#9 -3



 気が付くと自慢の屈強な体が女1人に蹴飛ばされており、瞬間的な痛みと共に強い屈辱を覚える。しかし運良くすぐそこにまだ標的の存在が残っていることを確認し、背後から一丁の銃を素早く取り出した。


(足だけでも折ってやる!!)


 ニロ程の先天的な才能は無かったものの、オリバーも今年度の保安官研修生の中では優秀な射撃手であった。危機に陥った際を想定した訓練を複数繰り返し、その功績が彼を早撃ちの名手へと成らせた。

 目で追えぬ速さで射撃して来た相手の予想外の行動に、ケイトは反射神経を活かして即座に隣のバスルームに逃げ込んだ。直後に足跡と成った地点はレーザーで焼き尽くされていた。


(威力は大したことないんだけど、ああも速くて正確ってなるとね・・・この子、随分厄介かも)


 住居の古びた電球が故に、光エネルギーを利用するレーザーガンはその効果の全てを発揮することが出来なかったようだが、彼女が見切って完全に避けきれなかった銃さばきに加え、射撃箇所に全くの無駄が無い。

 相手と同じ条件として武器を持っていなければ、逃げ回る為のマンタジェットも無い。

 そんな圧倒的に不利な状況を察知した彼女は、この見慣れたアジトの中で出来る唯一の対抗策を脳内で描いた。現時点では計画は不完全だが、この密室に攻め込まれるよりは勝率は高くなるだろうと思い、実行に出た。


(何だ・・・?わざわざ撃たれに来てくれたってのかよ)


 大した時間も経過していないのに、両手を挙げてバスルームから姿を現した標的ルナ。彼女の降伏的な姿勢を無視するなら、四肢を封じて一切の動きを制限する絶好の機会である。

 しかし下手に出れば全てを失うことは相手も把握している筈であり、全保安官から狙われているこの状況でそんな失態を自ずと犯そうとするだろうか。必ず何か裏がありそうだと睨んでいたオリバー。

 するとその瞬間、彼女が出てきた部屋とは反対の位置にあった棚に左腕が伸びていて、その手先にはある瓶が在った。


「賭けでもしようか」


 少し余裕を掴んだかのような表情のルナが取り出した謎の瓶。

 敢えてここで出現したのだからこれを武器にするつもりなのだろうが、単に投げつけて攻撃しようと思っているのなら、分厚い制服とイーグルスアイで守られているオリバーには無害だ。どう出てくるか。

 様々な可能性が浮かんで来る中で、最も可能性の高そうな答えが頭の中に集中した瞬間、ルナはニッコリと口角を上げて"賭け"の詳細を語った。


「この中には劇薬が積められてるんだ。君があたしを撃つならこれを盾にするし、そこから変な動きを取ったらこれを投げる。この家は狭いからね、割れたらすぐにでもガスが充満し始めて、そのうち君の息の根を止める」


 直前の彼の予想通り、やはり中身は毒であった。ここはあの頑強な宇宙船に傷をつけられる爆弾を開発出来る者の居た場所、手製の化学兵器に必要な物質が揃っていることだって有り得る。

 どういった化学物質が自分を苦しめて来るのだろうか、といった小さな好奇心もあったが、1番に気になったのはルナ本人に対する影響であった。

 彼女は自分だけを殺せる便利な手段かのように軽く言っていたが、密室をガスが埋め尽くせば彼女も同じ結果を辿ることとなる。


「・・・フッ、それだと貴様も死んでしまうだろうよ」


「あたしはいいよ。ここの大事な情報を取られるぐらいなら、誰とだって眠れる」


 心中に繋がることを煽り文句気味に伝えたオリバーだったが、予想だにしない早さで返答は来た。

 そして内容も意外であった。この女、自分が想像しているより遥かに強い意志を持っている。

 きっと宇宙船を襲ったあの侵入者もそうだったのだろうが、仲間の情報を奪われるくらいなら自死の道だって厭わない。自由への渇望が理不尽に奪われるくらいなら、その自由が叶った未来を見られない未来だって躊躇しない。

