#2 -2




 数十分後。ここが最後の選択肢だろうと国立図書館に立ち入ったオリバーは、既に満身創痍だった。

 昼食を終えてまず班別ルームに戻ったもののそこにニロの姿はなく、2人と分散して周辺を探し回ったものの、イーグルスアイの通信機能で彼の発見報告が流れてくることは無かった。

 今まで通りの思考であればあのニロが図書館などに訪れることは十中八九ないと断言出来るのだが、多くの情報を欲しがっているならばここは最適の場所であると、走り続けて暫く経ってから考え始めたのであった。そこに、彼は居た。


「何を、見てんだよ・・・」


 過呼吸が収まりそうになく、言葉が途切れ途切れになる。

 珍しいオリバーの疲れ切った様子に、ニロは思わず目を向けた。

 彼の手元で忙しなく動く装置のモニターには、イーグルスアイなどの電子機器で読むことができる公営ニュースサイト『ウィンティア』のアーカイブ一覧が映し出されていた。


「英雄の船に反対するようなバカが他にいたか、調べてみてんだよ」


 "バカ"と指されたのは、以前本部に侵入して物資補給船に攻撃したあの謎の男のことであろう。

 自身が担当し解決させた事件だからか、ニロは何かとそいつのことを気にかけている。

 先程先輩方の話を聞いたときにあれ程苛立っていたのも、その事件が関係していたからなのだろう。


「・・・ダメだ、逮捕者は何人かいたみたいだが、ムショで死んでるような奴は1人も見当たらねぇ」


 しかし、何故ニロは終わった筈の事件をまだ追い続けるのか。

 人類存続の要とも言える補給船の活動を妨げる人物が獄中で死んだとなれば、文字通り船を英雄かのように崇高するニロにとっては、危険な可能性が1つ減っただけの出来事に過ぎない。

 しかし、この様子を見る限りは、男の死に疑問を抱いているようにしか捉えられなかった。

 ニロは自身が追う謎の先に何を見出しているのか、それがたった今オリバーが抱いた"謎"の正体と成った。


「お前・・・一体何が仕出かすつもりなんだ・・・?」


 正体不明のテロリストに怯えながら犯行動機を尋ねるような、そんな感覚に一気に襲われる。

 今自分が対峙しているのはそのような敵ではなく、問題児とは言えど1年近く仕事現場を共にしてきた一応の仲間である。

 しかし、奥深い未知ほど人間の心を揺さぶるはない。何がそんなに彼を突き動かすのか、このときのオリバーにはもう不安や疑いよりも先に、ニロと同じように好奇心が芽生えていた。


「・・・いずれ話そうと思ってたんだ。戻ってからでいいか?」


 取り扱われているのは過去の犯罪に関する話題。確かに公の場で話し合うことには抵抗が生じる。

 答えが見つけられるという利益だけが頭に残っていたオリバーは、時間がどれだけ過ぎようとニロの作業を待つつもりで居た。






 イーグルスアイを通して集合の合図を受け取ったトチとミナミが、2人の戻って来た少し後に扉を開けた。


「急に消えるとか困るんですけどー。研修期間中は班全体の行動もあちこちから見られてるし、まとまって動けなきゃ保安官の資質はないって評価がついちゃ・・・」


 いつも通りニロに不満のため息を漏らすトチ。

 しかし、驚く程に彼とオリバーが同じ表情でこちらを見つめていたので、思わず口が止まった。

 あのオリバーが、ニロの魂をそのまま受け継いでいるかのように錯覚してしまい、自分の目を疑って数秒の瞬きを繰り返した。


「・・・あの日、英雄の船が襲われたあの事件から、オレはずっと疑問に思ってることがあるんだ」


 3人の頭の中を、全く同じ認識が同時に横切った。

 思えばその事件が早朝に起きた日から、ニロの行動は徐々に変化を見せて行ったのだ。トチが聞いた宇宙の謎を全て解明するという言葉も、確かにその日に直接聞いた覚えがある。

 もう少しで今までの違和感が全て理由を成すような、そんな予感がした。

 そしてニロは重々しい口をやっとの思いで開く。下手を打てば自分だけでなく仲間をも危険に晒してしまう恐れがあったが、彼が最悪のパターンとして思い描いた悲劇を、彼がこの組織で唯一信頼している仲間達には、知って欲しいと思ってしまった。


