#12 -2



 指名手配拡大による影響を恐れ、ケイトはその知恵を振り絞って保安局の注目を撒く方法を画策していた。当初は保安官が訪ねて来る可能性が0では無くなったこのアジトから去り、姿を隠しつつ各地を巡って身を潜める考えもあった。しかし無闇に怪しい気配を公衆に晒すよりも、可能性に賭けて留まる方が得策という結論に至った。

 0141作戦が逆効果となった事実が発覚してから、組織の人員の出入りはいつも以上となった。全員口を揃えて仕事だと言い張っているが、ニロにはその言葉の数々に少しばかり優しい嘘が感じられた。そこに甘んじて、地球に逃げ出す計画を考えていることは誰にも伝えなかった。

 アジトに保安官が訪れることも数回あった。その度に彼らは得意の対応で追い返し、毎度同じような質問に飽き飽きしてきたと笑っていた。

 しかし、その頼もしさを当てにしていられるのも束の間であったことや、棟梁のような面で導いてくれたあの男がずっと姿を見せなくなったことに、残された2人は徐々に肥えてゆく不安の種を感じ取っていた。

 それから5日。保安官を名乗る者のノックがタローをうんざりさせ、ため息と共に玄関扉へと向かわせる。ニロとケイトが隠れ切ったことを確認し、扉を開けた。すると。


「・・・君達か。おかえり」


 バスルームで玄関の話し声を盗み聞こうと耳を済ませていたニロに、彼女の目の前に顔見知りが居ることを思わせる言葉が飛び込んだ。敵対組織の人員が来たにも関わらず、そのような好意的な反応が示されたことで、彼の期待値が大きく高まる。


「「「アイテールの子に幸あれ」」」


 安心に満ちた3人分の声で並べられる、同胞の証を意味するお馴染みの文字列。確信は彼を満面の笑みで飛び出させ、その様子が気になったケイトにも現実を気付かさせた。


「待たせたな。しっかり勝ち筋を立てて戻って来たぜ」


「お前ら、なんかしばらくぶりな感じがするなぁ!最後まで助けてくれて、一生感謝してるぞ!!」


 仲間と会えない月日は彼らにとっては長過ぎた。そんな亀裂を乗り越えて再会の日を迎えたこの瞬間、ただでさえ小さなアジトの中には歓喜の声が反響し続けていた。

 そんな喜ばしい様子の中に、もう1人仕事が非番だと言って残っていたルーシーを引き連れてケイトが現れた。彼女達は3人が唐突に戻って来た理由についてある程度考えを張り巡らせていた。


「それで、次はどんな無茶な作戦で船を乗っ取ろうって?」


 ルーシーが微笑みながら軽く放った一言は、長らく満面の笑みで語り合っていたニロの調子を大きく狂わせた。絶対に反対されるだろうと思い隠していた計画は、何故か早くも見破られてしまっていた。


「え、どっから知ったんだよ!オレまだ何も言ってないのに・・・」


「命預けてきた仲間に内緒なんてないっしょ。オリバー君が思いの外本気だったからあたしがもう言っておいた」


「誰かさんみたいに滅茶苦茶なこと言うから最初は呆れたけどね。・・・でも誰かさんみたいに1人で戦いに行くわけじゃなくて、皆で逃げる道を作ろうって話なんでしょ」


 この数秒間のやり取りだけで、彼ら組織の間の信頼の言葉で表せない堅さが見て取れた。そしてルーシーの率直な意見こそヤマトのそれと似通っているが、彼の場合のように感情のぶつけ合いに発展することは無さそうで一安心だった。


「ヤマトは大人げなかったが、色々と君らのことが心配なんだ、許してやってくれ。でもヤマトや私達のこと、バッツのことを君らが気にする必要なんてない。生きる場所も夢も、全部否定される痛みは私達が1番よく分かってるんだ、飛びたい場所に飛べばいいさ」


 そしていつもは冷静沈着故に表情の変化が乏しいタローが、爽やかな面で朗らかな声と共に背中を押すような言葉をかけてくれた。

 言ってしまえばニロ班の4人の立ち位置はバッツの事件とは無関係。状況が変わったからと言って、彼が自分一人で選んだ結果を彼らが重荷として背負って良いはずがない。そのように何かと理不尽な理由付けで行動範囲を狭められ続け、身に覚えのない罰当たりで追いやられることが何よりも苦しいのだと、分かってやれるのは他でもない自分達だけだったのだ。

 ヤマトとケイトを除いて全員が集合した時、全会一致でこの意向を通すことに決めていた。そこには同志として彼らに最後の希望を託していたいという願望は勿論の事、宇宙の歴史を変える権利を手にした少年少女への期待も込められていた。


「じゃあまず、私達が本部で収集した物資補給遠征の情報と、作戦の仮案について話します・・・」


 包み隠さず話す合図をそれぞれに送り合ったオリバー達。大きく頷いてイーグルスアイを額から取り外したミナミは、その中心部のプロジェクターからビジョンで映し出された数々のファイルを指し示した。

 彼らが大急ぎでまとめたであろう手書きの文字列や、出処すら明記されていない画質の荒い文書など。それらは大きな軍隊や組織を動かすものとしては取るに足らない取ってつけたような資料ばかりであったが、たった5人の賊の行動には活用出来るかもと言ったところであった。

 まあ欠点が無かった訳では無いが。


「このルートはちょっと危険じゃない?出発が早朝とは言え保安官が皆起きてるから、もうちょっと気付かれにくい場所から侵入した方が・・・」


「それにセキュリティの情報がもっと欲しいな。変装したところで厳重な検査でもされれば1発でアウトだぞ」


 僅か1年間の、それも正式な部隊ではない小規模な組の指揮経験しかないニロ班の実力は、陰で生き永らえてきた彼らのそれには到底満たなかった。

 しかし彼らとの有意義な意見交流を通し、抽象的だったプランは段々とパーツを手にし、形を成すようになっていった。そこには逆境を乗り越えてきた者達の説得力がある気がした。

 そしてニロは、幾度目かの仲間達との絆を再確認する手掛かりに直面していた。


「でもお前ら・・・これ、清掃員5人分ってことは・・・」


 船に侵入する為に奪取する、ちょうど5人分が揃っていた清掃員の制服の印。それを丸ごと全て使ってやるという気概が感じられただけでなく、やはり彼らに任せたからこその意味も含まれているのだと分かった。


「こんなままじゃどうせいつかは処罰されるんでしょ。死んじゃうかもしれないような場所、アンタ1人で行かせる方が心配だわ」


 日常と同じく辛辣で、それでももっと距離が縮まっているように感じるトチ拍子のリズム。先程から彼らとの繋がりを身に染みて実感してきて、ニロの心持ちはキャパオーバー寸前であり、同時に眼は今にも涙を流しそうだった。それを堪えるために大きく叫ぶ。


「・・・よーーし!!今度こそ完璧に逃げ切って、全員で夢を叶えてやるぞ!!!」


 ただでさえ窮屈で薄暗いアジトの中で荒々しい雄叫びが響き渡る。その音圧で天井からは少しの埃が舞い落ちた。長らく思い続けて来た夢の達成を待ち望む心は、今になってその大きさが他の何かで表されることとなった。

 ただ只管に同じ目標を抱いてやって来た仲間達は、相変わらず活力溢れるその様子に微笑みを見せた。そこで、再び"夢"の存在を思い出したオリバーは、流れに任せて胸の内を明かすことにした。


「・・・俺が見つけた夢は、この宇宙で紡がれて来た歴史の全貌を明らかにすることだ」


 ニロと違って瞬間的には見つけられず、自信を持って自覚を持てなかった欲求。しかし仲間や先輩と非日常を過ごしていくうちに、これまでの型にはまった自分ではいられない気持ちが強くなり、漸くその正体を掴み取ることが出来た。

 それは確かに、心だけを大切にしていた幼少期から密かに培われていた、純粋な探究心そのものの形をしていた。


「宙暦元年とかそこらのことは何故か学校でも教えてくれない。色々知ってくうちに、そこに地球が絡んでるんじゃねぇかって思えてきたんだ。・・・皆、協力してくれ」


 2人の共通点は漠然とした謎を追うこと。そしてそれぞれの道順を描き出せば、最初にぶつかるのはつまり、どちらの謎をも包み隠している"地球"の正体について。初めはニロの目的も地球という言葉に惹かれる意味も分からなかったが、奇しくもオリバーも彼と同じ分岐点を目指しているのであった。不思議と彼への協力に自ら尽力するようになったのはここがミソだったらしい。

 もっと壮大な野望を語ってくるのかと期待を寄せていたニロだったが、存外にも同じ根元から出発することが分かって唖然とした。しかし人の思いに優劣など無く、自分の中で驚きよりもその中身を聞けた喜びが大きかったことに気付き、静かに笑みを浮かべて拳から親指を立てるのみであった。


「私は2人みたいに立派な夢は見つけられなかった。でもだからこそ、まずはしっかり夢を持ってる2人の背中を追って、やりたいことができる楽しさを見つけてみようと思うよ」


 自分も何か叶えたい望みが無いのかと周りに連られて考えてしまったが、未だハッキリとしたものはどこにもない。

 しかし彼女はそんな自分を謙ろうとはしなかった。仲間達の夢を背負って同じ道を歩むのも、それまた小さな夢の1つである。そしてその小さな夢の1つ1つを積み重ねていけば、何れ自分も自分だけの大きな夢を形成するようになるだろう。

 ただ周囲の流れに合わせて良い人で在ろうとしていたこれまでとは打って変わって、自身を捨てず真っ直ぐに生きる姿勢を貫くようになったミナミに、ニロは大きな喜びを感じてじっとしていられなくなった。


「助かるぜミナミ!じゃあこれが無事に終わったら、今度はお前の夢をオレが支える番だな」


 満面の笑みで全てを受け入れてくれたニロを目の当たりにし、その眩しさに目線も心も全てが惹かれた。閉鎖し切った屋内なのに、爽やかな風が髪を靡かせているような感覚だった。これが夢の景色なのかと心が高鳴った。


