危機から逃れられる時間が伸びたことに対しては、2人とも安堵の心情を抱いていた。
「・・・でも、何度も助かったぜ、ケイト」
鉄道という公共の場で下品に座り込みながら、約束を誓った少年達のようにグータッチが交わされた。
不可解なところが多いこの女だが、なんだかんだその存在に救われた。
"仲間"と呼ぶにはまだ早過ぎるが、本当に"味方"にはなってくれるかもしれない。
「こっからどうするよ」
「とりあえずラートウのアジトに向かうよ。もう当分保安局どころかロイルにすら戻れないだろうからね、一旦ヤマト達に匿って貰わなきゃ・・・」
余りに急展開の連続だったので、未だに彼女がヤマト達と手を組む人物であるという認識が完了していなかったが、アジトの場所を知っている時点で関係者以外の何者でも無くなった。
”当分保安局どころかロイルにすら戻れない”、この言葉で自分達の置かれている状況を再確認し、ニロは仲間達3人の元を少し離れる旨を伝えようと、イーグルスアイの通信ツール画面を開いた。
しかし、そこに普段通りの景色が並んでいないことに気付き、途端に悪寒に襲われる。先程まで開いていた地図も正常に機能しなくなった。
異変が起きたのは列車に乗り込んで逃走経路を確保してから。逃走劇の間に本部に情報が行き渡り、端末の使用が制限されたということは随分納得できる気がする。
「イーグル、使えなくなってんじゃねぇか・・・」
惑星ラートウ駅で列車を降り、現地の保安官に不審に思われないかどうかヒヤヒヤを感じながら、2人は長い道のりを進んで貧困街へと辿り着いた。
ここでジェットバイクの覆面男に突如襲撃されたことは記憶に新しい。
「こっちだよニロ。もしヤマトが何か言って来たら場所は忘れてね」
「いや、もう前回で覚えちまったんだが・・・」
丁寧にアジトの位置を教えてくれるケイトだったが、そこから駅に向かう道程を既に経験していたので、今更忘却しろと言われてもニロには難しい話だった。
段々と"巨人"の光が差し込まない路地に近付き、埃まみれの7段の階段を下ると、左手の壁に現れたドアを彼女は数回ノックする。
「・・・ケイトか、もしかしてなんかあった?」
前回、最後の手荷物検査を担当してくれた陽気な男が現れた。
自分より少し背の低いニロを背後に隠していたケイトだったが、遂に彼の存在を男に見せびらかす。
「じゃーん!今日はスペシャルゲストも居るんですよー」
「・・・久しぶり」
「えっ、ニロまで!?お前ら・・・一体何したってんだよ・・・」
突然の訪問に加えて、まだ味方として協定を結んでいない筈のニロの出現を不思議に思いながらも、男は2人をアジトへ歓迎してくれた。
玄関に入ったところ、男の驚きの声に引き寄せられ、ヤマト含む他のメンバー4人が揃っている状態となっていた。
「・・・どういう風の吹き回しだ?」
продолжение следует…
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