#2 -1

前回のあらすじ

宙暦258年。NZ国家保安局の保安官研修生であるニロは、自身の正義を認めてくれない他の保安局関係者と馬が合わず、もどかしさと孤立感を抱いていた。

ある日、他惑星に物資補給に向かう保安局の宇宙船が、本部に侵入した何者かによって攻撃される。

見事侵入者を逮捕へと導いたニロだったが、彼の口から"チキュウ"という未知の存在を知り、底知れぬ好奇心が刺激される。

侵入者の正体、"チキュウ"の意味、そしてそれを隠蔽しようとする保安局上層部の目的・・・。

底知れぬ好奇心が呼び覚まされ、少年は宇宙の全ての謎を解き明かすことを決意する。

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 央星ロイル。国立図書館。


「珍しいね」


「まあな」


 いつものようにミナミは図書を返しに来ただけなのだが、いつもは見かけない馴染みのある顔ぶれが居た。

 辞書のようなものをじっくりと眺めている。というのも、最近の彼の行動を鑑みれば、急にここに現れても何かと不思議じゃない。


「探してるものは見つかりそう?」


 真剣な表情で辞書を読み続けるニロの顔を、横から眺めてみる。

 瞳だけが文字を次々と追っているが、それ以外の顔の部位はビクともしない。


「・・・ダメだ。この辺は結構探ってみたけど、求めてるもんは出てきそうにねぇわ」


「図書検索は試した?キーワードを打ったら似たようなのが見つかるやつ、イーグルスアイに入ってると思うけど」


「それが1件もヒットしなかった」


「あらら・・・」


 先日から熱心に探し物を始めた彼は、見る見るその熱意が増して行っている。変化して行く彼と少しずつ交流を深めて行くと、意外な面が何かと分かったりした。

 今まで勉学に不真面目だったのは大体のことに興味がなかったからだとか、本当は皆が認める功績を残したいだとか。

 ミナミはニロのことを野心的で怖い人だと思っていたが、実はちょっと不器用なだけの普通の少年であることに気付いた。


「オレ帰るけどどうする?まあ、歩いて5分くらいで着くけど」


「私もこれ返すだけだから、一緒に帰ろうよ」


 微笑みながら返事をするミナミ。事務的な会話しかなかった二人の間には、いつしかちょっとした友情のようなものが生まれていた。






 時を同じくして、保安局本部上層会議室。


「さて、色々片付いたことだし・・・本題に入りましょうか」








― #2 Ahead ―








 保安官達から上層部と呼ばれる7人が集い、様々な議題について話し合っている。

 長官であるアドリアは保安局を統率する表の顔でしかなく、彼と同等の権力を持って保安局を動かしている人間は他に6人も居るということになる。

 先頭に座る国家政府の男は、プロジェクター型のイーグルスアイを駆使してその情報を読み上げた。


「先日、物資補給船の出発妨害を実行した男の再審が4日後に迫っている件について」


 あの日と同様、上層部全体が大きく揺らいだ。

 彼らにとってはどうしても内密に済ませたい話題であり、こうして他に部外者が居ない時でないと中々話しづらいのである。


「被告人は国家機関への不法侵入や人類活動の要とも言える補給船への攻撃という法律違反に加え、地球の存在を示唆する発言までも残している。第一審判では懲役20年とされているが、最初に挙げた2つの罪状をもっての判決だ」


