#10 -3
激闘の疲れがもたらしたのか、ニロの眠りは凡そ14時間ほど続いていた。時折憧れの保安官が銃口を向けてくる悪夢に襲われることはあったが、決して瞼を開けることは無かった。
漸く全ての眠気が消費されて覚醒した時、身体はソファではなく硬いフローリングの上で、その身体を両手で強く縛るケイトの姿が隣にあった。今度は彼女が爆睡中であり、その間に自分を抱き締めながらソファから転げ落ちたのだろう。
その動機の不明瞭さや彼女の呆れるほどの寝相の悪さに言葉を失いながら、幾人の仲間達への挨拶を果たそうと奥へ向かった。
するとそこには、昨日聞いていた話とは大きく異なるような、尋問から解放されたオリバーら3人がヤマトと共に謎を集めたビジョンメモを囲っている様子があった。
「・・・ど、どうしたよ」
最初は驚きのみだった。これまでの用心深いヤマトは敵性分子を必ず拘束していたものだが、今回はその真逆である。なんとか分かち合えた自分も磔から放たれるまでかなりの時間を要したし、きっとその記録を越えている。
そして脇から彼らの話し声として聞こえたのは、何やら深刻な問題の解決策についてみたいだった。
呑気に寝ていた間に何があったのかは想像もつかないが、一体現状では何が彼らを困らせているのだろうか。
「アンタ達の攻撃、逆効果だったのよ」
ヤマトが記述しながら何かを考えている中、細い声でニロの起床の気付いた3人は下を向き続けていた。隠し通さず正直に言うが吉と判断したトチは、その優しい声を無慈悲なトーンに乗せて言った。
彼らの爆破攻撃による混乱が続いたであろうそんな時間帯に、全体通達としてイーグルスアイに届いたある情報。兼ねてより実行されていた2名の保安官の指名手配の範囲を拡大し、保安局内に限った極秘事案ではなく宇宙の全ての人々がその情報に辿り着けるよう施されたのだと言う。
攻撃が直接相手を無闇に刺激したかどうかは定かではないが、ヤマトの口ぶりから察するにニロ達2人を保安局から遠ざける為だったのであろう作戦が失敗したことは確かであり、"逆効果"ほど現状を正確に言い表せる言葉は他に見当たらない。
「上層部の決定らしい。民間が見るニュースはまだ昨日のテロしか取り上げてないってのに、あの人達はなんとしてでもお前らを引っ捕らえたいらしいな・・・」
悪い意味での上層部の執念深さを憂いたオリバー。
世間の注目度に関係なく彼らの指名手配は公衆の面前に晒される方針にあり、更には民間用に極悪犯と同等の報酬金まで見事に設定されていた。
作戦失敗という事実に全ての思考が停止してしまったニロだったが、アドリアらへの敵対心を思い出した途端、その心は燃え盛る怒りへと変貌を遂げた。
(クソ!!何でオレはここまでしつこく付きまとわれなきゃなんねぇんだ!!もし地球のことを探ってるってバレてたとして、爺さん共はどっから気付いたんだよチクショー!!!)
不自然な程に彼らの都合通りに進んでいる現実に反感しか生まれなかった。元から自由などなく、保安官を選んだ時点で、いや政府管轄の孤児院に引き取られた時点で、自分の人生は監視され制限されることだけで成り立っていたのではないか。
では次はどんな手で反撃してやろうかと、小さな鬱憤を発散させることばかり考える子どものような思考になっていた。
しかし自分が最善だと思った策がこの結果を招いており、遠ざける筈だったオリバー達をも巻き込んでしまっているのだから、更なる逆効果を呼んでしまうのではと考え、彼らの会議に口を出すことは憚られた。
「大急ぎで問題児2人を匿う方法を考案してる状況だ。ここの3人だけじゃなく、上層部に少しでも文句ある保安官を全動員してやりたい気分だ、全く」
ため息と愚痴を一遍に零しながら、ヤマトは手元の小さなパッドに次々と何かを書き込んでいた。
彼の少し丸まった発言からは、純粋な保安官達との交流を通して、彼が抱いていた彼らへの先入観が無くなっていっているように思えた。言葉遣いも柔らかくなっている気さえした。
しかし、敵同士だった2つの勢力がどれだけ感動的な分かち合いを交わしたとて、理不尽な現状から逃れられる方法はどこにも見当たらなかった。
「もういっそのこと、あの補給船を奪ってこの宇宙自体から逃げ切ってやるか・・・?・・・なんてな、聞き流してくれ」
それぞれのちっぽけな案も底を尽き、緊迫の沈黙が通り過ぎたその時、オリバーが投げかけた冗談一言。
確かに夢あるアイデアではあるが、突拍子がなく本人もすぐに否定してしまった。そしてヤマトが何言ってんだとトドメを刺す。雰囲気の重さを弁えつつも、それでも平和なやり取りに彼らは笑った。
しかし、机を囲む4人がその一言を瞬間的に無かったものとしようとしていた最中、傍らに居た1人は決してその本質を見逃さなかった。
「・・・いや、それだ。もうそれしかない」
机上の空論だと笑い飛ばされた矢先、今1番危機感を覚えている筈の人物の声でそう再生された。
怒りに身を任せて舌打ちばかり鳴らしていたニロの落ち着いた口調は、その場の注目を一瞬で支配した。とても冗談半分で言っているようには見えず、考えもしなかった意見の存在に皆が目を惹かれた。
作業に集中していたヤマトも思わず手を止めた。この中で最も現実からかけ離れた思考を持ち合わせている彼だが、失敗したとは言え先の作戦の根幹を飾った者であり、その発言を聞き入れない訳にはいかなかった。
「宇宙のどっかに"地球"って星があって、そこから持ってきた物資でオレらは生きてんだろ?ここで追っ手から逃げ続けてるより、地球で生きてける可能性に賭けてる方がどうにかなりそうなんじゃねぇか?」
しかし、余りにもリスクを無視し過ぎている内容と、発言の中で数回登場したある言葉の存在が、全員の予測は遥かに覆された。
軽く目線を向けていただけだったヤマトは、組織の方針と大いに反する排除すべきアイデアに対し、反射的に両目が大きく開いた。
「・・・は???」
組織が"地球"を忌み嫌っている事実、恐れる未来を止めようとしたバッツの特攻、自分達を迫害しようとする保安局の闇。
確かにそれらの意義については話していないかもしれないが、それでもニロはこの全てを把握している筈だった。一度は敵対し暴力的な態度に出たこちら側の意見を尊重してくれた。
それだと言うのに、一切の躊躇も無くその発言が出たことに、彼の心の中では驚きと怒りと失望が入り交じっていた。
だがどれだけ懐疑的な眼差しを送り続けても、決してニロは折れようとしない。
(確かに、もう安全地帯も無いこの宇宙よりは良い未来を見込めるかもな・・・)
(実際に行ってきた人が危険って言うならまだしも、保安局の人達がいつも物資を取って帰って来ても何ともないんだし・・・)
場を和ませる為だけに放った言葉が予想外の形で返って来たことに困惑していたオリバーだったが、ニロとケイトの危険すぎる現状を踏まえれば遥かにマシな選択肢のように思えてきた。
