#7 -2
前代未聞の報せを受け、何が何だか分からないまま、部屋の中をただ1人ウロウロと歩き回っていた。
すると、同じ班の人員が来た場合にのみ自動で開くドアの効果音が鳴り、仲間の帰還を彼に知らせた。
「トチ、ミナミ!何か分かりそうなことは!?」
その日はそれぞれが別の目的に向かって散らばって行動しており、パトロール研修として正保安官の班と行動を共にしていたトチとミナミは全く別の惑星に赴いていた。
一方オリバーはやることが特に無く本部近隣の図書館にて過ごしていた為、あの通達を受けて1番早く班別ルームに戻る事が出来た。
しかし、一体何があってうちの班長は指名手配など受けてしまったのか、隣に映る見たこともない女と彼はどのような関わりがあるのか。それらの詳細は何も分からずに数時間が経過していた。
あるだけの情報提供を求む旨を予めイーグルスアイで共有していたのだが、後から訪れた彼女ら2人も残念そうに首を横に振った。
「アイツのイーグルに何度も電話掛けてみたけど、一向に繋がらないの。位置も全く出てこないし、きっと上層部に停止されてるわね・・・」
急速な安全確保や柔軟な任務遂行の観点から、同班の保安官同士が互いのイーグルスアイの現在地を調べる事が出来る機能が備わっている。それは宇宙全体に散りばめられたネットワークシステムによるものであり、例えイーグルスアイの充電が切れた後でも継続されることになっている。
つまり、保安官の現在地を示す印が消えたとなると、退職などの理由でそのイーグルスアイが使われなくなったか、或いは何らかの理由で使えなくさせられたのだと考えることが出来る。
「今ここで上層部が駆け足で出て来たってことは、会議を盗聴しているのをバレたか・・・でもそれだとしたら、この女はどういう理由でニロと一緒くたにされてんだ?」
全体通達にはただただその2名を指名手配することが決定し、彼らを捕らえ上層部の元に連行した保安官は報酬を期待しても良いということだけが書かれていた。
お尋ね者とされた2人の罪状やその理由などは一切記述が無く、如何にもその通達が大急ぎで作られたということが察せられる。
オリバーはニロと同班の人間である立場から、彼の直近の言動にここまで事態を発展させる理由があるかを探ってみたが、これなら追われても仕方がないと言えそうなものは盗聴のみ。
しかしその事実を知るのは自分達4人だけ、或いはまだ考えられるのは・・・。
その瞬間に彼は盗聴実行日のとあるトラブルを思い出し、その元凶となったある者の存在を記憶の中から見つけ出した。
「もしやこのキャサリン・ルナとかいう女、この前俺達の盗聴器に挑発して来た奴と同一人物か・・・!?」
指名手配の理由を盗聴からの粛清だと仮定した場合、その事案に関係した人物は協力者であるこの3人と、終盤で盗聴器に煽り文句を言うだけ言って去って行ったあの女以外に誰1人として見当たらない。
自分達は完璧な程に怪しまれずに計画を遂行出来たつもりで居たが、もしルナとやらの不審な行動から会議の盗聴の疑いが漏れた場合、その日その当時に得体の知れない誰かを探していたような自分達の行動も把握されてしまえば、同一犯行集団と看做されても無理もない話である。
しかし。
「でも、使った盗聴器はその女の人が持って行っちゃったんでしょ?ニロ君とこの人がやったって確証も無いのに、ここまで決めつけて広く発表するかなぁ」
ミナミの温厚な口調で鋭い意見が挟まれたことで、オリバーは心の中の仮説を徐々に否定して行くこととなった。
確かに言われてみれば、歴代の上層部は基本的に物事に確証を持てる機会が来るまで動くことはなく、証拠を揃ってから断罪に臨む慎重な者ばかりであった。
それが保安局の行動理念にも影響されており、現行犯逮捕や逮捕礼状以外の正当でない理由では例え極悪人の疑いがあろうと身柄を拘束することは出来ないことになっている。
そんな思想とは全く逆と言える現状は、もし2人に全くの罪が無かった場合に上層部の信頼を大きく損なうこととなる。
必ず確信出来る何かがあるに違いないが、盗聴に関しては証拠は既に隠滅されている。では一体指名手配の真の目的は何なのか。
新たな視点に立って考えを深めようとしたところ、次はトチの考察がオリバーの思考を次のステージへと引き上げた。
「もしかして、2人が"チキュウ"を知ってることを疑われてるんじゃ・・・??」
