第一部
#1 -1
前回のあらすじ
西暦2XXX年。地球はかつてない滅亡の危機に直面し、国連は『世界危機対策本部』を設置。世界中の専門家と有識者達が局面を乗り越えようとしていた。
宇宙開発部門代表を担うジェームズ・ブラッドは、自身が所属するUSCの探査機・イーグルが、遥か遠い宇宙空間で恒星『NZ30215』を発見したことにより、その周囲に人工的な惑星郡を設置し人々を移住させる『リユニバース計画』を宣言。
しかし計画が実行されると、取り返しのつかないトラブルが多発してしまい、ブラッドはその責任を追われる立場として決断を迫られていた。
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薄暗い闇夜の中、涙を抑えきれない少年が蹲っている中、一人の青年が彼を宥めている最中だった。
「まあまあ、今はまだそう絶望するんじゃない。可能性はいくらでもある」
青年は視界を覆う通信機のデジタル時計を見て、その場を離れなければならないことを悟った。
(しまった、先輩たちとの予定に遅れちまう・・・!)
少年の頭を撫でて、彼は冷たい砂の大地を踏みしめた。
「いいか、方法は何でもいいんだ。”俺はここに居た”んだって、宇宙に見せてやるんだぞ」
青年が立ち去ろうとした頃、その言葉が心に響いたのか、少年は彼の顔を初めて目視した。
「爪痕を残せ」
そう言い残し、背中のジェットパックを使って忽然と姿を消した青年の後ろ姿を、少年はじっと目で追った。
その瞬間から、彼の脳には青年の残した8文字がずっと刻まれることになった。
- #1 Myth -
時刻は9時22分、央星ロイル。宇宙列車停車駅。今日も通勤や移動で列車を使う人々でごった返している。そんな中。
「おっちゃんそこどいて!」
人混みをかき分ける小柄な体と、急ぐ様子を表す声。
そして額に巻かれた帯のようなものと背負われたバックパックのようなものから、人々はその少年の立場を推測することが出来た。
「あら、保安官さん?随分お急ぎのようね」
そんな人々の会話からは目もくれず、彼は只管に出口の光を目指す。
帯からぶら下がった高性能イヤフォンが、彼の目指すべき目的地を知らせていた。
「こちらロイル・ノヴェンバ市郊外のコンビニエンスストア『スペバ』から発信。レジにて強盗事件が発生、犯人はレーザーガンの模倣とみられる銃を使い、店員を人質に店内で大暴れしている模様。現在3名の保安官が店内で対応に当たっているものの、野次馬が多く我々は彼らに加担出来ない状況。至急応援願います」
本部へと流されるはずの通信を盗聴し、事件の内情を探る。
現場となるコンビニの位置を知らなかったので、急ぎながらも地図を確認する必要がある。
彼はバックパックから伸びているボタンのようなものを複数回操作し、帯の額にある部分から透明のスクリーンを降ろして目を覆った。
「イーグル、ノヴェンバ郊外の『スペバ』までの道程を教えて」
「ルートを提示します。現在地から徒歩約7分ほどで到着出来ます」
イヤフォンからは搭載されたAIの声が流れる。
駅を出て少し、現場の到着には少し時間がかかるようであり、その間に事態が悪化すれば元も子もない。しかし彼には焦る選択肢はなく、自信満々に足を踏み出した。
(走れば4分で着けるはず!!)
イーグルが示す地図データを頼りに、見慣れない光景を颯爽に駆け抜ける少年。
背を低くして一瞬でその場を去る姿に、周囲の通行人達は思わず二度見せざるを得なかった。
路地に入り、角の壁を蹴って勢いよく進む。凡そ3分の道程を乗り越え、イーグルの地図が終点に達したその時、目の前に例のコンビニが迫っていた。それも、ちょうど裏口の方に。
(パイプ登ったら上から入れるか・・・?)
