#7 -1
前回のあらすじ
ニロがまたまた問題行動を起こしたと聞き、他の上層部にそれを報告したアドリアは、最近の行動を鑑みて彼が地球に迫ってしまう危険性があるとされ、ケイトと同時に指名手配を行うよう要求される。
自身の過去とニロの現状を重ね合わせ、彼は上層部の決定事項に違和感を抱くようになった。
その後指名手配を受けたニロとケイトは、自分達の危機的状況に焦りながらも、ヤマトの過激な反撃計画に異論を唱えていた。
すると議論の中でニロがとある別案を思いつき、本来ヤマトが願っていた暴力なき対処法の実現が現実味を帯びて行くのであった。
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プロジェクターが映し出したビジョンに更なるメモを書き加えながら、ヤマトとケイトは新たな作戦の概要について話し合っている。
自分の発言一つであっさりと事が流れたことに初めは達成感を得つつも、段々と事態が深刻でないかが気がかりとなってきたニロだった。
「なあテト、本当にオレの提案通りに進んでも大丈夫そうなのか・・・?」
ヤマトは作戦思案に夢中になっており、自分のちっぽけな疑問だけでそれを邪魔する訳にはいかなかった。
それでもやはり不安は払拭されそうにないので、先程助言をしてくれ、今は隣で一緒に2人を見守っている長身の男テトに恐る恐る聞いてみる。
「そもそもオレ、まだ条件踏んでないから皆の仲間にもなれてねぇし、もしそれで失敗でもしたら・・・」
当初に出されたヤマトに認めて貰う為の条件は、保安局内部でのみ受け渡される情報の内通であった。
一応その為の情報は上層部会議の盗聴で入手しているし、こんな緊急事態で無ければ疾うにそのやり取りを終えているに違いない。
だが状況が状況なのでそんなことを言っている場合では無くなり、条件を満たさずして彼は自分の話をまるで味方であるかのように受け入れてくれているのだ。
少しばかり罪深さを感じてしまい、それがこの退きそうにない不安に繋がっているのだろう。
すると。
「一旦落ち着けよニロ、ああ見えてヤマトは人を見る目が誰よりも冴えてるんだ。だからバッツやケイトみたいな頼もしい奴らと分かり合えてるんだし、きっともうその中にお前も含まれてる」
彼の観察眼が随一であることは組織の誰もが知っていた。
ハッキリと物事の本質や人間の内面を鋭く見抜く能力が据えられており、バッツやケイトが優秀な人材として動けているのもヤマトの采配が彼らに適していたからである。
そんな彼の"目"が許しているのだから、ニロだっていつかは彼らの中で大きな力を発揮することを期待されている筈である。
「それにもう俺達はここまで気を許して話し合える間柄になってんだ、アイツも今更お前を敵だなんて思わないさ」
そして仮に警戒心を解いていないのであれば、そもそもこれだけの至近距離を拘束の1つ無しに自由に行動させないだろう。
四肢を縛っていた前回と比べて距離感が縮まっているのは、ヤマトが明らかにニロに心を許している何よりの証拠であった。
テトの低く渋い声で諭されたニロは心の中で安心を掴み取り、組織の彼らに対する敬意を込めて胸元に拳を置いた。
「"アイテールの子に幸あれ"」
「・・・ハハッ、どこで覚えたんだよそれ」
― #7 Omen ―
深夜、地下アジトに全員が集結した。
尋ねてみたところ、それぞれが別の経路で収入を得ながら団結して組織の活動を支えているらしい。
何人かはその仕事としてアジトを離れていたそうだ。
「揃ったな。じゃあ今回の作戦について説明する」
プロジェクターを持ち上げて、ケイトは居間の真ん中にある机にビジョンが映るように調整する。
このような作戦会議を行うのは数週間前の保安官狩り実行直前以来であり、変わったことと言えば保安局に潜入していたケイトと、前回の結果得られた新たな戦力の参戦である。
「知っての通り、俺達は今保安局から大々的な宣戦布告を受けている。奴らの思い通りに行けばニロとケイトはバッツのように逮捕され、これまで追ってきた謎の答えを知ることもなく散ってしまう・・・。今回の目的は、そんなクソッタレな未来を実現させない為に、奴らの情報を撹乱させることだ」
作戦失敗が意味する結果を淡々と語るヤマト。ついこの間別の仲間を失っている経験のある彼らにとって、それは絶対に避けねばならない運命だった。
肝心の作戦概要を伝える為、ビジョンは次のフェーズへと姿を変えた。
「ニロによると、どうやら保安局は情報制御室ってのを使って莫大な情報を処理している可能性があるらしい。そこを爆弾で叩いて、一瞬だけでも指名手配を停止させられればこっちの勝ちだ」
