#11 -1
前回のあらすじ
基地爆破騒動終盤、犯人一行の一部とそれぞれ接触したオリバー、トチ、ミナミ。対立の中で彼らは相手が補給船攻撃の侵入者の仲間であることに気付き、様々な衝突を交えたものの両者無傷で一件落着に至った。
作戦終了後、捕虜となった3人の研修生を尋問していたヤマトだったが、その中で自分達の作戦が保安局の落とし穴に掛かった可能性に気付き始める。その答え合わせのようにニロとケイトの指名手配範囲拡大の報せを受け、すぐに今後の計画についてその3人と共に話し合いを始めるのだった。
しかしニロの”追手から逃れるために地球に潜入する”という提案と賛同する3人にヤマトはペースを乱され、バッツが無駄死にしたかのように話す彼らに苛立ちが生じた。ケイトの言葉で現実を受け入れたくない自分に気付いたことで、更なる葛藤が生まれて行く。
嘗てのバッツの笑顔と、憎悪に満ちていた人生の軌跡が、彼の脳内で思い返されていた。
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親切なくらい分かりやすく、7惑星の社会構造は大きく別けて2つの経済層で成り立っている。政府各機関から"国民"として認識されている平民層と、そうでない貧困層。この2つの間には単なる納税の有無という差しか無いが、先祖からの伝統方針や家計の逼迫などの理由で後者の烙印を押される人々の割合は、宇宙総人口の約5%ほどを占めているらしい。
貧困層コミュニティには平等な分配はおろか社会に溶け込む資格すら与えられず、ただでさえ富が無いのに正当な職に就いて日々を生きることも儘ならない。世間の目を一切無視して陰で働くことでしか収入を得られず、必然的に多くの貧困層が所謂闇バイトに従事せざるを得ない。
そしてそこには性別や年齢などの壁に対する慈悲などちっとも与えられないのである。
「アインスタン2番交差点でアタッシュケース2つ。受取から1時間後にリーベルのアゴラで引取だとよ」
「ウス」
8歳になった少年ヤマトもその例外では無かった。相変わらず父親からの支給は著しく少なく、ろくに飯一つ食えなくなる未来を危惧して近所の運び屋に協力することになった。若者が自分の意思に沿って生きることが謳われいる社会で、依然として人として扱われることのない自分の立場を自覚しながら、ただの仕事仲間に過ぎない兄貴分と共に薄暗い路地裏から平民共の生活をボーッと眺めていた。すると、自分より小さく自分より綺麗な服に身を包んだ1人の子どもが手を繋いでいる母親に熱心に語っている姿が、何故か妙に彼の注意を引いた。
「ねね、今日はがっこーでね・・・」
話題は他愛もない直近報告のようであり、そこには自分には親しみのない平民層の生活ならではの言葉ばかりが並べられていた。それなのにどうしてここまで惹かれるものか。答えはすぐそこにあった。
耳慣れない"がっこー"という1単語。十分な富に恵まれた子どもというのは知識豊富な大人に様々なことを教えて貰えると、貧困層ながらに噂で耳にしたことがあった。そんな教育が施されている学び舎とやらを示す文字、それが"学校"であったのだ。
生きることに精一杯で何かを学ぶ暇など無かったヤマトだったが、知ってみたいことと言えば幾つも浮かんできた。あらゆる物事への破壊衝動、これを満たせる方法はそこで知れるのだろうか。裕福を捨ててまで先祖が忘れようとしなかった"地球"とか言う謎の正体、その答えを知っている大人はそこに居るのだろうか。
「ガッコー・・・」
隠していた好奇心に身体が支配され、その心のままにひとつ呟いた。あの幼児のように豪華な身なりには成れなくとも、学校という場所で学生として所属することだけなら認められるだろうか。こんな明日も見えない生活から脱却して、ただ気になることだけを考えられる毎日を獲得するには、どんな努力が必要だろうか。
その瞬間、彼の脳内に満ちていた幾つかの憎しみの粒子は、興味という光に変態する段階に入っていた。
― #11 Pray ―
"学校"への入学を志し、ヤマトは出来る限りの努力を重ねたつもりだった。しかし彼を取り囲む現実は決して甘くなく、その希望は早くも絶たれる運命にあった。
教育制度に対する周囲の偏見。経済格差から生じる授業料不足。そして、圧倒的な教養の欠如。彼がどんなに高い志向を掲げたとしても、生まれ持った環境によって選択肢を狭められる場面が多々あった。教育なんて無駄だと断言する、父や兄貴分を初めとする偏った人々とは徐々に価値観が逸れていったものの、生活苦への見解は彼らと何ら変わりなく、確かな未来の見えない小さな願いよりも明日の飯を探すことに決めたのだった。
そんな中、意欲というものがヤマトの脳内から姿を消そうとしていた10歳の頃、運び屋の仕事中に街で耳にした男性の話し声。
「でしたら来週のオープンスクールにお越しください!きっとお子様も弊校に理解を示してくれるはずです」
時代遅れの携帯電話越しに交わされていたその通話の内容は、彼が無理に忘れ去ろうとした夢に関することだった。詳しく聞いてみるにそのオープンスクールとやら、この男が勤めている学校を一般向けに開放して入学希望者や他の教育機関の評価を受ける場として設けられるらしい。
外部の人間も、その日だけは校舎や授業の見学が出来るらしい。
関係者として所属することが叶わなくとも、彼らと同じ服で過ごすことが出来なくとも、1日だけでも同じ学びを得られるのだとしたら・・・。
その日のヤマトは、仕事をサボって図書館で屯していた様子が後ほど発見された。
やはり首都の風格は一味違う。ふと耳にした学校見学を求めてヤマトが訪れたのは、国家惑星ロイルの一大都市ノヴェンバ。盗人達が日々物資を漁ってる薄汚い街とは打って変わって、頂上を見上げることしか許してくれない高層ビルが当然のように立ち並んでいる。そんな大都会から少し外れたところに、彼の目的地は聳え立っていた。
(これがガッコー・・・!!)