「お前ら、チキュウって知ってるか?」


 侵入者の青年が作り上げた現実がもう一度蘇った。

 決死の思いでこの発言をするに至ったのだが、あの日と同様に既知の反応を示す者は1人として居なかった。

 だがあの日と違うのは、それを聞いて残忍な手立てを打ったかと思われる上層部の存在がこの場に無く、持っていれば危険に巻き込まれるような情報を知ったとしても、それを他の場所で口外したりしないような絶大な信頼のある3人しか居ないということだ。


「・・・いや、知らねぇな」


「無理もないか。アイツに聞かされるまで、オレも知らなかったし」


 トチとミナミも同じく首を振っていた。

 やはり保安局組織内ではチキュウの情報は取り扱われないように上層部に統制されており、それらの情報が保安官を通じて外部に漏れることが恐れられている可能性が高い。

 そのくらい、誰もが同じ反応を示しているのだ。


「オレはあの侵入者と少しだけ喋った。アイツが言うには、あの英雄の船はチキュウという所に向かっているらしく、そこに行かせない為にああしたって訳だとよ」


 改めて確認すると不可解な事項が詰まっているが、これが本当にそのまま告げられた事実であった。

 まるで意味の分からない発言内容に早速トチが疑問を浮かべた。


「なんでダメなの?これまでちゃんとした物資がそのチキュウで獲れてるから、今も続けてるんでしょ?」


「それが知りたくて色々調べてるんだ」


 漸く理解した。宇宙の謎の解明だとか大口叩いていたが、本来その根源にあった行動動機は、謎に包まれたままの犯罪行為の全貌を明かすということなのだろうか。


「アイツがチキュウの名を口にした途端、上層部の連中は焦ってアイツを捕まえようとした・・・それを見たオレは、どうもアイツが死んだことに上層部が一切絡んでないとは思えないんだ・・・!」


 冷静に語り続けていたニロだったが、感情の一部を吐露し始めた。と言っても普段の彼は常にこんな感じなので、一風変わった彼の演説に耳を傾けていた彼らは、いつも通りのニロに戻ったような気がした。

 しかし、持論の正義感を動力源とする彼らしい動機であり、派手に動かなくなったことを考えれば、そこは少し成長を認めてもいいのかもしれない。


「オレはチキュウが何なのか知らないし、上層部がなんでこんな酷いことしたのかも分かんねぇ!だから知りたいんだ、オレ達の知らない間に、この宇宙がどう拡がって行ってるのか!!」


 全身を振るわせて熱弁を繰り広げるニロ。

 つい先日解雇の危機を迎えたときですら微動だにしなかった彼が、ここまで必死に何かを訴えかけている姿は新鮮であった。


「・・・でも、チキュウのことは上層部のせいでどこにも載ってないし、アイツが情報を仕入れた方法も何も分かっちゃいないままだ・・・」


 しかし、威勢に反して結果は出せずに居た。

 それは班員の彼らから見ても一目瞭然であった。ミナミが図書館で会うニロはいつも目当ての図書を見つけられず苦しんでいるし、トチがこの部屋で目の当たりにするニロはいつも同じ図書の同じページを目を細めて睨んでいるし、オリバーが食堂で横目にするニロはいつもイーグルスアイで似たようなリンクがアクセスブロックされることに嘆いている。

 とても順調に進んでいるとは言えない状況だった。


「・・・協力して欲しいって言いたげだな」


 そんな中投げかけられた、オリバーからの一言。

 頼りどころのないドン底で地に這う思いで独学を進めてきたニロには、その言葉が天からの光のように思えた。口と眼が大きく開いた。


「・・・ああオリバー、助けてくれ!!オレ1人じゃまだどうにも・・・!」


「残念だが無理だ」


 しかし、差し伸べられた手に縋ろうとした瞬間。その手は無慈悲に姿を消し、光が消えて辺りが霧に包まれた。


「お前がやろうとしてることを否定したりはしない。だけどなニロ、お前がそのチキュウとやらを追うのと同じように、人は必ず理由を持って道を進んでるんだ」


 つい最近目標を抱き始めたニロにとって、その言葉はひしひしと伝わってきた。

 今まで彼らと反りが合わなかったのも、自分は人に理解されない行動を繰り返していたのに対し、彼らは人が作った規範に沿って真面目にやっていたからだ。

 例え彼らの返答が納得のいかない結果に繋がったとしても、そこに否定する権利はあっていい筈がないという覚悟は出来ていた。


「俺の生まれた家は、代々国家に仕えて来た一族として地元で有名だった。先に公務員として就職した兄を追いかけるようにして、俺はやっとの思いで保安局に入ることが出来たんだ・・・」


