#3 -1

前回のあらすじ

宇宙の全ての謎を解き明かすことを夢見る保安官研修生のニロは、そのきっかけとなった侵入者の青年が死亡したという報せを受ける。

彼の死に何かしらの圧力が関係していると考えると、居ても立っても居られなかった。

熱心に何かを追い求めるニロの様子を不審に思ったオリバー、トチ、ミナミだったが、様々な理由で彼に協力することは出来なかった。

独自に調査を進めて行くニロ。そんな彼に迫り来る、ジェットバイクに乗った仮面の男が一人。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 物凄いスピードで近付いて来るその像を、衝突の寸前に認識することが出来た。

 何やら雄叫びを挙げながらこちらに向かって来るということ以外、一切の情報がそこには無く、困惑の渦に巻き込まれる。

 相手のジェットバイクが目先に迫ったその時、金属バットのようなものを右手に抱えているのが見えた。

 振り上げられたそれは勢いをつけて段々と大きく見えて行く。


(あっぶねぇ!!!)


 数秒前にここを訪れ、この男に話を持ちかけようとしたところ、何故か攻撃対象にかけられたニロ。

 バットが脇腹を直撃する直前、自身の高い身体能力を活かして大きくジャンプし、空中で束の間の安堵に浸った。

 ジェットバイクのスピードも相当なものだったので、バットが空振ったまま相手は前方に飛び抜けて行った。

 長い滞空時間を終え着地、再び来るかもしれない攻撃に備え、咄嗟に近くの路地裏に身を隠す。


(・・・なんだなんだなんだ!?!?!?アイツ、確実にオレを殴り飛ばす気で飛んで来たよな!?!?)


 一先ずは状況を整理しようと冷静を装うが、目まぐるしく移り変わる現状が更に混乱を加速させる。

 自分は私用でたまたまこの街を通りかかっただけであり、ジェットバイクの男も見たところそんな感じであった。

 今日一日尾行の気配は一切感じなかったし、最初から自分をおびき出そうと考えていたとしたら余りにも無計画的な動きだった。

 考えれば考えるほど分からなくなる。だが、情報を一つ一つ片付けて行くことによって、新たな可能性を導くような答えが生まれようとしていた。


(いや、待てよ・・・あのジェットバイクは確か・・・)


 あのジェットバイクは確か、今では生産されていない古い機種だった。

 それに加え、特徴的な仮面、保安局の人間に敵対意識を示すような行動の数々。

 何かと見覚えのある点がいくつも挙がってくる。

 記憶を探り抜いた末、バットで殴ろうと自分に迫ってきた先程の人影が、1ヶ月半前のと重なりつつあった。


(バッツってのは・・・あの侵入者のことか・・・!?)








ー #3 Invisible ー








 小さな期待を並べただけであったが、可能性が徐々に大きく膨らんで行く。

 さっきの男があの侵入者の少年の仇討ちを望んでいるのであれば、保安官の制服を着たニロは攻撃対象となっても不思議ではない。

 彼の死を先輩保安官の話で知ってから2週間、その情報を彼の仲間が手にしていても不思議ではない。


(もしそうだとしたら、オレが探してた人間がオレに寄って来たってことだ・・・アイツを説得できたら、チキュウの情報を聞き出せるかもしんねぇ・・・!!)


 彼の感情は人一倍変わりやすい。

 突如武力を向けられた恐怖、意味不明な状況への困惑、これら2つのマイナスな思いがあったにも関わらず、今では自分の行動動機を果たせるかもしれないという僅かな期待値から、心は興奮で満たされ始めた。

 マンタジェットを起動して上空に出たニロは、辺りを見渡してジェットバイクの男を探す。

 すると、先程とは違ってその存在を意識したからなのか、背後から殺意が迫って来ていることに気が付けた。


(右上から来る・・・!)


 目先を配らずとも、バットが振り上げられた方向まで予感できた。

 低い高度に逃げると攻撃は回避され、またしてもジェットバイクは進行方向に勢いよく直進して行く。

 円形の宇宙船発射場を滑らかに飛行していた彼と違って、この男は少し動きが鈍い気がする。

 姿勢を地面と並行にしつつ、出せる最大速度でその後ろ姿を追う。


「落ち着いて話を聞いてくれ!!"バッツ"ってのは、保安局の宇宙船を壊そうとしたアイツのことなんだろ!?!?」


 そう語りかけると、男の背筋が少しびくついたように感じた。やはり彼らは仲間同士という線が堅いようだ。

 地雷を踏ませたような達成感を味わって、ニロは続ける。


「そんで教えてくれ!!アンタ達はどうしてチキュウを遠ざけようとしてんだ!!!」


 その言葉を聞くと男は、ポケットの中をガサガサと探り始めた。

 "バッツ"の行動を思い返せば、この行動の次にはアレが来る。ニロの顔は一気に青ざめた。


「保安局の連中に話すことなんて・・・!!!」


 ポケットの中から取り出されたのは、宇宙船の装甲を破壊した球型の小型爆弾。

 男が小さく振り向くとそれは空中に舞い、ニロの頭上に軌道を伸ばして行く。

 周囲に彼が破壊すべきものがないことを把握し、では爆破対象は自分しかいないと予め悟っていたニロは、良からぬ予測が当たって震えた。


(さっきからバットで殴って来るわ爆弾投げつけて来るわ・・・オレを爆弾から引き離そうとした"バッツ"とは、まるで大違いじゃねぇか!仲間の復讐の為ってんなら、もう殺すことも躊躇わないってことかよ)


 爆発の威力は大したものであり、直に喰らえば一気に重症に追い込まれる危険性だって優にあるだろう。

 "バッツ"の姿勢から窺えた不殺の精神はそこには無く、明らかに殺人を厭わない行動ばかりである。


(こうなりゃ、こっちも手出すしかねぇよな・・・!)


 相手の攻撃的な姿勢を確信したニロは、空中で手こずりながらもバックパックからレーザーガンを取り出す。カバーを調整してライトパネルの面積を調整する。

 この銃のレーザーは光エネルギーから作り出されており、このパネルが吸収した光の量で光線の殺傷力が変化する。

 その為犯人の身動きを止める為だったり、牽制の為に銃を使う場合は、パネルが光に当たる部分を小さくして威力を下げるのがオーソドックスだ。

 気温が高く全体的な光量が高いラートウでの使用は初めてのため、もしかすると想定以上の能力になるかもしれないが。


「ポケットに手入れるなよ!!次爆弾出したら撃つ」


 こうした脅しが果たして効くのかどうかは曖昧だが、念には念を入れて一応銃を構える。

 前方を舞う男のジェットバイクに少し揺れが見えたような気がしたが、彼は脅しに屈することなく再びポケットに手を入れた。

 そして、ニロが引き金を引く暇も与えないような、そんな一瞬の間に爆弾を取り出し、後ろに投げつけてきた。


(チッ、早撃ち勝負には勝てなかったか・・・でも今なら!!)


 飛びかかった爆弾に照準を定め、迷いなく引き金を引く。

 突き出された光線は目にも留まらない速さで爆弾に着弾し、その場で小さな爆発が起きる。

 予め爆破範囲を知っていたニロの狙い通り、爆風がジェットバイクに直撃したのか、エンジンが故障をきたしたような様子が窺える。

 バイクは徐々に斜め下へと向かって行った。


(今だ!!!)


 男が焦っている中、そして地面に直撃する直前目掛けて飛び出し、間一髪で男の足が着地する寸前で服の首元を掴むことに成功。

 空中で身軽に動くコツを手にしたニロには、人一人運びながら飛ぶことも容易だった。


「・・・本部で色々聞かせて貰うからな」


 マンタジェットのスピードを段々と落とし、男を地面に跪かせる。そして両手首を拘束。

 バックパックに訓練用の手錠が入っていたが、通常のものと同等の硬さで作られているとは知らなかった。

 おかげでこうした緊急事態に対応することができた。


(他の保安官は後で呼ぶとして、とりあえずは今しか聞けない情報を聞き出しておくか・・・)


 現行犯逮捕の手筈が整った。

 四肢を思うように動かせない男が逃げることは無いだろうから、まずは保安局内部に漏れてはいけない情報の収集を急ごうとした。

 チキュウや組織全体の構造、宇宙船を送り続けることの悪影響など、上層部に伝わると命の危険に及ぶような情報のうち、何を聞いておくべきかを整理し始めるニロ。

 黙々と考え込んでいたが、やがて後ろの遠い方から新しい物音が聞こえるのを感じた。


(・・・まだなんか居る!!)


 そう悟った時には既に遅かった。物音の正体はジェットバイクのエンジン音であり、気がつくとニロは突かれて転げ落ちている最中だった。

 目の前をもう一人の仮面バイクが通り過ぎ、逮捕した男を攫って瞬く間に距離を取られたのだ。


「お前がヘマをかますとはな、リビア」


「悪ぃタロー・・・思ったよりやる奴だった」


 そのまま地面に倒れ込み、立ち上がろう慌てたニロだった。

 しかしその直後、先程まで自分を苦しめてきた球体が転がって来たことに気付く。


(やべぇ!!!!!)


