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 数ヶ月後。同じくマンハッタン区国連本部ビル。


「次は宇宙開発部門の・・・」


 危機対策本部長官シュレディンガーの言葉を遮るように、男は自信満々の笑みで立ち上がった。


「はい」


 唐突過ぎる彼の変化に、普段通りであれば誰しも驚きの目線を集める・・・筈だった。

 というのも、数ヶ月前に世界中をざわつかせたあのニュースの起源について深堀りすれば、USC長官のジェームズ・ブラッドの名に辿り着くのであるのだから、きっとそれに関連する何かを話してくるに違いない。

 人々の目には、驚嘆よりも悲哀よりも、期待が集まって綺羅星が描かれていた。


「宇宙開発部門、代表のジェームズ・ブラッドです。近況報告・・・とは少し違うかもしれせんが、まずはこちらをご覧いただきたい」


 各部門の近況報告となると、大抵は彼ら自身が直近で行ってきた行動の数々、そしてそれらを経た今後の展望などが多く語られてきた。

 しかし、国連の外で目新しい情報ばかりがブラッドの元から出てくるので、会場に居る人々からは思わず感嘆の声が漏れていた。

 ブラッドが手元のタブレット機器をあれこれと触っているうちに会場の照明は落ち、参加者が並ぶ長机の真上に透明なビジョン(※)が映し出された。



※『ビジョン』:プロジェクターから空中に映し出される透明の拡張現実的な映像を指す。



「報道等でご存知の方も多いかとは思われますが、我々USCは先日、不思議な発見をしました。それも、ここ地球より約40億光年先に観測された、文字通り何も無い"宇宙"での出来事です」


 ビジョンには、地球とそこから出発した無人探査機『イーグル』の機体、そして40億という数字が書かれた先に、人々に輝かしいイメージを抱かせる円形の物体が浮かんでいた。


「奇しくも我々はこの地点で、太陽のように強く光り輝く恒星を発見することに成功したのです!」


 周知の事実ではあるが、数ある歴史を探っても同じ事例が見当たらない奇跡。ブラッドはそんな奇跡の重大性を再び知らしめるように、声色を強めにして大きく呼びかけた。

 会場に大きな拍手の渦が巻き起こり、中には彼に対する個人的な祝福や応援の声も上がった。

 微笑みながらも、ブラッドはこれが自分だけの勝利ではなく、今までに培われてきた全ての宇宙開発の子種が報われた瞬間であることを忘れないようにと、自惚れの感情を強く抑え込んだ。


「さて、本来であらばここで喜びに浸りたいものですが・・・。私たちUSC及び宇宙開発部門の本当の使命は、”宇宙開発を進めることで地球に迫った危機を回避する”こと。そこでUSCのチームが導き出した数々の研究結果から、我々はこの恒星『NZ30215』を使った計画について議論を重ねてきたのです」


 目新しい演出であるビジョンはコロコロとその姿を変え、NZ30215と呼ばれた例の恒星が中心に置かれ、その周辺を2つの輪っかが取り巻く形になった。


「皆様知っての通り、私たちの住むこの地球は、所謂太陽系と呼ばれる惑星の一つ。熱や光など、あらゆるエネルギーを与えてくれる太陽を中心に、地球を含めた様々な惑星の公転軌道が取り巻いており、今も絶えず公転を続けていることでしょう」


 子どもが学校で習う知識を突然並べ始めたブラッド。

 国会本部で態々稚拙な講義を自分勝手に進める姿は傍から見れば滑稽であるが、ビジョンに並ぶNZ30215と2つの輪っかの存在とブラッドの語りを比較すると、そこに共通点は山ほどあった。

 気が付いた観衆が「まさか・・・?」とざわつき始める様子に、思い通りの未来に机上の語り手は口角を上げた。


「今やNZ30215が"第2の太陽"として扱われる日も近い。そこで我々は、ここより40億光年先、何も無かったはずの宇宙空間に、新しい人類活動区域の可能性を見出したのです」


 観衆の心臓の鼓動がそれぞれ高鳴って行った。

 先程ビジョン上に浮かんだNZ30215は太陽系に喩えれば太陽に値する存在、2つの輪っかは太陽系に例えればそれぞれの惑星の公転軌道に値する存在を意味していたのだ。

 まだまだ情報量が少ないことは事実だが、それでもいつの日かのサイエンス・フィクションの組み込まれたプロットのような話が目の前で繰り広げられていることに、興奮を隠さない者は少なからず存在した。

 続けてビジョン上に10文字のアルファベットが並べられ、ブラッドが続けた。


「NZ30215を太陽に見立て、その周囲に人工的に形成した惑星を公転させ、人類が活動可能な区域を宇宙に作り出す。これが我々USCの、『リユニバース計画』の全貌です!!!」