映し出されたのはケイトが推察した保安局本部の"真の"配置図。
上層部やアドリアなど保安局内の序列で上位に位置する者が主に出入りする3階には、空き部屋にしては不自然な大きさである一室が存在している。
その壁には窓は一切着いておらず、他の保安官も訪れる長官室や会議室と違って、専用のパスワードを知る者のみが開けられるドアのみが唯一存在している。
たまたま1度横を通りかかったことがあるだけのケイトにすら、その異様な造りが印象的に映っていた。
特に必要性も無く先程までその部屋を忘れていたところであったが、ニロの口から情報制御室の存在を聞いて確信に火がついた。
思い返してみれば、彼女が所属する惑星キーコスの支部でも支部長部屋の隣に似たような部屋があったような気もする。
規模は違えど他惑星に位置する基地は基本的に本部と同じ構造で作られているため、本部の空き部屋の中に情報制御室の仕組みが本当にあるのだとすれば、それは他の基地でも同じことが言えるかもしれない。
イーグルスアイやその他コンピューターを通ずる情報を処理する保安局の情報システムは長らく明らかになっておらず、他の機関にそのような高精度の技術は見られないことから、情報制御室のみで秘密裏に情報がやり繰りされているのではないかと考えられる。
「標的は3つだ。まずはニロが所属していて今回の指名手配の大元となったロイル本部、ケイトが所属しているキーコス支部。そして何度かケイトが世話になったとか言っているワートス支部だ。この3つの情報制御室をぶっ壊して、キャサリン・ルナとニロという保安官が居たって事実を抹消させる」
本当に都合良くそのような結果に辿り着けるのかどうかは現時点では何も言えないが、命の危機が待ち受けている以上少しでも可能性のある方向に進むしか無かった。
情報制御室に残されたその基地の持つ全ての情報を消し去ることで、元から保安局に所属していない2人の人物を指名手配することなんて出来なくなるという状況を作り出すのが最終ゴールであった。
すると。
「作戦にニロとケイトは不参加か?でも何にも知らない俺らだけじゃちょっと心細いよな・・・」
低身長ぎみの男が意見を申す。
ケイトから幾つか聞いた話はあるものの、彼らは保安局基地の内部を見学する機会などまず来ない一般人であり、社会的な立場から考えてもその近くに立ち寄ることさえ今までに一度も無かった。
作戦成功の鍵を握るのは内部構造を知る彼らの協力であるが、全宇宙に指名手配の通達が渡っているかもしれない以上、下手に姿を現せば逆に危険な状況を呼び起こすことになる。
しかしヤマトは、そのような問題点に対しても既に手を打っていた。
「元々2人には安全地帯に居残って貰うつもりだったが、この作戦になるとどうしても中身を深く知っている人物が必要になる。だからどちらかは道案内として連れて行かなきゃならない」
保安局に彼らを捕えられるリスクを把握した上で、作戦成功の為に彼らが肉眼で認識して来た数多の現実が遂行中に必要ということになった。
保安局トップクラスの問題行動回数を記録しており、感情や私情が先走ってしまいそうな自覚があったニロは、きっと初々しい自分よりも彼らと長年の信頼を積んできたケイトが選ばれるだろうと考えていた。
しかし。
「ニロ、一緒に来てくれるか?」
予想だにしなかった答えが返って来て唖然とした。確かな言葉が何一つ出て来なかった。
「え、でも・・・さっきもケイトに引っ張られてばっかだったし、もしヘマでもしたら・・・」
数時間前の逃走劇で自分が活躍したという自覚は一切無く、今の彼に自信というものは最早残っていなかった。
今の彼にただ1つ残っていたものは、自身が招いたこの事態を契機に更に状況が悪化してしまうことへの恐れだった。
しかし、そんな低くなってしまった彼の姿勢を顧みず、ヤマトは強めの忠告を投げかける。
「そうだな、俺も失敗したら終わりだって思いでいつも生きてる。でもいつだって1番の失敗は、自分の持ち物に気付けずただ吉報だけを期待して、自分の知らないところで周りだけが死んで行くことだと思うぞ」
狭苦しい人生を過ごしてきたヤマトには、今のニロの葛藤が痛いほど共感出来た。
貧困層社会での著しい生活苦、地球という他者に理解されない知恵を持つ疎外感、選択を誤った結果隣に戻って来ることは叶わなくなったかつての親友。
きっとニロは自分が逮捕される心配よりも、失敗によってこの組織が全滅する心配を抱いているのだろうということまで思えた。
だが、彼からすればその結果を導いた失敗の規模は大したものでなく、何も成し遂げなかったという感情が引き起こす失敗こそが最大の後悔を生み出す種であることが明白だったのだ。
