#11 -2



 ヤマトとバッツのぽっと出の友情は、時に幾つもの惑星を超えて2人の間を繋げていた。教育を受けられなかったヤマトは成績優秀だったバッツから様々な学問知識を教わり、その対価としてバッツはヤマトから様々な裏社会の情報を得ていた。特に"地球"に関する話題への彼の興味は凄まじく、いつか保安局の宇宙船を盗んで行ってしまうのでは無いかと杞憂に陥ることもあったヤマトだった。

 それからというものの・・・。


「えっと、ここはワリザンってやつを使ってやるんだよな」


「スゴい!ボクよりおぼえるの早いじゃん!!」


「いや、オマエが地球の知らないこと勝手に考えて、大抵当たってることの方がコワいんだけど・・・」


 互いの知られざるセンスに驚愕し合ったり・・・。


「ブッブー。総合点数は僕の方が下なのに、ヤマトは基礎で落としがちなんだよ」


「応用に時間かけてんだから見落としてもしょーがねぇだろ。逆にお前はなんだ、最初だけチマチマ正解しても最後まで辿り着けなきゃ意味ねぇじゃん。もしかして学校辞めちゃったとかー?」


「うっさいなぁこの間まで炎色反応すら知らなかった癖に」


「俺は未就学児だバーカ」


 バッツが珍しく満点を取れなかった試験を共有したり・・・。


「初めて金出して観た映画なのにクソつまんなかったわ」


「だよなー。途中で考えてみたけど、どこぞのインチキ物理屋のヘンテコ法則じゃないとあの動きは再現出来ないね」


 寄せ集めた学問でフィクションを皮肉ってみたり・・・。

 相手は知ってて自分が知らないこと、自分は知ってて相手が知らないこと、そして、宇宙の中で2人だけが知ってること。情報の交換だけがその関係を特徴づけていた中で、2人は他のどこにも無いその特徴を触媒に自然と距離を縮めて行った。

 そんな相互関係を続けて早8年。18歳になり行動範囲が広がった彼らは、大いなる"研究"の一歩として随所から様々な資料を掘り出す働きを営むように。その日は炎の惑星として知られるラートウの、火山の麓で発掘調査を行っていた。


「なんだろう・・・これ」


 ろくにヘルメットも付けず人目を盗んで侵入した2人の青年だったが、バッツが勢いよくシャベルで掘り出した地面の中から、古びた紙のようなものが出土したのだった。端を掴むとその紙は粉々になり、駆けつけたヤマトも慎重に眺めるのだった。


「こりゃ何かの計算式か・・・?」


 紙にズラリと並べてあったのは、15年間の教育課程を経たバッツでさえ目にしたことのない記号で埋め尽くされた方程式。尋常でない長さに加えて節々の解読が無理難題なのだから、

 そして見たことの無い紙の古さ。土壌に埋まっていたからこそ持ったのだろうが、100年以上前のものであったとしても2人は驚かなかっただろう。

 完全なる解読には専門書の調達から応用までとかなりの時間を要することは確定していたが、それでも両者ともに内容を解き明かすことしか頭に無かった。


「そこの2人!!何勝手に入ってやがる!!!」


 同じく調査に来ていた別グループの威嚇により、ヤマトは慌てて紙を掌に包んで飛び去った。






 急な逃走劇の中で粉々になってしまった紙切れの群れは、6人がかりで元あった場所に復元された。ヤマトは運び屋の仕事仲間であったタローとリビアを、バッツは初めて地球の名を知った貧困街で顔見知りとなったルーシーとテトを助っ人として呼んだのだった。4人とも貧困層出身ながら洞察力は確かなものであった。

 そんな目の肥えた6人組の叡智は、かつてヤマトの父がなけなしの財産で買い取ったものの狭さに失望して手放した地下の小屋で、半端に途切れていた計算式を最後まで解き切ることに成功する。すると。


「これ、時間を表してるんじゃないかな」


 ルーシーがふと口に出した1つの見解。計算結果は10桁以上に及ぶ莫大な数値へと成長しており、使われていた記号諸々が一昔前の物理学で使われていたのも踏まえると、何かの運動に要した時間数を解いたものである可能性が高そうであった。


「でもそれが本当だとすりゃ、1時間どころか100年以上かかるってことなんじゃねぇのか・・・??」


 しかしやはり数値の大きさ故に断言は難しかった。確かに普通の運動方程式では無いのは一目瞭然だったが、人が扱う物理運動の中で100年間を必要とするものなど存在するのだろうか。仮に存在するとして、この式は一体何年前に立式されて、運動の完了は今から何年後だと言えるのだろうか。

 疑問が波紋を呼んで更なる疑問が次々と目を覚ます。疑問符を浮かべながら目まぐるしく駆け巡っていたバッツの脳内だったが、不意にある事を思い出し、それが彼の何かの確信に繋がるのだった。


