翌日

「ぐ、くさい……臭い取れるのか?」


「うーん……ゼファー……」


「眠り姫様は呑気なもので」


 ゼファーはバーの個室をこのままにして置けないと、とりあえずマリアの吐瀉物を片付けて始める。

 その最中、自分の服についた吐瀉物の臭いが鼻につくたび、ゼファーは思わずぼやいてしまう。

 そうして一通り処理が終わるとゼファーはバーの店員に連絡を入れ店を出る準備をし始める。


「よぉ、お盛んで……ってくせえ!」


 最初に個室へ入って来たのは店員ではなく、楽しそうなディランであった。もっとも部屋に蔓延していた予想外の臭いに、ディランの表情は一瞬でしわくちゃになるのだが。


「なあ、ゼファー。お前そんなアブノーマルな趣味を……」


「あ? よく聞こえなかったんだが、俺がゲロ吐きながらヤル趣味があるって言ったか?」


「そこまでは言ってねぇよ! つか何があったらこんな惨状になるんだ」


 一応ゼファーにもマリアの尊厳を守りたい意思はあった、だがこのまま沈黙を選ぶとゼファーが年下に吐瀉物を吐かせて悦に浸る趣味を持つことになる。それだけは避けたかったゼファーは、申し訳なさそうにディランに先程の一部始終を話すのだった。


「くく……まさかマリアの奴が酔い潰れるとはなぁ、おかしくって腹が痛い痛い」


「それ後で本人に知られたらどうなる知らないぞ」


「わーかってる、今日のことは忘れてやるよマリアの尊厳のためにもな。それでゼファーお前はどうする?」


「俺か? 俺はマリアを家に送ったらレヴィからのお誘いが来てるんでね」


 そう言ってゼファーは自身の携帯端末をひらひらと見せつける。そこにはホテルの住所と「お待ちしております」と書かれたメールが表示されていた。

 レヴィからのメールを見たディランは、ゲテモノを見るような目でゼファーの顔を見るが、むしろゼファーは誇らしそうに胸を張る。


「ふん。羨ましいだろ」


「いや羨ましくない。ってかあんな女郎蜘蛛みたいな女と何度も寝れるお前がすごいわマジで」


「はー? レヴィのどこが女郎蜘蛛なんだよ」


 不満足そうなゼファーの言葉を聞いたディランは、信じられないものを見たと言わんばかりの表情をしてしまう。


「落ち着け、一般的に重サイボーグクラスのサイバーウェアを入れていて、戦闘時に興奮する女なんてツラが良くてもドン引き案件だぞ」


「……かもしれないな。でもなぁベッドじゃめちゃくちゃ可愛いぜレヴィ」


「ゼファーもしかしてお前面食いか?」


 ディランは会話の最中ドン引きした表情でゼファーを見ている。それは理解し難いものを見たと言わんばかりの表情であった。

 そんな中ゼファーはディランの視線に気づかないまま、気付けとしてグラスに入った水を一気飲みする。


「あ~俺が面食いなわけないだろ。ただ前にも他の奴と似たような話をしたら、俺はゲテモノ食いだって言われたけど……」


「面食いよりはマシな言葉……だな。ゲテモノ食い」


 ゼファーは以前言われたゲテモノ食いの真意について悩んでいたが、ふと時計を見ればレヴィとの約束の時間まで1時間を切っていた。


「悪いそろそろ行くわ。今日はありがとうなディラン」


「おういいってことよ。それより喰われるんじゃねーぞ」


 酔い潰れたマリアの身体をお姫様抱っこしたゼファーは、ディランに礼を言いつつもバーを後にする。

 バーに一人残されたディランは心の中で、ゼファーがレヴィとの情事を無事に終えて、問題なく帰ってくることを祈っていた。


 *********


 窓から朝日が差し込む時刻。マリアは鼻につく刺激臭を感じ取って即座に眠気を飛ばして起き上がる。

 また誘拐されたのか? マリアの脳裏にそんな考えが過ぎっていく。

 しかしマリアの視界に入ってきたのは埃っぽく汚い部屋ではなく、定期的に掃除がされてると思わしき小綺麗な寝室であった。

 視界から入ってきた情報だけでは、ただただ混乱してしまうマリア。すぐに自身の身体を見れば、最後に着ていた女を武器にするような煽情的な服ではなく、安物のメンズシャツとズボンを着用していた。


「誰の服……?」


 次にマリアの脳裏に浮かんだのは、誘拐犯が自分の服を着せたがる変態犯である可能性。たがその考えはすぐに消えてしまう。

 情報を探るために部屋を見渡していたマリアの視界に、小さな写真立てが目に入ってきた。その写真立てにはSAREDの制服を着たゼファーと、SAREDのメンバーが写っていた。


「もしかして……ここはゼファーの部屋!?」


 写真立てからゼファーの部屋を想像したマリアは、頬を赤く染め興奮してしまう。

 ベッドに飛び込むと「きゃー」とかしましい声でゴロゴロと転げ回る。

 リミッターの外れた乙女に、できないことは殆どない。

 マリアはベッドに置かれた枕へ顔をうずめると、そのまま枕のにおいを嗅ごうとした。


「おや、元気そうだね」


 息を大きく吸おうとしたその瞬間、平坦のなく冷たいアリエラの声がマリアの耳に届く。

 すぐさま声のした方向に視線を向けると、部屋の入り口にパジャマ姿のアリエラが立っていた。


「え!? SARED隊長!? なんで!?」


「なんでってここは私の家だよ? 家主が自分の家に居るのは問題ないよね?」


 アリエラの言葉を聞いてマリアは、ようやくこの家がゼファーの家ではなく、アリエラの家であることに気がつく。

 そして先程自身が行なった痴態を思い返し、マリアは羞恥心で顔がみるみる赤くなっていった。

 ゼファーの使っている枕だと思ってにおいを吸っていたら、別人の使用していた枕であった。その事実はマリアにとって衝撃的だった。


「大丈夫? 君顔が赤くなってるよ?」


「いえ! 大丈夫です!」


 アリエラは顔を赤く染めたマリアの様子を気遣うように、おでこ同士をくっつけて熱を測ろうとする。

 端正で色白なアリエラの顔が、マリアの視界を大きく占領していく。

 女性同士なのに思わずドキッとしてしまったマリアは、素早くアリエラとの距離を取ろうとする。


「動いちゃだめ」


 だがマリアの動きよりも早く、アリエラの手がマリアの腕を掴んだ。

 ほんの一瞬の隙に腕を掴まれ動けなくなってしまったマリアは、反射的にビクッと小動物が怯えたような反応をしてしてしまう。


「へえ……」


 マリアの反応を見たアリエラは、サディスティックな笑みを浮かべながらも、わざとらしくマリアの身体を愛撫していく。

 アリエラの指が僅かに触れるたび、ビクッと身体を反応させてしまうマリア。

 肩、腕、脚と触れるか触れないかのレベルで、マリアの身体を愛撫し続けるアリエラ。


「あ……駄目!」


「何が駄目なのかな?」


「ん……!」


「可愛らしい反応だね。ゼファーくんには勿体ない気がしてきた」


 ゼファーの名前が出たことで、マリアは反射的にアリエラの身体を軽く突き飛ばしてしまう。


「うん。合格」


 予想外の反応と言わんばかりの表情をしてしまうアリエラであったが、すぐに表情を穏和な微笑みに変えてそう呟いた。

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