何より、あの日の突然の敵の襲来にあそこまで対応出来た確かな技術と、それでいて一度も折れることの無かった堅い意志は、ここに居る全ての者の中で最も鋭い刃を呼び覚ますだろう。
「今更まだ仲間じゃないなんて言ってくれるなよ。自分達の未来が懸かってる勝負を赤の他人に託すってんなら、そいつは味方全員を死なせちまう無能な指導者だろ」
そして続くのはニロの意識を根底から叩き直す言葉。
確かに仲間として認める為には条件を満たすことが必要だと話したが、その内容も疾うに忘れてしまったし、何ならもう先程の議論で達成していたような気もする。
ヤマトにとってニロを信用することは、今や光り輝く星を見つけることよりも容易であった。
テトから話を聞いても尚自分の存在など彼らの身の丈に合わないと密かに思い込んでいたニロだったが、当の本人からそのような言葉を聞けた暁には、何だか不安も心配も同時に消え去ってしまったような気もする。
「そっか、オレもう仲間ってことでいいのか・・・それならオレは喜んで仲間に加担するぜ!」
信頼する人物が自分を"仲間"だと認識してくれる喜びを、彼は既に感じ取ったことがあった。
離れ離れになってしまったがいつも思考の中心にいる班の仲間、彼らに加えてかつては敵対していたようなこの組織ともここまで距離を縮められている現実に、いつしか自信を取り戻す手助けまでされていた。
今の調子が続けば、3つの基地だけでなく全ての保安局基地への攻撃だって可能な気さえした。
「行ってきなよニロ。元々は君の行動が原因なんだから、自分で決着つけた方がスッキリじゃん」
選ばれなかったことを気にも留めず優しくニロを励ますケイト。
彼女をはじめとする他の5人もヤマトと同じく自信に満ちた表情であり、彼は自分が快く迎え入れられていることを大いに悟った。
「じゃあ話を戻すぞ。情報を掻き消すことに加えて、今回は犠牲者0ってお達しが来てる。そこで大量の偽通報で保安官達を基地から離す班、その間に情報制御室を爆破する班の2つに分けるつもりだ。ニロ、無論お前は後者の班に入ってもらう」
そして作戦概要に戻ると、先程のニロとケイトの抗議が強く響いたのか、平和的解決が見込めそうな行程が新たに追加されていた。
民間事件は通報地点から最寄りの基地に情報が伝わり、そこに居る出動可能の保安官が繰り出される為、基地内の保安官の数はある程度操作することが可能だ。
それを経た上で情報制御室付近の人口を極端に引き下げ、もし爆弾が逸れるようなことがあってもそれに巻き込まれる人を無にすることが最大目的であった。
「攻撃班はお前に加えてリビアとタローに頼む。偽通報班はルーシーとテト、そんで俺が武装していつでも攻撃班に加われる状態で担当する。ケイトは・・・帰って来た奴から順番に温かく出迎えてくれ」
「ほ〜い、あたしの得意分野だね」
攻撃班の人員としてリビアとタローという名前が呼ばれると、保安官狩りの後にニロを手当てしてくれたあの2人が反応を示した。
記憶が正しければ最初に保安官狩りで対峙したあの男がリビアであり、その後彼を助けに来た女がタローである。
そしてもう1人女性が居ることは予想外だったが、ルーシーという人員とテトが呼ばれた。
あの一瞬でここまで細かい計画を立てたヤマトとケイトの実力に、改めてニロは心躍らされていくのだった。
「この作戦が完全に成功すれば、ニロとケイトの指名手配は取り下げられ、俺達は漸くバッツの恨みを保安局の最上階で蜜だけ吸ってる老人共に伝えられて、人を殺すことは無く潔く終われるってわけだ。・・・フッ、美味しすぎる話じゃねぇか・・・」
作戦によって生まれる最終的なメリットを静かに語るヤマト。
しかしその声色はいつもと違って興奮気味であり、彼にしては珍しく笑顔らしき表情を浮かべていた。
そしてシミュレーションで得られた作戦開始から終了までの凡その所要時間は2時間と0分前後。その数字を頭に思い浮かべた途端、彼はとある名称を脳内で生み出したのだった。
「今度の作戦は、名付けて
そして天井を大きく指差し、何を言い出すかと思えばまたしても彼にしては珍しい大声が出た。
作戦に名前をつけて満足する程、今の彼は少年心に満ちていた。
そこには話に聞くバッツのエピソードの数々や、初めて宇宙の謎を意識したあの日のニロと同じ熱気が蔓延っていた。
・・・まあしかし、その名前の内容だけは場の空気を沈黙に持ち込んでいたのだが。
「ヤマトって、ネーミングセンスだけは凡人以下なんだよね」
「・・・なんだと」
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