 ブロンドの髪と正反対な真っ暗な両眼の奥に宿す、どこぞの図書に載っていた空想の天体のような瞳の輝き。そして未だ消えぬ不気味な笑み。今俺が対峙しているのは、キャサリン・ルナという1人の保安官ではなく、その心の中で揺らぐ大きな決意の炎のようなもの。

 そう思ってしまう程、オリバーは圧倒され言葉を失っていた。


「相手に聞きたいことを言って答え合っていこう。答えが不満なら撃ってもいいけど、先にやられても文句はナシね」


 2時間ほど前、攻撃班の3人が作戦行動に移ろうとしていた時、彼女はバッツの遺品ばかりが並ぶロッカーの前で立ち尽くしていたニロの姿を静かな見守っていた。

 その後、自分も掃除で前を通りかかっただけで、バッツの情熱の残り香を感じたのだった。その存在感を彼も大きく受け止めていたのだと思った。

 普段から命を賭ける程の情報の守秘義務を感じていたわけではなかったケイトが、狭苦しいこの世で自由に生きたあの男の心に触れて、今この瞬間だけは大口を叩けるような気がしたのだった。

 そして得意のポーカーフェイスを貫き通し、相手の僅かな萎縮を感じ取った。"賭け"の準備が整ったことを相手に合図し、現状の主導権を示すように劇薬瓶を強調して突き出した。


「まずは自己紹介でもしてもらおうかな」


 不穏な空気が場を支配する中で、意外にも簡単な要求を出てきたことに緊張感を乱されそうになりながら、オリバーは鼓動を整えて口を開いた。


「・・・俺はオリバー・フォルスター。所属はロイル本部の研修生班で、班長は・・・今や保安官全員が追跡してる、貴様に世話になってる問題児だ」


 自己紹介などと軽い質問をしたからには情報が少しずつ小出しされていくものかと思っていたが、初手から心を動揺させずにはいられない事実が発覚してしまった。


(わざわざ面倒事の主犯と同じ班だなんて嘘つかないだろうし、ピンポイントであたしを狙ってきてる辺り、そこは信じてもいいんだよね?)


 どうやらこのオリバーという研修生、ニロが言っていた"仲間"とやらの1人らしい。

 では一体、どこまでの彼との接点を以ってここまで追って来たのだろうか。どのような関係性を以って、こんなところまで突き止めて来たのだろうか。


「あたしはキャサリン・ルナ、ケイトって呼んでね。キーコスのパッシュ班所属で、あとは・・・君らの本部で宇宙船を壊そうとした、あの男と繋がってたよ」


 相手の真髄を探りたい欲求から、こちらも大きく踏み込んで機密事項を話してみた。もし手持ちの情報がゼロであれば、物資補給制度を阻害しようとした保安局の宿敵の元仲間が目の前に迫っているのだから、ここで何か動きがあっても頷ける範囲内だ。

 しかし表情をピクリとも動かさないということは、既にそこまで見破られていたみたいだ。


「誰にも漏らさない条件で話せ。ニロが貴様と組むようになった経緯と、これからの計画の概要を」


 オリバーは大義を果たさんと淡々とペースを早めてくる。彼の最初の要求というのは、盗聴器越しに敵対した筈の二人がどうして手を取り合うようになったのか、そしてこの絶望的な状況をどのように切り抜けようと言うのか、これらを知ることだった。


「君らの盗聴が余りにも危険過ぎたからあの子を通して注意しようと思ったの。そしたら保安官に警戒されちゃって、それならいっその事逃げちゃった方が得って思っちゃってさ」


 事の発端は本当に危機の回避を軽く手伝うくらいの感覚に過ぎなかった。念の為と準備しておいた最悪の脱出経路を使う羽目になるとは、あの時の自分には想像もつかなかった。

 包み隠さず言えば人為的な不注意がこの混沌とした現状を招いているのだが、その真の原因はそちらにあるのだと、敢えて強めて言ってみた。


「これからのことはまだ考えてないけど、きっとニロは君を頼りたいと思うだろうね」


 そして真意を掴ませないポーカーフェイスを意識しつつ、少しでも相手の余裕を削いでおこうと意味ありげな一言を投げかけた。

 案の定オリバーは眉間に動揺を表しており、すぐに反論を続けようとした。


「何が言いたい」


「今は1つでも多くの手網が欲しいんだ。もし君が保安局の上っ面の正義に飲まれてなくて、あたしの逮捕よりニロを助けることが最優先って言うなら、ちょっとだけでも力を貸して欲しいんだよ」


 自分は班員に大した信頼を置いていた訳では無いが、ニロは全くの逆だった。

 ヤマトの残酷な計画に猛反対していた彼の姿には、保安官に憧れて育った故の正義感の強さだけでなく、本気で仲間を思いやる心が反映されていた。

 その堅い意思の先には一体どんな人間が待ち構えているのだろうか、その答えを知るのは相当先だと思っていたが、こうも早めに姿が顕となったので色々と試してみたくなったのだ。

 敵対する前提で相対してしまったこの男だが、もしこの機会を逆手に取れるのだとすれば、彼はどのように動いてくれるのか。


「・・・それでニロは晴れて自由の身か?でもそれは保安局の追っ手から逃れられるってだけで、貴様のような信用に欠ける連中にはずっと付き纏われるんだろ?」


「別に信用してくれとは言わないよ。でも君が幾らこちらを疑おうと、ニロがこっちに着くことを選んだ事実は揺るがない。わかるかな」


 相変わらずオリバーはルナへの不信感を強く表情に出し続けている。

 元からこちらの関係を引き裂く危険人物だった上、自分達の目的を阻害しようと現れた相手を何故か受け入れようとしているのだから、当然不思議も募って来る。

 先程から少し油断した隙に毒に覆われてしまうような相手の言葉が続いていて、彼も少しは自分のペースというものを作り上げてみたくなった。


「だったら俺もこの組織に入る。あの危なっかしい野郎をこんなところに1人で置いておくには怖すぎるぞ」


「それは無理だね。この船は純白主義なんだ、その保安官制服を脱ぎ切れないうちは、ボスが君を黙って受け入れてはくれないよ」


 言うは易しと過剰接近を試みたが、信じられないのは相手も同じだった。保安局上層部の方針という薄く分厚い障壁がある所為で、少しだけ踏み込もうにも限界がすぐ近くに迫っていた。

 しかし、オリバーの中にこのやり取りが不毛であるような感覚が芽生え、徐々にその大きさは膨張して行った。


(信用出来ねぇのはお互い同じか・・・。でも俺もニロもこいつらも、結局目指すところは全員"自由"なんじゃねぇのか?ならどちらかが思い切った行動に出なきゃ、現状は一つも変わってくれやしない・・・)


 やりたいことをやりたいと言い切れる"自由"。理不尽な理由で拘束されない"自由"。疑いの心無く気になる人間と繋がる"自由"。

 彼が探し求めていたものをルナ達も追い続けていたのだと気付き、無駄に長かったこれまでの交流を全て断ち切る覚悟が出来た。

 オリバーが考え込むのを目視しつつ続きを語り続けていたケイトだったが、突然彼の体勢が変わったような気がして、警戒心が咄嗟に劇薬入りの瓶を強めに握り締めた。


(どうする気・・・!?)


 離れていた彼の右手とレーザーガンの距離が縮まりつつあるような気がした。下を向き続けるオリバーだったが、何やら目線を探られないように気を付けているような気がした。

 依然として臨戦態勢を保っていたケイトだったが、瓶を握る左手の無意識な震えを感じ取ったその瞬間、目の前の面構えが一瞬の間に少し近付いていることに気付いた。


「俺はただ、あいつの夢に応えてやりたいだけなんだ!!!」


 大声を上げて突進してくるオリバー。その強烈な表情に圧倒され、ケイトは慌てて瓶を投げ出そうと左手を振り上げようとした。しかし再び気が付いた時にはその左手首は彼の力強い右手に掴まれており、自分の意志で動かすことが一切叶わない。

 勢いと体重差のままに押し倒され、上に跨るオリバーの必死な顔つきと、牙を剥いた銃口だけが視界を覆っている。

 身動き一つ取れない状態‬だったが、まだ右手が拘束されていないことを確認し、一絞りの力を込めて行動に出た。


(分かったよ、結局は君もただのお人好しで、ここで撃つ勇気も逃げる気もないんでしょ・・・。でも人の夢を背負える器がなきゃ、このブラックホールからは生きて帰れないよ!!)


 オリバーの素直な性格とニロとの深い繋がりを基に、完全な警戒心を纏い続ける理由はなくなったことを悟ったケイト。

 しかし彼のこの選択の先に待ち受けるのは確実に地獄であり、それを今この場で知らしめようと、空白の右手はぽっかりと空いた彼の首元を勢いよく掴んだ。









 ロイルで激闘を繰り広げた3人、多数の箇所から大量の通報を人力でこなした3人、合わせて6人の疲れ切った仮面集団は、惑星ラートウの到着を告げる合図と共に列車を降りた。


(はぁ、一時はほんとどうなるかと思ったけど・・・とりあえず誰も血を流さずに、みんな無事に帰って来れて良かった)


 仮面の裏で深呼吸を繰り返していたニロは、命の恩人として憧れ続けていたあの青年と敵対してしまったというショックを抑えきれずに居たものの、一先ずは作戦に先駆けて掲げた誓いを果たした上で、目標を全て達成して帰還を果たしたことに安堵していた。

 しかし一行が立ち止まることなく駆け足でアジトに向かうので、それには遅れを取ることなく着いて行くことを心がけた。

 グループは達成感を第一に抱いている者が過半数だった。しかし、彼らと少し距離を置きながら、キョロキョロと周囲に注意を配っていたヤマトは、遂にその疑いを確信に変えたのか、トランシーバを取り出して小さく呟いた。


「リビア、テト。お前らは一旦俺に着いてこい」


 問題が全て解決した後のヤマトの新たな命令は、それを聞いた全員の頭を少しばかり混乱させた。

 ここラートウに別の追手の保安官が居る危険性を考えるならば、一刻も早くアジトに帰ることだけを考えれば良いだろう。しかし彼はわざわざ一行の波を乱すように動いている。

 誰よりも現実主義なヤマトが警告するとなると、ここでは理由は1つしかない。


(尾けられてるってことですかい・・・!!)


 ヤマトの疑いを推し量ったテトは自分達の置かれている現状に少しの焦りを覚えた。こうして隊列を分離させることで、尾行して来ている保安官の注意を少しでもニロから分散させようと言いたいのだろう。

 しかし尾行者がニロの居る3人組に向かってしまっては全ての努力が塵と成る。そこをこれからどうにかしてくれるのだろうと、ヤマトに淡い期待を寄せるしか無かった。

 走るペースを落としたリビアとテトが横に並んだことで中心に立ったヤマトは、背後に一層の気配を感じ取った。先程駅の柱の裏に隠れた2人組の存在が視界の両端を通りかかったのだ。恐らく両方とも女で片方は桃色の髪だった。

 まだ駅を離れて間もない、奴らをおびき寄せるには今しかないと、ニロを中心に少し先を走る3人組に覆い被さるように彼は配置を変えた。





 продолжение следует…

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