#4 -2



 それぞれのカプセルデスクから椅子を連れて来て、ニロとオリバーとミナミは三角形を作るように寄り合った。

トチはまだ言葉を交わすのが難しく、ベッドカプセルで布団に包まりながら座っていた。


「・・・じゃあまず、なった理由から聞こうか」


 疑問が多く一度は混乱したが、着席したことで落ち着きを取り戻したオリバーは、一先ずニロの怪我の原因について問うことにした。


「前も言ったように、オレは上層部が隠そうとしてるチキュウについて調べてるんだけど・・・」


 忠告を入れるように、再三に渡って話してきたチキュウの存在を言葉に出す。

ここに居る3人は、既にチキュウに関与した者への上層部の対応を知っており、これから話すことを口外することはないだろうという、ニロの信頼が込められた一言だった。


「侵入者の仲間と会ってきた」


 余りに単刀直入だったので、その場で想像することが追いつかなかったオリバーだったが、徐々に事の大きさを把握して行く。


「・・・マジか」


「それで、その人達から・・・?」


 少し血が滲んでいる側頭部の包帯を指差す。

もし自分がやられていたらと思えば思うほど、背筋が凍りつくように震えが伝わって来る。


「まああれだけの爆弾を用意出来る連中が、只者なはずが無いよな・・・」


「怖っ・・・えっ、まさか爆弾も・・・!?」


「アレ食らってたら流石に死んでるぜ」


 ミナミの杞憂を超えた杞憂に、思わず微笑みが零れる。

こうして心配してくれる人や、先程のトチのように誤解を訂正してくれる人が身近に居ることは、ニロにとっては初めての幸せで、体の痛みを忘れてしまいそうなくらいに温かい気持ちになれた。


「確かにオレは何度もバットで殴られたし、話を聞いちまった時は「殺す」とか言われて、ずっとビビりっぱなしだった・・・けど、案外話せば分かる奴らだった」


 実際、ニロの制服が正隊員のものであれば、ここに帰って来ることは二度と叶わなかったかもしれないが、裏を返せば、ヤマト達は保安局の序列を把握していて、無差別な加害は避けることの出来る、少しは理解のある集団とも言える。

そこからは中身が入れ替わったようにニロを信用し、条件次第で仲間として認めてくれるとも言ってくれた。

過程がどうであれ、平和な解決に導けたのはニロにとって最大目標の達成とも言えるのだった。

そうとは言えど身体を酷使し過ぎているが。


「アイツらは真っ向から保安局と戦う気で居る。オレがここまでやられたのも、"保安官狩り"とかって言ってたし」


(保安官を狩るような連中が話せば分かってくれるものか・・・?)


 実際にヤマトと交流していないオリバーとミナミには想像がつかなかった。

今までであればニロの下手な説明として片付けていたが、ここまで来ると彼の言葉に矛盾があるとは思えない。

よく分からない人間も居るんだなと割り切るしかなかった。


「でもオレは、出来ることならそっちに加担したいんだ。そんなことしたら侵入者のアイツみたいに上層部に狙われることになるし、下手すりゃトチが言ってたみたいに、本当に死んじまう・・・それでも、本当のことを知りたいんだよ」


 数日前に彼から目的を聞いた際、今までとは全くの別人のような風格を宿していたことに驚いたが、今日もその時以上の堅い覚悟を持って口が開かれた。

これだけの損害を経て尚その集団に寄り添うことを諦めないとなると、やはりニロには命に替えても謎を解き明かす夢を果たす野望が備わっているというのか。

死などという言葉を軽々しく口に出すことは由々しき事態だが、こうして死の寸前まで追い詰められた後では、言葉の重みが変わってくる。否定する気は毛頭無くなった。

・・・しかし、かつてニロから聞いた話を思い返してみれば、その行動がニロにとって大きな後悔を生むかもしれないと、疑念を思い浮かべるオリバー。


「お前は子どもの頃から、ずっと保安官になりたかったって言ってたよな?だったらどうして・・・その夢が叶ったことを捨ててまで、そんな赤の他人に命預けられるんだ?」


 幼少期のニロが保安官を目指すようになったのは、ある保安官の青年の言葉がずっと印象に残っていたから。その言葉に沿って努力を続けてきた結果、挫けながらも保安局の人間として在籍することが叶ったということを、ニロはオリバーに話したことがあった。

現在その保安官がどのような役職に立っているか、果てまた保安局を去っているかどうかは分からないが、後者で無ければ、彼の居る組織に対立意志を示すことになる。ましてやその先に命の保証は無い。