「やはり最後がグレー中のグレーだな」


 先程までは団欒のように明るい口調だった者も、議題が変わって腕を組んだ状態になっている。

 やはり"地球"が関わっている以上、彼らにとっては簡単に見過ごせるものではない。

 そして、この問題に触れるに当たって、1つ確認しておかなければならないことがあったようだ。


「そういえばアドリア長官、事件の直後に犯人と接触した保安官と話をしていたが、その者は地球について触れていなかったか?」


「もう3週間も前のこととなると、どうも思い出せませんが・・・あっ、あの時はニロと話しましたよ!」


 その2文字の名前が出た途端に、その場の6人が落胆の表情を見せた。

 アドリアがあれ程ニロの扱いに困っていた以上に、上層部も彼の行動に常に気を配ることに疲れていた。


「よりにもよってあの訳あり小僧か・・・」


「奴が関わると色々と不味いことになるぞ・・・」


「ああいうのは何にでも手を出してくるからな、加えて後処理が大変だ」


 新たな厄介な存在の出現に、会議室が落ち込んだムードに覆われる。

 しかし、顔を顰める他の6人とは異なって、アドリアはそこまで不安を感じていなかった。


「大丈夫ですよ皆さん!あいつはああ見えて、意外と空気を読むのが上手いんですよ」


 この場の誰よりも彼を近くで見てきたからこそ、自信を持って言えることがある。

 それは、あのように問題行動ばかり起こす彼でも、人の思いを慮る心は持ち合わせているということだ。

 というのも、そこには深い理由があるわけだが。


「それもそうか。両親の死を目の前で焼き付けでもすれば、人付き合いの中で遠慮の心も生まれて来るか」


 部屋中をブラックな笑いが包み込む。孤児院に居た頃の彼は友達を上手く作れず、苦労していたという話まである。

 幼少期の体験は人間の人格形成に大きく関係するのである。アドリアは彼らのユーモアを少々理解し難いものとして受け止めていた。


「・・・ということなら、他に危険分子は見当たらないという方向で良さそうだな」


「問題は実行犯の後始末・・・」


「裁判所に詳細を伝えても良いが、あそこは民衆に1番接近できる国家機関でもあるからな・・・」


 上層部の中には裁判官を兼任する者も所属していた。

 裁判所で取り扱われる情報については、メディアの報道等の考慮をする必要があり、この会議室以上に対策が必要不可欠となる。

 いつもはそこに居る男だからこそ、その現状をよく把握していた。そんな中。


「・・・じゃあもう、獄中で消えてもらうというのはどうだ?」


 ある1人が提案した、恐ろしい極まりない案。

 裁判所の決定を待たずして、侵してはいけない真実に足を踏み入れた罰として、彼を刑務所内で死亡にまで追い込ませるという考えだ。これには流石の上層部内でも懸念の声が挙がった。


「しかし、そうするとしてどうするつもりだ?他の囚人に殺害を命令するなんてことは出来ないであろう」


「事故死と偽ればなんでもいいじゃないか。上位公務員に昇格できると言って、看守長でも釣っておけ」


 しかし、いざ蓋を開ければ意外にどうとでもなりそうな計画に、自然と反対の意見は消えてしまった。


「・・・決まりだな。まだ20そこらの小僧には少々重すぎる罰だが、これが我々国家の決定だ。そして奴の死をもって、地球に関与するとどうなるか、他の者への見せしめとしてもいい機会になる」


 人情を捨てた一声で、全てを片付けられる最も簡単な手段が姿を表した。

 相変わらずアドリアは、人の命をこうも軽視するこの雰囲気に堪えられず、会議が終了した途端、煙草を持って長官室へと足を早めた。








 突如発射場に現れた侵入者の攻撃により、物資補給船は僅かに損害を受けた。

 技術者グループは当日中に修理に係り、宇宙最先端を誇る技術をもって万全の状態へと戻すことに成功したが、想定していなかった人工的な爆発による破損は彼らの手元を苦しませ、完全な修復に3日が要された。

 そんな騒動から約1ヶ月。ニロ班は昼食の為に食堂に集まっていた。


「・・・おいニロ、食事中はやめろと何度も言っているだろ」


 頭部をあちこちに動かすニロ。彼の着けているイーグルスアイの画面には、溢れるほどの情報の数々が目まぐるしく廻り廻っている。

 最近、このイーグルスアイや多数の書物などに片っ端から目を通し、何かを調べているようなニロの姿が見られる。

 オリバーは突然の彼の変化に違和感を抱いており、メリハリを付けるよう指導している。


「まずは出された飯に集中しろ。食べ終わったらいくらでもやっていいが、放置し過ぎると質が落ちるぞ」


「わぁーってるよ。えーっと、どこまで見たんだっけか・・・」


 忠告をもろともしないニロの態度に怒りを感じ、オリバーは彼の後頭部から無理矢理イーグルスアイを引き剥がした。

 視界が明るくなったことに気付いたニロは、すかさず取り返そうとする。


「何すんだおい!!返しやがれ!!!」


「食後まで取り上げだ!こうでもしないと、お前は言うこと聞かないだろ!!」


 兄弟喧嘩のような2人のやりとりは食堂中に響く。イーグルスアイに手を伸ばし続けて振り回されるニロ、彼に渡すまいと長い腕を遠ざけるオリバー。

 彼らの動きには大勢の視線が集まり、その中には呆れたトチの冷たい眼も含まれていた。


「・・・あのさ、見られてるんだけど」


 言葉が投げかけられ、2人の動きは息ピッタリに静止する。

 恐る恐る横を見れば、同じ空間で食事を繰り広げていた殆ど全ての保安官がこちらを向いている。

 現状に気付いた2人は一気に顔を赤らめ、その様子を見てミナミが笑っている。


(フンっ、さっさと食い終わって取り戻してやる)


 流石にあのような幼稚な行いを大衆に晒すことに抵抗を覚えたニロは、仕方なくオリバーの条件を呑むことにした。

 冷静に考えてみれば別に難しい話ではない。集中すればこんな昼食、5分とかからず終わらせられる。

 紙スプーンを手にし、目の前の栄養分をせっせと片付けることにしたニロの耳には、興味を示さなくとも他の保安官の話が入ってきた。


「そう言えばさ、こないだ補給船を止めようとして捕まったやつ居たじゃん」


「ああ、居たな」


 侵入者騒動の話題は未だに尽きる様子を見せない。

 民衆の間で補給遠征に反対する声がそもそも少ないことや、民間犯罪にしては巧みに作り込まれていた凶器の爆弾など、犯人の情報の一切が謎に包まれているのは、ニロだけでなく多くの保安官の好奇心を奮い立たせた。

 しかしながら、逮捕された生年の動機にチキュウという未知の存在が関わっていることは、現時点でニロと上層部7人しか認識しておらず、他の保安官は独自の議論を重ねて動機を推測する手立てしかなかったのである。無論、ニロからすれば全てハズレではあったが。

 どうせ今回もあの青年の所属する世帯がどのような状況なのかだとか、宇宙船を破壊して保安局ごと崩壊させようとしたんだとか、いつかの娯楽図書のような空回りな考察を話し合うだけの、他愛もない会話になるんだろうとニロ。

 しかし、その次の言葉は彼の予想の斜め上を行く要素ばかりで構成されていた。


「あいつ、刑務所で事故死だってよ」


 それを聞いた瞬間、ニロが掴んでいたスプーンが彼の手元から転げ落ちた。

 材質の軽さ故にゆったりと空中を舞い、街中に落ちている紙クズに成り果てた。

 驚きの新事実が明らかになったことが衝撃的過ぎて、ニロは思わずその場で立ち上がった。


「おいどうした、まだ食べ終わってな・・・」


 またもやイーグルスアイを取り返そうとやって来るのかと思ったオリバー。

 しかし、彼の中で今一番の重要度を誇るイーグルスアイの奪還に急ぐどころか、彼は表情を変えぬまま他のテーブルへと足を速めて行った。

 会話をしていた当人達の前に辿り着く。


「なあ、それどっから聞いた」


 侵入者騒動の一番の解決要因とされているニロは、忽ち先輩保安官達の中で有名な立ち位置を獲得した。

 嘘くさく聞こえたアドリアの言葉だったが、それを反芻するように賞賛の声が相次いだ。


「おっ、補給船を救った英雄さんじゃねぇか!俺はただ噂で小耳に挟んだだけで・・・」


 ニロにとっては今後の活動に大きく影響する事態の成り行きを軽く扱うその先輩保安官に、思わず拳が胸ぐらを掴んでいた。


「誰から聞いたんだ!!!」


 思いの外食いつきが良かったので驚きの汗が流れる。


「い、いや、誰が言ってたとかは特にないけど・・・」


 語感を頼りに体を動かしていたニロの脳内に、事の大きさが漸くじんわりと伝わってきた。

 あの侵入者の青年は罪を問われて投獄され、その中で謎の死を遂げたということになる。事件からは3週間、まだ第一審判を終えたかどうかくらいのこの時期に、獄中で死ぬなどという無謀な働きをするだろうか。あの青年が?

 他の囚人と争うことは無さそうな温厚な印象であったし、あれほど潔く敗北を認めたのに命の危機を伴うような脱獄をするだろうか。

 同時に脳内に蘇ってくる、上層部7人が動揺させられていた姿。様々な選択肢が次々と消えていく中、残った選択肢は彼に恐怖をも与えた。


(あいつは、上層部にとって面白くねぇ人間だったんだ・・・刑務所でも居ることが気に食わなくて、無理矢理消されたに違いねぇ・・・!!)


 真実を知りたがる彼の少年心が立ち止まる筈もなく、ニロは食堂を飛び出した。

 その様子の一部始終を見ていたオリバー、トチ、ミナミは、同時に同じ疑念を抱いたようだ。


「・・・2人とも、あいつの様子が最近おかしいと思うのは俺だけか?」


 オリバーが問いかける。


「めっちゃ変よ!急に何を思い立ったのか知らないけど、あんなに机と睨めっこしてる真面目っ子じゃなかったでしょ」


「なんか印象良くなったよね」


「前のあいつと比べたらそれはそうだけど・・・」


 周りより少し天然気味なミナミの意見だったが、かなり重要な感覚であるのは間違いなかった。

 この2人がニロに対して良好なイメージを抱くことなど、今まで滅多になかったのだから。


「放っておけば何か嫌な予感がするのは、俺だけか?」


 続けられるオリバーの質問。これには、2人は息を揃えて同時に答えた。


「「私も」」


 それぞれ思う節は違っていたのかもしれないが、このままニロの思うがままにさせていれば、いずれ何か不都合な出来事に繋がってしまうという、直感的な予想。それは皆が満場一致で賛成した。

 彼の足を早く止めなければと義務感に駆られたオリバーは、一先ずは手前のゼリー弁当を完食するプロセスに挑んだ。


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