#0 -4
若者の発言は静まった会場内によく響き、中心のブラッドの耳にも滑らかに飛び込んだ。
「ええ、そういうことらしいです」
この一瞬の他愛もないやり取りの中で、またしてもUSCは重大な新事実を世に打ち明けたのだ。
太陽系に次ぐ万有引力の存在。それが何故そこに存在するのかどうかはまだブラッドでさえ分かっていないようであるが、事実は光景が証明してくれた。
聴衆は再び興奮の渦に襲われ、歓声や拍手が段々と音量を上げて行った。
「つまりは、我々がこの恒星を確認した際にはこれらの物体は同一線上に位置していて、それを利用すれば人工惑星の位置も安定させられるわけです」
ロバートも漸く事の大きさを理解してきたようであった。汗はそんな彼の耳元を静かに滴り、マイクに着弾してほんの少し響いた音を聞かせた。
しかし、彼にはまだ心残りがあったようだ。
「で、ですが・・・ミスターブラッド、貴方のように聡明であられるお方が、このような不確定なものに地球人の未来に繋がる決断を下すとは、少し意外です・・・。その物体の集合体が恒星の周りを浮かんでいる理屈が明らかに出来ない限りは、それは”たまたま”都合よく存在しているとしか・・・」
先刻、自信ありげに質問を投げてきた彼とは打って変わって、しどろもどろな発言が繰り広げられた。
確かに彼の言うことも一理あった。ブラッドの話したことや口調から察すれば、浮かぶ物体を支える引力の存在は科学的な証明に至らないものであることは間違いないし、NZ30215の発見とリユニバース計画の発表が無ければ国連の報告会で話すには説得力が足りないだろう。
「・・・そうです。こんなもの、本当に”たまたま”見つかったものに過ぎません」
少し俯くブラッド。
しかし彼は、今日までこの美しい惑星を生きてきた上で、全てのものが論理的である必要はないという、学者にはあるまじき思想を持ち合わせていた。
今日まで続いてきた自明の理は明日、不意に意味を成さなくなるかもしれない。今日まで数多の人々が証明してきた事象は数時間後、不意に姿を変えるかもしれない。
この世に存在する全てのものは、誰もが存在する理由を知らないのであった。
「しかしサベリエフ君、考えてみて欲しいんだ。もし宇宙から突然隕石が落下した場合、私たちが今居るこのビルは、どうなると思う?」
「・・・崩れますね」
「もし先人たちが技術の進歩を怠ったとしたら、私の発表を手助けしてくれるこのビジョンは、どうなっていると思う?」
「・・・陳腐なものになります」
「もし数億年前のビッグバンが無ければ、この銀河は今頃どうなっていると思う?」
「・・・存在していません」
天文学者として数々の有志たちに自らの研究を発表してきた経験から、子どもを諭すように、自分のペースに持っていくのは得意であった。
「そうなんです。実は私や皆さん、そして地球のような星々がこの銀河に今存在しているのも、皆が皆当たり前だと思っているようで、実は誰にも保証することは出来ないのです。これ以上言ってしまえばキリが無いですが、そんな当たり前じゃない当たり前は、どれも我々人類が身勝手に作ってきた概念なんです。今を生きている私たちには、その続きを作る権利がある!」
先程まで以上に胸を張ってブラッドは続けた。
彼自身も人生の中で世界を構成する様々な真理に出会ってきたが、この宇宙全体の歴史を鑑みれば、そんなもの人類が自分たちの解釈を自分たちの言葉でつい最近作ったばかりにしか過ぎなかった。広く知られている事実は、実はそうではないのかもしれない。
今まで築き上げられてきた常識の数々は、必ず先の時代の誰かが作ったものに違いないのだ。ならば後世を導くために、今は自分たちが常識を作る番だ。
「・・・こうなったからには、君の選択が正解だったようだ」
感銘の苦笑いを抑えながら、シュレディンガーは彼の熱い眼差しを目に焼き付けた。
「環境開発部門との協力で、人工的な大気だって実現したんです!」
環境開発部門の人々が座る席にスポットライトが当たった。
リユニバース計画に当たり、人類活動領域を人工惑星上で複製する必要があったことから、USCは環境開発エンジニアの彼らに密かにある頼み事をしていたのだった。
水電解の仕組みを利用し、地球の大気を殆どそのまま再現する装置の開発が決定したのだ。彼ら環境開発部門もちょうどその技術の研究に当たっていたという、これもまたタイミング的な奇跡のうちの一つであった。
「そして、肝心の人工惑星群は、長い間我々を支えてくれた金元財閥グループの新企業、ブラッドコーポの最新技術によって誕生を迎えます!!」
