#3 -2
央星ロイル。国家保安局本部、2F給水場横。
「つれねぇ顔だなオリバー。悩み事か?」
ベンチに腰掛け一人水を飲んでは深呼吸を繰り返していたオリバーに、1人の大柄な保安官が近付いてくる。
「・・・悩み事っちゃ、悩み事かもしれません」
「ハッ!なんだそりゃ」
研修生に就任した日から面倒を見ている後輩の、意外な姿がそこにはあった。
これまで普通の研修生がもがき苦しむような壁を難なく越えてきたあのオリバーが、深刻な悩みを抱えるように下を向いていたのだ。
「オルデン先輩はどうしてここへ?」
尋ねるオリバー。するとオルデンは親指と人差し指で輪っかを作り、それを目元に密着させる。
そうすれば、夕方を迎え橙色に染まる空の上で、真っ白に光る球体が輪っかの中に入り込む。
「ここの窓が一番よく見えんだよ、巨人が」
夜だろうと朝だろうと、どこの惑星から眺めようと、空の上部で白く光り輝く例の物体。
依然として正式名称は存在しておらず、人々は口を揃えてそれを"巨人"と呼称する。
誰がそう呼び始めたのかも未だ分からずであれば、その正体が一体何なのかも未だ分からずである。
「こいつの光を浴びると、ちょっと元気ってヤツが増えるもんよ。理屈は分かりっこねぇがな」
背中を曲げ下を向いていたオリバーにとって、今のオルデンと自分は真逆の存在のように思えた。
彼も何かあって巨人に元気とやらを貰いにきたのであろうが、自分と同じように何か葛藤を抱いてエネルギーを補給しに来たという訳ではなさそうだ。
「・・・先輩、夢ってありますか?」
右目から輪っかを通して巨人を見つめるオルデンに、静かに質問してみる。
あの日からずっと、小心者だと思っていた彼から意外な言葉を聞いた日からずっと、その言葉が心の中で止むことを知らない。
「・・・急に難しいこと聞くじゃねぇか。俺はやっぱり、嫁と子どもが何事もなく生きてくれるようにサポートする、ってなところか」
単純な年齢差だけではない。
オリバーと同じくらいの年齢で保安官になったと自称しているオルデンは、保安官歴が2桁目に突入しようとしている最中だった。
大人という生物は、自分よりも身近な存在に目を向ける義務を無意識に覚えるものだと、このとき実感した。
「でもそれがどうしたってんだ。面白味もないオッサンの現実話なんか聞くより、年が近い同僚と話し合った方がいいんじゃないか?」
老いぼれなどと表現するにはまだ若過ぎる人材だが、確かに齢17の少年からすれば生き方も価値観も違う存在。
見下すわけではないが、大人とはベクトルの違う悩みの種を持ってしまいがちな時期に置かれた彼を、自分が助けられる分野ではないとの判断だ。
「実は・・・」
ニロに自身の目的地を"他人から背負わされている夢"だと指摘されたこと、そしてそれが意外にも自分にとって図星だったこと。
最後に班4人で集まって話し合ったあの日のことを、オリバーは淡々と説明した。
オルデンは後輩達が少しずつ成長を重ねていることに驚いた。
「ニロの奴、そんな大口叩くようになりやがったのか・・・!確かに最近よくパトロールに出てるとは思ったが、あの不真面目だった坊主が夢を語り始めるなんて、どっかで頭でも打ったんじゃねぇか?ハッハッハ」
同じ班だけでなく、ニロの微かな変化には他の保安官も勘づいていたようだ。尤も、その理由を知る由は彼らにはなかったのだが。
保安局上層部がやたら気にするチキュウの存在が関与している故、彼の本当の目的を話すことはできなかったが、それでもあの無鉄砲なニロのイメージが覆されたことはオルデンには大きな衝撃だった。
「あいつにそう言われて思い出したんです。俺はまだ、自分がしたいと思ったことに、心の底から向き合えていないな・・・って」
数日間考えてみることにした。
思い返せば、一番旧い幼少期の記憶ですら、フォルスター家という苗字への尊敬心、そしてそれを受け継がなくてはならないという使命感、これらばかりに気を取られていた気がする。
それは決して両親の教育だけでなく、兄と共に心に決めたからでもあった。
しかし、それらの出来事が発生した理由については、依然としてハッキリしないままだ。
何か個人的な欲求が脳を過ぎったとしても、深く考えることもなく、いつも先程の2つの感情が真っ先に先行して、その実現を妨げていた。
このような生き方で16年間を突っ走ってきた代償として、これまでの欲求全てを思い出すことはできない状態になってしまった。
「そうか。お前はいつも家のことを気にしてたから、やりたいと思ったことにも中々気付けなかったんだな」
高貴な一家に生まれた瞬間から生じる、計り知れないプレッシャー。
自身に置き換えて想像することは難しいが、オルデンはそんなオリバーの境遇を理解することはできた。
「でもなオリバー、夢なんて無理に持つもんじゃねぇぞ。生きていく上でやりたいことがいっぱい出てきて、それをどれから片付けて行くか悩むことは誰もが経験する。人生の中で出てくる色んな分岐点で取捨選択を重ねて、それでもずっと頭の片隅に選択肢として残ってるもんが、自分の知らないうちに"夢"になって行くんだ」
夢について、自分の意図とは別の場所で存在し続けるものだと語ったオルデン。
彼の理論に則れば、先程彼が話した家族の幸せという夢も、旅路の中で出会った妻との間にたまたま生まれた子どものことを願う、ある意味予測できない出来事の数々から彼の意識とは乖離して生まれていった、ということになるだろう。
また、オリバーが今までに一時でも思い描いた欲求の数々は、使命達成の為に犠牲にされてきただけに過ぎない、ということになるだろう。
それでは、彼自身が夢と認められなかった一族の名誉継承の他に、何が頭の片隅に選択肢として残っているのだろうか。
(だとすると俺の"夢"は・・・今一番印象に残ってる、昔やりたいと思っていたこと・・・)
思い返しても思い返しても、残ってるのは僅かな大きな思い出だけ。
細かい自分の歴史を全て忘れてしまっていることに、オリバーは漸く悔いを感じ取ることができた。
そして、膨大な記憶の中で一つ目立っている、明らかに実在した確かな野望。
数々の夢の欠片に目もやれない後ろめたさと引き換えに、彼は閃きのような高揚感を手にすることに成功する。
「・・・いえ、ありがとうございます。たった今見つかりました」
立ち上がって、オルデンに深く頭を下げるオリバー。
つい先程、無理に夢について考えるべきでないと語った彼に、その言動は共感し難いものとして残った。
そして何か用事を思い出したかのように、廊下を颯爽と去っていく。
「あいつ、ちゃんとガキに戻れたのか・・・?」
しかし、あの班の4人の中で、オリバーが最も切り替えの早い人材だと知っているオルデンは、それは杞憂だろうとすぐに割り切ることができた。
相変わらず"巨人"を眺め続けていると、その眩しい光こそが、少年達を歩むべき道へと導いてくれた存在なのではないか、などとも思い始めた。
「・・・しかしどうするってんだ、また今回みたいに人数も時間もかけちゃ、保安局に指名手配されるのも時間の問題だぞ」
低い意識を移ろう時間の流れを感じながら、思い出せる最後の言葉はこれだった。狭く暗い建物の中で、自分は何やら壁に縛り付けになっていて、その間にあの5人組のうちの3人が話し合っている。
複数回に渡るバットでの攻撃を受けた今のニロが推察できるのは、どうやらここまでらしい。
「アレはきっと相当の手練だぞ。あれ程正確にジェットを使いこなせる奴が、この宇宙に他に居るのかって話だ」
「でも単独で歩いていたじゃねぇか。保安官としてはまだ三流だぜ」
「確かに」
何やら自分のことを話しているように思える。
褒めるのか蔑むのか、やはり敵対する人間の思考は理解に苦しむものだ。
単に今は負傷による理解力低下の可能性もあるが。
(クソっ、あれから一体どんだけ経ってんだ・・・そんでもってオレは、どうして殺されずに縛り付けられてんだ・・・?)
体は自由には動かせず、その縛られている感覚から察するに、両腕は反対側に伸ばされ、両足は揃えて足首が固定され、首は前方に傾くように、つまりは十字架にかけられている感じがする。
十字架と言えば何かの象徴だった気もするが、今のニロにそれを思い出せる余力はない。動けないので一先ず会話に耳を傾けることにする。
「そんなことより、次の補給遠征までに何をするかだ!バッツの攻撃が効いて、当初の計画が変わったって話だろ!?」
すると、個人で調査を進めていた補給遠征の言葉が流れてくる。
バッツの攻撃などと呼んでいる時点で、あの侵入者が彼らの仲間バッツであることは殆ど確定する。計画変更についても興味深い。
少し意識がはっきりとしてきたので、聞き続けるとしよう。
「俺達はこのままバッツの死を無駄にはできない、だからこそ保安官狩りをするって決めたんだ!!やるからにはもっと大胆にでなきゃ、保安局の連中に制裁が加えられないだろ」
"保安官狩り"という初めて聞く単語を必死に印象づける。
なるほど、今日オレが狙われたのは、バッツを死に追いやった保安局への意思表明、その一環として保安官を殺害する計画、そういうことらしい。
たまたま彼らの前を通りかかっただけで標的にされたってことは、特に標的にこだわりはないようだ。
バッツの優しさに反して彼らは恐ろしい集団だ。
「それに隠匿で死刑ってのが気に食わないな。奴らはこれから、地球に近付こうとする連中をみんな殺してしまうんだろうよ。そして世間には事故とかいう嘘っぱちで公表するんだ」
静かに怒りを語る一人。
一番引っかかったのは、バッツの死因が保安局の処刑であると断言されたことだ。
思わず口が開いた。
「やっぱりアイツは、殺されたのか・・・!?」
彼の放った一言で、その場の全員が動揺を露わにした。振り返って近付いてくる。
背中を向けられていた為気付けなかったが、今は話に加わっていた3人は仮面を外していた。
顔という一番の視覚的情報を入手され、相手はどう動くのか。考えられた最悪の選択肢がすぐに実現した。
「殺す」
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