今までの人生を棒に振るかもしれないことを、出会ったばかりの他人を信じて決断出来るのか。

もし俺が同じ立場なら、力を貸したいと思ったとしても、そこまで割り切った答えは出せないだろう。


「確かにオレは昔の夢を叶えたし、まだやり残してることもいっぱいあるけどさ・・・」


 今まで付き合ってきた僅かな年月の中でも、この男については分からない事が多すぎた。

大抵のことは幼稚な考えだと理解出来ずにスルーしていたが、こうして今後の生死に関わることとなると、流石に無鉄砲な意見は出さない筈。

命を懸けることにどのような思いを持っているのか、気になって気になって仕方がなかった。


「他の夢見てる人が、その夢が誰かに良く思われないってだけで、ただそれだけで潰されることが・・・オレは見てられないんだ」


 いつの日にも見せなかった、哀しそうとも怒っているとも取れるニロの表情。

"夢"に対する執念が人一倍強い彼だが、この間自分の考えをそっくりそのままひっくり返されたところなので、ニロが他人のそれにも敏感なことにオリバーは納得が出来た。


「オレは保安官の兄ちゃんに憧れてたから、ここに入ってあの人みたいに誰かを助けられる仕事が出来ると思ってた。でも本当は、上層部の都合いいことばっかに保安官が動かされてて、それがおかしいって思っても動けないようになってる。・・・こんなの、オレが目指してた正義の味方じゃない」


 国家保安局の存在意義は、各惑星に散らばった人々の安寧秩序を保証し、それを維持していくこと。実際のところ、大昔の生存闘争以来の大きな戦争は起きていないことから、その意義は十二分に果たせられているようでおる。

しかし、その理念に示された"人々"というものは、国家の思想と意志に文句一つ言わず、従順に税を収め続けている人民だけを指しているように、ニロには思えた。

貧困層の存在や彼らを助けようとしない保安局の姿勢、そしてチキュウにつながる可能性を持つ者を粛清しようとする行動の数々が、その主張の鍵になっていた。

そして何より、あの日夢に見た青年保安官とは大きく異なっている、今の自分の惨めな背中。


「確かにアイツらは人を殺してたかもしれないし、オレがその被害者になってたかもしれねぇ。でも、そこまでして動こうとするからこそ、上に不満ばっか持ってるオレだったら、アイツらを分かってやれると思うんだ」


 ヤマト達の見せた行動の数々は、保安局という枠組みを超えても尚許されるべきでないことであり、その事実は多くの人々を恐怖に陥れるだろう。

しかし問題児だったニロからすれば、その大胆な行動は誰かに自分を分かってもらうためのものであり、何かを伝えるための最後の切り札でもあった。


「それに、あっちの方が・・・」


 そして、幼い頃に青年保安官に言われて思い描いた、"爪痕"を残せる理想の自分。

背景と容姿、そして肩を並べる味方の姿は少し違っていたが、薄暗く辺鄙な基地で見たあの男達の背中の方が、彼が着いて行きたいとキッパリ言えるような色付けがされていた。


「あっちの方が今よりずっと、デカい"爪痕"を残せそうな気がするんだ・・・」


 ニロは覚束無いイメージを静かに口にした。

保安局に所属して3年、その月日に取るに足らない程しか交流出来ていないヤマト達だが、その差をまるで無かったのようにする程、後者の魅力だけが彼の両目で輝きを放っていた。

たった数言しか話せなかったバッツ、たった数週間前に見つけた新しい夢、そしてたった一つの揺るがない意志。

この僅かな灯火だけでも、彼のエンジンを点ける動機としては十分だった。


「・・・ごめん、やっぱり迷惑だよな」


 子供じみた野望を大っぴらに語りながら、歳相応の発言ではないと改めて自覚し始める。

この世に命を成してから19年、既に彼は自分の言動に責任を負わなければいけない立場にあった。

孤児院で過ごした幼少期、保安官を目指すなら何よりも重要なことと、こっぴどく教え込まれて来たことだったので、流石のニロもそれは理解していた。

でも、こんな終わりのない話を否定せず、今見える最後まで受け入れようとしてくれている"仲間"の存在があることで、この瞬間だけは無邪気になって甘えてみたい。そんな欲求ばかりが頭を支配していた。


「お前の夢のデカさと、どうしてもそれをやり遂げたいってことは十分分かった。今更止めようとはしない」


「離れ離れになっちゃうのは寂しいけど・・・それが班長のやりたいことなんだったら、私も応援するよ」


 数日前の話し合いと、全く同じ空間、全く同じ面子。それで居て、雰囲気は大きく異なっていた。

前回は無理だと断言した彼らだったが、今となってはその無謀な考えを大きく受け入れる準備が出来ていた。

元々から彼らはニロの行動を否定する訳では無かったが、言葉遣いの一つ一つを変えてみるだけで、思いそのものが逆転しているように聞こえた。


「でもなニロ。お前がここに帰って来てる間は、俺達はまだ"仲間"だ」


 繰り返される"仲間"の2文字。

団結して動くことを強調しているように見て取れた。

しかしニロの目には、彼らがその単語を意識する度に溢れて来る不安の泡沫がチラついていた。


「でもお前ら・・・オレに協力して、もし保安官をクビにされちまったら・・・」


 今直ぐにでも裏切り者として保安局に消されかねない自分と、たまたまそんな自分と同じ班に選ばれただけの彼ら。

無論前者に加担すれば後者の立場は危ういし、彼らが以前言っていた目標の達成は程遠くなってしまうかもしれない。

確かにオリバー達の力が借りられるならそれ以上心強いことはないし、この世の何に替えてもその価値は計り知れない。

でも、その選択肢を選ぶにはリスクが大き過ぎる。

理由は問うたのは建前に過ぎず、出来るだけそんな危険から離れて欲しいというメッセージを込めたつもりだった。


「そんなこと今はどうだっていい。とにかく俺は、やりたくてしょうがないことを見つけちまったんだ」


 しかしながら、返って来たのは予想だにしなかった言葉の数々。

家柄の存続をあれ程にまで願っていたオリバーが、最後に話したあの日の彼の頭には無かったような、記憶の奥底から引き揚げられたばかりの、抽象的すぎる大きな思い。

この瞬間に胸を過ぎるものがあるとすれば、数日前までその存在すら忘れ去ろうとしていた、"夢"そのものであるに違いない。


「お前、まさか・・・!?」


「お前が言うところの夢ってヤツだな」


 未だに実感は湧いて来そうにない。

自分の中ではこう思っていながらも、自分だけの夢を見ることが許されているのか、本当のところは分かっちゃいないのだから。

でも、自分の存在意義を堅苦しく説いてくる存在が居ないこの場では、少しくらい夢に自信を持ってもいいと自負するオリバー。


「今お前の夢に乗っかっておけば、俺の夢もそのうち手っ取り早く叶えられそうな気がするんだ。なんせ俺は、ついこの間まで夢の存在すら知らなかったんだから、それを叶えるまでのハウトゥもサッパリなんでな」


 夢を夢と認識することでさえ無かったオリバーに、たった1人でその目的を完遂させる知恵は無い。

精神的には歳下のようなニロだが、自分の欲求と一つ一つ向き合って来た上で、掲げた夢を叶えた経験がある以上、彼にとって一番身近な"夢へのステップ"を知る者として在り続けるのだ。

これから積み上げられていくニロの新しい夢へのステップを傍で観察し、共にそれを高みへと向かわせる。

経験者の道の歩み方を自ら体感することで、いつか自分が同じ立場に立ったときに軽やかに進めるようにと、そういった願いを込めてオリバーはニロの願いを受け入れる心構えをしていたのだ。

頼みの綱が繋がった上、自分とはかけ離れた存在だと思っていた仲間の意外な一面を知れたことから、思わずニロの頬は大きく膨らみ始めた。


「マジかよ!!いつも難しいことばっか考えてんなって思ってたけど、やっぱお前もオレみたいに夢を見たりするんだな!!安心したぜ!!!」


「ハッ、なんかバカにされた気分だ」


 満面の笑みを浮かべるニロと、同レベルだとされ違和感を覚えながら笑って流すオリバー。両者の間にはいつしか堅い握手が交わされていた。

2人を分け隔てる壁はもうこの宇宙のどこにも無く、彼らは同一線上に立ったことを大いに喜び合った。

深夜に発していい筈のない笑い声の音量と、静寂に似合わない男子2人の軽快な足踏み。

その様子に微笑みながらミナミは、夢という概念で繋がり合えることの奥深さと、彼らと同じく自分が夢を持つことについて考え始めた。

と言っても夢など考えれば考えるほど遠のいて行くものであり、今は答えを見つけられそうにないと感じ切った頃には、まずはこの2人の夢見た未来を見届けることを望むことにした。




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