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様々な国家機関が集う国家惑星のロイルには、国家直属のNZ国家保安局の本部が聳え立っている。
3階建ての建物の中で、上層部の会議室やそれぞれの部屋が配置されているのは最上階の3階。
保安局の上層部と言えば、誰もがまずはこの男のことを思い浮かべるだろう。
「出身惑星セーブル、3歳の時両親を不慮の事故で喪い、フォーサイト孤児院にて幼少期を過ごす。通学履歴は無し。16歳の規定年齢に達すると保安官試験を受験し、化学分野以外の全ての学問試験において史上最底辺の成績を出すものの、現場経験が既にあるかのような並外れたマンタジェットの扱いや運動能力が評価され、合格最低点ギリギリを記録し研修生に。しかしマンタジェットの本部外での使用や未熟にも関わらず世間の事件に首を突っ込みがちなど、問題行動の多発から通常1年間の研修期間を3年間経験している・・・」
とある保安官研修生の経歴書を眺め、煙草を吸いながらそれを読み上げる。
NZ国家保安局長官ヴィンセント・アドリアは、ニロほど規則を守ることを拒む保安官はこれまでに見たことがなかった。
「・・・ったく、こんなクソガキ、手放せるもんならとうに捨ててるだろうな」
不機嫌そうに煙草を潰す。
この生意気な子どもの合格を数年前に取り消しておけば、今日の負担はどれだけ減っていたことだろうか。そんな虚無の感情を抱いていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します」
こちらの返事を聞かずに部屋に入って来るのはあの少年だけであると、上層部の間では有名な話だ。
「今日は前よりはマシでしょ」
部屋に入るや否や、早速上層部の決定への抗議を始める気でいるようだ。
相手の事情を一切考えずに自分のペースを展開してくるというのは、少し広くなって保安局の人間の間では有名な話だ。
「やあニロ、まだ何について話すかは私は言ってないんだが、どうやら君には心当たりがあるようだな」
「トボケてくれるなよ爺さん。こんなもんでクビになっちまったら、とうとう保安局はあんたらが好き放題やってるだけのユートピアにしかなんねぇぞ」
現場にいた先輩保安官は自分よりも乏しい活躍だったにも関わらず、あたかも事件解決の第一人者のような名声を野次馬から受けていたことや、そんな先輩が帰り道でも説教を続けてきたことなど、彼を怒らせた要因はかなり多かった。
結果長官であるアドリアも見たことがないほど、今日のニロは煮えくり返っているような様子だった。
「確かに今回の件だけを見れば、その保安官の事情が保安局の掲げる精神に合っていて、まだ百歩譲って目を瞑られてもいいだろう。今日の君は、あの場にいた誰よりも人助けの心に満ち溢れていた」
素直すぎるが故、褒められるとすぐにその言葉を信用してしまうニロは、今の一言で目をキラキラと輝かせ、口を大きく開いた。
「だがなニロ、君に至ってはこういった指導をこれまでに何度繰り返してきた?数えてやろうか?」
「・・・いい」
保安局内では過ちとされる行動が自身の人生の中で度々行われてきたことは、彼も自覚の限りを尽くしていた。その度に叱られ、その度に不満を抱きながら帰途を目指していた。
「・・・でっ、でもっ!どれも全部オレが居たから解決された事件ばっかだ!おじいちゃんの鞄をジェットバイクの犯人から取り返したり、火事になったアパートから子どもを助けたり・・・先輩達は折角マンタジェットを使えるってのに、研修生のオレしか使わなかったのは、誰もその場を動こうとしなかったからだろ!!」
天性の才能とも言っていい程の彼には理解できたことは無いが、実際マンタジェットの扱いは常人には難しいものだ。慣れない空中での動きを身につけるには相当の時間が浪費される必要がある上、保安官に必要な能力は他にもレーザーガンでの射撃や悪人との向き合い方など、多数求められているので、マンタジェットの訓練を十分に熟す余裕がないまま正保安官になった者は少なくない。
研修期間に身につかなかった能力が、その後忙しい業務に追われながら開花するなんてことは無いのだ。
「結局君の正体は、そうやって言い訳をしながら過ちを遠ざける、臆病な愚か者のようだな」
「なっ・・・!言ってくれたな爺さん・・・」
握り締められた拳の現界と同時に、彼の怒りのボルテージは頂点を迎えた。
自身の行いに誤解の限りを尽くされただけでなく、正義感までも否定されたことから、目の前の男が正義の組織を統率する者には見えなくなってしまった。
「そうやって規則だのルールだの好きに言ってりゃいいぜ・・・あんたらの都合のいい人間だけを保安官って認めて、あんたらが好きなヒーローごっこでもやってろ!!」
「ああ、そっちも好きに言っていればいいさ。我々に従えないのならここを出ていけばいい。自分なりのルールを作って、セーブルの街に戻って自警団でも形成してみればいいんじゃないか?貧困層がさぞ支持してくれるだろうよ」
貧困層の人々を見下すような笑いが飛ばされた。数時間前に貧困に苦しみ犯罪を働く男の姿を見た上でのこの光景は、ニロにとっては胸糞が悪くなること極まりなかった。
それ以上この男の話を聞くのは癪に障ると確信した彼は、無言で長官室を去ろうとした。
「おーい、まだ退職の手続きが終わってないのだがー・・・」
そんな彼を煽るような覇気のない声。それでもニロは無視を続けた。
そうだ、あの男が好きに言えばいいと言ったんだ。ならばこちらは上層部の決定には従わずとも、保安官を続けてやろう。
そのうちこの組織に組すること自体に拒絶を示したくなるかもしれないが、悔しいことにここの技術が無ければ自分のキャパシティは大幅に落ちてしまう。利用するだけ利用して、いつか誰の助けも必要ないほど強くなったその日に、何も言わずにここを立ち去ってやればいい。
(何でも言ってやがれ!!そのグチグチしてる事実を誰かに言いつけて、もっと保安局のイメージを悪くしてやる!!・・・でもその前に、"あの人"にだけは会っとかなきゃな)
今日一日で大きく変わった少年の心は、たった今大いなる決意を抱えて歩き始めた。
「先輩から聞いたぞ。また違反行動だってな」
班別ルームに入った途端、自分を指摘してくる存在がまだ残っていたことを思い出した。思わずニロは溜息をつく。
「どこまで知ってる?」
「マンタジェットを乱暴に扱った」
「ったく、どいつもこいつもオレを悪者扱いしやがって・・・」
保安局では基本的に、保安官達は4人1組の班を組んで行動する。私情が挟まれないよう班員は保安局側で選別され、能力や性格がグループ内で安定するような基準となっている。
ザ・模範人間とニロが陰で呼ぶオリバーは彼の班員であるが、まるで真反対の性格をしており、決まり事はキッチリと守った上で与えられた課題を完璧にこなすのだから、本当に年下かどうかは何度も疑ったことがある。
「実際、事件が解決したのはお前のおかげとは聞いている。だけどなニロ、人間の行動というのは、良い方向にも悪い方向にも飛んで行く可能性がある」
班結成当初は年上のニロを敬っていたオリバーだったが、訓練や行動を共にしていく中で、彼が精神的にまだまだ未熟であることを見抜き、それ以来は彼の教育係のような位置に立つことが多くなってしまった。
ニロはそんなオリバーの無意識な行動に対し、僅かに重苦しいイメージを抱いていた。
「お前が取った行動の数々は、下手を打てば全て人質を危険に晒す結果に繋がった恐れがあるということを忘れるな。俺達みたいな研修生を縛る規則があるのは、行動が悪い方向に飛んで行く可能性が0じゃないからだ」
止まることを知らないオリバーの説教を聞き流すニロ。
カプセルベッドで疲れを癒そうとスイッチを押すと、その隣で話し合っていたトチとミナミが彼の帰還に気付いた。オリバーの説教によって、ニロの行動に何かしら問題があったということにトチが勘づく。
「えっ、また何かやらかしたの?」
「外でマンタジェットを使って、挙句の果てにそれを犯人に向かって投げつけたらしい」
オリバーが淡々と説明したことに青ざめになったトチは、数秒間頭を抑えていた。
そんな様子を横目にしながらニロはベッドに潜り込み、逃げるように目を瞑る。
冷静さを取り戻したトチは、そんな彼を寝かせまいと、揺さぶって起こそうと試みる。
「ねぇニロ、私達はもう研修期間修了の寸前なのよ」
そんなこと言われなくても分かってると、心の中でブツブツと唱える。
この班が結成されたのは1年前。自分は最年長であることを理由に班長を任され、それ以来今年こそは彼らと同じタイミングで正保安官になりたいという思いから奮闘してきたつもりだったが、この1年間で自分が起こした違反行動の数は計り知れず、彼らの違反行動は依然として0のままであった。
「あんたがまた留年するだけなら全然どうぞって感じだけど、班長がこれだと私達の昇級にヒビが入っちゃうでしょ」
正保安官が班を組まされる理由は主に安全保障の為であるが、研修生の班はグループ内での活動を評価対象とする為である。
評価は個人個人の点数によって変動するものの、柄の悪い集団に属してしまったが故に、優秀な人材でさえも正当な評価を得られないケースは存在する。
しかもよりによって班長の行動に問題が見られるとなると、班の印象はより一層悪いものへと近付いて行くだろう。
「正義感がどうとか知らないけど、せめて自分だけで終わらせて、私達を巻き込まないで・・・!その”終わりよければ全てよし”みたいな考え、メーワクなのよ・・・」
こんな先輩の元に配属された自分の運の無さを恨みながら、ハッキリと断言したトチ。
上司だけでなく同僚からも自身の思想を否定され、寝過ごそうと考えていたニロだったが、遂に黙っていられなくなった。
「そんなこと分かってる!!!」
突然立ち上がったニロに驚いたトチはその場に尻もちを着いた。
彼の表情を見ると、ちょっと言い過ぎたかもという後悔が頭を過ぎる。しかし、ニロが問題行動の連続を止めればそもそもこの論争は生まれなかったのであるので、自分に原因があるわけではないのだ。
「皆一緒くたになってそう言って来るんだ、研修生は手を出すなだとか規則に従えだとか、順番を大事にしろだとか・・・。でも、オレが皆からズレてるからこそ、助けられる人だっているんじゃねぇか・・・?」
やっぱり自分なりの正義感を曲げたくないようであった。
近しい年代の異性であるオリバーはあんなにも大人しく誠実であるのに、このニロと来てはその正反対でしかない。
ましてや今はその行動の是非を問うているのではなく、その行動のせいで自分達に悪影響の風が向かってくることを恐れていると話したのだ。
論点が違いすぎて話にならないと感じたトチは、深く溜息をついて自身のカプセルデスクに静かに戻った。
「ニロ君、私は昇級がダメだったとしてもきっと君のせいだとは思わないよ。でも・・・」
何かと話す機会が少なかったミナミが、班員の中で1番優しい口調でニロに話しかけて来た。
やっと味方が出来るかもと安心したニロだったが、彼女は無慈悲にも彼の期待とは裏腹な話を続けた。
「トチちゃんは試験の時からずっと他の人より努力して、やっと保安官になれるかもっていうところまで来たの。だからちょっと過敏になっちゃってるけど、どうか堪えて」
特にニロのことをフォローしてくれる訳では無さそうだった。まあ、当然の結果である。
「そんなこと分かってる・・・」
同じ言葉しか繰り返せない自分の心細さを悔やみ、彼もまた再びベッドカプセルに戻った。
結果は最初から分かっていた。それでも、誰にも理解されないということがこんなに辛いことだとは想像もしなかった。
涙までは出ずとも、こんなことになってしまうのなら、もう誰かに自分の考えを伝えるのは止めようか、なんてことまで考えてしまった。
上司に色々と言われた時は反発の意見しか出てこなかったが、同じ時を過ごしてきた仲間達からこんなにも冷たい扱いを受けてみて、終いには孤独や寂しささえも感じてしまった。
「俺達は別に、お前の全てを否定したいわけじゃない。ただお前が、ここで終わるには惜し過ぎる人間だからこそ、冷たく当たってしまった。・・・悪かった」
そんな彼の惨めな様子に同情したのか、最終的にはオリバーだけが慰めの姿勢に入ってくれた。
最初は散々に言ってきた彼を受け入れるには少し時間がかかりそうだったが、今はどんな感情になろうと、それを言葉にして伝えるのは難しかった。
「食堂行くけどどうする?」
腹の音が聞こえる。今はもう18時くらいだろうか。
本来であれば空腹をこれでもかと言うほどに感じ取り、夕食を求めて食堂の方角へと思わず足が踏み出される頃合だが、今はどうにも食欲がない。
「・・・いい」
蹲って、まずは眠ってみることにした。
睡眠は全てのモヤモヤを忘れさせてくれる、これはニロの短い人生の中で一貫した持論であった。
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