耳が言葉を全て認識した途端、先程までの覚束無い考えの数々が一瞬にして吹き飛び、全く別の解答が彼の答えに成り代わった。間違いない、これだ。
結局のところチキュウがその言葉の先に何を示すのかはまだ分かりそうに無いが、上層部にとってその答えは誰にも知られたくない不都合な事実であることは、彼らの中では周知の事実だった。
侵入者を捕らえ即座に秘匿に殺害したのは、彼にその事実を知られている状態に納得いかなかったから。
そんな事案がつい3ヶ月近く前に発生したばかりの今、上層部が真面な手順も踏めずにこのような大胆な行動に出るのだとしたら、これが理由じゃないと言う方が寧ろ不自然だ。
「じゃあ今ニロが捕まったら、あいつは上層部に殺されちまうってことなのか・・・!?」
自分と同じ謎を追うことが死に繋がるかもしれないと、ニロが再三声を大にして伝えてきたあの最悪の未来が、今まさに待ち受けているのだった。
ルナがどうであったかは現時点でどんなに奥深い議論を重ねても分かりっこないが、侵入者騒動が起きた後のニロは誰から見ても変化したところがあり、そこに目を付けられればどんな疑念を提示されたって言い返すのは難しいだろう。
何しろ上層部はきっとチキュウの正体を知っているのだから、それを掴むまでの手順も把握している筈であり、それと同じ道筋をニロが歩んでいることが彼らに筒抜けであれば、深く知られる前に道を絶っておきたいと思うに違いない。指名手配を実行するには十分過ぎる理由だった。
このままでは侵入者のようにニロが無惨に殺され、彼の夢も自分も夢も共に潰えてしまう。
普段であればこういった事態には先に義務感が湧いてくるオリバーだったが、余りにも早過ぎる閉門の訪れに息が詰まり、同時に考えることもままならなくなってしまった。オリバーの言い放った最悪の未来に、トチもミナミも青ざめて絶句していた。
その最中であった。扉の向こう側でコンコンとノックが鳴り、オリバーは遠隔で扉を開けた。
「失礼するよっ」
現れたのはエヴィとオルデン。
彼ら4人が最も尊敬する先輩保安官のうちの2人であり、その並びは絶望が蔓延していた空気に少しの安心感を与えた。
「オルデン先輩、エヴィ先輩!何か見つけてくださったんでしょうか?」
この指名手配を受けてオリバーは、もう1人の手配犯であるルナについて調べてくれないかと2人に頼み込んでいた。
この2時間余りの中で、トチと共に行動していたエヴィは彼女と別れるや否や直ぐに情報収集を開始し、彼女の所属先を特定したところでオルデンと合流、その後惑星キーコスの保安局支部にてその人物について隠れながら調査したのであった。
「ニロの問題行動がコンビニ強盗の件で43回目、キャサリンは前回のが25回目だ。あのバカガキとまでは行かずともこの女も相当ヤベェ奴なんだろうな。・・・でも他に目立った特徴は見当たらなかったぞ」
オルデンの口から2人の共通点を知るが、その他に得られた事実のどれも2人の関係性を示唆するものでは無かったようだ。
よく面倒を見てきた後輩の緊急事態に彼らが嘘をつかないことはよく分かっている。だが、これだけでは今の第一仮説であるチキュウの既知に繋がることは無く、どのように盗聴器の存在に気が付いたのかも導き出せそうにない。
「もう一つ強いて言うなら、問題行動のほとんどが任務中に勝手に抜け出すこととか、施設や備品をあれこれ無断に使ってたってことかな。部外者のウチらが探れるのはここまでだったよ」
エヴィが提示したもう一つの事実も問題行動の内容について。
他愛もない無関係なものだろうと、既にオリバーは期待値を下げて思考を別ベクトルへと移行させていた。
しかし彼らの働きを何一つ成果に繋げないのは失礼にも程があり、どこかで手がかりになってくれないかとそれらの情報を頭の片隅に置いた。
「まぁウチはいくらでも行こうと思ってたんだけど、なんせオルデンがビビりなんだよね〜。ずーっと”ここまでにしとけ”ってうるさかったんだよ」
「上層部が動いてる今問題を増やすのが得策じゃねぇって言ってんだよ!そりゃどうにかしてニロを助けてやりたいのは俺も同じだけど、他基地の情報を盗みに行くなんて本来はご法度だからな」
エヴィとオルデンが茶番劇のような会話を繰り広げ始める。すると、後者の発言にオリバーは小さな手がかりを見出せる気がした。