難しい文字が並んでいる厳かな門を通り抜け、何となく大きい校舎の放つ雰囲気に惹かれながら進んで行く。長い中庭の果てに校舎に足を踏み入れると、そこには一種類の服を着た子どもばかりが優雅に佇んでいた。なるほど、財を豊かに持て余す家庭に生まれればこういう生活が当たり前になるらしい。そりゃあ自分は程遠い訳だ・・・。
悲しくも羨望から劣等感を連想してしまった彼は、見学者と思しき親子の群れを潜り抜けて奥へ奥へと進んだ。今は恵まれた子達の日常よりも、この施設の細部が知りたい。廊下を歩き階段を駆け上がっては、その構造の複雑さに息が切れた。当たり前に都市や人々と離れて暮らしていたヤマトにとっては、その情報量の多さには大いに疲れてしまうのだった。
様々な施設を巡ること1時間。チャイムとかいう謎のメロディを耳にし、そろそろ授業と言う学びの空間を一目見ようと、ヤマトはどこかの教室へと足を早めていた。出来る限り人目は避けようと試みたものの、時折すれ違う子ども達からは、彼の小汚い格好に向けられる白い目を感じていた。
これで5組目。平民層が悪事と呼ぶ働きから生きる道を勝ち取っているのは事実だが、直接迷惑をかけてない相手にまで蔑まれるのはどうしてなのか。認識している現実の差異を実感すると孤独に落ち込んでしまうヤマトだったが、特定の相手に刃を向けられると真っ先に反感が浮かび上がるのだった。
少し距離を置いて睨み返してやった。すると、その4人組のうち彼の容姿に何も反応を示さなかった1人の少年が口に出した言葉が、彼の全ての活動を一瞬無に変えたのだった。
「こないだ聞いたんだけどさー、遠いところに"チキュウ"っていうとこがあってー・・・」
他のことに関心を向けていたせいで長らく忘れていた存在。その瞬間を以て脳内に再び姿を現した。
不確かな理由のままに恨まなければならない存在。何れ自分達に無限の苦しみを齎してくる存在。そして、政府の方針で宇宙から掻き消されようとしている存在。街中でその名を口にして保安官に耳にされれば、情報統制の為に闇に放り込まれてしまう。
真偽の試しようもないまま聞き流していた父親の言葉が、今になって底知れぬ恐怖となって脳を駆け巡り始めた。もしそれらが現実であるならば、地球を知ったこの少年達はとうなってしまうのか。別に赤の他人が死のうが死なまいが知ったこっちゃないが、これを見逃すのは、なんかちょっと違う気がする。
「っ!!!!」
気が付けば両手はその少年の口をこれでもかと言う程抑え込んでいて、額から冷や汗が止まらなかった。勢い良く彼だけをグループから引き剥がし、その様子に他の3人は更に嫌味の強い目線を送ってくる。
怖かった。それ以外何も思えなかった。でも、これでいいんだ。
「オマエ、どういうつもりであんなこと言いやがった!!知ってる奴に聞かれてたらどうする気だ」
「えっ、何がいけなかった?」
一息つき、兄貴分をイメージしながら説教文句のようなものを垂れてみた。しかし相手には思うように意図が伝わらず、能天気な顔つきは未だ変わりそうにない。
もしや宇宙社会で"地球"の存在がタブー視されている現実すら知らないのではないか。可能性は低いが最も低次元な危険性に立ち向かった。
「へぇ〜そうだったんだ。遠い星でやさしいおばあちゃんが教えてくれたんだよね、ものがいっぱいあるいいところだって」
あろう事かこのガキ、地球について殆ど無知どころか、本当に世間との認識の違いを知らずに居たみたいだ。
それも地球の約束を身近な者に伝え紡いで行くことなんて貧困層しかしない、そう父親から聞いていたものだから、平民の彼がその実情を知る術があることにも驚きだった。どこかの貧困街では平民にも政府の嫌う言葉を話すバカな老人が存在するらしい。
「とにかく!オレがダメっつったもんは全部ダメだ!!そうじゃないと目つけられて痛い目みるぞ」
