#12 -1
前回のあらすじ
貧困故に学びの幸福を求めたヤマト。裕福故に背徳の快楽を求めたバッツ。互いに相手が持つものを望み合っていた2人は、ひょんなことからそれぞれの知見を交換し合って親しむようになった。
数年の青春を経た頃、彼らは260年間という数字を示唆する謎の計算式と出会う。年数と暦が一致する瞬間に何かが起こると仮定したバッツや、ヤマトが偶然出会った地球を知る保安官ケイトなど、彼らは禁忌とされる秘密を知った者同士で考えを深めるようになったが、数字が示すものの手掛かりは何も見つけられなかった。
仮説の年までの空白が2年に差し掛かった頃合、バッツは無謀にも地球に向かう保安局の宇宙船を単独で攻撃する策に出ることを決意。対峙したヤマトの必死の反対も甚だ虚しく、彼は全員の前から姿を消した。数日後、ケイトが保安局で入手した情報の証言によって、彼の死が確定した。
選択に対し恐れを覚えたヤマトは、新たなる希望達が踏み出そうとしている決死の決断に、かつてない程の葛藤を抱くのだった。
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馴染みない文字と図だらけのビジョンを見つめた後、現時点で明らかとなっている"真実"を知った少年2人は目線を合わせる。
「俺達は一度保安局に戻る。補給船でこの宇宙から脱出する策を練ったら、必ずここに戻って来る」
背丈が高いだけでなく本当に逞しく見えるようになったオリバーの身体は、その決意の大きさに比例した陰を地面に生み出していた。
すぐ傍のソファには暫くずっと下を向き続けている男の姿があったが、最早それを気にかける者など1人もいない。
「それと、ルナさん・・・」
ニロと約束の堅い握手を交わした直後、1日前まで完全なる敵だと思い込んでいた女の方を目線をやる。
「ケイトでいいよ、オリバー君も」
「じゃあケイトさん・・・昨日の俺は本気であなたを検挙する気で居たし、場合に依っては2人とも毒で死んでたかもしれない。この事をこれ以上引き摺る真似はしませんが、俺は決して、あなたに謝罪することはありません」
決して負の感情は含まれてなさそうなケイトの微笑みとは裏腹に、相変わらず力強い目線を送り続けていたオリバー。
立場の違い故に起きた対立は、同じ立場に立った際に重荷として残るかもしれない。そう断りながら彼は、対立の原因がどちらかの非によるものではないのだと語り、ありもしない間違いを正そうとはしないと宣言した。
「どこかの誰かさん達とそっくり、君も随分勝手な男だねぇ。キライじゃないよ」
開き直る姿勢を一切崩そうとしない生意気な姿。けれどもそれはこれまでの冒険家達にも見られたものであり、今となっては愛着すら湧いて来る。そしていつの間にか、自分もそっち側の人間となってしまっていた。
緊張感は消えたものの距離感は未だ変わらない2人の間には、実は似た者同士であったという気付きへの小さな喜びと、新たな関係性への小さな期待が渦巻いていた。
「頼んだぞ」
その間、ニロは少女2人に真っ直ぐな目線で応えていた。これまで勝手な都合で迷惑ばかりかけてきた、その上2人の立場を今まで以上に危うくさせてしまった。それでも、彼女達は引き返す選択肢を選ばなかった。たった1人で壮大な夢を見続ける、大切な1人の仲間のために。
罪悪感は頭から離れそうになかったものの、彼も謝る言葉を口にしなかった。代わりに放たれたのは、信用と信頼と期待によって形作られた、最後の要求への架け橋。
「勿論」
「任せて」
引き受けた証と一時の別れを込め、トチとミナミは振り返って玄関へと進む。そこにオリバーの影が重なった時、ニロとケイトの輝かしい瞳孔の中に、3人の保安官の後ろ姿が強い光と共に映し出されるのだった。
― #12 The Beginning ―
「マライア君とカンデラ君の話はアレクサンダーから聞いている。君らのマンタジェット使用は私が容認したという形で処理しておいた」