あってはならない行為、上層部に目をつけられるリスクを犯してまでそれを実行したのは、この2人は自分達の要求に答えてニロの危機に対応する為。
そしてニロがこれまで幾度となく問題行動を繰り返して来たのは、その先に人助けや事件解決など、正義の執行を見出して来たから。
何か大きな理由でも無ければ、罰則を受ける義理も覚悟も出て来ない筈。
「・・・ちょっと待って下さい。ルナの奴は問題行動を繰り返して、一体何がしたかったって言うんでしょうか?」
それでは、この女はどのような道理があって規則を犯せたと言うのだろうか。
任務中に抜け出すなど、保安官の持つべき正義に従う為の言い訳の一つにもならない。
何か目的があったとして、それは本当にいつも同じ行動を求められるものなのか。
彼の口から出た別の視点からの疑問に、それまで困惑していた4人も確かにと思考を再開させた。
そして。
「ニロの問題行動は殆ど全部が事件解決に無理矢理首を突っ込んだことです。ルナがただ怠けた奴なんだとしたら、あいつの正義感はそんな奴とは分かり合えないと思います」
自身のその後の処置を鑑みない程正義に執着しているニロが、正当な理由もなく指を差される道を選ぶ怠惰な人間とは惹かれ合う筈がない。
同時に一度の通達で手配されているということは、この2人の間に何かしらの繋がりがあることは間違いないのだろうが、そもそもそのような条件の上で敵かもしれない者と接点を設けようとするだろうか。
こうした事情を踏まえて推察して行く中で、オリバーが見出した新しい答えの一つが、ニロが今何よりも目標としている侵入者の仲間の1人がルナである可能性だった。
(もし侵入者だったりその仲間だったり、そのどれかとルナが繋がってるんだとすれば、お偉いさんに見られていないタイミングで情報を売りに行くってことにも合点がいくな・・・。でもそれならニロはルナの味方な筈だろ、じゃあどうして遠ざけようとした・・・?)
しかし、それではどうにも納得のいかない点が存在する。
盗聴を妨害して来たことだけが、彼女が少なからず敵に回ってしまう可能性を持っていた。
若しくは仲間には話さずにニロを試していただけなのかもしれないが、その結果逆に自分達の隠れた存在が顕になってしまっているのだから、それを見抜けなかった単なるバカということになってしまう。
(とりあえず何か分かるまではこいつを危険視しておく必要がありそうだな)
明確な答えは今すぐには出そうにないが、結局のところルナの存在を当てにするのはかなり命知らずという結論に至った。
しかしここまで深くチキュウが関わって来そうな話題になってくると、これ以上エヴィやオルデンに知られてしまってはまずい。
情報を提供してくれたのは非常に有り難かったが、ここからは同班の3人だけで話し合いたいというのが本音だった。
2人にどう話をつけようか考えていたその最中だった。
「とにかく、今は誰よりも早くニロを見つけて、私達で先にこっぴどく叱ってやりましょう!!」
同じことを考えていたのは自分だけでは無かった。
行動を共にすることで思考が似通ってきたトチも、同じく先輩2人を巻き込ませないという思いに駆られていたみたいだ。
全員の視野を移り変えるような彼女の合図を聞き、エヴィとオルデンは静かに頷いて速やかに部屋を去った。その背中を見守り続けながらオリバーは深く頭を下げていた。
これからの情報共有はイーグルスアイでと、そう告げて2人のように外に飛び出ようとしていたトチとミナミを引き止める。
「2人とも!」
単なる情報共有ではない。
1つの班がバラバラになってしまうこの瞬間に、何に替えても必ず伝えておかねばならないことを、深呼吸を挟んで堂々と言い放った。
「俺は一先ずこの女を追ってみる。・・・ニロを、あいつの夢を頼んだぞ!!」
それを合図に別行動が確定した。
これまで班の全員が違和感を抱き、出来れば今すぐにでも終わらせてしまいたかった仲間同士の離れ離れの再来を、2人は瞬時に受け入れ、大きく口を開いた。
「「まかせて!!」」
そう告げた2人の背中がどんどん小さくなって行く。
今やるべきことは何も見当たらないが、たった一つでも自分に出来ることを見つけようと、彼もまた果てしない謎へと走り出した。
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