クレイジータクシー

 その後もゼファーとジェーンはサウスタウンを回り続ける。貧民窟の後は特筆すべき場所や襲撃もなく、問題なくジェーンの依頼オーダーをこなすことができた。

 

「ジェーン、とりあえずサウスタウンを見るって依頼オーダーはどんな感じだ?」


「ええ十分ね。ただ一つを除けば……ね」


 ジェーンの表情は何故か時間が立つに連れて、暗いものになっていた。その様子はまるで12時を前にしたシンデレラのようである。

 とはいえ一介の傭兵マーセナリーでしかないゼファーでは、彼女の悩みを解決することなどできはしない。


「あー……そっちの悩みを聞くなんてしないけどさ、なにか飲み物でも飲みに行くか?」


「ふふ、わざわざ本人の前で言うの? それじゃあ飲みに行きましょう。王子様?」


 ゼファーのわざとらしい気取った態度がツボに入ったのか、ジェーンは少しだけ明るさを取り戻し微笑みを見せてくれる。

 そしてゼファーもジェーンの言葉に対応するように、王子様のような動きを見せてジェーンを車に乗せた。


「実はね……私、名前を明かせないけどいいところのお嬢様なの」


 でしょうね。とゼファーは心の中でツッコミを入れてしまうが。今の雰囲気を崩さないよう、口をチャックし続けている。


「その表情、分かってますって表情よ。そうよねあなた、ただの傭兵じゃないでしょうからね」


 流石に表情を隠すのを忘れていたゼファー。そこから読み取ったのであろうジェーンは、ジト目で責めるような視線をゼファーに向けてくる。

 ちょっと不謹慎だと思ったゼファーは、車を運転しながらもバツが悪そうに頭をポリポリと掻く。


「いいわ、どうせバレバレだった変装だったし」


「へ!?」


「どうかした?」


 ジェーンの変装という言葉に思わず反応してしまうゼファー。なにせ彼女の上流階級な雰囲気は隠しきれておらず、何度かあった襲撃も身代金目当てなのが明白だからだ。

 天然なのかジェーンはゼファーの反応に、小さく首を傾げる様子は小動物のようで可愛らしい。

 そうしてゼファーとジェーンを乗せた車が公園に到着した瞬間、耳をつんざくような轟音が鳴り響く。


「っち!」


「何なの!?」


「大体想像がつく。RPG携帯対戦車グレネードランチャー!」


 ゼファーは大声で叫ぶと同時に、車のハンドルを勢いよく切って回避運動をする。バックミラーには飛翔物の姿が映る。


「嘘でしょ!?」


「喋るな! 舌噛むぞ!」


 ゼファーの忠告を聞いたジェーンは、舌を噛まないように口を閉じ車の取っ手に掴まる。その間にもゼファーは爆破から逃れるために、必死に運転を続ける。

 そのままRPG携帯対戦車グレネードランチャーは地面に命中し、大きな爆発音ゼファーたちを襲う。


「ああクソ! ふざけんなメチャクチャだよ」


 ゼファーの言葉通り公園に居た人々はRPG携帯対戦車グレネードランチャーの爆発に、悲鳴を上げて逃げていく。そんな中スーツを着た大柄の男と黒服を着用した男たちが、ゼファーたちの乗る車に素早く近づいてくる。

 男たちを視認したゼファーは、素早くピストルを抜くと大柄の男に迷うことなく引き金を引いた。

 連続して響く銃声。

 ピストルの銃弾は大柄の男の胴体に命中するが、銃弾は貫通せずにパラパラと地面に落ちていく。


「サイボーグ? それとも防弾スーツか!?」

 

 今度は頭部に照準を合わせたゼファーは、再度ピストルの引き金を引く。

 銃弾は大柄の男の頭に向かって飛んでいくが、男はピストルの銃弾を何気なく掴むのだった。

 ――サイボーグ!