そう考えるや否や、店の角に伸びる鉄パイプにしがみつく。天井が近付くまでよじ登り、屋根の上部を掴んでぐんっと体を引っ張り、上に登ることに成功した。
前方に進めば立入禁止テープに群がる民衆の姿と、それを抑えようと奮闘する数人の保安官の姿が見える。
そして店の中からは、犯人確保に努める保安官と強盗を実行した犯人のやり取りが聞こえた。
「銃を捨てろ!さもなければ撃つぞ!!」
「うるせェ!やりたきゃやってみな!こいつがどうなっても良いならなァ!!」
(だいぶ興奮してんな)
声だけで伝わってくる犯人の様子を、少年は俯瞰するように想像していた。
しかし、罪も罰も抱えていない一般人が盾にされている以上、武力を備えた保安官も強引に動き出すことは許されていなかった。
「お前らの体制が政権を握って以来、俺達みたいな貧困層のことは頭の片隅にもねェんだろ!!どの星にも都市から離れて困窮した人間共が棲んでるってのに、社会はいつだって富裕層の好き勝手に動かされてやがる」
なるほど、犯人の男はどうやら生活に困窮しているらしく、生き抜くために仕方なく強盗を働いたと訴えているようだった。
数ある惑星の全てに貧困街があることは確かだし、彼らが生活の保障のために犯罪に手を染めるケースは多く見られる。とは言えど。
「だからってこんなことしなくとも良いだろう!可能性のある君達が自ら未来の選択肢を絞る必要なんて・・・」
「はいはい、保安局に所属して裕福にやっていけるくらいなら可能性はいくらだってあるでしょうね」
やり取りの中で、次第にヒートアップして行く犯人の興奮を感じ取った少年は、宥めるだけが解決に繋がる方法ではないと思い始めた。
屋根の辺りを見渡すと、非常口のつもりか簡単に壊せそうな扉のようなものがあり、そこからある作戦を使って奇襲を仕掛けられるのではないかと考えた。
(損害はまぁ保険会社がなんとかしてくれるとして、問題は人質に被害が出ないかどうか・・・だな)
脳内でシミュレーションを繰り返す。犯人に多少の傷がつく可能性は否めないが、人質を無事に解放できるルートは必ずある筈だ。思考を繰り返し、彼は実行の手に移る。
(ブレーカーは・・・あそこか。射程内かどうか・・・!)
入口付近の照明スイッチに照準を定め、バックパックから取り出した銃を強く握る。スイッチは彼が片目で見て漸く形を認識出来るほどの小ささだが、この銃の性能でそれを射抜けるのか。
しかし事件が解決して人質を救えるのだとすれば、試してみる価値は大いにある。引き金を引いて光線が放たれ、真っ直ぐ軌道を描いた後、狙い通りスイッチに着弾する。・・・ブチッ。
「なんだ!?!?!?」
突然店の照明が全て消えたことに、犯人も保安官も驚愕の表情を隠せなかった。
(よしっ!そんじゃまぁ、"爪痕"残しますかっ)
奇襲作戦のスタートを踏み切った少年は、勢いよく店内に降り立つ。
高所から落ちたことで足音が轟き、犯人が動揺する。
「おい、動くな!!人質を殺すぞ!!!」
しかし、彼の足はそんな言葉に揺らされることはなく、止まることを知らなかった。
バックパックのボタンを操作すると、その下部に備えられたロケットエンジンが作動し、炎がメラメラと姿を現す。
「あっち・・・!誰だ、こんな狭いとこでマンタジェットを作動させたのは!!」
彼の余りに大胆な行動に、味方であるはずの保安官も困惑に包まれていた。しかしそんな彼らの言葉をも無視し、犯人の注意を引くためにジェットパックを切らない少年。
計画通り犯人は炎に目を奪われ、混乱の寸前にまで追い込まれていた。
「何が起こっている・・・?」
そんな状態の変化に勘づいた少年は、犯人を目掛けて勢いよくジェットパックを投げた。
空中に舞ったジェットパックは勢いよく犯人の元へと飛び立って行く。
「うわぁあ!!!」
炎だけが見える中、そんな炎が近付いてくることに対し、思わず男は体中の力を抜いてしまい、それを避けることに全神経を震わせた。
執拗な犯人の手元から離れられた人質は、思いがけない事態に転げ落ちそうになり、パニックになっていた。少年が駆けつけたことで無事救出された。
「今がチャンスか・・・手を挙げろ!現行犯逮捕する!!」
壁に激突した少年のジェットパックと、それに怯えレジから持ち場を離れた犯人。
辺りが暗く何が起こったかはサッパリだったが、保安官達はこれを犯人逮捕の好機であると確信し、大急ぎで犯人の元に駆けつけた。
訳も分からずアタフタしていた犯人は手錠をかけられ、結果的に怪我人が出ずに事件は解決となった。
「よっしこれで一件落着!お姉さん、なんともなってない?」
人質だった女性店員に優しく声をかける少年。しかし、勤務中に突如銃を突きつけられ、そこからこの波乱万丈な逮捕劇を目の前で体験した彼女は、恐怖と驚きで声が出せない状態だった。
犯人拘束後、照明が点けられたことでこの大胆な奇襲に出た者の正体が保安官達に明らかになった。
「まーたお前の仕業か・・・」
「へへっ!なあ先輩、今日のオレ、結構活躍したんじゃね?」
女性店員を抱えながら店外に出た彼の元には、彼の先輩となる保安官達の冷たい目線が走っていた。
「お前は一体何回違反行動を繰り返すつもりなんだ、ニロ!!!」
事件を解決に導いたことに賞賛を受けることを期待していた彼だったが、現実は相反しており、叱責の結果に終わった。
「いや・・・は?何で最初にその言葉が出てくるわけ??オレがああしなきゃもっと手こずってたし、人質のねーちゃん死んでたかもしれねぇじゃん」
「何度も言うが研修生は訓練施設の外での訓練用マンタジェット使用禁止!!そんでもって、マンタジェットを誰かに投げつけるなんて言語道断!!これらの問題行動は全て本部上層部に報告させてもらう」
少年ニロは保安官試験に合格したものの、まだ正式な保安官として上層部に認められていない研修生。
未熟な者の烙印を押された彼らはいつか来たる任務の為に保安局の施設で訓練を重ねる必要があり、経験の浅い彼らが無理に空中戦に関わろうとすると、周囲の他人をも巻き込むトラブルに繋がりかねない。
保安局の規則で彼らは訓練用のバックパック型ジェットパック・マンタジェットの使用のみを認められており、正保安官のように施設の外で使用することは許されていないのだ。
また、マンタジェットは高速を要される移動や実戦での行動の補正の為に設計されており、それを直接武器にして攻撃を試みるなど、規則以前に一人の人間として問題視される行動に値するのだ。
「はぁぁぁあぁあ!?!?いやいや、規則どうこうより先に保安官として人助けを優先しただけなんだが!?!?そこを評価する気にはならねぇのかよ!!!」
彼は彼なりに最善を尽くし、人質を救って犯人を逮捕に導く努力をしたつもりであった。それがどんなに非常識な過程であったとしても、最終的に誰も傷付くことなく事が終えられたのなら、それで一件落着である筈だ。
平和的解決に貢献した自分の行為に見合った評価が、一つも与えられないというのは余りにも理不尽だ。
「まあまあニロ、気持ちは分かるんだけどね、君ら研修生が事件に手を出して被害者が更に立場を追われた例だってあるんだ」
「そうならないように考えてやってるっつーの!」
また別の先輩保安官に優しく説得されるが、ニロの怒りは収まらなかった。
こんな惨めな思いに陥るのは、一体これで何度目なんだろうか。他人に理解されないもどかしさを胸の奥で感じながら、先輩保安官たちが本部に戻る背中に着いて行った。
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