#6 -1

前回のあらすじ

ヤマトに内通する保安局内の情報を探る為、ニロは上層部の会議室に盗聴機を仕掛けたが、謎の女保安官によって阻害されてしまう。

その日のうちに女の正体を突き止めることは出来なかったが、数日後にそれらしき人物と接触し問い詰めると、その女ケイトは自らが当事者であると告げるのであった。

彼女に銃口を向けて尋問している様子を他の保安官に目撃され、ご法度と看做され追われることとなったニロは、ケイトの緻密な事前準備を通して危機を脱することに成功する。

迅速なイーグルスアイ停止処置を受け、当分本部だけでなく惑星ロイルにも近付けないことを心に留めておきながら、2人はヤマト達の潜む惑星ラートウの地下アジトへ向かった。

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 時刻は18時48分。本部所属のエヴィ率いる2人の班員と、1人の研修生が束になって巡回していたのは、水の惑星モーゼスの小さな離島であった。


「人員が足りてないとは言え、本部のウチらが応援に回されるとはね〜・・・。トチちゃんが来てくれなかったら絶対バックれてたよ」


「あはは、お役に立てて何よりです」


 保安官らしからぬエヴィの発言を聞きながら、苦笑いのトチは力になれていることを誇った。

 この女性は確かに怠け癖が強く見られるが、やる時はやるといった印象で、その活躍ぶりがトチの保安官魂を強く揺さぶっているのだ。

 何か躓いた時は話せば必ず助けてくれるし、同じ班の3人よりも彼女を頼りたいと思う時もある。


「そーいえば前言ってたあの件、今は大人しくなってそうなの?」


 そんなエヴィに以前、トチはとある相談を申し込んだ。他ならぬニロの一件についてだ。

 彼が我武者羅に自分の道を進んで行く中で、班の繋がりが少しずつ薄れて行っているという心配を打ち明けた。

 それが仲間として当然の反応であるとエヴィは答え、胸に秘めていること全て率直に伝えてやればいいと助言した。

 その意見を踏まえて、あの日の"仲間"という発言に繋がっていたのである。


「ミナミとも話し合ってみて、少しずつアイツの声に耳を傾けてみることにしたんです。流石に全部言う通りに動くことは出来ないけど、少しくらいなら手を貸してあげてもいいのかなって。でもそしたら、アイツの言う"夢"って奴に、知らない間に凄く惹かれているような気がして・・・」


 無論、あの侵入者が殺された要因である"チキュウ"についての調査が彼の目的であることや、その結果が上層部と対立する運命に繋がっていることまでは話していない。

 それでもエヴィには、いつも元気な彼女が苦しそうに口を割ったその様子を見て、只事ではないということは分かっていた。

 そんな事態が自分の言葉で一転し、あれ程ニロと馬が合わなかった彼女の考えが、少しずつ彼を理解するようになっている。

 後輩達のジグザグが解消されている事実、彼らが少しづつ大人になっている現実が、どれほど嬉しいことか。

 そんな愛おしい気持ちを以って、この幼気な少女とその愉快な仲間達を限りなく可愛がることに決めた。


「・・・恋しちゃった?」


「ありません。次それ言ったら怒りますからね」


「ごめん調子乗った」


 面白半分でおちょくってみたところ迫真の真顔が返って来た。

 残念ながら彼女が好む色恋の匂いはそこには無かったが、2人の間にはそんな単純な表現では言い表せない堅い絆が形を成して行っている。

 頬をぷくっと膨らませて鋭い目線を送る今のトチでさえ、エヴィの目には輝いて見えた。

 そうして微笑んでいると、全体通達としてイーグルスアイに一通の報せが届く。何だろうかと覗いてみると、そこにはそれまでの朗らかな心情を覆す光景が幾つも並んでいた。


「・・・トチちゃん、大変なことになってるよ」


 突如としてエヴィの表情が怪訝なものになり、思わずトチは首を傾げる。

 言われて初めて通達の存在に気付いたが、その通知を開けると、想像を絶する内容が彼女を待ち受けていたのだった。


「・・・え、なにこれ・・・」






― #6 Rebellion ―









「ぐっすりだなぁ」


 アジトに着くなりソファに倒れ込み、何が起きたかと思えば大音量のいびきを響かせ始めた少年の寝顔を、産まれたての赤ん坊を覗き込むようにじっと見つめている男。


「起こしちゃダメだよテト、いきなり飛ばしちゃって無理もないからね。まぁ出来ればもうちょっと穏便に動いて欲しかったんだけどな〜」


「お前と飛んで気絶しないってだけでも十分凄いんだぞ」


「流石だわ疫病神・・・」


「あーあ!活躍を分かってもらえないあたしかわいそー!」


 キャサリン・ルナと関わったことのある全ての人物は、恐らく彼女を面倒事の多い厄介な女として認識しているだろう。

 保安局で問題行動の連続を叱られ続けているという話を聞いて、呆れ果てた組織の人員は彼女をそう呼んでいる。

 希少な情報を持つ者同士の親しみも込められているが、人徳や倫理に欠けた普段のケイトを目にしていると、"疫病神"以上に合う渾名は1つとして存在しない。


「こんなザマ晒しておいて、一体どこが活躍だって言いたいんだ?ロイルに近付けないって状況にまで追い込まれて、それでもまだ自分は悪くないって言うのか」


 熟睡中のニロを見守るようにして団欒を繰り広げていたところに、怪訝な目付きのヤマトが割り込んで来る。

 自分なりに彼の危機を修正したのだから、ここまで悪く言われる筋合いは無い筈。思わず反発の言葉が口に出る。


「でもニロが変なとこで上層部と接触しそうだったからそれを止めようと・・・」


「動機なんて聞いてねぇよ。俺達にとってコイツは可能性なんだ、気を抜かないでくれってあれ程言っただろ」


 しかしながら打ち負かすことは叶わなかった。

 ヤマトから彼の存在について知らされた時、保安局に属する者として彼を見張り、彼を守り抜くようこれでもかと指示されたが、その理由は他でもない。

 可能性と呼ばれた本人こそその言葉を聞けずに居るが、彼を囲う全員がその存在を尊重している状態だった。


「こいつは俺達の攻撃を受けながら、意見が同じってだけで俺達を信用した。意見が違うってだけで、自分の意思で保安局の方針に逆らおうとしてるんだ。下手なことでその意志を折るようなことになったら、これまでの勇気が全部無駄になるだろ」


 いつもなら反射的に脳がシャットアウトしてしまうヤマトの説教口調が、今日は一言一句はっきりと伝わって来る。

 ニロに対しては心底助けてやったと偉そうに思い込んでいたが、その結果彼の存在が危ぶまれる状況に陥ってしまった現実を受け入れ、自らの行動の派手さを少しは反省する気になった。


「それに、お前の無茶はいつも度が過ぎてるんだ。俺達はもう全員で生き残らなきゃいけないんだ、それは保安局に居るお前ら2人だって例外じゃない」


 ヤマトが他の誰よりもニロの存在に執着する理由は、彼の口からその存在を知った時より明白であった。

 言うまでもなく自分達の全員が該当するが、彼はその何倍も"損失"の重みを知っていた。

 あの青年と一番深い関わりを持っていたのが、言うまでもなく彼だったからだ。

 自ら命を賭す威勢で去った親友を、その意図を隅々まで理解しておきながら止められなかった、決して捨てることの出来ないやるせなさを背負って日々夜明けを待つ、そんなヤマトの後ろ姿をいつも横目にしていた。

 その死別と入れ替わるような時機で訪れた、同じ意志を宿す新たな可能性の出現。種子を不意に落としたくない思いは組織の人員誰もが理解出来た。

 彼の説教を経てバッツの死を改めて意識してしまい、いつもの陽気に振る舞っている自分は姿を消した。


「・・・ごめん、今回は流石にやりすぎた。自分だけでどうにか出来ればいいと思ってた、ニロがどうなっちゃうかも考えずに・・・」


「謝る相手は俺じゃないはずだ」


 思うがままを伝えてみたが、そう言ってヤマトは反対方向を向いてしまった。

 説教を繰り出した後の彼はいつもこうで、照れ隠しなどとバッツが呼んでいたのを思い出す。

 深く考え込んでいるのが分かる彼の背中の重圧は、自分のものと比べ物にならない程重そうだった。


「・・・それで、これからどうするつもりなんだ。俺達の中から既に逮捕者が出てるんだ、保安局から逃れるのにここが最適とは言い切れねぇぞ」


 先程までの厳しい言葉とは打って変わって、彼なりの優しい忠告が投げられる。

 説教の影響で自分の行いを自分で対処する姿勢に心変わりしたことで、ケイトの答えは一つに絞られていた。


「それでもしばらくはここに居させて。どうやって保安局に戻るかは、できるだけ早目に考えるからさ」


 しかし、こんなことを言いつつも、今後の対処法など何一つ浮かんで来ない。

 前もって目的が定まっていれば綿密に計画を立てられたが、今回のような急な事態にはついて行くだけで精一杯。

 長年続く悪い癖だ。


「でもどうせ何も閃いてないんだろ。一緒に乗り越えるぞ」


 そんな悩みまで見抜かれてしまう。

 だがその相手は往年の信頼を積み重ねてきた仲間であり、自分一人では埋められない空白に手を貸してくれると言っている。ヤマトの発言一つ一つが頼もしい他なかった。

 まずはその手助け無しでいけるところまでと、立ち上がって居間のプロジェクターが映し出すホワイトボード風ビジョンの前に立ち塞がる。


(ロイルはダメ、それであたしが所属してるキーコスもダメ、周りのセーブルとワートスもダメってなると・・・モーゼスかリーベルが良いんだろうけど、任務でちょっとしか行ったこと無いしなぁ・・・)


 ビジョンの中心には、"巨人"を取り巻く7つの惑星が大きく描かれており、それらから伸ばされたメモ書きにはこの宇宙を蔓延る陰謀と"謎"の数々が記されていた。

 その図を見ながらケイトは、自分に関係する保安局基地からの距離を考えつつ、第2逃避先を絞り込もうとしていたが、生憎条件の合う惑星に対してこれといった土地勘が無く、早速壁にぶつかりそうであった。

 ニロだけであれば彼の所属であるロイルの周辺を避ければ問題無いが、イーグルスアイという便利な連絡手段が断ち切られた以上別行動は危険過ぎる。どうしたものか・・・。

 数少ない自分の取り柄である作戦考案を達成出来そうにない状況に、彼女は大きく溜息をついた。その瞬間であった。


「大変だ!!」


 急な客人に合わせて買い出しに出ていた2人組が、アジトに戻って扉を閉めた矢先に轟音を響かせた。古い建物だったので音響で天井から埃が少し落ちた。

 その情報を手に入れるなりすぐに走り出したようで、乱れた呼吸を整えて大きく息を吸う。


「ニロとケイト・・・お前ら、保安局ん中で指名手配されてるぞ!!!」


 買い出しで街を散策する中、2人を保安局全体で追っているような言動が数々の保安官から見られたのだという。

 その絶望的な事実が告げられ、遂にケイトの眼にあった僅かな輝きが無と化した。


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