#5 -1

前回のあらすじ

補給船を攻撃したバッツの仲間であり、"チキュウ"の存在を知っているヤマト達と手を組む為、彼との約束を果たそうとしていたニロ。

そんな彼の無鉄砲で傷だらけな様子に、保安官としての彼の班員である3人は心を動かされる。

彼の言葉から夢を見つけ出したオリバー、彼がただただ心配なミナミ、1度は突き放したものの彼を気にかけるトチ。3人の思いはやがて、"仲間"としてニロを手助けする決意へと繋がった。

彼らの協力を糧に彼は上層部会議の盗聴を実行したが、突然盗聴器を謎の女に取り上げられ、彼女な意味深な一言を彼に語りかけるのであった。

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 ”バルバトスの子に幸あれ”。

 この言葉を最後に、盗聴器からその女の声は聞こえなくなった。そして慌てて飛び出そうとしたニロの動きも止まった。

 不審に思ったオリバーだったが、彼の思考は既に別のステージへと踏み込んでるようだった。


(アイツら・・・この女と同じこと言ってたよな・・・!?)


 反射的に記憶を掘り起こす。

 ヤマト達から保安官狩りに遭い、自らの潔白を証明してここに戻って来た日、その少し前のことを思い浮かべる。

 最後に自分の拘束を解き、手荷物検査などと言って最終確認をしてくれた2人。

 自分がその場を離れる際、彼らもまたこう言っていたことを覚えている。


「バルバトスの子に幸あれ」


 未だに情報が少ない彼らの言動の中でも、特に印象に残っている言葉だった。

 組織だけに留まるものなのか、果てまた同地域に共通する認識なのか・・・。

 真相はさておき、盗聴器の向こうに居る女も、彼らと何かしらの繋がりがあることは推察出来る。


(つい驚かされたけど、まだ間に合う・・・!!)


 衝撃から冷静さを取り戻し、素早い足の動きを再開させた。

 忽ち彼の小柄な姿は消え、部屋を出て右か左かどちらへ進んだかも見落としてしまった。


「おいニロ!!・・・仕方ない、俺達も追うか!!」


 詳しくは分からないが、きっとこの言葉もまた、彼が追っている"謎"とどこかで紐づいているのだろう。

 急な展開に追いつけず混乱していたが、オリバーもまた落ち着きを取り戻し、トチとミナミを率いてその後に続くことにした。






― #5 Escape ―









 ''巨人''の周辺で日々公転を続けている7つの惑星全てにおいて、数少ない大規模な国家機関である国家保安局の基地がそれぞれに配置されており、保安官は配属された基地を拠点に日々活動に励んでいる。

 都市部に1つ以上、郊外に2つ以上、各惑星上で少なくとも3つの保安局基地があり、その大きさは様々であるが、国家の中心部となる央星ロイルでは、その最低限の常識では到底想像出来ないような規模の基地展開がされている。

 最も国家機関の集う首都ノヴェンバ市の本部は、活動拠点とする保安官の数が最多であり、更に全基地でも貴重となる研修生用の訓練設備があることから、時として施設内の人口密度はかつてない数値を見せることがある。


(クソっ、何で今日に限って・・・!!)


 とは言っても、正規の保安官は民衆の通報があれば現場に赴くものであり、その出払いがバランス良く調整されていると、基地で待機する保安官の数も減るものである。

 しかしながら、当然事件の多い日もあれば、少ない日も存在し、この宇宙ではそれらの頻度の推移はある程度周期的になっている。

 先日は通報が相次いでいたことがあった為、たまたまこの日はその逆のパターンとなってしまっていた。


(何で今日に限ってこんなに混んでんだよ!!!)


 研修生の班別ルームは本部西棟2階の生活階層に配置されており、円形の宇宙船発射場へと繋がる1階のガラス張りの渡り廊下を通じて本棟と行き来することが出来る。

 本部所属でない保安官が滞在出来るのは本棟内のみであり、そこが一番密集する地点となっているのだが、今日に至ってはかなりの人数があちこちで集っている最中であった。

 3階の会議室に向かえる階段は本棟東端にしか存在せず、一目散にそこを目指すニロにとって、この渋滞は邪魔でしかない。


(ったくどいつもこいつも、もっと任務行けや!!通報が無くてもパトロールとかあるだろ!!)


 心の中で愚痴をこぼしながら、人混みを掻き分けて進む。

 保安官総人口は一般に公表されていないが、母数が不明でありながらも、全体の保安官のうちの8割程が集結しているような、そう思える程度に廊下は混雑していた。

 走れば数十秒で通り抜けられる本棟の廊下を、数分かけて漸く階段に辿り着いた。


(でもこれだけ人が多いと、紛れ込まれたら見つけるのは無理だぞ・・・!?)


 部屋を出た直後は女が会議室周辺を離れる前に接触できる希望を抱いていたが、想定外の人混みのせいで大幅なタイムロスを余儀なくされ、バッドケースの心配も必要だと思い始めたニロ。

 運動神経は人一倍だと自負している彼だが、考えることが多くなってしまったことや、度重なる焦り、治ったばかりの怪我による休養で生じたブランクから、普段以上に疲れを来たしていた。


「ハァ、ハァ・・・アイツはまだ居るのか・・・?」


 階段を上り終えて3階に着く頃には、息が切れて歩くペースも格段に落ちていた。

 上層部の重要な会議の横を騒がしく通ったとなれば、邪魔をされたアドリアが黙っている訳がない。足音一つも立てずにひっそりと周囲を捜索した。

 ・・・しかし、数ある上層部用の部屋のどの辺りを見渡しても、例の女どころか誰一人として見当たる気配がない。


(チッ、逃げられたか・・・!!!)


 会議室の扉も一応確認したが、盗聴器の姿はどこにも無かった。

 既に現場を後にされた敗北感と、先程想定したばかりの最悪の未来が幕開けた可能性があることから、疲れたなどと言ってられず再び走り出した。

 先程までの物音を立てる努力は全て空となった。


「誰だ!会議中に走り回ってる馬鹿もんは」


 だんだんと駆け巡る雑音を粛清しようと扉から覗き込んだアドリアだったが、犯人の姿は既に3階のフロアから消え去っていた。

 そしてその犯人は、またしても階段を走らされる運命にあった。

 虱潰しにまずは2階から女の保安官を抜粋して行くことにしたが、1階程とは言わずともここもいつも以上の人で埋め尽くされており、頭が絶望感に支配されそうだった。

 そんな中、ニロのイーグルスアイが音声による通信をキャッチする。


「おいニロ!女はどうなった!!」


 オリバーの声が彼だけに届けられる。

 イーグルスアイではゴーグル状の液晶画面を通したインターネットの利用やデータの活用だけでなく、額に巻き付ける帯の部分から垂れたイヤフォンを使って音声通話を繰り広げることも可能である。

 保安官にとってイーグルスアイとは、攻撃から目元を守る防護ゴーグルとして、膨大なクラウドを操作出来る情報ツールとして、そして装備中は常時通話可能な電話機としての役割を果たす、必要不可欠な代物となっているのだ。


「手遅れだった!1階にそれらしい奴が紛れてないか探してくれねぇか!?」


 彼も今日の混雑具合に異変を感じているようであった。


「この中をか!?途方もねぇな・・・まあいい、トチとミナミと分担するから、1階は俺達に任せろ!!」


 自分の"仲間"だと言ってくれたのは、口先だけの過去には留まらなかった。

 盗聴計画の中からずっと分かっていたが、彼らが積極的に助けてくれるようになっている。

 あの日の会話を経て、自分達は少しずつ結びついて行っている。

 オリバーの声掛けからその事実を認識し、目の前の課題の大きさに戸惑っていたニロは、少し心持ちが軽くなった。


「・・・あぁ。見つけたら連絡頼むぜ、相棒!」


「何!?俺は別に相棒なんかじゃ・・・!」


 こういった愛称で呼び合うことになる経緯は特に無かったが、親しみを込めて彼を"相棒"と称した。

 反発されることは分かっていたので、相手の反論を最後まで聞かずに通話を強制終了させた。

 そして再び動き出し、人混みの中から例の女の可能性のある人物に次々と目を配り始める。

 最初の特徴は女、そして手に小さな物を何かしら持っている者、そうで無ければポケットが膨らんでいる者。

 あの音声から把握できる当人の特徴はこれまでだったが、やはり情報量が少なすぎる。

 怪訝な目線を傍で注がれた女保安官達は、彼の行動を只管不審に思った。


(1階はオリバー達が何とかしてくれるとは言え、これじゃ本当に途方も無いぞ・・・!盗聴器からオレらの声が出てくれるとかだったら何とかなるんだろうけど、そんな便利なもんはありっこねぇし・・・)


 女の言葉に驚かされてから何も掴めていないことに焦りを感じる。

 今はただ自分達に出来ることをやるしか道は無いが、それでも限界が来るのが早過ぎる。

 現状を打破する策が何一つ浮かんで来ず、とうとうニロは挫ける寸前にまで追い込まれていた。

 先程まで走り回って来た疲労からは未だに回復しそうにないし、これ以上こんな事を続けても色んな保安官に怪しまれるだけだろう。

 終わりのない試練を強いられているようで、彼の若い精神は徐々に削られて行っていた。


「ねぇ、あなたさっきから何?」


「めっちゃジロジロ見られてるんだけど」


 彼の普通でない行動に指摘が入り始める。1人が言い出せば2人目が、その次には3人目が、その場で群がっていた人々はいつしか集団へと変貌し、その圧力を以て彼を追い詰めて行く。


「い、いや、これは、その・・・」


 人探しをしている割には相手の素性を知らな過ぎるし、盗聴器の向こう側の女を探していると弁明しても自分達の罪が明るみになるだけだ。

 手段を失いつつあったニロは、責めてくる女保安官達から1歩ずつ後退する他無かった。その中に例の女が紛れているかどうか、今1度探す余裕など無かった。

 人混みの最後尾にまで到達し、いよいよ逃げ出す事も考え始めた。その時だった。


「君が必死に追い求めてる先に、明るい未来なんてきっと無いよ」


 右耳にそっと囁かれるように、あの女と同じ声が届いた。今度は忠告のような言葉とも取れた。

 慌てて振り返ろうとしたが、絶えず人が流れ続けるその場で、ニロはうっかり足元を崩してしまった。


「クッ・・・!お前は一体、誰なんだ・・・!!」


 肘をついて倒れた体を起こそうとする矢先、注目の的となっている自分から離れようとする2本の脚が確認出来た。

 例の女かもしれない。視線を上げ、集まり続ける群衆の間々からその頭の部分を視認した。

 すると彼の目には、肩辺りまで伸びたブロンドの艶やかな髪、頭頂部で跳ねた1本の毛、思わず視線を注いでしまいそうなシルエットが浮かび上がった。


「・・・えっと、大丈夫?」


 思い描く理想の像によく似た格好の人物に心奪われ、大量の群衆に囲まれながら動きが止まっていたニロ。

 進展の無さを心配して駆けつけたミナミは、2階の現状に理解が追いつかず、一先ずニロに手を差し伸べてその場を脱しようとした。


「・・・悪い、逃げられた。後ろ姿は見えたんだけど」


「あと一歩だったね・・・でもこの状況だと、今はもう何もしない方がいいんじゃない?」


 尋常でない目力でニロを睨みつける女保安官の大群を横目に、ミナミは小声で撤退を提案した。

 使い果たした体力、今にでも問題に直結してしまいそうな現状、少しでも情報が手に入った事実から、少し考えてニロも頷いた。

 ミナミが苦笑いで群衆に頭を下げる中、傍にあった階段を下りながら、ニロは赤くなった頬を両手で覆い隠して逃げるように去った。








 盗聴から2日後。

 上層部に犯行が伝わらないかヒヤヒヤしながら過ごしていたニロだったが、食堂にて驚きの光景に遭遇する。


(おい・・・マジかよ)


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