 余りに簡潔だったので、そこにとてつもなく壮大なシナリオが描かれていることに人々は気付けなかった。

 数秒経って事の偉大さが観衆の間に徐々に伝播して行き、人々は自然に誇りの笑顔を浮かべるようになった。

 次第にボルテージは頂点へと高まって行き、先程の二乗ほどの大きさを放つ拍手が巻き起こった。立ち上がる者も居た。

 しかし、高鳴りよりも先に疑問が浮かぶ者も少なくはなかった。


「・・・発表中すみません、質問よろしいでしょうか!」


 ガタガタっと慌ただしく揺れる座席。聴衆故にマイクが用意されていないので、若者は会場の中心に立っているブラッドに届くよう大きく声を張った。


「止し給え、まだ続きが・・・」


 発言者に向かって宥めるように質問の取り止めを指示する世界危機対策本部長官・シュレディンガー。しかし彼の手元のマイクには、ブラッドの手が忍び寄っていた。


「長官、ここは彼の言う通りに進めてみましょう。きっと面白い結果になりますよ」


「しかしブラッド君、もし相手が君らの計画を良く思わず攻撃目的でこれを実行しているのであれば・・・」


 本来、報告会中では各部門から報告されたことに関する質疑応答の時間は取らず、疑問のある者は各自それぞれの機関に問い合わせを行うなどして事態が進んでいた。

 更に宇宙開発部門においては、嫌がらせが目的だと疑わしいような問い合わせが多数寄せられたことが過去にあり、同じような事件が今この場で起きてしまうかもしれないという恐れを持って、シュレディンガーはブラッドに心配の目線をやっていた。

 しかしリユニバース計画の可能性を手中に収めたその男にとって、恐れるものなど何も無い、と言うよりは、新しい発見が自らを進歩させる手がかりになるかもしれないという、淡い期待がこの瞬間にあるのだった。


「流れが段々と変わってきているんです。リスクを乗り越えてこそ、結果に意味が生まれるとは思いませんか?」


 ブラッドの眼差しには、困難を乗り越えて成功を手にした証が確かに備わっていた。

 自分はこうして会議場の真ん中に座って彼らの行く末を見守っていたただけであったが、やはり前線で活躍を期していた彼らの活き活きとした姿は、背中を押したくなるものであった。

 それは仕事仲間として、友人として、そして、1人の地球人としての感情であった。


「・・・君がそう言うのであれば、止めるのを止そう」


 新種の昆虫を見つけた少年のような笑みを見られて、ホッと安心した。

 今この瞬間、歴史を動かしかねない男がそう仰るのであれば、それに従うのみ。

 人類の存続を誰よりも願って前に立つ男がそう願うのであれば、それに従うのみ。

 それが、彼らの上に立つ者として、与えられた責務なのであったのだ。


「失礼しました。質問をどうぞ」


 若者の座るテーブル上のビジョンに、いつの間にかマイク機能が追加されていた。こういった機能編集の権限は長官にのみあった。


「では単刀直入にお聞きしますが・・・。そもそも、人が住める惑星なんて作れるのでしょうか?」


 彼の口は閉じることを知らないようであった。


「ご存知とは思いますが、地球上で我々生物が今日まで絶えることなく生き永らえてきたのは、地球が有り得ないほど多くの"奇跡"に満ち溢れた惑星だからですよね。生命活動で必要とされる大気の成分、驚くべきほどに都合の良い万有引力の存在、そして太陽と密接に繋がった自転や公転の仕組み・・・。どれも我々の生活に必要不可欠なものですが、そのどれを取っても再現することは極めて難しいでしょう。そんなこの惑星の数多の"奇跡"を、もう一度呼び起こそうなんて奇跡を、人の手で生み出せるのでしょうか」


 この手の質問が来ることは想定済みであった。

 しかし、シュレディンガーが恐れていたような野次を飛ばしてくる野蛮な輩とは程遠い、宇宙開発部門の今後の活動に大いなる期待を寄せているような、まさしくブラッドと同じような好奇心に満ち溢れた言葉の数々であった。

 そんな彼の勇気さえも感じられるこの数秒で、ブラッドは少しの感動さえ覚えた。


「とても良い質問だ・・・。君、名前は?」


「機械産業部門のロバート・サベリエフと申します」


「よし、ではサベリエフ君。君の質問に答えるには、まだ伝えなきゃいけないことがあるんだ」


 手元を忙しなく動かし、ビジョンを次のフェーズへと移行させるブラッド。

 NZ30215を俯瞰するように惑星郡を描いていたビジョンが、次は擬似公転軌道とされる線上へとアングルを変えた。

 線上には目立つ大きさの惑星だけではなく、小石サイズの物体もいくつか浮かんでいるのが確認できた。


「先程、NZ30215の周辺を公転軌道として惑星を配置するという話をしたかと思います。さて、この公転軌道なんですが・・・」


 続いてビジョン上に浮かんだのは、探査機が撮影した恒星のような写真。

 実物を見れば太陽とは比べ物にならない光度だが、それでも眩い光を放っていることが分かった。

 さて、彼はこれを見せることで、先程のロバートの質問にどのように答えるつもりなのか。観衆の目線がビジョンにこびり付いた。


「少し拡大してみると、小さな屑のような物体がいくつか周囲に浮かんでいるのが分かります。実はこれらは、先程紹介した擬似公転軌道と同じ軌跡を辿って、NZ30215の周辺を回っているんです」


「・・・?」


 ロバートは口をぽかんと開けたままブラッドの話を最後まで聞いた。

 確かにビジョンに映る光景をそのまま語っていたが、余りにもあっさりとしていたので、彼にはその現実離れした事実を受け入れる準備が出来ていなかった。

 未知の土地に突如下ろされ、そこで話される聞き覚えのある言語。しかし意味はまるで伝わって来ず、理解に苦しむ状態。

 そうして脳内を様々な可能性が駆け巡る中、彼の斜め後ろの若者が無闇に立ち上がって続けた。


「引力によって石が安定して位置しているということですか!?」


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