長官室独特の厳格な雰囲気に圧倒されながら、トチとミナミは処罰が検討されていないことに心の中で深く息をついた。あの妙に頼もしく貫禄あった保安官の名はアレクサンダー、彼が名実ともにあちこちで評判のベテランであったことを思い出した。
そんな彼が捕らえられなかったニロの犯行とは・・・。連想される別のことが気になったトチだったが、アドリアが未だ報告書に疑いの目を向け続けていることに気が付くと考えるのをやめた。
「・・・君らの動向には少し不可解なこともあるが、今は昨日のテロ事件の対処に手一杯で誰も突っ込んで来ようとはせん。それに私は別に怪しいとも思わん、出来る限りこちらで止めておく」
班の全員が電波障害に陥ったこと、全員が同じ目標を狙っていたと供述したこと、全員が同じ惑星から同時に姿を現したこと。
いつ何を問われてもおかしくはないと、独りでに身構えていたオリバー。相変わらず怪訝なアドリアの表情にヒヤヒヤしていたが、意外にもこちらの行動には首を突っ込まないと表明してくれ、拍子抜けながら少しの安心感が生まれた。
しかし、長官殿の眉はまだ顰められたままであった。
「私がもっと気になってるのはあの問題児のことだよ。別に疚しいことが無いんだったらさっさと出頭して来ればいいんだ、そうしてくれれば私だってあいつを庇えるのに・・・」
必ず触れられると思ったこと。班員しかも班長が指名手配を受けていること、残りの班員全員を招集出来たタイミングであれば話すのは好都合だろう。
ニロを仄めかす言葉が出た途端、こちらの不手際を指摘するだろうと再び拳を握ったオリバー。しかし反射神経の予想とは裏腹に、アドリアが放った呟きのような小さな言葉は、単にニロの帰還を願うだけの切実の思いのように聞こえた。
(長官はニロとケイトさんの指名手配には関与していないのか?長年の付き合いだからこそ心配が生まれたりするものなのか・・・演技の可能性だってあるけど)
思わず拍子抜けになったオリバーは、かつて彼が話していたニロとアドリアの関係性について思い出す。
入隊試験で過去最低級の成績を叩き出した彼は、試験期間中に長官であるアドリアと何度も対立したらしく、保安官研修生となってからもその良くも悪くも親しげな間柄は継続されてきたのだと言う。確かに3年以上も面倒を見続けてきた後輩となれば、表向きでは指名手配だが実は保護目的だったなんてことも無くは無いのかもしれない。
しかし相手は目的の分からない上層部の一員。既に危険視しているニロの仲間である自分達も、最初から惑わされて彼のペースに置かれているのかもしれない。
自分達の指導者であった彼は、今や敵対しそうな立場にある組織の長であるのだ。一秒足りとも油断は許されない、今は彼の言葉に耳を傾けるのはやめようという結論に至った。
「今はテロ関連で奴の件には人員を割けない状況にある。複雑な立場だとは思うが、どうかニロを引き戻してやってくれないかね。これ以上他の上層部に睨まれる前に・・・」
窓を眺めながら他人事のように語る言葉を聞いて、トチとミナミの目にも、アドリアが少し特殊な存在であるかのように映った。真に陰謀を突き動かしているのは他の上層部であって、彼は保安局長官の顔を利用されているだけなのではないのか。無論過信など禁物であるが、少なくとも今まで抱いていた心無き為政者のようなイメージは消え去りつつあった。
本音か建前か分からない、そんな緊張感が作り出された舞台上で、3人はそれぞれの目を見合って小さく頷いた。どんな言葉が投げかけられようと、自分達の意志は決して変わらない。ニロが本当に願っていること、彼の夢を真に分かってやれるのは、仲間と呼び合える自分達しかいないのだから。
「必ず見つけ出してみせます」
語気は強めながら目は虚ろ。本音をこれっぽちも見せまいと作り出したオリバーの偽りの言葉は、まるで鏡を挟んだかのようにアドリアとそっくりの表情を作り出していた。
