#10 -1

前回のあらすじ

0141作戦終盤、訓練用マンタジェットを装着してロイル本部からの脱出を試みるが、その背後にニロが対峙していた憧れの保安官、そして前方には保安官の大群が待ち構えていた。2つの勢力に挟み撃ちされている危険性を感じ取ったニロは大いに頭を悩ませるが、そこに現れたヤマトによって保安官達の注目は一点に集中し、その間に列車に乗り込むことが出来た。

犯人一行を取り逃してしまったアレクサンダーは上の空だったが、指名手配されていたニロという保安官の存在を知り、その顔と犯人の風貌を重ねて笑みを浮かべるのだった。

一方アジトで彼らの帰りを待っていたケイトだったが、当然の来客が見慣れぬ保安官であることに動揺し、ある作戦に全てを賭けて彼と対峙する。しかし彼女の仕掛けた心理戦を諸共せず、相手のオリバーはニロの引き渡しを求めて迫って来る。

そしてラートウに到着した6人。帰還に息をつくのも束の間、ヤマトは追っ手の存在に瞬時に気がつくのだった。

保安局と組織、2つの所属の間に揺れる者達の戦いが、最終局面を迎えようとしていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 惑星ラートウで一斉に列車から降りる連中を目にし、トチとミナミは急いで後を追った。

 それぞれ別の駅の柱に隠れてその動向を目で追い続けていると、何やら1列に並ぶ自分達の隊列を組み直すような動きが見られ、6人のうち後ろに並んだ3人組だけしか目視出来ない状況になってしまった。その行動に意味があったのか、そしてどこにニロと思しき人物が潜んでいるのかは分からない現状だったが、ミナミに小さく頷いて合図を出し、トチは後方の銃に手をかけて走り出した。

 駅から暫く離れた位置で隊列は建物の陰に隠れ、その足跡を無我夢中で駆ける。

 しかし、彼らが通った道筋をそのまま通り抜けただけなのに、辿り着いた先に人の気配は感じられず、そこは三方を建物に囲まれた行き止まりであった。


(嘘!?)


 距離があったとは言え彼らは確かにこのルートを踏んでいた筈。脱出経路1つ見当たらないこの場所に来て、一体どうやって身を隠したと言うのだろうか。

 思考を深めていたのも束の間、気がつけば彼女の上部には、金棒を振り下ろしている魔の影が忍び寄っていた。






― #10 Undertake ―








 バットが頭頂部を直撃する寸前で殺意を察知し、その軌道から咄嗟に離れられたは良いものの、突然の困惑で手は銃から離れてしまっていた。

 勢いよく着地を決めた仮面の男が再び立ち上がってこちらに迫って来る中、反撃の手段を失っていることに絶望するトチ。その刹那、背後で常に銃を構えていたミナミの照準が仮面男の足元目掛けて光線を放った。


(こいつら研修生じゃねぇか・・・だが今回に関しては正当防衛だからな、覚悟してくれよ)


 先陣を切って攻撃を仕掛けたヤマトだったが、女保安官2人の左肩にワッペンの刺繍が無い事に気付き、最初にニロと出会った保安官狩りの出来事を思い出した。しかし状況がまるで違うので容赦の心は全て捨てることにした。

 そして場を囲む建物の屋根上で待機していたリビアとテトに合図を送り、彼らは満を持して分解後の爆弾を彼女らに投げつけるのだった。


「冷たっ!」


(これ、なにか意味があるの・・・!?)


 何か新手の攻撃が来たかと思えば、頭と制服に水が染み込むだけだったことに困惑する2人。先手を越されたこちらの状況を煽る為のものかとも思ったが、あれだけの大胆な攻撃をテキパキとこなした彼らがそんな稚拙な行動に出る訳がないと、ミナミはいつかのニロのように只管に動機を推察し始めた。

 奇襲が失敗したヤマトは錆び切った階段をせっせと上る。そして反応を聞いて水が2人に降り注いだことを確認したリビアは、屋上で立ち上がって大きく口を開いた。


「気をつけろよお嬢さん達!大通りに戻ろうってんなら、あんたらにかかった水分とそこの粉が反応して爆発が起きちまうぜ」


 知りたげな後方の黒髪の女に答えを教え、そして相手の行動範囲を狭めるべく脅し文句を言ってやった。先程の保安官2人組へのニロの反撃を見ていなければ思いつく筈もない突発的な企てだった。

 よく見れば唯一行き止まりに繋がっていた細道に粉末の渦が出来ており、化学に疎かったトチは下手に近付くべきでないと思わされてしまった。

 しかし走ることしか移動手段がない彼らと違って、こちらは保安官の特権とも言えるマンたジェットを備えているのだ。


「悪いけど、こっちは都合よく条件が揃ってるのよ!!」


 ジェットを焚き付けて飛び上がったトチ。先程襲いかかって来た男のバットが弧を描いて近付いて来たが、既にその先端が自分の足にさえ届かない高度に達していた。

 しかし、突然ジェットの動きが不規則になり、危険を察知したトチはその場に着陸せざるを得なくなった。


「どうする?ジェットは水没しちゃってるし、爆弾もきっと嘘じゃないよね」


 足止めを食らった彼女にミナミが小声で告げる。先程の水によってどうやらマンタジェットは故障、まともに動かなかったのはその為だろう。そして3人が着けている可笑しな仮面を見るに、彼らはニロが接触した侵入者の仲間なのだろう。

 頑強な補給船に損害を与えられるほどの爆弾を持ち合わせている連中なのだ、先程の嘘くさい粉末の話も笑って聞き流すわけにはいかない。仲間の味方である筈なのに、こうした形で対立してしまうことになるとは・・・。

 ミナミは皮肉な運命に歯を食いしばった。両者ともに暫く策を講じ合っていたのだが、深く考え込んだところ、トチはこの状況から新しい進路に方向転換出来るのではないのかと思い立った。

 そしてイーグルスアイを額から取り外し、頭上でこちらを見下している3人の仮面衆に向けた。


「仕方ないわ・・・これを見なさい!!」


 イーグルスアイのプロジェクター部分から画面内の情報を巨大化したビジョンが空中に映し出された。数年ケイトを保安局に潜入させていたのに、ヤマト達ですらこの機能は知らなかった。

 脱出経路を失った尾行者が見せたがっている情報を一目見ようと、リビアは足場から落ちてしまいそうになるくらい前のめりになっていたが、そこに映っていたのは、彼女の班の構成員を表す表のようなものであった。


(ニロ・・・??)


 その左端には今保安局内で1番の話題をかっさらっているであろうあの男の笑顔が張り出されていた。

 消し去った筈の保安官のデータに困惑しつつも、イーグルスアイには確かにその記録が残されていた。


「さっきのよく分からない通報と爆発、あんた達の仕業なんでしょ?だったらどうしてうちの班長を連れてたのよ」


 見抜かれていたのだ。きっとこの女達には惑星ロイルでの逃走劇を目撃されていたのだろう。そしてニロの仲間であると言う証拠があるのだから、自分達よりも濃い彼との交流を以て、彼の現在地を探りに探っていたのだろう。

 そしてここまで敵と接近出来ているのだから大した努力である。しかしその情熱に打ち負かされまいと、ヤマトはお得意の尋問に舵を切る。


「・・・奴の目的を知っているのか?」


 詳しい相関図など今はどうでもいい。気になるのは、仲間の仲間と呼べる相手陣地がどこまでの情報を手にしているのか。

 ケイトが通話越しに接触していたり、ニロが声を荒げて守りたがっていたことなどから散漫とした特徴は読み取れるのだが、今我々が命を懸けて取り合っている"正しい情報"の有無がこの戦いの勝敗を左右すると言っても過言ではない。

 嘘をつかれるパターンも想定しながら、彼は彼女達の答え次第で決定される未来を脳内で描いていた。


「まだよくわからないけど、知っちゃダメなことを突き止めようとしてるってことは把握してます」


「でもアイツ危なっかしいから、大事になる前に手放した方がいいんじゃない?」


 高所から偉そうに見下している仮面に向かって二人は険しい表情で言い放った。何かしらの対立は平和的に終わらせたいミナミだが、無理に加えられたトチの挑発に何一つ咎めを挟まなかった。

 なるほど相手は強気な女達だ。確かに奴が何かと手を煩わせて来る厄介な存在なのは間違いないが、それを十分知り尽くしている今、たった一つの言葉で意思が変わることなど無いとは分かっている筈。


「それにあんた達は結局なんなの??この前もお仲間さんが邪魔してきたけど、ニロと裏で繋がってたんじゃなかったの!?」


 そして桃色の明るい髪と裏腹に真っ赤な怒声、切先の鋭い言葉で切実な情が投げつけられる。開戦の合図にもなりかねないと知りつつ、トチはこの混沌とした状況に怒りをぶつけた。

 全てはニロを無事に夢の景色に辿り着かせてやる為だった。同じ部屋に居ないというだけで思いは加速し続け、指名手配により永劫離れ離れの可能性があると知ってからは、数ヶ月前の彼女とは別人かのように仲間を心配し尊重するようになっていたのだった。

 不確定要素の多さに信用出来ないのはお互い様ではあるものの、この2人もまた貴重な可能性でありここで切り捨てるのは惜しい。

 この作戦に於いて暴力は許されず、その禁域を1歩足りとも踏むまいと右足を踏み込み、それぞれがバットに手加減の力を加えた。


「そりゃこっちの疑問だぜ、お二方よ・・・!!」


 ヤマトの合図によって屋上から2つの球体が投げつけられた。

 投擲を確認し深くしゃがみ込んだトチとミナミの真横を通り過ぎ、路地の脆い壁が粉々に破壊される。想像以上の火力の高さに呆気に取られていたトチだったが、気配を殺してその隣に1人の仮面が迫る。バットが振り下ろされる寸前で気付いたミナミが咄嗟に発砲、レーザーはその未来を阻止した。

 しかしその間に残り2人も屋上から飛び降りている最中であり、射撃に夢中な彼女の背後で2つのバットが牙を剥いていた。近くの仮面を両手で突き飛ばして、次はトチが援護に入った。


「どっちも手ぶらなんだから話し合いましょうよ!!目的が同じなんだから争うことないでしょ!!!」


 荒々しくも俊敏で正確なバット捌き、高火力ながら初めから人を貫く気の無さげなレーザー、5つの武力が狭い空間で行ったり来たりを繰り返している。

 爆弾は律儀に小さいものまで用意されており、時折投げつけられるものが2人の行動範囲を次々と狭めていた。今にも声が枯れそうなトチの訴えも虚しく、暴走に目覚めた彼らが止まることは無さそうだ。

 やけに感情的になっていく相手の変化を悟り、ヤマトもまた静かな怒りを覚えていた。

 その恨みを彼女達のような罪なき保安官にぶつけるのは間違っているのだろうが、俺の仲間は既に貴様らのお偉いさん達に命を絶たれていて、悠長な平和ボケを呟く暇も無かったのである。


「そんなことが上手く行ってればアイツは死ななかったんだ・・・先に聞き入れようとしなくなったのは、貴様ら保安局のほうなんだぞ・・・!!」


 間違いなく年下である幼い顔つきの少女達目掛けて、彼の鉄棒は何度も容赦なく振るわれる。その時のヤマトには作戦結構前の約束を思い出す余裕なんて無かっただろう。

 しかし彼が冷静さを失って派手に暴れることなど計画に無く、"保安官狩り"の時以上に傷を追わせてしまいかねないと判断したテトは、そのバットを止める行動に入った。


「落ち着けヤマト!!こういうことになったら出来る限り戦ってるフリして偽の事案を作って、最後の最後にアイツに会わせてやるって話だっただろ!!!」


 真剣な顔つきのテトによって放たれた言葉で、ヤマトは漸くその荒々しい足踏みを止めることが出来た。

 そしてその瞬間脳内を突っ走ったのは、悪い意味でも良い意味でも楽観的極まりない、あの少年の切実な願いだった。


「あいつらはきっと力になってくれる!!そのうち会うことがあったら、話せるとこまで話してくれねぇか?」


 作戦会議の直後、ニロが話した最後の条件。ヤマトにそういった考えは一切無かったものの、これまで絶望ばかり経験させてしまった彼をこれ以上落胆させてはいけないと、使命感のままに受け入れたのだった。

 射程の内側に入られ、遂に頭頂部を殴られると絶望を確信したトチだったが、突然の仲間割れのような状況に只管混乱した。対処に苦しんでいた相手が突如目の前から消え去り、次に目をやった時には別の対立が起きていることに気付き、ミナミもトチと目を合わせて首を傾げた。

 過激的だった男とは別の仮面が彼に諭す内容を聞き、状況がじわじわと染み込んできた。


「え、それじゃ私達は・・・?」


 どうやら本気で生命の危機だと恐れていたこちらとは対照的に、彼らは全て演技としてこの殺陣を繰り広げていたらしい。それもこちらを嵌める為ではなく、誰かに会わせてくれるつもりのようだ。

 何かと大胆な攻撃ばかり繰り返してきた彼らが、意外にも敵である自分達を保護することを念頭に置いてくれていたとい事実に、2人して思わず腰を抜かしてしまった。

 しかし、"最後の最後"などと強調されたその対面は一体何を意味するのだろうか。


「茶番はここまでだよお嬢さん達、怖がらせてすまなかったね!・・・でもこのまま帰す訳にはいかないんだ、もう少しだけ付き合ってくれよ」


 仮面を外して優しい笑顔を向けたリビア。しかしニロの仲間で善人であったとしても相手の所属は保安官。意味深な邂逅のことは勿論だが、情報統制の為にも手放せそうには無かった。

 2人のびしょ濡れな制服の上着を自分達のパーカーに着替えさせ、リビアとテトはそのまま出口へと導いて行った。

 1人仮面を外さずその場で立ち竦んでいたヤマトは、感情を表に出し過ぎたことに反省の念を抱いていたが、その冷酷な目つきは相変わらずあどけない少女2人の背中を睨み続けていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る