Varvatos

亜神坂音々

プロローグ

#0 -1






 宇宙。それは、幾千万もの粒子。



 天体。それは、幾千万もの息吹。



 生命。それは、幾千万もの希望。



 未来。それは、幾千万もの奇跡。






― Varvatos ―




― #0 Reunion ―








 ニューヨーク市マンハッタン区。国連本部ビル、特設会議場。


「ありがとうございます。それでは、都市開発部門から近況報告をお願いします」


「我々都市開発部門は、来年度から施行予定の『高層都市計画』の実現に向けて着々と準備を進めております。本計画では地球温暖化が主な原因となる海面上昇の影響により数々の世界的都市が機能を奪われることを防止するため・・・」


 並々ならぬ雰囲気に包まれた会場では、各国の首相や国連の重要役職員など、存在感に満ち溢れた人物がそれぞれの発言に耳を傾けていた。


「ありがとうございます」


 拍手と共に発言者は頭を下げて腰を下ろした。と同時に、先日完成したばかりの報告書を手に取る。


「それでは宇宙開発部門の・・・」


 部門代表に選抜されて早2年。この舞台に立てるのは年に三度であり、毎度訪れる度に聴衆の数は増えているような感覚に襲われる。

 高鳴るプレッシャーの数々。それらを全て抑えるようにして、彼は立ち上がった。


「宇宙開発部門、代表のジェームズ・ブラッドです。私が長官を務めるアメリカ国際宇宙研究センターでは4日前に探査機『ファルコン』を出発させ、現在は土星の周回軌道に入りました」


 多種多様な鋭い目線が突き刺さる中、彼は報告を続けた。


「本調査の目的は新型宇宙船エンジンの実験的作動を兼ねた太陽系一周を目的としており、目標は1ヶ月で地球帰還としています。また、3ヶ月前にはまた別の無人探査機『イーグル』を目的地を設定せずに出発させており、これは映像中継機能を使って遥か遠い宇宙空間の様子を記録する役割を担っております。・・・」


 詰まることはないか。抑揚ははっきりとしているか。1番伝えたいことは、この場にいる全員にしっかり伝えられたか。

 数分の演説に彼は全力を尽くした。しかし、それまでのものと比べて彼の近況報告が短かったことは、誰もが実感していた。


「・・・以上です」


「ありがとうございます」


 彼が着席すれば、遠くに見える座席からざわついた様子が窺える。こんな場所で無様な音を出すわけにもいかないので、彼は心の中で深くため息をついた。






 西暦2XXX年。地球では様々な問題が、人類の生活を蝕もうとしている真っ只中だった。

 逃れられぬ人口上昇により引き起こされる未知の問題、止まぬ異常気象の連鎖、前触れ無く日常に来る自然災害、技術進歩に伴って覚醒する公害問題、徐々に増えつつある温室効果ガス・・・。過去300年間にかけて森林の数は凡そ過去の33%にまで減少し、北極と南極の氷量も右肩下がりを見せる結果となっている。

「近い将来、地球上に人が住めなくなる可能性が高い」と専門家達がカメラに向かって他人事のように口々にする世の中。いつしか彼らの発言は正論となり、人類はこの美しい惑星を手放さざるを得ない未来が訪れるのだろうか。

 人々は考えた。そして、今日まで生き永らえてきた種の可能性を信じた。

 世界は、集結した。国連によって世界危機対策本部が設立され、数々の部門で抜擢された知識人と技術者たちは、人類が生きられる明日を探して藻掻いた。

 数年前には宇宙開発部門が設置され、設置当初は人類全体の夢の一つでもある"宇宙移住"の可能性が現実味を帯びて来たのではないかと世界中がざわめいたが、他の部門に比べ技術進歩が未知数の領域にあることや、人々の興味に反比例した著しい有識者の欠乏などから、未だに明らかな成果は掴めずに居た。


「お疲れ様です長官」


 本来の仕事場に戻り、深く腰掛けた時、彼の疲労値は既に限界を超えていた。


「ありがとう」


 ジェームズ・ジョン・ブラッド。42歳。

 テキサス州の星がよく見える田舎に生まれ、天文学を志向する父親の影響で、幼い頃より宇宙に関する知識は人一倍であった。

 学生時代は宇宙飛行士を目指し努力を重ねてきたが、唯一の欠点である身体の脆弱さに道は閉ざされた。

 挫折後は研究者としてアメリカ国際宇宙研究センター、通称USCに従事し、様々な宇宙開発事業に関わってきた。その実績が認められ、数年前に長官の座に就いた。


「散々だったよ」


 我が家より長い時間を過ごしてきた長官室に戻ったブラッド。

 数時間前まで国連本部の厳かな空間に包まれていた彼にとって、秘書からの労いは何よりも温かいものとなった。

 長官という地位に似合わない木製の椅子に座り込んだ時には、思わず心からの疲れが雑音となって漏れた。


「そうですか・・・。そんな日もありますよ」


 日常的に自分を支えてくれる彼女だからこそ言えることがあった。

 ブラッドの報告以降も他の部門は華やかな言葉を次々と述べ、拍手の音も大きく聞こえた。”今回も宇宙開発はダメだったな”と、そう訴えているような帰り際の聴衆の背中は、またしても彼のプレッシャーを重くするのであった。


「明日は14時より有田氏との会談が予定されてます。しっかりとお休みになってください」


 こうなってしまった彼には一人の時間が必要。長官就任からブラッドの隣で秘書として在り続けたミランダ・チャップリンは、彼の好物であるカフェオレをコップ1杯分残し、部屋を去った。

 緊張が未だ解けそうにないブラッドは、窓に差し込む夕日を眺めながら物思いに耽けていた。見慣れたはずの景色が、今は自分を叱責して止まないような面影に見えた。


(私がUSC長官に就任されたその年に、ちょうど宇宙開発部門が設置されたんだ。他の部門代表は既に実績を残して国連本部に赴いているというのに、私はなんだ・・・ただタイミングに恵まれただけの、ただの宇宙好きじゃないか)


 自分は立つべくしてあの舞台に立っている人間ではない、たまたま空白を埋める最適の人材として選ばれただけである。定例報告会が終わると、いつも彼は自分を卑下して止まなくなるのであった。

 やれるだけの事はやっているはずだ、何事にも限界があるはずだ。努力しただけでは報われないと、過去に身を持って思い知らされたからこそ、ブラッドはそのような甘ったれた考えに逃げることはなかった。


「・・・ダメなら期限までにペースを上げればいいだけの話だ。さて、今は目の前の課題に集中しよう」


 民衆の期待には未だ応えられそうにはないが、それでも少なからず自分たちの活動を応援してくれる人が一定数存在する。

 その一例が、明日に予定されているある人物との会談であった。夢をキッパリと切り替えたように、モチベーションの方向を明日に向けた。



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