 すぐ様マンタジェットを再起動し、その場から離れることを急ぐ。

 しかし上手く行かず、爆弾を視認してからわずか数秒で、容赦なく爆発が起きた。

 爆破領域からは逃れられたものの、爆風に見舞われたニロは強く吹き飛ばされ、廃屋の壁に後頭部を強く打った。


(痛っってぇ・・・なんだよアイツら、2対1で爆弾使うとかねぇだろ・・・)


 正当に戦うことを放棄してでも、殺害を最優先に動いているようだ。

 相手の集団は保安局に仲間を殺された恨みを抱いており、当然の結果と言っても頷けるが、こちらは不意打ちを食らっているというだけで不利なものだ、この状況は如何なものか。

 何としてでも彼らに反撃をせねばという衝動に駆られたニロは、鈍り行く判断力を糧に、空中に飛び立って上から様子を窺うことにした。依然として頭痛は収まらないが。


(一丁前に爆弾なんか仕掛けておいて、自分らだけ真っ先に逃げられるとでも思うなよ・・・!)


 新たに現れた仮面バイクが通ったと思われる路地の上空を見渡し、次に取られると思しきルートを考えていた、その時だった。

 建物の陰から突然、先程の2人組が姿を現す。


「わざわざ出て来てくれるとは親切だなぁ!!もう卑怯な真似は止して、正々堂々戦おうぜぇ!!!」


 軽い脳震盪で意識がぼんやりとしている上に、感情に身を任せて動いていたその時のニロに、これが罠だという判断が下せる筈もなかった。

 ブラックホールに吸い込まれるようにして、マンタジェットの速度をグングンと上げて行く。

 しかし背後から突然、自分よりも高い位置から何かが落ちてくる予感がした。


(・・・嘘だろ、また増えやがった!?)


 咄嗟に体勢を横に倒すと、大きくバットを振りかざした仮面男の姿がそこに一つ。

 その男の落下地点を予測し、自分が乗るものとは別のジェットバイクを構えている仮面が1つ。

 そして、さらに上空からこちらを俯瞰している仮面が1つ。言わずもがな、囲まれている状況に陥った。


(何人居るんだよ!!!!)


 今見えるだけでも、敵の数は5人。一人一人慎重に対応したいところだが、自分一人では無力に過ぎない。

 そして、全員が全員、バットを右手に小型爆弾を左手に、いつでもニロを殺せる準備が整っているのであった。

 奇襲を掛けてきた男に気を取られ、本来狙っていた筈の2人組が姿を消していたことに気付く。


(しまった、どこに・・・!?!?)


 瞬時に周囲を観察してみると、自分を中心とした架空の直前上、その両端から近付いてくるバットと仮面が2つずつ。

 それぞれ左右の外側に向けられたバットの先端部分は、遠近法により段々と膨張していくように見える。

 数で圧倒されて慌てふためいている最中、左右から板挟みにされている絶望。冷や汗が止まらなかった。

 同時に2つのバットが振られた時、一先ず上空を目掛けてジェットを炊いたが、その最高点目掛けて既に爆弾が投げつけられていた。


(このままじゃ助からねぇ!!!!!)


 只管に自身の危機を感じ取ったニロ。

 次々と迫り来る攻撃を交わしながら、底無しだった筈の体力ですら限界を迎えようとしていた。

 本当の意味での最後にしか使わないと決めていた、決死の命乞い。

 侵入騒動の日、彼から聞いたチキュウという言葉の大きさを思い出しながら、敵5人を一斉に止められる言葉を模索した。


「待ってくれ!!オレはアイツから、船を止めるよう頼まれてるんだ!!その理由が知りくて、アンタ達と話がしたいんだよ!!!」


 高度だけは勝とうと、只管上がり続ける中で放った言葉。

 下に居る仮面集団の動きが、少しだけ遅くなった気がした。演説には成功したのかと、一瞬安堵の気持ちに包まれるニロ。

 しかし、よく見ればそこに居たのは4人。もう1人は・・・?

 考えた時にはもう遅かった。


「信用できるかよ」


 イーグルスアイから放たれた、ジェットエンジンの燃料不足警告。

 そして同時に背後から聞こえた、リーベルの雪のように冷たい言葉。

 気が付いた時には、後頭部の痛みが電気のように増大し、グルグルと旋回しながら地表へと落ちていく自分の姿を感じていた。


(や・・・やら、れた・・・のか・・・??)


 背中が地面と接触し、大きな衝撃音が響く。

 仮面の男達が次々と様子を伺いに来る中で、既に朦朧としていた意識は段々と遠のいて行き、重い瞼が次第に下がって行くのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る