「・・・そうだね、ニロ!」


 無意識に置いていた距離感が消え去ったような気がした。彼の夢を通し、ミナミもまたより一層深い彼との絆を手にすることが出来た。元々人に褒められることが好きな彼女であったが、そういう時よりもずっと大きい嬉しさが顔色を鮮やかに染め上げていた。

 そしてニロは、大きな転換期を迎えたこの輪の中でも、最も著しい変化を見せた最後の一人に目線を送った。


「・・・何よ。これからどういう事が起きても、私はつまんないことしか考えてないわよ」


 流れで夢を発表するよう指示されているように感じ、つい不貞腐れたような態度を取ってしまったトチ。

 というのも実際彼女もこれと言った純粋な欲求を見つけられず、どこまで行っても残された義務のことしか考えられなかった。ミナミのように未来に期待することもなく、その場しのぎでただ良い結果を残すことだけで頭がいっぱいだった。

 ニロの掲げる夢には大いに肯定的になったが、それは単に自分の知らなかった領域に唐突な興味が湧いただけ。彼に初めに言われた”自分の夢”なんかじゃない。

 結局最後の最後まで、私は何かに突き動かされて生きていくんだ・・・。


「でも、もし一つだけワガママが許されるんだとしたら・・・せめて最後かもしれない時くらい、心の底から笑ってみたい・・・」


 だが、夢などと大層な称号には程遠いが、我慢の連続だった彼女の人生が生み出した、唯一誰の目も気にしない欲望が心の底に眠っていたことに、今この場で気が付いた。仲間達は最早自分以外の言葉など気にしちゃいない。3人ともそれぞれの道を、倫理も効率も失敗率も考慮せずに堂々と形作っていた。

 常に勝手な思いだと内に秘めていた欲の数々が、ここでは許されるのではないかと考えた。そしてその機会がこの作戦のように一度きりなのだとしたら、最も望むものは・・・。

 珍しく我儘などと口にしてすぐ俯いてしまったトチの言葉を、少し経ってニロは大きな声で笑い尽くした。その反応に思わず反抗的になったことで、トチはすぐに暗い顔をその場に捨て去った。


「それもでっかい夢じゃねぇか」


 その男は何も小さすぎる希望を侮辱した訳では無かった。心の底から笑うということが、こんなにも簡単なことなのだと示してくれた。勇気づけてくれた。ここ最近で徐々に大きくなっていた彼女にとってのニロの存在感は、いつしか目指すべき頂点に達しているように思えた。

 彼となら、今は無い本当の夢さえ見つけられるのだろうか。彼が居たから、自分はここまで姿勢を変えられたのではないか。

 数ヶ月前まで軽蔑対象の1人だった相手にそんな思いを抱きながら、ニロが誇張した自分の夢の大きさを、”そんなわけないでしょ”と笑い飛ばすことしか出来なかった。


「オレの夢はいつも通り、宇宙の謎を全部解き明かすこと!でもその前に・・・まずはオレ達全員で、地球に"爪痕"を残す」


 いつの間にか中心は自分ばかりになっていたが、それは仲間達の尊い思いが募ったおかげにしか過ぎない。例えその無謀な夢が叶えられたとして、それは自分が思い描いた夢ではあるものの、全員で背負った夢であると誇りたい。

 ”ここに居たんだ”と後の人々に示せるのは、その過程を共に乗り越えてくれる仲間の存在があるから。地球に降り立つ選択を決め、そこで自分達を曲げまいと在り続けたのは、1人の人間の小さな1歩ではない。そこに残された全員分の足跡が証明してくれる。


「若いっていいねほんと・・・あたしはどうも着いてけないや」


 班の強い友情を目の当たりにしたケイトは、自身が身勝手過ぎた故に同様の青春を送れなかったコンプレックスを胸に秘め、その眩しい光景を独りでに詠嘆していた。

 哀しい独り言でその場をやり過ごし、その後の行動では保護者のような立場で彼らを守ろうなどと考えていると、今や宇宙の誰よりも強い好奇心を手にした彼らの眼差しがすぐそこに迫っていた。


「何言ってるんですかケイトさん!同じ目標持ってるのに、歳なんて言い訳にならないですよ」


「そうだぞ!折角オレらでいい雰囲気になってんだから、お前もなんか決めてくれよ」


 彼らの眼に宿った2つの閃光は、夜空にたった1つ煌めく炎の化身のそれよりも遥かに大きい光度を放っていた。

 いつになっても周りはこういうので囲まれてばかり・・・。だがその若さ故の希望の波に乗るなら今しかないと、引き気味だったケイトもニヤリと口角を上げて調子を変えた。


「んーじゃあ・・・良い男、かな!」


 余りに具体的、そして現実的な願いだった。夢の大きさに取り憑かれてしまったニロとトチは、彼女が言い放った言葉の小ささに気付けぬまま、新しい夢の出現にまだ目を輝かせていた。

 一方遠目で見ていたオリバーとミナミの視線は、そこらに転がる石の表面温度よりも冷たく感じるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る