#9 -2



 規範と友情の間に揺れていた2人の少女達の背中を押した後、再び公共の場に下品に腰を下ろしたアレクサンダー。

 小さくなってゆく列車の姿を眺め、それが宇宙に飛び出すことの意味について静かに考えていると、先程見捨てたばかりの顔見知りが迫っていた。


「サーセン遅れッス。・・・逃がしちまった感じッスか?」


 使用している道具等は一昔前のものばかりに思えたが、あれだけの爆弾を幾つも携帯しているような用意周到な連中が、他の武器を適当に選び抜いてる筈が無かったのである。

 最も信頼している上司が初めて敵の反撃を許してしまっている状況に目を奪われ、その隙に自分も追っていた2人に攻撃されてしまったハリルだったが、彼らの鉄バットの威力は彼の足を痛めつけるには十分な硬度だった。

 ほんの少し安静にしていると痛みは引いて行ったが、本部を爆破されても尚動けない状態にされてしまったのは、これまでに失敗という失敗など経験して来なかったハリルの心を足よりも大きく砕いたのだった。

 班長がこうしてやり切ったような顔をしているということは、事件が解決したのか彼の手で解決出来る見込みが無くなったかのどちらか。この男が後者のような失態を犯すことなど一度も見たことがないが、周囲に現行犯逮捕が起きたような気配もなく、どうやら我々は初めて失敗という壁に顔をぶつけてしまったらしい。


「・・・そもそも本部で決着はついていたんだ。その後片付けすら出来なかったのさ、私はその辺りのお掃除だけのロボットよりも使えない男だよ」


 彼は冗談交じりに言っているが、ここまであっさり敗北を認められるような状況が本当にあったのだろうか。

 仲間を信用し目の前の標的の対処にだけ専念するハリルは、アレクサンダーを覆った爆発の壁がどのようにして発生したのかも知らない。

 仮面と爆弾と言えば数ヶ月前に物資補給船を襲ったあの荒くれ者と特徴は一致するが、あの者は研修生にすんなりと捕らえられたと聞く。

 そしてあの3人組に自分達を超えるような速さもチームワークも見られなかった。どうして彼がここまで追い込まれてしまったのか、今はまだ見当もつきそうになかった。


(しっかしアイツは結局何者だったんだ?爪痕を残すなんてこと叫びやがって、若い頃のカッコつけてた俺みたいだったし・・・)


 これまで相手してきた犯罪者達と"彼"が違ったのは、大きく見れば信念の堅さだったのだろうと今では思える。

 爆発壁の直前に放たれた決意溢れる言葉。今やその言葉は自分を奮い立たせる為だけの合図でしかないが、かつての幼稚な自分は本気で爪痕を残すことだけに集中していた。そんな良くも悪くも活力に満ち溢れていた過去のアレクサンダーの鬼迫が、彼の小さな姿に投影されていたような気さえする。

 そして妙に既視感のあるあの容貌。肌一つ見せないと言わんばかりの格好をしていたが、髪型だけは風圧が味方して見ることができた。男の声でありながらあれだけの毛量で、更に何人集めても被ることのなさそうな特徴的な髪型。

 一体どこでそれと出会ったことがあったのか。決して短くはない人生の記録を脳内で反芻させていると、目元から離れないイーグルスアイの未読通知がふと気になってしまった。

 出ることすら珍しい全体通達だが、どうやら2日前からその存在に気付かず放置していたようだ。


(上層部からみたいだな、どれどれ・・・)


 前例が多く見られない事態が発生している事実以外考えられなくなったため、さっさと片付けてしまおうと通達を開いた。すると、内容は保安官2名の極秘指名手配というものであった。

 これもまた前例の無い事態だが、気になるのはその詳細。誰がどんな理由でお尋ね者となっているのか。

 通達を読み進めていると、後半に指名手配犯の顔写真がそれぞれ掲載されていた。

 そのうち左側は、15年以上前に出会ったあの幼児と瓜二つであったのだ。

 あの日、確かに彼に”爪痕を残せ”と言い残して立ち去ったのはよく覚えている。そんな彼が自分の背中を追って保安官となり、理由の明かされないこの混沌の渦に巻き込まれている。

 指名手配書面にも関わらず満面の笑みを浮かべるニロという名のこの少年。その3つの姿が全て1つの輪で繋がり、時間を越えた言葉のキャッチボールが交わされたことを漸く理解した彼は、口元で小さな笑みを浮かべた。


「何笑ってるんスか、ちょっと気持ち悪いッスよ」


 失敗の重さに悩みに悩んでいたハリルだったが、アレクサンダーの朗らかな表情を見ればその苦しみは消え去っていた。普段はミステリアスな微笑ばかりでポーカーフェイスを保っているこの男が見せた陽気な雰囲気に、違和感と共に気色が悪い気もした。

 親密な仲で交わされた罵倒のような冗談もあったが、そんな言葉すらも気にならない程、今の彼は"嬉しい"という感情に支配されていた。


「・・・ちょっと昔を思い出しただけさ」






 一方、作戦開始から1時間40分が経過した頃の惑星ラートウ地下アジト。


「簡単にお掃除して〜、材料を足して〜、みんなのおやつを勝手につまみ食いして〜」


 唯一作戦に参加していないケイトはアジトでの単独待機を強いられていたが、そのウキウキな様子に"寂しい"などという心情描写はとても似つかない。寧ろ誰もが姿を消すこの機を待っていたかのような様子である。

 しかし、いつものように返事をしてくれる人が誰も居ないことに時折気付くと、孤独に置かれた自身の現状より先に、遠く離れた場所に居る仲間達の現状に憂いを抱くようになる。


(今回は6人で動いてるから誰かが捕まりそうになっても大丈夫よね・・・あんなことには、絶対にならないよね・・・)


 保安局に敵対したことで闇に葬られた仲間の存在は記憶に新しく、再びその脅威に立ち向かった彼らのことを考えると、同じ結果にならないかという心配が真っ先に訪れる。

 とは言っても今回は状況が改善されており、たった独りの無茶な突撃から複数人での団体行動になったのだから、生存率は上がっているに違いない。

 しかし、そうした安心が訪れると同時に、全く別の疑問がもう1つ姿を現した。頼れる仲間が周りに居たにも関わらず、どうしてバッツは単独で危険に立ち向かったのだろうか。

 彼が補給船攻撃を行う前後にケイトはこのアジトに足を踏み入れておらず、騒動の報せを保安局で受けて急いで戻ってからも、誰もがその答えを告げることなく下を向いていた。とても問い詰めることなど出来ず、その疑問は未だに正体を隠したままであり続けた。

 とは言えそれは全て終わったことであり、今はもっと頭の中心に置いてておくことがあるだろうと考えると、彼女の表情には自然と笑顔が浮かび上がった。


「・・・まあいいや!どーせ分かりっこないし、今はもう未練捨てて乗り換えたもんねー」


 どのような状況でも気持ちを切り替えられるのは彼女だけに与えられた長所だった。この心持ちの軽さに救われた場面は数多く、自分でも誇れる部分だった。

 一旦バッツのことを頭から離そうと、ソファに座ってそれぞれのロッカーから1つずつ盗んだ菓子を嗜んだ。

 すると、突然拳でドアを叩く音が3度鳴り響いた。こんなタイミングで来客とは少し予想外だが、顔を出す前にまずは正体を伺わなければと、ドアに近付いてはーいと声を掛ける。


「すいません、国家保安局のフォルスターという者ですが」


 相手は素直に名乗った。その瞬間、待機するだけだった筈の自分の身に敵が迫っている事実に、反射的に足をドアから離した。

 動揺していることが気付かれるような音は鳴らなかったが、どうかこのまま、壁の向こうに居るのは一般市民であると思わせる振る舞いを続けなければ。

 外出中の5人の同居人と1人の助っ人が、現在保安局に敵対し危害を加えているなどということは、絶対に悟られてはならない。


「どうなされたんですかー?こんな所まで見回りなんて珍しいじゃないですか」


 アジトが位置するのはラートウの貧困層が集まる集落。そこには国家の統治は及んでおらず、そこでの国家公務員の住人からの扱いは酷いものであることから、緊急の事情聴取など特別な理由が無い中で自ら赴く保安官の数は非常に少ない。

 もしやその特別な理由を求めてここに来たのではと思考の種が湧き、その次に生まれた芽が示したのは、先日から保安局を騒がせている2人の保安官の指名手配のこと。


「現在我々が調査していることに関して、この辺りの地域の皆様にも色々お聞きしてるんです」


 予想は大当たりのようだ。詳細こそここでは話して来なかったが、貧困層にまで求めてくる調査事項の情報など、指名手配ほどの大事以外にある筈が無い。

 どれほどの相手が動いて来たのだろうかとドアスコープから覗き見ると、ニロと同様に制服の左肩にワッペンが無い。研修生が1人でここまで来たと言うのか。


「へぇ〜。お兄さんこの辺じゃ見掛けない人なのに、こんな田舎まで回されるなんて、随分大変みたいですね」


 扉を挟んだ上でよく聞こえる女の声は、初めてそれを聞いたオリバーの耳にもハキハキとした印象を残した。

 そしてそのような音声で述べられる情報は、相手がある程度こちらに関する情報を持っていることを示唆するような正確さを持ち合わせていた。

 国家の活動を快く思っていない貧困層の人間がわざわざ保安官の顔や声を覚える筈が無いし、最後にこちらの焦っている状況を見抜いているような言葉が強調されたのだから。

 というのも、現在2つの惑星の基地に謎の大量通報が相次いでおり、はっきり言って保安局は一気に人手不足にまで追い込まれている状態である。それを知った上で彼がこんな辺鄙な地に足を踏み入れたのは、他ならぬ自身の現時点での第一目標を達成する為であった。


(あの後最初に行った惑星がキーコスで助かった・・・。あそこの支部に居たルナの同僚が言うには、奴はよく単独行動の後このラートウの郊外で発見されていたらしいが・・・ここで会えるってんならかなりラッキーだな)


 仲間であるニロを謎だらけの窮地から救い出すために、彼と共に手配対象となっているキャサリン・ルナを見つけ出し真実を突き止めることにしたオリバーだったが、たった1日の独自調査の末、彼女がよく訪れるのがこの惑星であることが分かった。

 ここが彼女にとっての何なのかにはまるで興味が無いが、もし土地勘の豊富なこの地で隠れるとするなら、国家の手が渡らない貧困街が最適だろう。

 地元民に睨まれ時にはゴミを投げつけられ、勇気を出して人気のありそうな住居に声を掛けてみて3軒目。それまでの訪問先とは大きく異なった軽快で余裕げな口調の女、口ぶりから察せられる保安局との関連性。この女本人がルナであるとは言い切れないものの、彼女と関係を持つ人間である可能性は睨めなくもない。

 想像より遥かに早くターゲットと対峙出来てしまいそうな現状に胸高鳴り、少しばかりの未知への恐れを包み隠しながら、ドアノブに手を掛ける準備を始めて口を開く。


「・・・少し、中を見せてもらってもいいでしょうか?」


 ルナの所在が確信出来なかったこれまでの訪問先では回りくどい質問ばかりで終わったが、可能性が見られるのなら奥手に出る必要など無い。

 この先に居るのがどのような者なのか、ルナとの関係はどんなものなのか、或いは果たしてルナ本人なのか。手っ取り早く正体追求の欲に駆られたオリバーは、用も無いのに住居に立ち入ることを真っ先に望んだ。

 普通の事情聴取なら有り得ないような手順の在り方に、こちらが何かしら疑われていると瞬時に感じ取ったケイトは、その場で脳内を高速回転させて策を講じた。

 相手の持ち物が分からない以上成功率は断定出来ないが、仲間が居ない今面倒事を素早く対処するには仕方がないと、覚悟を決めて返答を言い渡した。


「・・・ええ、どうぞ」


 ドアが少しずつ静かに開く。外の光が差し込む幅が広くなるに連れ、胸の鼓動が大きく速くなって行く。

 やがてドア越しでなく直接互いの顔が判別出来るようになった途端、背の高い黒髪の保安官研修生は疑いを確信に変えたような瞬きを見せた。


(やっぱここにあたしが居るって最初からバレてたってことね・・・。まあいいよ、多分こっちの方が強いからっ!)


 瞬間、既に至近距離だった2人の間をケイトが右足を踏み込んで縮め、フォルスターの左肩を強めに掴んだ。抵抗の隙も与えない程に強く引っ張り込み、体が部屋に入ったのを確認して腹を蹴った。

 女の力強い蹴りに吹き飛ばされたオリバーは、アジトの最後方の壁に背中をぶつけ失速した。肯定的な反応を見せながら初手で攻撃を仕掛けてきた、この女こそがニロの所在を霞ませたキャサリン・ルナであると、2度目の確信の灯火が心底に宿ったのだった。

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