知っていることを勘づかれるだけで粛清対象となり得る危険な情報。そんな状況を聞いた上でも何も変わろうとしないその少年に、珍しくヤマトは心配の念を抱いた。明確な理由は分からない。でも、出会ったばかり赤の他人に思わず心を寄せていた事実を後から思い知り、相手にバレない程度に頬が赤くなるのだった。
「でも、それじゃ面白くないじゃん・・・」
しかし、相手はいつまで経っても低次元なことで嘆き続けている。今後の生き死にが関わってくる問題に、面白いかどうかなんて考える暇も無いだろう。それに、そもそも・・・。
「面白いもんなんてねぇよ。どいつもこいつもつまんないカオして、どうにもならないことに文句ばっか言ってるんだ」
幼くして宇宙の闇を多く目にしてきたヤマトには、そもそも娯楽なんてものがこの世にあるとは思えなかった。財産に余裕のある平民共が金を出して一時の愉快に浸る様子は何度も見てきたが、そのどれも彼の目には"面白い"ものとしては映らなかった。そんな機会を得る金も暇も無く、ただ生き続けることだけを考えることが日常だったから。やっとの思いで見つけた学校に対する興味でさえ、生活苦から何一つ叶えることは出来なかった。10年間消えることのなかった身分差は、少年の心に負の炎を炊き立て、一度顕現しかけた光を地に堕とし、終いには虚無の渦に飲み込んで行った始末だ。
しかし。
「そう?でも宇宙はいつもキレイで面白いよ」
どこまで行ってもこの2人は正反対だった。
今も頭上を駆け巡っているが、他の6つの惑星以外に何一つ見当たらない文字通りの"宇宙"を見て、その透明性を面白いだとか言い出す。心を空っぽに保とうと踏ん張っていたヤマトには、自身のそれが反射した姿にしか見えていなかった。
だが、この明る過ぎる少年が隣に座っているからなのか、それとも知らず知らずのうちに目が肥えたのかは分からないが、これまで見えていた限界からもう少し遠くの何かが、視界に色を成して写っているように見えた。見慣れた球形に、淡い真っ青。
「宇宙にはね、"怖い"とか"憎い"とか、自分勝手な思いとか変なイメージとか、そういう汚いものはまだなにもないんだ」
少年が静かに神秘のようなものを語る中で、真っ暗な空の中に徐々に朧気な何かが浮かび上がってくる。
呆れ尽くしていた過去の伝承が現実だとすれば、アレがその正体と言えるのだろうか。忌むべき宇宙でたった1つの大型宇宙船は、あそこに向かって飛び立っているのだろうか。これまで宇宙の景色に何も見出せなかったのは、最初から何も見ようとしていなかったからなのだろうか。
「・・・オレが地球の話をしたら、オマエはちょっとでも"面白い"と思ってくれるのか?」
「え、してくれるの!?」
関心は全てのきっかけに成り得る、少年の熱い眼差しからそう聞こえたような気がしたヤマトは、その極意を手にした数年前の感覚を徐々に思い出していた。手放しかけていたものを必死で拾おうとしている人が居たとして、それを一緒に共有する努力に踏み込めば、また違った視点が身につくのだろうか。
地球なんてものはただただ衝動の矛先としか思っていなかったが、彼自身も出来ればそんな負の感情は捨て去ってしまいたかった。叶うことなら、全て前向きに考えてみたかった。
ただ人が知らないことを話してやるだけで、自分を金稼ぎの道具としか見ていない無愛想な父親よりも、自分を物覚えのいい従順な駒としか思っていない兄貴分よりも、もっと自分の存在価値を見出してくれる人が他に居るのではないか。
まだこの少年と話していたい。
「うん、わかったよ!キミとボクが面白いと思った宇宙を作って、そこでみんな楽しく暮らそう!」
少年は自由を好んでいた。何にも縛られない未来を生きる為、今はただ色々なことを知ろうと考えて生きていた。変わった風貌のこのやけに口の悪い少年とアイデアを出し尽くせば、そんな自由に満ちた世界を生み出せるのではないかと本気で思った。
無邪気な少年の名はバッツ。宇宙の神秘と人間の温かさによって惹かれ合った2人の、綱渡りの青春の始まりだった。
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