#4 -3



 そして、もう一人もまた彼らの進歩を横目に思いを膨らませていた。


「・・・それで、私達はどうすればいいのよ」


 ベッド周辺を覆うカプセル壁に反射するトチのボソボソとした声。

 同意か否かは示していないが、今はニロの要求に気になる点があるようだ。


「力を貸せって言ったって、今のままじゃ出来ることも特に無さそうだけど」


 漠然と協力を求めたニロに対して、その具体を問うものだった。

 確かに本題が空のまま他の話題で終われば元も子もない。

 しかし、この発言が放たれたということは、彼女も条件次第では願いを呑んでくれるかもしれないとも考えられる。


「でもそれじゃ・・・」


「あれだけ格好つけておいて、今更逃げようとはしないわ」


 どうせオリバーに忠告したように、協力すれば未来は保証しないとでも言いたいのだろうと、口ぶりから容易に想像出来た。

 未だに布団に包まったままで出て来る気配はないが、先程の態度から来る決意を固めたような発言は、その場で一番の存在感を示す台詞と成った。


「私はね、私の所為で困る人が出て来るのが嫌なの。ここで話を受け入れなきゃ、アンタはそのうち無力になって終わる・・・分かる?」


 ここで唐突に入れられたトチの煽り文句。どう考えても簡単に理解出来ることを、子どもに諭すかのように説いて来るということがニロとトチの間には多々あり、ニロはこれをトチ拍子と呼んでいた。

 トチがニロの要求通りに動かなければ、彼はこの先孤独に抗い続けなければならず、今日のような大怪我やそれ以上の災難を乗り越えられずに、最悪の場合死に至る・・・とでも言いたいのだろうか。

 いつもならここでニロが突沸し長い口論が始まりを迎えるのだが、この状況ではそれもトチなりの優しさなのだと、静かに納得することが出来た。


「それに、私も夢の中でくらい、もっと綺麗な景色を見てみたいから・・・」


 そしてトチの目には、夢を見ることを渇望している失われた光のようなものが映し出されていた。

 夢の手がかりがあちこちに転がっている幼少期、他の3人と違って家族を養うことばかりに囚われていた彼女にとって、そんなものに目を暮れる暇は無かったに違いない。

 夢を見る権利すら無かった彼女に、堂々と野望を語るニロは余りに眩しかった。

 そして、あれ程現実主義だったオリバーが夢への切手を手にし、自分から突き放してしまっていたニロの旅路に足を踏み入れた瞬間を目にして、まだ自分にもチャンスが残されているかもしれないという希望が生まれた。

 見つけることもないだろうと思っていた”夢”に興味が湧き、どんよりと滲んだ未来ばかりを思い描いていた脳内が徐々に晴れて来た。

 今まで誰にも言い出せなかったけど、仲間達が自由に自分の夢を語っている今なら、私もわがままの一つくらい言ってもいいんだよね。


「アンタの夢を叶えてあげる。その中で、私も私の夢を見つけるの」


 カプセルの中からニロを指差し、決意を誓ったトチ。

 その輝かしい姿には、使命と執念から解放された少女の希望と、新しい道へ進む勇気が感じられた。

 オリバーに続いて、自分自身の欲求を曝け出すことにシフトした者に立ち会ったことで、ニロの好奇心は幾度となく膨張して行く。


「・・・じゃあオレも、トチの夢がどんなものか、一緒に探してみたくなっちまうな」


 身体の痛みを感じながら徐に立ち上がる。

 直接手を貸すことが難しくとも、陰ながらどこかで力を貸すことを彼らは約束したのだ。

 たった一人でゴールの見えない道順を歩んでいた頃より、どんなに心強いことか。自分の持論なんかで葛藤を促し、心変わりに向かわせてしまったことを罪深く思いながら、まずはそんな彼らに頭を下げて感謝を伝えることに決めた。


「悪い、皆。ずっと迷惑かけてばっかで、今日もワガママしか言ってねぇけど・・・絶対に夢を貫き通して、オレ達は仲間なんだって爪痕を残すよ」


 怠慢だった過去の自分を詫び、彼らの気遣いを形にして行くことを誓った。

 幼き日に導いてくれた青年保安官が残した、「爪痕を残せ」という8文字。全ての宇宙の謎を解き明かすという夢を叶える過程に、彼ら3人の”仲間”の協力があったということも、ニロが残さなければいけない爪痕のうちの一つになるだろう。

 目標を全て達した際、周囲にはヤマトら知識人グループだけでなく、保安局に所属しながらもタブーに近付く自分の背中を押してくれた、歴とした"仲間"である3人も並んでいるというビジョンが脳内に描かれた。

 この話し合いの中でまたニロが次のステージに進むことになり、それを心の中で拍手しながら受け止めるオリバー、ミナミ、トチ。

 そしてニロは、先程のトチの問いに漸く答えを示す準備に出た。


「早速だけど手伝って欲しいことがあるんだ」


 もし自分がチキュウの情報を手にしていることが発覚して罪に問われたとして、ベテラン保安官の捜査が行われたとしても、彼らの行動が怪しまれないように。

 細心の注意を払いながら、味方としての同行ではなく、仲間としての協力に該当する事柄を彼らに要請しようと考えた。

 ヤマトから出された条件は、保安局内のみで受け渡される情報を開示すること。

 特にヤマト達の利益に繋がらなくてもいいとは言われているが、一般保安官の日常会話などを選んでしまっては、事実の信憑性が欠けてしまう。

 回り道にはなるが確実性が高く、今後のヤマト達の活動にも影響するような可能性のある情報の入手を、4人の力が合わされば可能なのではと考えた。


「上層部の会議、盗聴出来たりする?」


 余りに突拍子のない話題に、3人はただただ混乱に招き入れられただけだった。


「「「・・・え???」」」








 全員が一丸となってニロの机の周辺に集まり、手に汗握る思いで音声に耳を傾けていた。


「次なんですが、今月の会計に関して確認したいことがありまして・・・」


 とある研修生達の班別ルームに声が筒抜けとは知らず、会議室のアドリアは着々と会議を進めて行く。

 数日の間に身体のあちこちを回復させたこの盗聴の首謀者は、自身の行いに罪深さを省みず、軽く口を開く。


「・・・これ、本当にバレないんだよな?」


「知るかよ!俺達はただ、俺達に出来ることに全力を注いだだけだぞ」


 上手く行かなくても文句は言うなよと、そう訴えるつもりでニロの無責任な問いを投げ飛ばしたオリバー。

 あの日突然訳も分からないままこの計画を依頼してきたかと思えば、ニロは本気でそれを実行し切れる気で居たらしく、そして何かと準備は捗った。

 盗聴自体やってはいけないことなのは確かだが、これから保安局全体を敵に回す可能性がある以上、こういった経験が待ち受ける場面を乗り越えることが何度もあるかもしれない。

 その覚悟の為に必要な行程だと、なんとも彼らしい御託を幾つも並べて来た。


(それにしても、初手からこれはやり過ぎなんじゃねぇか・・・??)


 盗聴のアイデアを聞いてから、不安と焦りだけがオリバーの脳内を常時駆け巡っていた。

 もし盗聴器が見つかることなく情報を盗み出すことに成功すれば、ニロにとってその情報はとてつもなく有益になるのかもしれないが、もしそうでなければ、ニロの夢は無惨にも潰えるだろう。

 そしてその影響は彼だけでなく、彼の望みを受け入れることを決めたばかりの自分達にも飛んで来る。そんな未来は何としてでも避けなければいけない。

 ましてや相手は保安局上層部、少しでも不審に思われればこちら側は詰みの限り。

 実行当日までの数日間に何も無かったことを安心しながらも、オリバーは盗聴器が見つかった際の対処法について考え始めた。


「そーいえばトチ、なんであんなちっちゃな盗聴器なんて持ってたんだ?」


 使用された盗聴器は、トチが隠し持っていた、ごく小さな盗聴器。

 それも精密な検査を通さなければ、その存在を見つけることすら困難であることも確認済みである。

 本来であれば盗聴という行為自体が違法であり、彼女のような一般人がそのような物体を手に入れる手段など無いに等しい筈だが、どうしてそれが懐にあったのか。

 計画の段階では順調に進んだことの達成感で霞んでいたが、ずっとニロの中にその疑問が残っていた。


「父さんがたまに家に備品を置いて来たりしてたの、だから嫌がらせで何個か盗ってたら、これが入ってたってだけ」


 言われて久しぶりに、トチの父親が危険組織の棟梁であることを思い出した。

 なるほど、一般人に入手機会が無くとも、彼女のように身内が一般人と言える存在で無ければ話は変わってくる。

 嫌なことを思い出させてしまったかもという罪悪感と共に、いずれは成敗しなければいけない悪の存在に、少しの感謝の気持ちを添えた。


「その支出は補給船の修繕費で間違いないだろう。それにしても3000ローバとなると、あの侵入者も大してやってくれたものだな」


 そんな会話を繰り広げている最中、会議の中で世間に公表されていない情報が挙げられたことに気付く。

 バッツの攻撃で損傷した宇宙船を修復する為に、保安局は3000ローバもの大金を費やすことになったらしい。

 彼の仲間であるヤマト達にこれを伝えれば、バッツの残した爪痕の大きさを表現出来るかもしれない。


「イーグル、さっきの10秒間の音、録っといて」


 イーグルスアイに搭載されているAI、イーグルに向かって信号を言い放つニロ。

 精巧な活動を保つ為に保安局が独自に採用しているイーグルスアイのシステムは、全ての視覚的データと聴覚的データを常に記録するようプログラムされており、直近数秒間のそれらをコンピュータに記憶させることが出来るのだ。

 これ程優秀な機能を兼ね備えているので、もし保安官が重大なことに気付かなかったとしても、後から振り返ったりなんてことも出来る。


「ねぇ、ここで聞いたことってこれからどう活かすの?」


 良い意味で緊張感のないミナミの素朴な疑問。ニロとオリバーが深く考え込んでいる中、雰囲気はかなりピリピリしていた。

 彼女の気さくな一言で、彼らは苦しみから解放されたように緊張を解くことが出来た。


「今ここで上層部が話してる中で、保安局の外に出てない情報を侵入者の仲間に教えるんだ。それが本当だったら信じてくれるんだってよ」


 一応本来の目的は明かさずに今日までやって来たが、もう話しても大丈夫だろうと思ってみるニロ。

 ヤマトからは彼らの存在を他人に打ち明けないように言われているが、もしこの3人がその正体を知ったとしても、彼らの不利益に繋がるようなことはないと言い切れる。

 それだけの信頼関係が班の中で出来上がっていたのと、少しばかりヤマトに信用を預けながら、彼らに関する情報を少しだけ開示しても良いのではと考えた。

 そんな気楽な会話を続けていると、次の瞬間、壁に貼り付けられた盗聴器裏のマグネットが徐々に剥がされる音が、ニロの耳に飛び込んだ。


「何だ!?!?」


 ほんの小さな音だったので彼だけが認識することが出来た。

 しかし、自分が盗聴器を仕掛けた際に聞いた音だったので、何かしらの細工がされている最中であることは確かだった。

 衝撃に身を任せて思わず立ち上がったニロを見て、他の3人も異変に気付いた。

 上層部の7人が会議を続けていることを背景に、ペリペリと捲る効果音が僅かに響いている。

 マグネットを剥がした何者かのものと思われる吐息を盗聴器が捉えた。


「・・・君達、どういうつもりでこんなことしてんのかなぁ?」


 軽快な女の声だった。

 ただ通りすがりの者は当然ながら、会議室を出入りする際にも気付かれないような、扉の足元に盗聴器を仕掛けた筈だった。

 その際にニロは周囲を細かく洞察し、誰にも仕掛けている様子を見られていないことを確認した。

 それでいて、何故この女は盗聴器を見つけることが出来た?どうしてこちらが集団で行動していると分かった?

 彼の額から流れ出た冷や汗が、音声を発するもう片方の盗聴器に向かって滴れる。


「ま、これを見つけたところであたしがどーするってわけでも無いけどさ。お偉いさん方にバレてたら大変なことになってたよ?」


 4人の心を何度も揺さぶる煽り口調。

 あたかも自分が上層部の目から離してやったと言わんばかりに、説得力のない説教を次々に入れて来る。


「でももしかすると、あたしは君達の味方になれるのかも??知らないけど〜あはは」


 上層部の会議中にその周辺を彷徨く時点で、そもそも普通の保安官ではない。

 こちらの計画を既に把握しているかのような口ぶり、そして味方になるかもなどという意味不明な発言。

 止まらない女の言葉から、ニロは彼女の正体が何を導くのかを考えていたが、考えれば考えるほど謎が深まり、遂うに思考は苛立ちへとシャフトしていた。


「とっ捕まえて来る!!」


 焦らされ尽くして貧乏揺すりを繰り返していた右足は、漸く一歩前へと踏み出された。正体がどうであれ、ここでこの女を止めなければ何れ面倒なことに繋がるに違いない、そういう勘が何度も脳に働きかけていた。

 そしてヤマト達に伝える情報が無くなれば、多くを知ってしまった自分達の立場が危うくなるかもしれない。

 やはり邪魔者の始末が最適解だという結論に至り、イーグルスアイをきつく縛って部屋の扉に手をかけた。

 走り出そうとしたが次の瞬間、盗聴器から流れ出たたった一つの言葉が、動き出す寸言の彼の両足が停止し、今でも止まろうとしない冷や汗は更に加速して行った。


「”バルバトスの子に幸あれ”」


 印象的だった一言が放たれ、身体全体が金縛りに襲われたようだった。


(この女、まさか・・・!?!?)


「どうしたニロ!・・・おい!!」


 発言の意図を知る者、知らない者。

 たった今2種類に分類された4人の人間が佇むこの空間で、この未来が何を意味するかを知る者は、1人として居ない。





продолжение следует…

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