朝食

「合格ってどう言う意味!」


「そのまんまの意味だよ。軽い快楽に流されるようなら、そこでゼファーくんとの接点を切らせようと思ってたけど、まあ合格かなってところ」


 アリエラの説明を聞いたマリアは、カッと頭に血を上らせ反射的にピストルを抜こうとする。だが普段手元にあるピストルはなく、手はスカッと空を切る。


「探し物はこれかな? 酔っ払って撃たれたら危ないから回収しておいたよ」


 アリエラの手にはマリアのピストルが握られており、それをわざとらしく煽るようにマリアへ見せつける。


「一体なんの目的……!」


 武器を奪われ無手の状態で、自分よりも身体をサイボーグ化させた相手を前にしても、マリアは心を折ることなく気丈に振る舞う。


「何って、君の介抱だよ。ゼファーくんに頼まれて昨日から君の介抱をしてただけ、君の服を脱がしたり身体を綺麗に拭いたり……てね」


「私の介抱……?」


 アリエラの言葉を聞いたマリアは、羞恥心から思わず耳まで顔を赤くしてしまう。

 ゼファーに介抱されていたと思っていたマリアであったが、真実は違いアリエラに介抱されていたのだった。


「大丈夫? また顔が赤くなってるけど」


「あの、ゼファーはどうしてるんですか?」


「さあ? ゼファーくんは君を預けて去って行ったからね。もしかしたらどこかの誰かと一緒のベッド寝ているのかもね」


 クスリと笑みを溢しながらアリエラはそう呟く。その表情はまるで腕白な子供を見る姉のようであった。

 アリエラの表情と台詞に、思わず嫉妬の炎がマリアの中で燻り始める。


「ゼファーが誰かと……か」


「そんな悲しそうな顔をしない。君も美人なんだから笑わないと、ね?」


 アリエラは両指でマリアの頬を押さえると、ぐにぐにと口角を上げて笑顔の練習をさせる。

 突拍子のないアリエラの行動に反応できなかったマリアは、なすがままの状態となってしまう。


「女の子なんだから笑顔で相手を魅力しないと。ゼファーくんだって女の子には弱いんだよ?」


「ふぁ……ふぁい」


「よろしい。それじゃゼファーくんの居ないうちに朝食でも食べちゃおうか」


 優しげな笑顔でそう言ったアリエラの言葉に、マリアは無言でコクコクと頷く。

 次の瞬間、ピンポーンとインターホンの音が鳴り響く。


「おや、誰かな?」


 そう言いながらもアリエラの表情は楽しげで、誰がインターホンを押したのか推察していたようであった。そのままアリエラはマリアに着いておいで、と言わんばかりに手をクイクイっと動かす。

 マリアはそれを見ると無言で頷くとアリエラの後ろを、まるで雛鳥のようについて行った。

 

「どうも隊ちょ……じゃないアリエラ、マリアの介抱ありがとう」


「ふふ……そうだよ。もう私は君にとってSAERDの隊長じゃなくてアリエラ・ネクロスだよ」


 アリエラは蠱惑的な笑みを見せると、ゼファーの首元に手を回し顔を近づける。

 ゼファーの匂いを嗅いだアリエラの表情が、一瞬無表情へと化し、すぐさま笑顔へと変化した。


「知らない女の香りがする」


「え゛」


「ふふ……冗談。だって最終的にゼファーくんが私の元に帰って来てくれれば、多少の浮気は許すよ私は。……なーんてね」


 アリエラの氷のように冷たい言葉に、思わず情けない反応をしてしまったゼファー。そんなゼファーの反応を見てスカッとしたのか、アリエラは優しい声色でゼファーの耳元で囁く。

 そんな中、少し離れた場所からゼファーとアリエラの掛け合いを見ていたマリアは、二人を見て思わず「大人だ……」と感想を抱いていた。


「アリエラちゃん、こんな男に逃げられたら駄目だよ? ゼファーくんみたいな男は捕まえて、自分の手元に置いとかなくちゃ疲れるだけだからね」


「は、はい!」


 笑顔のアリエラのアドバイスに、思わずマリアは敬礼をしそうになる。SAERDの隊長であるアリエラ・ネクロスという女は、それほどのカリスマを持っているのだった。


「よろしい、じゃあゼファーくん一緒に朝食でも食べようか」


「あ、いいんですか。ゴチになります」


「勿論。期待していてね」


 ゼファーとアリエラはまるで長年付き合った恋人のような雰囲気を出しながら、マリアの手を取りリビングへ歩いていく。


「あの! アリエラさん、私も手伝っていいですか?」


 二人の雰囲気に飲み込まれないように、マリアは反射的にそう提案する。

 マリアの提案を聞いたアリエラは、一瞬ポカンと呆けた表情をするが、すぐに笑みを取り戻しマリアの提案に頷いた。


「いいよ。一緒に準備しようか」


 *********


 リビングに移動したアリエラとマリアは朝食の準備を始めた。

 準備といっても自動調理器に材料を注ぎ、ボタンを押す。そして完成した料理を皿に分けて、料理の乗った皿をテーブルに並べるだけだが。


「最近は自動調理器の性能もよくなって、ほとんど天然食品と味が変わらない。時代の移り変わりを感じちゃうね」


「アリエラは俺とそんなに年離れてないのに、年寄りみたいなこと言うのか?」


「そうですよアリエラさん。その……ちょっと言い方に年齢を……ね」


 小綺麗なテーブルに並べられた朝食を食べ始めた直後、皿に乗った合成食を食べたアリエラはしみじみとつぶやく。

 そんなアリエラの言葉にゼファーは軽くツッコミを入れ、マリアは申し訳なさそうにおずおずとアリエラの台詞について言及する。

 二人の言葉にアリエラはムスッとした表情をしてしまうが、すぐに眉間のシワを消す。そのままアリエラはインスタントコーヒーの入ったマグカップに口をつけ、一口飲んで一息つく。


「たしかに……さっきの発言は年寄りくさかったね。でも子供の頃の合成食は不味くてね、いつも文句ばっか言ってたんだ」


「確かに俺も子供の頃、よく文句言ってたな」


「え!? そうなの?」


 懐かしむアリエラの言葉に、対照的な反応をするゼファーとマリア。

 ゼファーはアリエラに同意するように、昔の思い出を懐かしみ。ゼファーとアリエラの二人の反応を見たマリアは、驚きの表情を隠せないでいた。


「……それでゼファーくん、この後の予定は?」


「んぁ、かかりつけのサイバードクのところに行って、身体を見てもらおうと。なんやかんや重サイボーグのレヴィとやり合ったんで」


 食べてる最中、アリエラに声をかけられたゼファーは、のんきな声を出しながら口に入っている合成食を一気に飲み込み今日の予定を答える。


「ふーん。確かに無職になった以上、無償で定期的なメンテナンスを受けられなくなるから、1回ぐらい見てもらった方がいいね」


 アリエラの「無職」という言葉に落ち込んだゼファーは、落ち込んだ様子で合成食を食べていく。

 そんなゼファーの反応を楽しんでいた様子のアリエラは、自分の分の合成食を食べ終えると、「ごちそうさま」と言って立ち上がる。


「それじゃあゼファーくん鍵はお願いするよ。私はSAERDの隊長として仕事があるから。ああ、きちんと掃除をしてくれれば、何をしても構わないよ。ナニでもね……」


 最後に意味を含ませた爆弾を投下したアリエラは、SAERDの仕事のために自宅を出て行った。

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