 そう判断したゼファーは車を操縦しながらも、後部座席に置いてあるアサルトライフルを取ろうとする。

 しかし次の瞬間、車がグラリと斜めに傾く。


「なんだ!?」


「ゼファー、左下を見て!」


 ジェーンの言葉を聞いたゼファーは、すぐに左サイドミラーを確認する。すると大柄の男が車を持ち上げ、傾かせていたのであった。

 思わず舌打ちをしたくなるゼファーであったが、そんなことをする暇もない。さらに取ろうとしていたアサルトライフルは、慣性に従ってゼファーの手を離れていく。

 アサルトライフルを取るのは無理だと判断したゼファーは、ピストルを構えながらシートベルトを外す。


「外に逃げるぞ! こっちだ急げ!」


「ええ!」


 ゼファーの判断に迷うことなく従ってくれたジェーンは、急いでシートベルトを外してゼファーの胸に飛び込む。

 たゆんと胸のやわかな感触を感じ、一瞬ムラっとするゼファーであったが即座に感情を切り替え、ジェーンの身体を抱きしめ車から脱出する。


「おいおい! もう逃げるのは止めかぁ?」


 大柄の男は笑いながら車をバーベルのように持ち上ると、そのまま公園の中にあった泉へ放り投げた。

 ズンという音と共に煙を吹き出し始めた車両。おそらく大破して走ることも出来ないだろ。

 ――南無。

 心の中でゼファーは先程まで走ってくれた車へ感謝と謝罪をしながらも、大柄な男を睨みつける。直後、ゼファーの脳裏にある人名が浮かび上がってくる。


「どこの誰かと思えば、殺しをしてボクサー界を追放された、ベンさんじゃないですか~」


「ふん、俺のファンか? なら女を置いてさっさと尻尾を巻いて逃げるんだな。俺の強さはよく知ってるだろ」


「悪いけど、俺は今のチャンプのスタイルが好みなんでね。その申し出はノーセンキューだ!」


 そう言い切るとゼファーはピストルを素早くリロードし、ベンの頭部に照準を合わせて引き金を引く。

 銃口から放たれたピストルの銃弾は、ベンの素早い拳によって全て撃ち落とされる。


「銃弾も弾くか、これだからモンスターサイボーグありのなんでも級は……!」


「こんなちゃちなピストルじゃ、ボクシングジムに居た頃何度も撃たれたさ。さあどうするテメエのピストルなんぞ効きやしねえぞ!」


 ベンの言葉に思わず歯ぎしりしてしまうゼファー。しかし諦めた様子をジェーンに見せないように前に出る。

 そんなゼファーの姿を見てベンはまるで肉食獣のように口角を上げる。

 だがそんな彼に水をさす者がいた。ベンと一緒にいた黒服の男たちだ。

 男たちは銃を構えゼファーに照準を合わせると、引き金に指をかけようとする。

 だが次の瞬間、男たちの身体は上空へと飛んでいった。


「な!?」


「が!」


「俺の邪魔をするんじゃない!」


 眼の前の光景にゼファーと黒服たちは驚きを隠せないでいた。何故ならばベンが銃を構えた男たちを、全員風のように殴り倒したからだ。

 なぜこのような状況になったのか理解出来なかったゼファーであったが、素早くピストルをリロードするとベンに向かって走り出す。


「来るか!」


 ゼファーの行動を前にベンは狂気を含んだ笑みを見せ、ゼファーを迎撃しようとボクシングスタイルを構える。


「シャァァァ!」


 先に動いたのはゼファー。ピストルのトリガーを引いて連続で銃弾を連射する。放たれた銃弾はその数7発。

 しかしベンは迷うことなく前に1歩出ると、頭に向かって飛んでくる銃弾の雨を、首を動かすだけで回避していく。

 先程の再現に思わず舌打ちをしたくなるゼファーであったが、それでも前に進みベンの股下をくぐり抜け背後を取る。


「ふん!」


 全力で脚による金的攻撃を狙うゼファー。しかしベンは慣れた様子で、ゼファーの脚を掴むと円を描きながら振り回していく。


「その程度か? 野良試合じゃそんな攻撃呆れるほど見たぜ」


 そのまま振り回されていたゼファーの体は、地面に勢いよく叩きつけられる。

 全身を襲う激痛に、苦悶の声を上げたくなるが、そんなことをしている暇はない。

 片手に持ったピストルを見たゼファーの視界にあるものが映り込む。先程公園の泉に投げこまれた車である。

 ――あれなら……。

 希望の光を見つけたゼファーは、車に向かって走り出した。

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