 オリバー・フォルスター、17歳。

 彼の生家であるフォルスター家の先祖は、大昔に7つの惑星がそれぞれ別の国家を名乗っていた時代に、数少ない物資を賭けて彼らが大規模な戦争を勃発させた際、その終結に尽力し現NZ国家の形成に大きく貢献したとされている。

 その後フォルスター家は国民の視点から国家を支えることを約束し、身内故の忖度無しに国家公務員を受け継ぐ伝統が生まれた。

 オリバーと彼の兄も、先祖の意志を継ぐべく幼い頃から努力を重ねて来た。


「一族の誇りを、ここで仇として失墜させるわけにはいかない」


 断るには十分すぎる理由だった。

 彼は歴史に跨る大きな決意を背負っており、自分は存在の確証も無い上、追求することで危険を被る可能性のある、得体の知れない何かを目指している。

 誰かが何も言わなくとも、そこには確実に差が生じていた。

 しかしながらニロには、オリバーが保安官として生きる道を選んだ理由に何かしら突っかかるものがあった。


「私も、手伝ってあげたいのは山々だけど・・・」


 唯一と言っていい程に協力的だったミナミも、オリバーのように反対意志を示す準備に入った。


「同じことをして死んじゃった人が居るくらいなんだから、やっぱり知っちゃダメなんだよ・・・。国民の安全っていつも言ってるあの人達がそこまでして遠ざけたいってことは、そのチキュウってところはもっと危ないところなんだよ、きっと」


 自身の倫理を優しげに話す。

 そもそも保安局が宇宙に住む人々の暮らしを守る為に作られた組織であり、それを統率する上層部が理由もなく残虐な口止めに手を染めようなど、あるはずもないというのが彼女の主張だ。


「私はオリバー君とはちょっと違うけど、生まれたところが離島で、何かと苦労してたところを保安官さん達が助けてくれたの。両親は体の病気でもう働けなくなっちゃったから、私と姉さんが少しずつ恩返しして行きなさいって言われて・・・まだ恩返しが終わってない以上、保安局を裏切られないかな」


 保安局からの恩に対する精算が、ミナミ・カンデラがニロ側に着けない理由だった。

 過去に保安官に救われた境遇から保安局を目指したという点に於いては、ニロと重なる部分があった。

 勿論この理由を覆す権利も無ければ、それをする意味も無い。

 しかしながら、またしても彼には違和感の残る部分があった。


「・・・何度も言うけど私は、私達の昇格を邪魔して欲しくないだけだから」


 そして良くも悪くもいつも通り、体裁を変えようとしないトチ。

 詳細な目的は未だ聞いたことはないが、彼女も先の2人に負けず劣らずな確固たる決意を持っていることは窺える。


「悪いことして儲けてる父を探して、家族を見捨てたことを後悔させてやる為に・・・」


 続いて彼女の口から漏れた静かな一言。

 トチ・マライアはシングルマザーとしてこれまで3人の子を育てている母の長女として生まれ、父親の姿は今までに一度もこの目に焼き付けたことはない。家族の正しい構成を知らないまま、学校機関で様々な壁を痛感させられた。

 ある日、母が突然腰を抜かしたと思えば、兼ねてより仕事を言い訳に家に戻って来なかった父親の素性が、闇社会で暗躍する正体不明の武器商人組織の棟梁であることが分かった。


「噂が広まって皆には避けられるし、入隊試験も途中から急に理不尽になったけど、それでもなんとかここまで上がって来たの・・・!だからアンタにはつい強く当たっちゃってた」


 数々の佳境に直面しながらも、少女は戦うことから逃げなかった。

 取り残された幼い弟と妹に、同じ思いをさせたくなかったから。罪深い男に選ばれてしまった母に、大丈夫だよって言ってあげたかったから。同じ血を引く家族だったとしても、私達はあの男とは違うって証明したかったから。

 経緯を知ったニロは、今までの自分がトチにとって目標を阻害して来る邪魔くさい壁でしかなかったと、反省の念を抱いた。

 しかし、オリバーとトチの持つ理由を聞いたときと同様、トチの発言に対しても共通する何かが胸に残った。


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