同じくニロの考えがじわじわと伝わって来たミナミは、組織の発言の信憑性について再考慮し、現実と乖離している思想はどちらなのかと思い始めた。
そして。
(なにそれ・・・面白そうじゃん)
仲間の窮地を可能な範囲で助ける、そんなモットーでここまで動いて来たトチだったが、ニロの話した未知なる道の可能性に純粋な好奇心が生まれていた。星々の重力と地表に立つ自分達の関係のように、気付かぬうちにどんどん心惹かれて行く。
硬派だと思っていた自分にもこんな一面があったのかと、我ながら少しの興奮を覚えた。
「お前、俺達がずっと警戒してきたあの星に移って、それで今より安全だとでも言いたいのか?」
突然の案に肯定的な考えを持ち始めたニロ班と一風変わって、断固としてその考えを否定する姿勢に入ったヤマトは、その冷酷な性格と共に対抗心を揺るがせていた。この瞬間を持って相手が話の通じない様子になったとしても動じない心持ちで佇んでいた。
意見の違いで対立するのは2度目だった。しかし現実を知ってなお夢を諦めようとしない彼の堅い志は、どんなに鋭利な目付きをもってしてもビクリともしなかった。
そして気が付けば先程まで敵味方の分別なく意見を交換し合っていた3人の少年少女の姿が、ニロの壁を更に分厚くするように立ち並んでいた。
「でも誰もまだチキュウの中身を見たことはないんでしょ」
「そこが今より危険かどうかなんて、まだ言い切れないんじゃないんですか?」
「・・・それに相手は俺達よりこの宇宙を知り尽くしてるんだ。こんな状況でかくれんぼしてたって、いつまでも負け試合は覆らねぇぞ」
似通った表情で次々と反対意見が述べられる。でも確かに的を射ているものばかりだった。
退いてはいけないと思いつつも、そのどれにも適切な反論は思い浮かんで来ない。地球と繋がっている保安局を危険視してきたのは、自分がそういう価値観で生きてきたからだというそれだけの理由に過ぎない。
違った生き方をして真の仲間を見つけられた彼らにとって、その意思はきっと伝わってくれない。
それでも、今回ばかりは譲れなかった。
「ふざけたこと言いやがって・・・お前ら全員バッツの死を無意味にするつもりか」
まだ実行されていない計画に対してここまで動揺している理由を自分の言葉で悟った。このような議論には親友の華麗な生き様が必ず根底に備わっていた。
落ち着かないのはただ1つ、ヤマトはバッツの誇りを汚されると思ったからだ。ここで補給船が地球に向かうプロセスを活用してしまえば、命を賭してそれを変えようとした彼の努力と勇気が"無くても良かったもの"に変化してしまう。そういったものの存在はヤマトに言わせれば"無駄"に違いなかった。
「・・・ああ、無駄死にだよ」
しかし、意図が伝わってないのか本気でそう思っているのか、相手はそんな親友を罵倒する言葉を用いてまで視点を変えようとしなかった。
冷静沈着な思考回路は姿を消し、自分の行動に目をやれば知らぬ間に手が出ていた。
「貴様よくも・・・!!!」
感情のままに最大限の握力でニロの胸ぐらを掴むヤマト。
嘗て仮面越しに保安局関係者を見詰めていた時、そして保安官狩りを通してこの男に制裁を加えんと食いついた時、或いはそれらの事例を諸共しない程の睨みつけで迫った。彼が着用している服がバッツの遺品であることなど疾うに忘れていた。
どれだけ恐ろしい目線を浴びせられようと、ニロに発言を撤回する気は起きなかった。寧ろその罵倒を補足する為の言葉を繋げるべく口を開くのだった。
「オレはずっと、バッツはあんな所で死ぬ必要なんてなかったって思ってた。でも死んじまったのは、何が正しいのか誰も分かってなかったからだ!上層部は勝手に地球を知ってる人を悪者だって決めつけて、バッツとお前は地球を悪い星だって決めつけて、そんでオレは・・・何も知らなくて、何も選べなかった・・・!!」
体格も身長も存在感も負けている相手と対峙しても決して恐れず、先の発言の真意のようなものを語った。
誰に何を言われようと、バッツの死は絶対に必要のなかったものであるという考えは変わらない。しかしその無駄死にが来ざるを得なかったこの結果の責任は、彼があの行動に至るまでの要因に関与した全ての人間にある。