そして、一般傍聴席の前方にスポットライトが当たった。
そこにあったのは、相変わらず尊厳を放ち続ける有田の姿であった。好奇心と歓声に包まれた会場に頭を下げた有田は、大勢の拍手によって出迎えられた。
「リユニバースの時が、すぐそこにまで迫っているのです!!!」
壇上を大きく叩くように、最後の締めくくりを言い放ったブラッド。有田を出迎える拍手に続いて、彼の発表を賞賛する音が会場中を埋めつくした。
勢いに乗せて大声を出したブラッドは自らの行いを少しの後に自覚し、恥じらいながら席に戻って行った。
「聞いたかよロバート、お前の質問に完璧な回答を出した上で、あそこまで立派なパフォーマンスを成し遂げたぞ!!」
彼と同じく機械産業部門の席に連なる友人は、拍手を止めないままブラッドの発表を賞賛して見せた。
つい先程から言葉が詰まっていたロバートは、ぽかんと開けた口から、段々と口角を上げて笑顔に変わって行った。
「・・・凄いや、僕もいつかは行けるかな・・・!!」
ブラッドの着席後も鳴り止まない拍手に、態とらしくシュレディンガーが咳を響かせてみたが、状況は変わらなかった。自身が作り出したこの状況にブラッドは苦笑しながら、両手を合わせてシュレディンガーに許しを乞うた。
そんな中、先程注目を浴びた有田の元にマイクが届けられ、彼の発言が始まった。
「えー皆さん・・・確かにリユニバース計画はこのように順調に進んでおります。ただ・・・」
不安を装う形で少し咳をする有田。ブラッドの話を聞いたところ計画は万全の体制で執り行われるようであったが、何か問題があったのか。会場の人々が皆彼に再び注目した。
「実はまだブラッドコーポや人工惑星のことは秘密にしたいんですよ、だから今日のことは内密にお願いできませんかね?」
打ち合わせ通り、世間には発表の一部始終を一切公表しないという路線に事が進んだ。
「有田さん、そんなに謙遜しなくてもいいじゃないですか!」
「おやおや、ミスターブラッドは宇宙の見過ぎで私たちのことを庇ってくれないようですな」
2人の間に繰り広げられた茶番劇に、聴衆は大きく笑い声の渦に巻き込まれた。
シュレディンガーに録ってもらっていた音声ファイルを流しながら、2人の男が俯いた状態で居た。
「これが40年前の計画スタートの合図・・・あんなに大勢の人が盛り上がっていたのに、今じゃなんですか」
かつて自分が座っていた長官室の椅子が、今では既にボロボロの状態になっていた。
そして奥にあるソファには、かつてあの男が座っていたところには、新たな顔ぶれが真剣な表情で腕を組んでいた。
「あなたたちの思うがままに進んだは良いものの、今じゃ移住民との通信網が全て途絶え、こちらからはNZ惑星群の状況は一切分からず」
周知の事実を、まるで説教するかのように並べる男。
有田渚亡き今、リユニバース計画の中核を担ったブラッドコーポの指揮権は、彼の孫であるこの有田大夢に託されたのであった。
当初の予定通り進んでいたリユニバース計画であったが、原因不明のトラブルが多発し、今では取り返しのつかない事態にまで迫っていた。
「一体どうするんですか、実行者さん」
わいわいと賑わうかつての国連本部の音声を止め、年老いたブラッドに大夢が選択を投げかけた。
しかし、使命を果たした彼の心は、既に覚悟を決めていたのであった。
「大夢君、私を・・・宇宙へ行けるように、3週間でトレーニングして欲しいと言ったら、受け入れてくれるかね」
徐に立ち上がった彼は、齢82とは思えないこれからの行動について話した。
思惑通りにこの老爺が動いてくれそうだったので、大夢は思わず不敵な笑みを浮かべていた。
「おいおい、本当かよブラッド爺さん・・・あんたのその弱り切った体で、あの宇宙船を動かせるって言うのかよ!!」
旧USC本部。移転された新しいUSCの拠点とは異なり、これまでの宇宙開発の軌跡を人々に伝えるための博物館の役割を果たしていたが、そこにある宇宙機は全て操縦可能な状態で残されていた。
「いつの日か、宇宙飛行士を目指していた時代もあった・・・やってみなきゃ何も始まらないだろう」
経験豊富な彼の口から出る言葉には、計り知れないほどの威厳が詰まっていた。
「全ては私の責任だ」
リユニバース計画。遥か遠い宇宙空間で偶然発見された恒星「NZ30215」の周囲に人工惑星を配置し、人々を移住させるという前代未聞の出来事。
その開始年、即ち人々が人工惑星に降り立ち生活をし始めたその年、宙暦元年。
To Be Continued…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます