#8 -3
爪痕を残せと言い残し、彼に保安官への夢を抱かせる要因となった青年保安官。
ニロの人生の中で数少ない彼が尊敬する人間の1人であり、1度出会ったきり再会することが無かったものだから、未知多きその存在に対する憧れの感情は増していく一方だった。
アドリアに解雇を言い渡されそうになった日ですら、保安局に居るうちに1度だけでももう一度会いたいと思っていた人物。
そんな彼が子供ながらに希望を持ち続けていたあの輝かしい姿が、この瞬間では保安局の壁を挟んで対立する運命にある。
相手の視界からは仮面をつけた自分の素顔など見える筈も無く、相変わらず殺気に満ちた気迫で恐怖を植え付けてくるばかりである。
(嘘だと言ってくれ・・・!なんでよりによってこの人と戦わなきゃなんねぇんだよ!!)
憧れの人と対峙している事実に気付いた瞬間、彼のバイクコントロールは更に悪化していく段階に入った。
その隙を狙っていたかのように相手は徐々に距離を詰めて来て、とうとう決着をつけるつもりになったのか徐にレーザーガンを取り出した。
「同志を討たなきゃならないのは非常に残念だ・・・。だが貴様が自分で選んだ道だ、後悔してももう遅い」
脅迫するようにそう語りかけながら引き金が引かれる。
数発のレーザーを何とか回避することが出来たが、1発でもバイクに直撃していれば終わっていた。彼は1度決めたからには手加減しない男なのだろうか、物体が受ければすぐに溶けてしまうような、人体が食らえば重症は免れないようなレーザーの強度かのように思えたからだ。
そして言葉通り後悔をこれでもかと味わせて来るように、先程よりも積極的に距離を詰めて来るのだった。
どうにかしてこの場を立ち去ってしまいたい、彼と戦いたくないというニロの心の中の弱音が、急速に膨らんで行き葛藤を生み出していた。
(このままじゃ捕まって殺される・・・でもこのまま逃げ回ったって撒ける訳ねぇし、何よりこの人に手は出せねぇ・・・!!一旦タロー達と合流するしか・・・)
男の荒々しくもしっかりとじわじわ追い詰めて来る攻撃に対応することで精一杯で、いつしかもう1人に対応しているタローとリビアとの距離はかなり離れてしまっていた。
実力のある彼らと合流して少しでも逃げられる確率を上げるしか・・・。
そんなことを考えてもみたが、ただでさえ苦戦している彼らの状況に、あの保安官と同等もしくはそれ以上のこの男を足してしまうとなると、逆に成功率が下がってしまうのではとも思えた。
「チッ、もうこれを使うしか・・・!!」
「やめろリビア!!それは今回人に向ける物じゃないって決めただろ!!」
一向に良くならない戦況に、爆弾を使ってみるしか術がないとリビアは1つ取り出す。
しかし作戦の最終目的は犠牲者ゼロであり、先程保安官や支部長を気絶させられたのは使った武器がバットだったからだ。
元はバッツの補給船攻撃に使われていたその爆弾は、被弾した箇所によってはその人間を死に至らしめることだって考えられる。
作戦考案時に掲げた理念を守る為に、タローはリビアの衝動的な行動を行動を抑え込んだ。
・・・しかし、かと言って爆弾という最大の武力を行使しなければ、この最悪の状況を打開することも無理難題に等しい。
圧倒的な力量の差を見せつけてくる目の前の敵、同じく手を封じさせられている仲間の窮地、保安官達が本部に戻って来るまでのタイムリミット、唯一の防衛手段を行使することによる恩師への殺戮行為。突如立ちはだかった彼を悩ませる分厚い4つの障壁に、必死の思いで逃走劇を繰り広げながらニロは葛藤に陥っていた。
(爆弾を使わなきゃならねぇ時が来る・・・!でもどうすればこの2人を倒す力じゃなくて、止める力になってくれるんだ・・・?)
いずれ爆弾を活用しなければこのまま追い詰められて終わりである。
しかし自分達が今出来るのは、情報制御室破壊のように爆弾をそのまま兵器として使うのではなく、相手の保安官達の圧倒的な力に対する抑止力として使うこと。
そして爆弾をそのまま投擲すれば威力のままに兵器として働き、作戦の理念の無視に陥るだけでなく命の恩人かつ憧れの人をこの手で殺害することとなってしまう。
どうにかして爆弾の使い方を工夫しなければと、ニロは空中で必死に男の攻撃を避けながら、覚束無い意識で考え込んでいた。
すると、作戦会議後にヤマトと繰り広げたある会話が記憶の中に蘇って来た。
「そーいやこの爆弾って、どういう仕組みなんだ?」
「中がガラスで2つに区切られてて、ある粉末と水を入れておくんだ。外のピンを抜くか弾に衝撃が加わったらこのガラスが割れて、粉末と水が反応して爆発を起こる」
「・・・マグネシウムか!」
ヤマトに教わりながら彼が思い出したのは、幼い頃によく見ていた、化学実験を記録した数多の映像資料。
ニロが興味惹かれたのは主に危険でタブーとされている爆発を起こす化学反応だったが、危険ながらに少年心をくすぐる爆発の絵面は、長らく彼の頭の中で印象的に残り続けていた。思わぬ面白さに興味を持てたおかげで保安官試験に合格出来たと言っても過言では無い。
マグネシウムという物質と水が化学反応を起こせば爆発の危険性があるということを知識として残していたニロは、成功率の読めそうにないある案を思い浮かべるのだった。
(爆弾を分解してマグネシウムの量を減らせば、爆発はちょっと弱くなるんじゃねぇのか・・・?)
爆弾の中に入っているマグネシウムを全てを浪費するのだから、あの規模の爆発が引き起こされるのである。
ならば水と反応するマグネシウムを減量させれば、爆発の規模を抑えられるのではないのか。
直接人を殺す爆発ではなく、人を惑わせるだけの爆発は作れないのか。
手順が正しければ、化学は我々に無限の選択肢を示してくれる。それが化学の最も面白いところであると自分なりに噛み砕いていたニロは、その閃きを即座に実行に移した。
(あんたの言う通り、後悔してももう遅いってのはオレもよく分かってる・・・だからこの道で、オレはオレのありったけをぶつけてやる!!)
上空の激しい空気抵抗と何度と迫り来る相手に抗いながら、バイクに引っ提げられた袋から爆弾を取り出し、慎重に分解する。
蓋を開くと内部はヤマトの言っていた構造通りであり、丈夫にマグネシウム粉末がある程度残されていた。
男への反抗心を抱きながら、ニロはその場しのぎな自身の作戦を次のステージへと移行させた。
(進んでる道が正しいかどうかなんて、他の誰にも決めさせやしねぇ!オレはこの道が正しいと思った、だから考えを変えて今はこの道に居るんだ!!この道で突っ走って、オレはこの道で・・・!!!)
暫く上空に居たが、地表目掛けて一気に急降下を始める。
伸し掛る重力の負担に顔を歪ませながらも、ニロは地面と衝突する寸前までスピードを上げ続ける。そして地面スレスレの位置で進行方向を転換。
保安局本部の屋外敷地に辿り着き、その地表にマグネシウム粉末を振り撒いていった。
(一体何を仕出かすつもりなんだ・・・?)
先程まで優位に立っていた筈のアレクサンダーだったが、逃げるばかりだった仮面の犯人が突如変わった行動を見せたことで、空中で少しばかりの戸惑いを覚えた。
相手の意味不明な行動中にも変わらずレーザーを放ち続けたが、それを回避するよりも謎の粉末を地面にばら撒くことの方を重要視しているように思えた。
再び高度を上げて自分と距離を取る仮面男。その右手には何かしらの球体があり、地面に散りばめられた粉末を目掛けて投げ出そうとしているように見えた。
その瞬間に相手が深く被っていたパーカーのフードが風に靡き、頭頂部の特徴が顕となった。ギザギザ形状で赤茶色の特徴的な髪に、彼もまた既視感を覚えるのだった。
「"爪痕"を、残す!!!!」
水だけが残された球体を振りかざし、深呼吸の後の大声で決意を表明する。その思いのままにニロは爆弾を投げつける。
空中で綺麗な放物線を描きながら地面に落ちた球体から僅かな量の水が零れ出て、その先端部分が粉末と接触する。
懐かしい感情を仕舞い、一体何が見たくてこんなことをしてるのやらと疑問に思っていたアレクサンダーは、一旦攻撃を止めてその一部始終を眺めることに決めた。
すると水と粉末が接触した途端、その場で小さな爆発が連鎖的に広がって行ったのだった。
(なっ、情報制御室を壊す為の爆弾を分解して、威力を分散させたってことか!?)