地球を巡る論争と何の関わりも持っていなかった自分や仲間達でさえも、何も知らないことを言い訳に選択に向き合って来なかった罪を受け入れなければならないのだ。
そんな悲劇を踏まえたにも関わらず、今現在も自分達のように理不尽な世界に追い詰められている人々が後を絶たないのは、本質を見抜かず決めつける層が一定数残っているから。
彼らの裏付け1つ無い偏った考えこそが、どこかで誰かが苦しむ未来に繋がるのである。
その点で言えば、何かと理由をつけて地球という最大の謎を放りっぱなしにしているヤマトは、その理由がどれだけ残酷なものであろうとも、ニロにとっては信用ならない存在と成ってしまったのだ。
「分からないままじゃ前に進めない!!さっさと謎を解き明かさなきゃ、オレ達はこの宇宙に飲み込まれちまうんだ!!!」
彼が掲げた壮大なる夢の先には、"地球"という星の真なる景色も含まれている。この案が通れば安全圏に入れるかもしれないだけでなく、そんな夢の1つを達成するチャンスまで伴って来る。
いつか辿り着きたい目的地を早めに見据えられることに気付き、ニロの選択に迷いは無かった。ヤマトが受け継いだバッツの矜恃をどうでもいいなどと揶揄するつもりは無いが、今はそういうことで言い争っている場合では無いと思えた。
感情に身を支配され余裕を失っていたヤマトだったが、段々と相手の意見が尤もであることに気付き始める。
しかし、それが友の死因を踏み躙る理由になって良いものか。彼が決して生き返ることの無いこの現状で、その勇姿を否定してしまっても良いのか。
理想に反して現実が鮮やかな色を帯びて行き、言葉にならない叫びが腹の底で蠢いていた。その時だった。
「いい加減にしなよ。これしか選択肢が無いってこと、あなたが1番分かってるんでしょ」
奥から姿を現した寝起きのケイトが、ニロの背後で更なる追い討ちをかけた。そう言えば彼女の育ちと言えば地球肯定派の家、ここで彼に反対する理由など無いのだ。
今こうしてとてつもない焦りに襲われているのは、相手の提案こそが最善策であることに気付いてしまったものの、いつまでも私情によってそれを認めたくないからだったのだ。
この場の誰一人、何も間違ったことは言っていない。だからこそ憎いのだ。親友を正当な理由なく殺めた上層部が。純粋な心のままに、こちらの事情に目を向けようとしてくれないニロが。そして、壇上で偉そうに理想を語りながら、一つとして自分から動こうとせず、今更になって後悔に苛まれ苦しんでいる無様な自分の姿が。
この世の万物に対する憎悪が、彼を現実から遠ざけようと過呼吸になって体現された。そして、暴れゆく心の深淵の中で、いつの日かの親友の笑顔が思い出されるのだった。
15年前。その少年ヤマト、当時6歳。
「いいか、我らの祖先はこの"地球"に棲む恐ろしい民族に脅かされ続けて来たんだ。我々はその恨みを抱きながら、いつの日か来る報復の時に備えなければならない」
大事な話があると言って呼んできた割には、大層自分とは関係の無い遠い御伽噺を聞いて終わった。
税も収めず貧困層として図々しく生き延び、財産の欠乏を諸共せず子を産み、特に意味も無い名前を与えては決してその名を呼ばず、ただ上の街の金持ちから物資を奪う技術ばかり叩き込んできたこの男は、一体何の為にそんな空虚な伝統を受け継いでいるのだろう。
一体自分は、何の為に何を背負わされているのだろう。
(カネモチもセイフもウチュウも、その"チキュウ"とかいうのも・・・全部オレがブッコワしてやる)
夢の"ゆ"の字も知らない、そもそも話し言葉以外に読み書きすら教わっておらず、父親への恨みと社会への憎悪だけを覚えて生きてきた少年の目には、真っ暗な宇宙に対する破壊の衝動だけが僅かな光を成していた。
продолжение следует…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます