#6 -3



 薄暗い明かりの中で目を覚まし、横たわっているソファと頭の間に少し距離を置いたところで、彼らの忙しない会話が聞こえる。


「待って!!保安官狩りはあくまで最終手段だったんでしょ、じゃあもうこれ以上無闇に攻める必要無いじゃん!!!」


「何度も言ってんだろ、攻めじゃなくて守りだ。こっちは訳も分からず攻撃対象にされてんだ、多少犠牲が出ようと正当防衛だろ」


 あれ程冷静で物静かだったケイトが出す意外な大声と、それとは正反対に落ち着いた口調で意見を率直に述べているヤマト。

 何やら対立しているような雰囲気だが、これだけではその全容は分かりそうもない。


「何話してんだァ・・・?」


 徐に立ち上がって明かりの方へと近付いて行く。

 すると、壁に凭れながら2人を観察し、考え事をしている男の姿が1つ。

 ニロの目覚めに気付いた彼はそっと近くに寄って来た。


「おはようニロ。急で悪いが、お前ら2人は今緊急事態なんだよ」


 身長が高めだったバッツを軽々と越えてそうな大柄な男。仮面越しでなく素顔で会うのはきっと初めてだ。

 そんな彼はケイトとヤマトの口論を妨げないように、ニロの小さな左耳にそっと語りかけた。


「・・・なっ、何だって・・・!?!?」


 急な展開の連続に疲れていたとは言え、今の今まで呑気に眠りこけていた自分をその瞬間に腹立たしく思った。

 長身男から告げられた思いもしなかった事実は、数時間前の尋問を目撃されたことによる自分達の指名手配と、その対処としてヤマトが保安局基地に直接爆弾で反撃しようと考えていることだった。


「この宇宙に残されたお前らの居場所は残り僅かだ。今はまだこの隠れ家も安全だが、保安局のパトロールが貧困街にまで回ってきたらそうとは言い切れなくなるだろうな・・・」


 男は目の前の少年の危うい状況を静かに語った。

 だがそれを他人事のように説明する淡々とした言葉とは裏腹に、彼の表情は焦りを隠せていなかった。

 そしてある言葉を合図に彼の深い思考が再開する。


「こういう時、バッツなら・・・」


 彼らの発言を聞く度に、バッツという青年がいかに優秀であったかを考えてしまう。

 実際にその言葉通り、彼らの中でも抜きん出ていたのは間違いないのだろう。

 単独で危険な任務に立ち向かうだけでなく、その内容を決定づける判断力さえも持ち合わせていたようなのだから。

 そんな彼と入れ替わるようにして現れた自分の存在は、彼らの新たな戦力になるどころか新たに問題を喚ぶ始末である。

 バッツを死に追いやった組織の一員である上、自分が加入することで課題を増やしてしまうのだから、今のニロは自分を呪いたくて仕方がない心境に立たされていた。

 しかし、そんな彼にも思うところがあり、その全てがヤマト達に賛同している訳ではなかった。


(オレには償えることも力になれることも無いかもしれねぇ・・・。でもその考えに黙って頷くのは無理だ!保安局に居るのは敵だけじゃねぇ!!)


 もし計画が通ってしまえば、攻撃対象には大切な仲間が含まれるかもしれない。

 既に今後の保安官人生を揺るがす境地に立たせてしまっているのに、これ以上自分の行動がきっかけで迷惑をかけてしまえば、彼らに報いが訪れる機会は二度と来ないだろう。

 そんな未来に繋がるくらいなら、自分だけが肩身を狭くして宇宙中を逃げ回る方が余っ程いいと本気で思えた。

 この答えはきっとバッツの思想とも相反しているだろうが、彼の代わりに働くことだけを考える訳にはいかなかった。


「待ってくれヤマト!保安局に何かしら行動を起こさなきゃいけないのは分かるけど、基地の爆破なんて納得出来ねぇ!!」


 先程まで眠っていただけの分際では説得力が足りないということを自覚しつつ、相手の意見を真っ向から覆すつもりで立ち向かった。

 味方が増えたことでケイトも少しは安心を取り戻したような表情になった。


「まだちゃんと話し合いが出来てないだけで、保安官の中にも上層部に反対してる人が居るかもしれないんだよ!ニロだってそうだったでしょ!!」


 賛同するケイトの声。

 勢いに合わせて大きく口を開こうとしたが、ヤマトの重い唇が浮かび上がった時、その鋭い目線に込められた威圧に声も出なくなってしまった。


「・・・じゃあ何だ?誰も上層部の粛清思想に巻き込まれず、そして誰も俺達のイカれた思想に巻き込まれずに終わる、そんな甘ったれた案が他にあるって言いたいのか?立ち止まってりゃいつかはお前らが上層部に潰されるし、行動を起こせば誰かが犠牲になるが俺達は生き延びる。今はもうそんなとこまで来ちまってんだ」


 しかめっ面で自身の意見の正当性を語るヤマト。

 国家権力を背景に動く保安局の追手から逃げ切ることなど到底不可能であり、黙って捕らえられてそのまま殺されるくらいなら、僅かな希望だろうと掴み取るべきだという考えだった。

 先程まで反対的だったニロ達だが、これを否定するのは難しかった。


「つまりお前らが言いたいのは、ここだけじゃなくて保安局にも仲間が何人か居て、そいつらには何がなんでも危害を加えたくないってことだろ?でもここで保安局の力を少しでも下げておかねぇと、その仲間達だって理不尽な拷問を突きつけられるかもしれねぇだろ」


 そして続く補足。

 反論の理由をそっくりそのまま見抜かれたニロは、言葉通りに幾つかあるうちの一つの未来を想像してみた。

 確かにチキュウが関わっている以上、仲間達3人にもその情報が回っていることを疑われ、必要以上に問い詰められてしまうことは大いに有り得る。

 しかし、僅かながらに生き残りの可能性を抱えている拷問の未来よりも、あの爆弾を真面に食らった未来のほうが死の危険性が高いという確信は、未だ心を納得から突き放そうとしていた。

 それでも饒舌なヤマトの言葉は続く。


「俺達は元々、触れちゃいけないものを突き止めようとして社会からハミダシモノの烙印を押されてんだろ。俺達が忌み嫌ってるその社会はいつまで経っても変わろうとしないし、だからこそ何だってやる思いでここまで来たんだ。それがなんだ、今更目に見える形で追い詰められて、誰も傷付かない方法で打開しようだなんて・・・そんなもん、誰が指揮を取ったって無理に決まってんだろ・・・」


 そこで初めて見せられた彼の暗い表情。

 尋問の際にケイトの顔にも浮かび上がったように、彼らは自分より遥かに多くの宇宙の闇を知って生きていることで、その考えもより現実的なものと成っているのであろう。

 考え直してみれば、バッツと思想が合っていたのならばきっとヤマトも不用意な暴力は好まない筈。それでも基地爆破の案から中々退こうとしないのは、その悠長な考えを手放せず闇に陥ってしまったバッツの前例があり、それを他の仲間に繰り返させたくないという思いが強いからということになる。

 最初は落ち着いた口調で居たものの、その裏に隠れた仲間を守り抜きたいという意志が、彼の焦りを段々と吐露させて行った。

 仲間を1人殺されておいて、その黒幕にもう2人が攫われようとしているのだから、冷酷無口な平生の様態を保てというのも無理な話である。すると。


「・・・爆破だけでも代えられないのか?ニロもケイトも、無関係な保安官やら仲間を巻き込みたくないってだけで、保安局そのものへの攻撃は寧ろ好都合だろ」


 会話に加わらずに考え込んでいた先程の男が、満を持して口を開いた。

 ヤマトの攻撃的な姿勢が問題なのではなく、それによる被害の規模を縮小したいというのが論点であることを再確認させてくれた。

 思いを全て伝え切れなかったニロは、喉が痒い感覚を捨てることが出来た。


「それが出来れば苦労はしねぇな。誰か情報システムとかに精通してる人間が居て、サイバーテロで奴らの持つニロとケイトのデータを一遍に消せるなんてことが出来れば視点は変わって来るが・・・」


 やはりヤマトも最初から無差別攻撃を企てていたわけでは無かったらしい。

 最も穏便かつ平和的に事を収束させる方法は、この場のどこにも居ない別分野の専門家に頼り切ってしまうことだが、そんなことは異端の自分達には出来る筈もない。

 しかし、ヤマトが立てた第一の解決策を聞き、ニロはある点が無性に気になったのであった。


「待ってくれヤマト、オレらのデータが消えるだけで済むなら、それでもいいってのか?」


「指名手配されてるって事実自体を揉み消すか、単純に混乱を巻き起こすかを考えれば、俺達の得意分野は後者になるって話だ」


 指名手配はあくまで保安局の持つデータにニロとケイトという2人の人物が登録されている前提で成り立つ話であり、それを掻き消してしまえば多少なりとも手配取り下げに繋がる可能性があるとヤマトは睨んでいた。

 だがそんな都合のいい展開を繰り広げられる自信もなく、結局はこれまで補給船への攻撃や保安官狩りで見せてきた力づくの方法が、手っ取り早く保安局から2人を遠ざける策であると結論づけたのだった。

 その話を聞いて、ニロはかつて小耳に挟んだ噂を思い出しながら、心の中で小さな希望の火を灯し始めた。


「・・・いや、もしかしたら前者でもやっていけるかもしれねぇぞ」


 ニロが何かを思いついたことはヤマトも表情の変化から感じ取っていた。

 しかし何を言い出すのやらと考えていると、自分の判断で閉ざしていた道への希望があるなどと語り始め、思わず両眼が大きく開いた。

 彼に同調していたケイトでさえその内容を知らないようであり、その口ぶりから考えて大きな可能性があるとは期待出来なかったが、咄嗟に合図を送った。


「話せ」


 彼の先見の明は誰よりも信頼出来る。

 傍で議題の転換を見守っていたケイトと男は、ヤマトが目をつけたニロの判断が一体何を仄めかしているのか、とても興味惹かれていた。

 先程まで対立していた彼が意見を聞く気になってくれた喜びと、自分一人の言葉で事が動くかもしれない責任感の混沌を感じながら、ニロは息を呑んで口を開いた。


「ロイルの本部の3階に、情報制御室ってのがあるって聞いたことがあるんだ。そこにあるコンピューターに保安局の情報を全部管理させてて、上層部もそのシステムが無いと何も出来ないらしい」


 事の始まりは保安官試験期間中、つまり彼がまだ保安官研修生の土台すら踏めていない時代の話である。

 試験の一環で本部の施設を見学して回っている中、すれ違ったとある正保安官2人組がこのような話題を繰り広げていたのを鮮明に覚えていた。

 もう1人の反応から多くには知られていないようだが、もしこれが事実なのだとすれば、情報を攻撃対象にするならその部屋単体を標的にするだけで済むことを意味する。


「え、そんな場所あるなんて、あたし聞いた事ないんだけど」


「随分前の噂だから本当かどうかは微妙だし、もしかしたら他の星の基地には無いのかもしれねぇ。けど確かに3階にはでっかい部屋があって、配置図では空き部屋ってなってるし何故かオレら保安官は立ち入り禁止になってんだ」


 ケイトはロイルから離れた草の惑星キーコス所属の保安官であり、本部も先日ニロの様子を窺う為に訪れたばかりであった。

 故にそのようなローカルな噂は耳にすることもなく、保安局に所属する諜報員でありながら真偽の判断が出来ずに居た。

 一方、詳しくニロの話を聞いたヤマトは再び考え込んで、ある考察を言語化させた。


「叩くならそこに集中しろ・・・なんて言いたげな表情かおだな、俺達の超新星」


 情報制御室の存在が導くのは、雑に保安局基地全体を爆破攻撃する無鉄砲な手順ではなく、爆弾の投擲先を一点に絞って敵の情報源を確実に"殺す"方法。

 それはニロとケイトの掲げた犠牲なき理想に一致し、加えてヤマトが第一に叶えたかった2人の指名手配取り下げさえも実現を可能にするものであった。

 ここで漸く一つの案で両者の意見が合致する可能性が生まれ、睨み合っていたニロとヤマト2人の両目の奥は、新たに燃え盛る多色の炎が輝きに満ちていた。


(まだ情報を渡せてないしどうなるかは分かんねぇけど・・・もし皆がオレの提案を受け入れてくれて、新しい作戦が順調に進んだとしたら、この組織だってもっと柔軟に動けるようになるはず・・・!!)


 未だ仲間の一員だとは認められていない立ち位置でありながら、自分の意見がすんなりと通ったことに違和感を感じつつも、ニロは誰も傷付けない反撃の道筋を描けそうなことに心躍らせていた。

 ・・・しかし、全てが上手く行くかもしれないなどと期待を寄せている今の彼は、この判断に引き寄せられ訪れる分厚い障壁の出現を思いもしていなかっただろう。





продолжение следует…

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