健康診断

 アリエラの家に残されたゼファーとマリア。

 普段通りのゼファーはアリエラの家の鍵を持っているか服のポケットを確認している。だがマリアの様子は違った。

 アリエラの言葉を深読みしたのか、ナニの意味を長考してしまい、恥じらいから頬を真っ赤に染めている。


「マリア? おい大丈夫か?」


「え、ええ大丈夫。それにしてもゼファーはアリエラさんに信頼されてるのね」


「まあな、これでも直接スカウトを受けたから、ちょっと前まで全力で働いていた。だからあんなに信頼された……と思う」


 そう断言しようとしていたゼファーであったが、不安になって最後は微妙に言い淀んでしまう。


「今日だけで知らないゼファーがいっぱい見れたわ」


「どういう意味だよ」


「文字通りの意味!」


 自分が知らないゼファーの様子に、思わずクスッと笑みをこぼしてまうマリア。

 そんなマリアを見て不貞腐れた表情をするゼファーをからかうように、マリアはとても眩しい笑みをゼファーに見せるのだった。


「そうだ。私のこの後の予定聞きたい? 答えは聞かないけど」


「聞かないなら普通に言えよ……」


「あえて聞かない意思表示が重要なの! 家に戻ったらあのチンピラども焚きつけた奴を調べてみるつもり。調べ終わったら、必ずゼファーに報告するから」


 そう言って太陽のような笑みを浮かべたマリアは、そのままゼファーの前に移動すると、素早くゼファーのひたいに軽くキスをする。


「それじゃあゼファー私は行ってくね」


「な……!? お、おう。いってらっしゃい」


 マリアの予想外の行動にゼファーは一瞬絶句してしまうが、すぐに持ち直し反撃と言わんばかりにマリアに軽くハグをする。

 ビクッと驚きを隠せないでいたマリアであったが、すぐに再起動しその場を後にする。

 ゼファーの視界からはマリアの背中しか見えないが、マリアの表情はとても嬉しそうであり。さらに顔色は嬉しさからか、耳元まで真っ赤であった。


「さて、俺も行こうかな」


 一人残ったゼファーは、インスタントコーヒーを飲むと、鍵を閉めてアリエラの家を後にする。


 *********


 ヴァイスシティの中でも様々な人種で賑わっているノースタウン。ゼファーは一人でノースタウンの街中を歩いている。

 左を見れば安物のサイバーアームを付けた労働者が、安酒を飲みながら上司の文句を言い。

 右を見れば過激な服装をした客引きの男女が、セクシーな体勢で店の名前を宣伝している。

 少し裏道を覗けば浮浪者達が、かがり火の前にたむろしていた。

 軽犯罪は起きるがヴァイスシティでは比較的平和な場所。それがノースタウンという街であった。


「ここだな」


 そうして歩いてたゼファーが足を止めたのは、ドクターの華麗な診療所と、汚い字で大きく看板に書かれた建物の前である。

 診療所内には小綺麗な人物から小汚い人間まで様々な人々が、診療所に設置されたサイバーウェアのカタログを眺めていたり、サンプルのサイバーウェアを触ったりしている。


「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょう?」


「あー……健康診断を受けたいんだが」


「はい、健康診断でございますね。生体データをスキャンさせていただきます……はい、少々お待ちください」


 ゼファーは診療所の受付に声をかけると、受付――頭部を殆ど改造したサイボーグが、声帯をサイバー化させた者特有の、耳に残りやすい電子声で対応してくる。

 受付サイボーグが生体スキャナーを起動させると、ゼファーは身体にあるケーブルを接続する。


「はい、ゼファーさん。こちらが待合番号になります」


 ほんの数秒でケーブルからデータを読み取り、相手がゼファーであることを判断した受付サイボーグは、発行した待合番号をゼファーに手渡す。


「ここでいいか」


 待合番号を受け取ったゼファーは、空席を探してあると、左手を大型のサイバーアームに置き換えた男の空席を見つけて、そこに座る。

 隣席の男のサイバーアームはとにかくデカく、一見すると丸太のごとき太さのサイバーアームであった。


「ふん」


 大型のサイバーアームの男は不機嫌そうな表情をしつつ、ゼファーを一瞥すると不満げに鼻を鳴らす。

 不快な奴だ。そう思いながらもゼファーは、診療所内で騒ぎを起こさないよう、サイバーアームの男に反応しない。


「チッ……」


 ゼファーの対応にサイバーアームの男は不機嫌そうに舌打ちをする。さらにイライラした様子で貧乏ゆすりまで行い始めた。

 ほどなくして診療所内の雰囲気が、目に見えるように悪くなっていく。

 ただ一人、受付アンドロイドのみが、平坦な電子音声で仕事を続けていた。


「65番の方ー」


 30分も待っていれば、隣席のサイバーアームの男も診察室に入って行き、診療所内の人数はどんどん減っていく。

 暇になったゼファーは思わずトントンと、人差し指で足をノックしてリズムをとってしまう。


「72番の方ー」


 遂にゼファーの待合番号が呼ばれる。既に他の患者はおらず、最後の一人になったゼファーはゆっくりと立ち上がると、軽く伸びをして全身のこりをほぐして診察室に入っていく。


「いらっしゃい。おや、ゼファーじゃないか」


「よお、ドクター」


 ゼファーにドクターと呼ばれた男は、両目を特徴的なサイバーアイに置き換えており。一目見ただけでも記憶に焼きついてしまう。さらにドクターの甲高い声も合わさり、初見ではマッドサイエンティストに見えてもおかしくない。

 見た目だけなら怪しい格好をした人物であるドクターであるが、サイバーウェア関係の腕は一流で、何回もゼファーは診てもらっている。


「それで本日の要件はなんだい?」


「あー実は俺、今後診てもらう機会が減るだろうから、今のうちに全身を診てもらおうとね」


「そりゃあ、いい考えだ。なら今日で全身診てやるよゼファー。それでどこから診て欲しい?」


 ゼファーが診察を受けに来た理由を聞いたドクターは、ニヤリとあくどい笑みを浮かべながらそう言った。

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