爆発地点からは距離を取っていたものの、仮面男に近付く為に低空飛行を保っていたアレクサンダーは、その爆発に自身が巻き込まれないかどうかという僅かな心配と同時に、相手の先程までの謎の行動の意味を悟った。
そしていつの間にか相手は先程までの位置に居らず、気が付くと自分の周囲を取り囲むように滑らかに飛びながら、またしても粉末を零し続けていた。
(私を爆発の壁で閉じ込めて、その間に逃げようとでも言うのか・・・!!)
ニロは保安官の男が巻き込まれない程度の爆発を思い描きながら、マグネシウム粉末の輪を作り上げる。そして再び上空に立ち、球体が数個投げつけられる。
多数の箇所に出現した水はその場のマグネシウム達と手を取り合い、幾つもの爆発を一瞬の間に幾度となく引き起こした。
この時男のマンタジェットはどの方角にも動いておらず、爆発の壁に取り囲まれて静止しているように思えた。
「ユージン・・・さん・・・!?」
タローとリビアが相対していた保安官だったが、先程までの無表情かつ冷静な動きが嘘であったかのように、遠くで追い込まれた仲間の保安官の様子に目を奪われ絶句していた。
空中で逃げ回りながら好機を伺っていた2人は、その一瞬の隙に一気につけ込んだ。
ハリルが気を取り直して再び動き出そうとした途端、2つのバットの衝撃が彼の膝裏を襲い、激痛と共に高度を失っていくのだった。
(自分達の武器の性能をよく理解し、その性質を使ってこのような多様な攻撃を生み出すとは・・・。だがこちらも負ける訳にはいかないのでな)
爆破犯3人組のうち1人の圧倒的な活躍に感心し、久々にしてやられたなと少し自虐の姿勢になったアレクサンダー。
しかし彼には多くの保安官に預けられた信用と信頼があり、そこから生まれた矜恃が止まっているだけの現状を許さないのだった。
爆発から生じた煙が辺りを囲んでおり、ここから見えるのは上空の様子のみ。勿論そんな筒抜けの場所に相手は居なかった。
しかし、煙の向こう側は見えなくとも音は聞こえるものであり、メラメラと蠢く炎とは違うジェットバイクの排気音が僅かに彼の耳に飛び込んだ。
音の根源があると思われる方角を察知し、口と鼻を腕で押さえ込んでアレクサンダーは煙を飛び抜けた。
しかしその先にあったのは、運転手を持たずただ孤独に空中を舞い続ける、無人のジェットバイクが3台。
(やられた!!)
敗北の味を心の底から思い知らされた。そしてその瞬間、同時に先程の爆発を何倍か拡大させたような爆破音が、本部最上階の方角より響くのであった。
「よしっ!これで3つとも情報制御室を壊せたってわけだな!!」
強敵だった保安官2人の足止めに成功し、彼らの視野の外で合流を果たした攻撃班3人は、バイクを乗り捨てて自身の足で情報制御室の破壊に臨んでいた。
バイクは全て廃棄物を改造したものであり、オンボロだから最悪捨ててくれてもいいとヤマトから指示されていたのだ。
そして大規模な爆破が行われたことで本部内の多くの保安官が音に気付き、階下から足音がバタバタと聞こえて来る。
「問題はこっからだな!ニ・・・じゃなくてバッツ、こっからどうやって抜け出すんだ!?」
残された課題は本部からの脱出。
しかし過去2つの基地よりも圧倒的な人口を誇るこの本部では、それは作戦の中で最難関を意味していた。
そして何より彼らの足であったジェットバイクは囮に使われてしまったところであり、取り返しに行く暇も保証できない。
そこで本部の構造をよく知るニロは、とある案を思い浮かべるのだった。
「1階に飛行訓練所があって、そこに訓練用のマンタジェットが並べられてんだ。それを使って、一か八か逃げ切るしか・・・!」
彼の問題行動となった際、必ずと言っていい程使われてきた訓練用マンタジェット。
本来は基地の外での使用は禁じられているが、保安官として動いていない今のニロにとっては実質無関係であり、何よりケイトが使っていた正保安官のものと違って上層部からの使用停止を食らわなかった。幾ら部外者が使っていても、訓練用のマンタジェットを停止する権限は誰も持ち合わせていないのである。
その特性を全員が同時に認識し、作戦内最後の賭けをその考えに託した。
продолжение следует…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます