#6 -2



 少し時を遡り、ニロとケイトの追跡開始から2時間後。情報が届いたばかりの長官室。


「どうされたんだねアドリア長官?こんな時間に急に呼び出して」


 机上サイズのプロジェクター型イーグルスアイから流れ出るビジョンに、上層部と呼ばれる他の6名のうち3名の顔が映し出されている。

 緊急だった為に全員が集まることは叶わなかったが、それでもこの事実を伝えておかねばと、アドリアは報告すべき事項を淡々と読み上げた。


「いえ、あまり大したことではないのかもしれませんが・・・」


 その事項というのは、他ならぬニロが大きく関わっている騒動についてであった。

 バッツという謎多き青年の遺恨を片付ける会議の際、その少年が彼との接触を経ていたことが判明し、何か動きがあれば逐一報告するようにと言われていたのだ。

 地球の存在を民衆に知らしめない為が故、アドリアもその要求を受け入れる他無かった。


「訳あり小僧め・・・私は最初から疑わしいと思っていたんだ!」


「あの男からの入れ知恵があるとしたら、早めに絶やさねばなるまいな」


「それにしても銃を使ってまで問い詰めた相手となると・・・その女保安官には、彼にとってどんな価値があったんでしょうか・・・」


 好奇心に満ちた少年心が地球の真相に迫ってしまうことを恐れる声が半数を占める中、彼と接触したキャサリン・ルナの正体を気にかける声も挙がった。

 アドリアとしては長年見守ってきたニロへの疑いよりも、後者に同調して彼女の危険性が気がかりだった。


「生憎その者は本部所属ではないので私はそこまで詳しくないのですが・・・ニロと同じように問題行動が多かったようです」


 キーコス基地所属のキャサリン・ルナについて調べてみたところ、簡単な経歴以外にも目を引かれる点が見られた。

 2年前に保安官試験を合格して以来、班での任務中に単独で抜け出したり、禁じられた設備を無断使用したりなど自己中な行動を繰り返し、その度に指導を受けて数十回とのことであった。


「問題児と問題児か、しかしそれ以外にまるで接点が無いぞ。2人が接触するまでの経緯、ニロの目的、そしてルナが持つ情報が何なのか・・・やはりバカの考えはバカにしか分からないものだな」


 現時点での情報が少なく、突如惹かれ合った2人の関係性に頭を悩ませる上層部4人。

 そこには文字通りそれ以外の接点が無く、手がかりだけで事実を推測出来るのはここまでのようであった。


「そういえば、この前図書館に行ったんですけど・・・珍しくニロが居たような気が・・・」


 しかし覚束無い発言が放たれた瞬間、アドリアの机と残りの画面2つが激しく揺らいだ。


「それは本当ですか!?」


「奴が勉学に励むとすれば・・・一体どんな図書を読んでいたというのだ!?」


 ニロという少年に不真面目なイメージが定着しているのは、最早保安局内全ての人間と言っても過言では無かった。

 普段することのない行動に出たということは、彼らが一番恐れていたニロの"変化"が始まったことを意味し、同時にそれを深く追求する義務感に駆られた。


「確かその日は天文学の棚で見かけたような・・・」


 何も無い上部を見上げながら記憶を思い起こす1人。

 その日見かけたニロの姿は、数々の宇宙の神秘を語る書物がずらりと並ぶ棚の前で立ち尽くしていた。深刻そうな顔をして惑星図鑑の一つ一つに目を通していた。

 しかし同分野を問うた保安官試験の彼の点数は散々なものであった故、元から天文学に興味があったわけではないのは明白だ。

 では奴はどうしてそのような行動に出たのか。

 理由を推察する中、不確かな可能性を見出した者が、恐る恐るその口を開いた。


「天文学は宇宙の構造や仕組みを解いた学問だぞ・・・?もしそこに関連する情報を引き出す為に奴がルナに接触したのだとしたら・・・」


 一つの発言でまたしても空気がガラッと変えられた。

 通話の向こうに居る全員の背筋に、凍りつくように冷たい風が吹いた。

 天文学を追求する先にある恐ろしい未来の正体とは、言わずもがなその者が宇宙の果て、すなわち地球の存在に近付いてしまうことであった。


(まあアイツのことだ、誰かから星の話でも聞いて気になったことがあったんだろう・・・)


 しかし、ニロと図書館という正反対の存在に一度は驚きながらも、彼が無邪気で無知なことを誰よりも理解していたアドリアは、他のメンバーの深読みを真に受けずにいた。

 あの面倒事の多い少年に信頼を置いているなどということでは決してないが、そんな彼が唐突にこれまで忌み嫌っていた学問に興味を持つということはあるのだろうか。

 学問自体に興味があるのではなく、興味を持った別の物を突き止めることしか彼の頭には無いに違いない。

 また、もし侵入者の言葉から地球という新たな知見を得たとしても、あの知識だけでそれが天文学に関連する存在だということまで辿り着くのもかなり無理がある。

 まあこれはもし、彼の精神面が自分の思う以上に成長していなければの話であるが。


「・・・アドリア長官、奴らを指名手配しろ」


 そんな思いを持ちながら、必要以上に恐れている者達に対し少しの呆れを感じていたアドリア。

 だが、そのような楽観的な意見の彼からすれば思いもしなかった答えが、怯えて震えた声と共に返って来たのだった。


「なっ、保安官を指名手配ですか!?そんなこと今までに一度も・・・!」


 前代未聞の提案には思わず驚きの声が出た。国を守る役目を背負った保安官が、その上で国家から追われているという状況を大っぴらにしようとでも言いたいのか。

 無論そのような事態は過去に類を見ないし、保安官の問題行動くらいで発せられることでもなかった筈だ。


「そもそもこのようなこと自体が初めてなのだ。我々が押した判に誰も文句は言えんさ」


 しかし前例が無いのは処置の内容だけでない。

 そもそもこういった国の大事を左右しかねない出来事がこれまでに見られないのも事実。何にだって初の試みというものはあり、それを判断するのが彼らの仕事であるからこそ、常日頃よりも焦りが先走ってしまっているのだ。


「長官、あなたは保安官として保安局に属していた頃、何度も判断を誤っていたそうだな。だが今回は保安官一人のミスばかりでは終われない、これは国家の問題なのだよ」


 相変わらず異議を唱えたがってそうなアドリアの表情に対し、提案者は彼の過去を遡って続ける。

 今となっては組織を統べる位置に座っているが、かつての彼は未熟な保安官に過ぎなかった。

 入局前の成績や経歴は優秀でありながら、自らの価値観を押し通して譲らないなど、保安官として仕舞っておくべきである性格が難ありという評価をされ続けていた。

 そのような個人的な感情が事を大きく揺るがし、彼の班の活動は一時凍結させられる事態にまで発展したこともあるのだという。


「しかし・・・処置理由がこれっぽちの疑いだけとなると、大きく人権を無視していることになってしまいます・・・!!」


 それでもアドリアは反対の立場で在り続けようとする。

 その言葉には、道徳的な規範を則った上での考えもあっただろうが、最も大きいのは一人の少年に対する悲哀の感情だっただろう。

 保安官同士の争いで銃を使ったことを見逃すわけではないが、謎を多く残した事件が直近に発生したというだけで、ニロは自分のしたいことを否定されている状況にある。

 やっとこさ彼の成長を聞けたかと思えば、納得出来ない理由だけでそれが潰されようとしている。

 長年彼を面倒ばかりかけてくる問題児のように考えていたが、彼を窮地から救いたいという無意識な感情が出てくるということは、権力があるだけの相手に殺された過去の自分と無意識に重ね合わせているからなのかもしれない。


「では何故その意見を侵入者の処罰の際に言わなかった?国家が人を選んでしまっては、それこそあの者の人権を否定する結果になるだろう」


 しかし過去に目の当たりにした無慈悲な現実のように、自分の影響では空気は一切変わらない。

 先程から彼と相対し続けている者、民事大臣ドミニク・スカー。

 確かに彼の言う通り、似たような疑いをかけられたバッツとニロとで対応を変えれば、バッツの生きる権利を無視することに繋がる。

 安寧の楽園を阻もうとする危険な存在を斬ると決めたならば、常に何人に対して平等に刃を振るわねばならない。

 それが社会を統治する国というものである。


「いいか、我々が国家なのだ。我々は先代より伝わるルールを執行し"市民"の安心を保証している、ただそれだけのことであろう」


 決め台詞のようにそう告げ、スカーは通話を終了させた。

 同時にもう1人も音声と共に姿を消した。


(一番人を選んでいるのは、きっとそなた達であろうよ・・・!!)


 保安局の長官でありながら、その保安局の行く末を他人に委ね、その彼らの決定に疑問を抱きながらも、地位や権力の差に恐れ戦いて何も言い出せない今の自分を、何よりも情けないと感じた。

 そしてそれ以上に、厳格な彼らが発言に矛盾を含んでいることに気付けない程、彼らの使命感を動かすものへの憎悪が孕んでいた。


「今回は僕も何か一つ言ってやりたかったです・・・最近の彼らは少し度が過ぎてる」


 通話内に自分だけが残っていることを確認し、机に腕を着いて下を向く彼に同調する教育大臣ダニー・ヒルトン。

 上層部の中で敬語を使うのは新参者の彼ら2人だけであり、他の5人に無い価値観を提唱するからこそ、意見が似通って互いにサポートし合える仲であった。

 しかしそんな絆を持ってしても、年功序列の暗黙の了解が根付くこの社会では、やはり宇宙を見守っている時間が長い方が正しい答えを選ぶに違いないという観念は揺るがなかった。


「・・・私の敵は、いつも変わらない容貌かたちをしていたんです・・・それなのにいつもその正体は分からず終いだった・・・」


 後ろめたい過去とそこから始まった全ての捨て去りたい結果を振り返り、これまで在って無いようなものだと思い込んでいた"敵"の存在を、感情を最優先させていたあの日の感覚を思い出しながら、掴み取ろうとしていた。

 彼の歯ぎしりを感じ取ったヒルトンは、祈るように静かに通話停止の合図を送った。


(だがこれまでとは違う・・・もう少しでその鱗片が見える・・・!)


 感じたこともなかった決意を固めながらも、権力者の命令を無視するわけにもいかないので、渋々全体通達の準備に取り掛かった。

 そんな変わり果てた彼の様子とは打って変わって、小さなストレス解消に繋がる煙草の銘柄はいつも通りである。


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