隣に並ぶトチも冷や汗一つ流さず、こういった状況に不慣れなミナミの中では不安が徐々に膨らんで行った。
真実が保証されない空間での数秒の沈黙の後、3人は深く頭を下げて退き、静かに長官室の扉を閉めた。最後の最後までアドリアの真の思考は読み取れそうになかった。部屋から離れて階段に足を踏み入れた時、彼らは大きく一息ついて心構えを切り替えた。
「・・・それじゃ、話し合うとするか」
オリバーが後ろポケットから取り出したのは収納されたイーグルスアイ。吐息を殺してカメラを機能させ続けていたそれを額に装着し、数秒前に保存されたばかりのファイルを開いて見渡す。
上層部の会議を盗聴しただけでなく、長官の管理する部屋に入れることを利用してまたも情報を盗むとは、発覚すれば大罪は免れないだろう。
そんな恐れに負けない決意と共にイーグルスアイを堅く締め付け、3人は監視の危険性のない私的空間へと足を早めた。
アドリアとの面会中に入手した映像と音声が捉えた数々の情報の中に、幸運にも次回の物資補給遠征に関するものが含まれていた。
「決行日は来週末、警備体制は万全を保って乗組員も最小限に抑えよ・・・か」
静かに述べられた非常に都合の悪い現実によると、次はこれまで以上にガードが固められた状態で出発を迎えるらしい。少なからずあの侵入者の影響もあるのだろう、全くいつまで経っても困ったことをしてくれたものだ。
いつも通りであれば船は出発から約7週間後にこちらに戻って来る。"地球"での滞在時間を1週間と見積もれば、片道だけでも3週間の長旅となる。その間、船に侵入していることを見つけられずに過ごすとなると、流石のニロやケイトも到底やり切れないだろう。
どのように潜入し、どのように脱出すれば良いか・・・。そもそもこのような犯罪行為に手を染めたことのないオリバーにとって、背徳極まった作戦の考案など無理難題に等しかった。
こういう時、ニロならどうするか・・・。
そんなことで頭を悩ませていると、暫く自身のイーグルスアイと睨めっこを続けていたミナミが、大きく目を開かせてこちらに呼びかけて来た。
「ねえ!私が撮ってたやつ、乗る予定の人のリストみたいなのが映ってたよ」
念の為と2人にも盗撮を依頼しておいたが、意外にもその成果はここで発揮されるのだった。トチとオリバーに共有されたファイルには、アドリアの机からはみ出した1枚の紙の字面には、補給船に乗り込む者達を示したと思われる名簿のようなものが連ねられていた。
「でかしたぞミナミ!・・・でも、これだけじゃ詳しくは分からねぇな・・・」
しかしこちらが目で追える名簿は死角のために中途半端なところで途切れており、最低8人の乗船が認められていることまでしか読み取れなかった。幾ら制限されているとは言えあの規模の宇宙船にたった8人では広過ぎるし、かと言って最大値の予測は現時点では難しい。
折角見つかった手掛かりがあまり活かせそうにないことを悟り、ミナミに申し訳なく思いながらオリバーは心の中で深く嘆いた。
・・・しかし、彼の言葉でオリバーとミナミがファイルから目を離した一方で、自分の目を信じて睨み続けていたトチは、その僅かな情報の中に新たな可能性を見出した。
「これ、清掃員はちょうど5人じゃん」
彼女が示したのは、1番上に掲げられた乗組員の長である艦長の名前と、その下の副艦長のすぐ下に掲げられた、いかにも非常勤だと思われる清掃員5名の列。
その人数がちょうどと呼べるような都合に合っているのだとすれば、彼女の考えはある程度絞り込まれる。
「トチ、まさか・・・」
潜入の当事者は2人。しかし計画を確実なものにする為に集まった者も合わせれば、関係者の総員は5人ちょうどに収まる。
現時点での情報で考えられる範囲内では、この流れから示される選択肢は1つしか考えられない。
「この5人に変装して潜入出来ないかしら」
