#7 -3



 2日後。それは作戦決行当日の昼下がり。ヤマト含めた偽通報班の3人は、配置確認のため既にアジトを後にしていた。

 会議に使われたプロジェクターが映し出すまた別のビジョンを眺めて、ニロは組織が手に入れてきた情報の数々目の当たりにしていた。


(へぇ、チキュウってこう書くんだな!地球、地球、・・・でもムズいな、書ける気しねぇ)


 発音上の名称しか知らず、バッツに想いを託されたあの日からその名前を示す文字を長らく探し続けていた訳だが、その正体が漸く分かったところで興奮が次々と湧いてきた。


(それにしても、オレが保安局でぬくぬく育ってた中で、コイツらはもうこんなところまで突き止めてたって訳か・・・)


 そして彼らの追い求める謎の殆どは、彼もまた不思議に思っていた宇宙の謎と一致していた。

 "巨人"の正体、惑星を支える力の仕組み、宇宙が生まれた理由。勉学に一切励むことのなかった幼少期のニロも、こうした宇宙の神秘に関連する謎には大いに興味を引かれていた。

 そしてその頃と少し違うのは、新たに地球という存在を知って視野が広がったことである。

 それまで考えたこともなかった七惑星の外側の宇宙の概念を、彼らが長年培ってきた知恵によって気付かされた。

 その知恵を可視化したものが、この大量のメモ書きであったのだ。


「いつかはニロもこういうのを突き止めていくようになるかもね」


 目をキラキラと輝かせてビジョンを覗き込む少年に、すぐ隣から口を挟むケイト。

 気付いた時は彼女の顔は目と鼻の先に迫っており、ニロは慌てて離れようとする。この女は何かと距離感が近過ぎる気がする。


「地球がどんなに危ないところかどうかなんて、まだヤマトもバッツも分かってないんだ。あたしはずっと前に地球はいいところだって教えられたから、本当はもっといい付き合い方があると思ってるんだけど」


 彼女にとっては何気ない会話だったのかもしれないが、後半の一言はニロにとってまた新しい知見を生み出すきっかけとなった。

 どうやらこの宇宙の中で地球を知っている少数派の中にも、その存在が及ぼす影響をどう捉えるかは異なっているみたいだ。

 バッツの遺言だけを頼りに推察を重ねていた彼にとって、地球を肯定的に見る人々の存在など、これまでに考えもしなかったのである。


「だったら物資補給だって悪くはないんじゃねぇのか?わざわざ船を壊しちまって、本当にいい場所だったらもったいないだろ」


 瞬時に思い浮かべた疑問を頼りない言葉にするニロ。

 しかし尋問の際に銃の扱い方を指摘されたように、またしても唇に人差し指を置かれて口を閉ざされてしまった。


「無事に帰って来れたらまた話してあげる」


 素性の知れない彼女が見せた無邪気な笑顔。しかしその朗らかな様子とは打って変わって、放たれた台詞はニロの背中に悪寒を走らせた。

 会議の中でヤマトに励まされる前の感情が思い出される。


「あんまりニロを脅すなよケイト。変な圧力が挫折を招くかもだからな」


「はいは〜い」


 そこに現れたのは、攻撃班として指名されていたタローとリビア。

 見た目や声は女性でありながら男のような名前を持つ彼女と、女のような名前と低身長でありながら口調や顔つきは達者な男性である彼の、保安官狩りの際もしっかりと連携を取れていた2人組。

 少し混乱しそうになるが、頼もしい面子の中に既に彼らは入っていた。


「よろしく頼むぜニロ!別にバッツの代わりとかってことは意識しなくていい、お前が生き残る為に最善を尽くしてくれよな」


 友好的な姿勢でニロに近付くリビア。

 しかし彼は先程のケイトの言葉ですっかり萎縮してしまい、つい先程まで忘れていた自信を失った自分の姿がまたそこに現れていた。


「・・・怖いか、ニロ」


 タローが放ったその一言は、単に彼の心の状況を確認するためのものだけでなく、今ならまだ作戦から外れることも出来るぞといった優しい声掛けにも聞こえた。

 実際ニロの両手は微かに震えていて、それは武者震いとは到底言えない様子だった。

 しかし、先日まで同じ思想を掲げてるだけの他人同士だったこの場の数人が、今はもう互いに頼り合える仲間で在るのだという現実が、徐々に不安を乗り越える準備を彼に始めさせていた。


「確かに、いざ保安局のヤツらとぶつかるって考えてみると、ちと怖ぇな・・・けどよ」


 これから攻撃目標とするのは、つい昨日まで自身の活動拠点にしていて、また別の仲間が何人も所属している場所。

 その頭である上層部に反抗の姿勢を見せる為だけに、これから自分はその仲間達と敵対する立場に成り代わる。

 今までは正義感を満たす為に犯罪者を裁判所に送り付ける手助けを何度もしてきたが、今度は自分が送り付けられるかもしれない椅子に座るのである。

 だがこの作戦の首謀者となるヤマトや組織の皆が悪であることは決して無く、それはこれまでの"敵"全てに言えるかもことなのしれない。

 それだけでなく、この歪な経験を経て、新しい視野というもの幾つかを手に入れられるのかもしれないことに、既に恐怖よりも期待と興奮が打ち勝っていた。

 そして何より。


「オレのはすっげぇー広いんだ!こんなことで立ち止まってちゃ、すぐに置いてかれちまうぜ!!」


 ニロが最終的に目指すのは、”全ての宇宙の謎の解明”。

 途方もない旅路になることは誰もが容易に想像がつくのだが、その長過ぎる未来の全体図をはっきりと意識しているからこそ、寿命という短いスパンの中でかなりのハイペースで数々の窮地を乗り越えられなければいけないことを、彼は新しい夢を掲げたその日から自覚し切っていた。

 宇宙は今この瞬間にも多くの謎を生み出しながら進み続けている。その圧倒的なスピードに追いつけず、公転軌道からはみ出されることが無いようにと、いつだって限界を超えた全速力で走り続ける覚悟を決めていた。

 家族や仲間から狭苦しい社会の現実を多く教わり、いつしか宇宙そのものが狭いと思い込んでしまっていたケイトは、以前自分が言った真逆の台詞をニロが吐いているこの瞬間に、目線が大いに惹かれるものがあった。


「そうか。・・・じゃあそろそろ行こうか」


 改めて決意を深めた彼の様子を見て微笑むタロー。

 そしてある言葉を合図に2人は同時に動き出し、アジトの居間、風呂場に続く第3の部屋に向かった。

 彼ら自身の様々な道具が保管されているロッカーが7つ並んでおり、続いて部屋に入ったニロは、がさつな筆跡でバッツと書かれた鉄扉の前に立ち止まった。


「作戦中、お前は"バッツ"として生きててもらう。ニロなんて名前は保安官の前で口に出せないし、お前の私物が全部保安局に検閲されててもおかしくはないからな」


 作戦で保安局基地に近付くに当たり、何としてでもニロの正体がバレない工夫が必要であった。

 そこでヤマトが提案して来たのは、誰も再活用しないままここに取り残されていたバッツの私物を彼に使わせることであった。

 体格差があり衣服の合わなさには困惑しそうになったが、彼が愛用していたというパーカーはシルエットに陰を落とすには十分であり、仕舞われていた物の中で最も存在感を放つ予備の仮面は、見慣れたニロの幼い顔を恐ろしい邪神のそれに変化させた。


「・・・だったら、今はお前が"ニロ"を背負っててくれ、バッツ」


 誇りに思っていた筈の保安官制服を脱いでハンガーに掛け、居るかも分からないバッツの亡霊に語りかける。

 しかしニロには、あれが初対面であったにも関わらず大きく印象に残っている彼の姿が、ロッカーの中で陰った部分にぼんやりと映っているような気がした。

 自分のこれからの生き方が全て一転したあの日から、ここまでの辛く厳しい道のりを諦めずに乗り越えて来られたのは、もしかするとあの日のように、小さな自分の背中を彼が押してくれていたからなのかもしれない。

 死んだということと、仲間から大きく期待されていたこと以外何も分かっていない彼の存在を何よりも感じながら、目を瞑り軽く頭を下げて数十秒後、ロッカーの扉を閉じてパーカーのフードを被り、鬼を宿す仮面を着けて玄関に戻った。


「久しぶりだなぁバッツ!」


「ちげーよバーカ」


 日常に幾つも転がっているいつもの会話のようにやり取りが繰り広げられる。

 しかし軽い口で話しながらも、リビアの目には彼が少し背の低くなった本物のバッツであるかのように映っていた。若しくは、初めてこの組織の人員として外の世界に出る彼に、バッツの亡霊が憑依してその身体を操っているかのように思えた。

 どちらにせよお互い似たような格好に着飾ったことで一気にニロに親近感が湧き、仮面が挟まれていてもそれぞれの笑顔を視認することが出来た。

 微笑みと共にケイトが静かに手を振って見送ってくれたのを確認し、3人はアジトを出てジェットバイクの駐輪場へと足を急がせた。


「そういえばニロ、マンタジェットの操縦は相当上手かったが、ジェットバイクには乗ったことあるか?」


「あ、そーいや今日はマンタじゃねぇのか!バイクは・・・乗ったことあるどころか、乗ってるヤツすらお前ら以外に見たことねぇんだよな」


「・・・初心者にとんでもない役任せちまってるぞヤマト!!」








 時刻は13時27分。ここはリーベル支部。

 班員の自分好みにカスタマイズされた班別ルームに戻ると、いつものようにハンモックに寝転がりダラダラと図書を読み漁っている姿が見える。

 現在この班の人員は2人であるが、その両方が気ままにスペースを使っているので、とても少人数班の部屋とは思えない。


「ユージンさん、なんか面白そうなニュースが来てるッスよ」


 だらしない姿を見せていながらも相手は先輩なので、後から入室した保安官ハリル・ジョーンズは彼との絆がありながらも一応敬語を使う。

 彼の言う面白いニュースとやらの詳細を聞き、班長の保安官は図書をその場に置いて瞬きを繰り返す。


「へぇ・・・。まあイタズラか何かだろうけど、もし生身の人間がやってるんなら気になるな」


 数秒間に何十通と相次ぐ通報が、暫くキーコス支部の保安官達を忙しなく動かし続けているそうだ。

 そんな事例は下手なロボットを使った悪戯ということなら何度も聞くが、わざわざ人間が手作業で行っているのであれば何かと興味が惹かれる気がする。

 新しい何かを探す為にしか部屋を出ないとされている彼は、今回は廊下に居る姿を5日ぶりに目撃された。


「おい見ろよ・・・!ありゃ"保安局の星"って呼ばれてるあの人じゃねぇのか・・・!?」


「ほんとだ!あのアレクサンダーさんが出て来てるぞ!!」


 誇張された切った自分の二つ名が呼ばれることに対してはいつも、恥ずかしいの一言である。それでも後輩に輝き切った目線を向けられては、既に堂々な姿勢も更に胸を張って歩くことを意識し始める。

 褒められていることに喜びを包み隠そうとしないそのベテラン保安官ユージン・アレクサンダーは、久しぶりに気になった事件の発生を一目見てみようと、愛用のマンタジェットを軽々と背負うのだった。


「さて・・・それじゃ今回も、か」





продолжение следует…

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