「・・・ヤマト、地球が攻めて来るって話さ、何年後って言ってたっけ?」


「ウチの書には300年って書いてたっけ・・・それがどうした」


 彼が地球の謎に興味津々だった頃、ヤマトが父から教わった知見を幾つも彼に口伝していたのだが、その中に一部の貧困層が地球を危険視する根拠のようなものが示されていた。300年間という、唯一無二の具体的な数値。これは地球を恨む伝統をもつ各々の家によって異なるものだと父は言っており、ヤマトは気にも留めていなかったのだが、バッツにとってはどの情報も新鮮で興味深かったのだ。

 考察が終点に辿り着いた直後、バッツはヤマトにヒソヒソ声で相談を持ちかける。"地球"を何一つ知らない4人に、その存在を共有して自身の考察を宣言することの是非であった。

 貧困層として政府や保安局を嫌う者同士、何れはその機会が来るだろうと信じていたヤマトは、少し脅し文句を交えながらのカミングアウトを許可した。普段は明るいバッツが重い口を開き、暫く鉛のようなトーンで様々な思考が言語化された。


「・・・地球ってのはどうやらそういう星らしい。詳しいことは分かりっこないけど、要するにこの260年の数字は、地球が僕らにもたらす災いの予言かもしれないんだ」


 解を約分すれば260年に値し、これはヤマトの言う300年に少し似た容貌をしている。どの情報源も信憑性は定かではないが、貧困層の書物に記されたものが全て真実であるとするならば、そう言い切るのが1番しっくり来るのだった。物理学で推測出来る被害など想像もつかないが、人類が残してきたものの限界値はそれ以上に不明瞭だ。


「いやいやでもさ、そんなもんどっから分かったってんだよ!チキュウとかいうところの連中が本当に俺らを殺しに来るとしてもさ、この計算だけで正確に証明出来るわけねぇじゃん!」


 突拍子のない話にリビアは困惑を積み重ね、その言葉を機に他の3人も彼に同調し始める。そう、バッツは時々自分だけの想像を自明の理であるかのように語り、その状況を1人で楽しんでいるなんてことが多々あった。今回もまたそうなのだろうと周囲は考え始めたのだが、彼らよりも彼との付き合いが長いヤマトには、彼の悪い勘ほどよく当たる傾向が頭から離れないのだった。

 すると、一瞬の間だけ脳裏に浮かび上がった確かなシルエットが、数式の解を導き出せた時と似たような光を放って消えたのだった。


「・・・保安局の物資補給船・・・!!」


 イメージを意識の中に取り込むことに成功したヤマトは、1人で強く呟いた直後、大急ぎで小屋の玄関を通り抜けた。慌ててバッツも追跡を始めた。






 ポケットには最低限の金しか無かったが、ロイルまでの鉄道の運賃は何とか賄えた。降車後も微かな思いつきに揺さぶられて走り続け、遂にその足は国家保安局本部の手前に辿り着いた。中には決して入れないが、見上げれば施設の内側から巨大な立体物が突っ立っているのが分かった。


(宇宙と地球の接点はコレしかない・・・情報が漏れてるんだとしたら、コレに乗ってる保安官共か、コレに乗り込んだ地球のヤツらか・・・)


 どの書物からも誰の話からも聞いたことのない"地球人"の姿を思い描きながら、疾走後の過呼吸に負けじと考えを張り巡らせていた。

 しかし、"260年"に辿り着く計算の情報を手にしたとして、彼らはそれを一体何に活かそうとしたのだろうか。年数以外にはどこまで突き止められたのだろうか。あれだけ複雑な絵面を立式出来たのに、どうして途中で手放してしまったのだろうか。紙質が語るように式の持ち主は相当昔の人物であり答え合わせは無理難題だが、先見の明を何度も発揮させて来たバッツの示した仮定は最後まで突き止めてみたい。その先に待ち構えているであろう恐ろしい未来へのちょっとした恐怖や、進みそうにない現状にもどかしさを覚え、むしゃくしゃになったヤマトは船に向かって一つ舌打ちを鳴らした。

 すると。


「へぇ、コレがあの場所に行ってるって訳ね・・・」


 聞こえて来るまでその存在に気付かなかったが、少し離れた先で自分と同じように船を眺めがら独り言を呟く女の姿があった。そよ風に靡くブロンドのショートヘア、中に光一つ見えない漆黒の瞳、そして保安官しか着用することの許されない衣服。気になる言葉を放った正体不明のその女に、ヤマトは恐る恐る足を近付けた。


「行き先を知ってるのか」


 補給船の行き先を知っているかのような口ぶりは、地球の存在を知る国家の敵に値する者以外からは聞いた事が無かった。国家権力の下に居ながら反逆心を抱えているように思わせる発言は、同胞であるかもしれないという気をヤマトの心に芽生えさせたのだった。


「軽く聞いたことあるだけ。そう言うあなたは色々詳しそうだけどね」


 暫く閉じていた眼が開いた時、その中心にどんよりと輝く歪曲の黄色を見て、彼はその女の神秘性のようなものに一気に惹き込まれた。保安官でありながら貧困層と同じ知見を持つことを堂々と語る度胸、気配を全く感じさせない独特な雰囲気、そして持ち合わせていたのはあの男と同じ"目"。彼女は自分達と同じく真っ暗闇の謎を追っていて、何の型にも嵌らない異常な者であるのだと確信づいた。しかし、これが貧困層の人間であれば忽ち気が合うのだろうが、今回ばかりはそういう訳にもいかない。


「知らないって言うと嘘になるが、中身を話して告発されると困っちまうからな」


 有用な人材の可能性は非常に高いが所属に難がある。保安官と言えば国家が秩序維持の為に派遣している役職であり、彼らの判断次第で一般的でない情報を持つ我々はいつ淘汰されてもおかしくない立場にある。信用して情報を明け渡すにはまだ彼女を知らなすぎる。


「国はもうどうやっても引き返せないところまで来てるよ。だからあたし達みたいなのには注意してる暇ないんだって、そんなのに力貸してもねぇ・・・」


 すると金髪の不思議な女は何やら意味ありげな独り言を零し、その瞬間、空間は止まった。宇宙の裏側を知りながら保安局に潜入している彼女の目には、圧政の難航や政府の過ちのようなものがハッキリと写っているのだろうか。

 だとすればこの女を最大限利用した暁には、こちらは貧困層として政府に接触することなく連中の情報を盗み出すことも可能になるのではないか。信用に関しては後でじっくり考えるとして、ヤマトの脳内にはまずは彼女を同胞として看做すことの選択肢が生まれていた。


「あ、居た居た・・・大事な話なのに急に飛び出すんだからたまげちゃうよ」


 不敵とも友好的とも取れる女の単調でない微笑みを見つめていると、時間が静止していた間にバッツが追いついたことに気がついた。

 急な客を目にし、女は相手が"大事な話"とやらを2人以上で共有していた事実にますます興味を膨らませた。


「お知り合い?彼とどういう話してたの?」


「わー本物の保安官さんだー。・・・ヤベぇじゃん」


 好奇心のままに率直な質問を飛ばしてくる女。

 対するバッツは彼女の身なりに反射的な拒絶を示した。女を引き入れるなら心を掴めているを今がチャンスかと、2人に向かってそれぞれの立ち位置のようなものをヤマトは話した。


「えー!地球のことも保安局のことも知ってるなんてめっちゃ頼もしいじゃん!!力になってくれたら嬉しいんだけどなぁ・・・」


 お人好しなバッツの反応と言えば疑い1つない過信のような評価だった。これで相手の思う壷となってしまうことを警戒していたヤマトは彼に気付かれぬよう溜息をついたが、彼女はその言葉を手駒にしようとはこれっぽちも考えていなさそうな素振りだった。その純粋な表情に不思議と心を奪われそうになった。


「宇宙はこんなに広いのに、あたしと分かり合ってくれるのはあなた達だけみたいだね・・・。信じてもらえなくてもいいから、2人の力になりたいって思うよ」


 警戒していたような表情とは違った素顔が現れてヤマトは呆気に取られた。尤もその言葉に共感してしまうのは、彼本人が孤独の辛さをよく理解していたからなのだろう。人々の拠り所が既に形成されていて、周囲に遅れを取ってそこに入れなかった時の虚無は、宇宙を絵に描いた時の濃淡よりもどす黒く心に染み付く。

 はみ出していた2人だからこそ、このようなタイミングで偶然の出会いを果たし、相性のいい相手と繋がるチャンスを与えられたのかもしれない。


「キャサリン・ルナ。ケイトでいいよ」


「僕はバッツ。よろしく頼むよ、ケイトさん」


「ヤマトだ」


 遅すぎたような名乗りを終え、ケイトは時刻に驚きを示しながらすんなりと去って行った。

 しかし少し希望が見えたとは言え、相手が保安官という負の可能性を持っていたのもまた事実。いつしか疑いの目を向けることを忘れてしまったが、思い返せばバッツがケイトのことをべた褒めした時からのような気がする。2人がかりで敵を引き抜いてしまったとなれば仲間に合わせる面が無く、疲れを抜き切る溜息と共に本音が漏れた。


「はぁ、ヒヤヒヤしたぜ・・・お前もちょっとは警戒してくれよな」


「え?こっちに引き込んで出方を探るつもりじゃなかったの?」


 しかしいつも通りの微笑みと共に即答されたのは彼が包み隠していた策略の真相。表情一つ崩すことなく応対していた割に、その表面と内心は全く別の性質を共有していたらしい。腕を組んで警戒し続けていたヤマトと同じ思考回路であった。

 何食わぬ顔で生きてきたこの男だが、長らく隣に居た自分さえ見抜けなかった意志の例が幾つもあった。少しばかり不満を抱いていた相手に、数秒後には関心が戻っていた。


「・・・フッ、揃いも揃っておかしなこと言いやがる」


「やっぱり僕達、最高に狂ってるね」


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