オリバーの推論は奇しくも的中した。トチは仲間を救うという目的意識に駆られ、当初の主張の原型など最早留められていない。これまでの努力の全てを投げ打ってまでニロを助けようとしているように見えた。
しかし、それまでの目的が空虚であったことに気付けたオリバーとは違い、彼女自身の目的は相変わらず一貫している。その上でその可能性を自ら捻り潰す案が述べられているのだ。
「何言ってんだ!その作戦通りに動くことになったら、俺達もあいつらと一緒に地球に行くことになるんだぞ!そうなったらお前、保安局に居られる可能性が・・・」
彼女が保安官を選んだ理由、極悪人の父親を探し出すという目標が夢では無いのは確かだが、彼女の言葉に従えばその続きを追う資格は何れ無くなってしまう。
ミナミについてはまだ真意は聞けていないものの、どんな結末であってもトチの立場だけは必ず守り切ろうと考えていたオリバーにとって、どう足掻いても助けてやれない未来が訪れることに大きな不安を抱き始める。
しかし、かつて町で評判になるほどの頑固な女児であった彼女は、一度貫くと決めた信念を簡単に変える気にはならなかった。
「そういうのはこの間全部捨てたの。私はもうこの宇宙には何も期待出来ない。でもアイツが夢を叶えたとしたら、その時また、新しい夢が私を押してくれるかもしれないから・・・」
期待を捨てた、常に前向きな彼女の声で再生されたことは一度も無かった言葉であった。それが今や少女は宇宙の不条理を知り、自らの思いに代えてでも現実を変えたいという意思に至っている。こんな箱庭で保身ばかり願ったって、叶ってくれるのは中身のないちっぽけな業績だけ。
でも、向こう側だと思っていた存在が見せてくれた全く別の空間は、現状に疲れ切った自分を心から癒してくれた。子どもみたいにしたいことやりたいことだけを考えてみることで、淡々と目標を熟すことばかり考えていた今までの日常よりも、もっと大きな希望を与えてくれた。今はただ、そこに居続けていたい。絶望だらけの現状だって、そのうち変えてくれるかもしれない。
あの少年達のように、彼女の中にその明確な形は備わっていない。それでも本当の輝きを取り戻したトチの姿からは、確かに夢を追う靴の擦れた音が聞こえるような気がした。
「私も、行くなら4人一緒がいいと思ってた。ここまで一生懸命繋がろうとしたのに、また離れ離れになっちゃったら、もう二度と仲間だなんて呼べなくなっちゃうよ」
空気が変わりつつあった。以前から集合体で在り続ける重要性を説き続けてきたミナミは、今日もまたその倫理に沿った持論を加える。
保安局や世間にとって、この4人組の存在価値なんてものはごく小さなものなのかもしれない。実際班の結成まで誰1人として顔見知りであったことはなく、選考基準はただの能力数値によるものだ。しかし、そんな無作為な定義の中で寄せ集められたこの4人が、絆なんて気にせずただやって来ただけの自分達が、いつしか"仲間"の意識を共有してそれぞれに手を貸し合っている。人と人との繋がりを大切にしてきたミナミにとって、班の現状はこの上なく尊いものであった。
もうこの4人とあと1人にとって、もう保安局本部も7つの惑星も狭い檻にしか過ぎなくなってしまった。想像以上に自分達が大きくなり過ぎていたこと、その遅すぎた知覚を身に覚え、彼もまた既に堅い決意をまた強固なものにした。
「・・・分かった。2人がその気なら、俺も腹括ってやってやろうじゃねぇか」
深く座り込んで長らく当初の予定を引き延ばそうと考えていたが、オリバーはその全ての考えを脳内から消し去った。脱出は5人全員が関わるもの、それならもし失敗に終わったところで、誰かがその責任を一身に追う必要は無くなる。
新しい時代の夜明けを目に焼き付けるように、少年少女はそれぞれの瞳の中に宇宙に覆い被さるほどの大きな炎を宿した。
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