無職
サインの入った退職届を見て、アリエラは感慨深そうに退職届とゼファーを見比べる。
「はい、これで君はSAERDを退職したわけだけど。何年だっけ君との付き合いは」
「4年ぐらいですね。任期が終わって予備役に入った俺を、隊長がスカウトしてきたのが大体それぐらいです」
長年付き合った男女が別れるようにアリエラは呟く。
まとまった大金が必要だったゼファーは、自分の特性を活かすため軍に入隊し。4年程、軍人として生活をしていた。
そして第一目標金額に到達し、一度予備役に入ろうとしたゼファーの前に、アリエラがスカウトに来たのだ。
「あの時はびっくりしましたよ、見知らぬ美人さんに名前を呼ばれるんですから」
「ふふ、それじゃあ今は君から見て私は美人かな?」
「もちろん。夜のお誘いがあれば迷わず受けるぐらいに」
ゼファーの感想に満足したのか、嬉しそうに笑うアリエラ。彼女は思わずゼファーのサインが入った退職届を、思わず破りたい衝動に駆られてしまう。
それほどまでにゼファーという人材を失うのが、アリエラにとって大きな痛手なのだ。
「ゼファーくんはこれからどうするつもり?」
「あー今すぐ定職につける宛はないですし、金もまだ必要だから傭兵でもしようかと」
「ふーん」
ゼファーの返答を聞いたアリエラは、興味深そうに考えこむ。そして立ち上がりインスタントコーヒーを入れ始める。
「このインスタントは私の奢りだけど。ゼファーくんは
「もちろんですよ。金と誠実さがあれば」
コーヒーの入ったマグカップが机の上に置かれる。マグカップを手に取ったゼファーは、ニヤリと笑いながら一気にコーヒーを飲み干すのであった。
「じゃあSAERDの予算が足りないから、私の身体が報酬って言えば君は
あえて男を誘うようにアリエラは熱っぽく呟く。それを聞いたゼファーは、驚きを隠せずに反射的にむせてしまう。そんなゼファーの姿を見ているアリエラは、クスクスと小さく笑いながらも、自身のハンカチでゼファーの汚れた口元を拭いていくのだった。
「ほらじっとして、私の身体云々は冗談。でも君が私のことを心配してくれてるのは嬉しいな」
アリエラに口元を拭かれるゼファー。そんな二人の姿はまるでできの良い姉とやんちゃな弟のような姿を幻視させた。
「はいできた。これで綺麗になったけど、コーヒーのかかった服はちゃんと洗濯してね? じゃないとシミになるから」
「それぐらいできますよ。子供じゃないんですから」
「私から見たらまだ年下だよゼファーくんは」
にっこりと微笑むアリエラの言葉に、ふとアリエラの年齢を思い出したゼファーは、無意識に口に出してしまう。
「年上っていても隊長と俺って1年と少しぐら……」
「何か言ったかな?」
ゼファーがアリエラの年齢について言及しようとすると、即座に細身で色白なアリエラの手がゼファーの口を塞ぐ。
そのままアリエラの手はゼファーの顔を掴むと、りんごを握りつぶすような掴み方を変える。
「っ……!」
「この先はチャックだよゼファーくん?」
「は、はい……」
アリエラの言葉にゼファーは無意識に頷く。ゼファーの目には、細身の腕に力を込めようとするアリエラの腕が見えるからだ。
高度なサイボーグ化しているアリエラの身体は、りんご程度なら軽く握り潰し。コンクリートの壁さえもたやすくその手で破壊できる。
目の前のアリエラのサイボーグ化具合を知っているゼファーは、自身の顔を掴まれ命を握られていることを理解し、続きを言おうとしない。
「それじゃあゼファーくん。急いで君の部屋の荷物は片付けてSAREDから離れてね。ああでも、君がいつでもメタルビーストに乗れるように、メタルビーストたちの認証は残しておくし君専用に改造されたパワードスーツも置いておくよ」
「いいんですか? そんなことして。睨まれそうですけど……」
「大丈夫。そんなことしてくるなら逆に煽ってあげるから」
そう言って微笑むアリエラであったが、オレンジ色の目は笑っておらず、むしろ殺気さえも感じさせる威圧感があった。
目が笑っていないアリエラを見て、ゼファーは思わず身を強張らせかけるが、すぐに経験と訓練を元に威圧感から開放される。
「それじゃあ俺、荷造りしてきます。今までありがとうございました」
「うん。それじゃあ退室を許可します」
「失礼します」
そう言ってゼファーは部屋から退出していき、部屋に残ったのはアリエラだけであった。
一人になったアリエラは、誰の視線もないことを確認すると、1枚の紙を取り出す。
「本当にやってくれたね」
まるで養豚場の豚を見るような目で1枚の紙を見るアリエラは、そのままライターを取り出すと紙を燃やしていく。
燃えていく紙片には署名と書かれており。そこには
*********
「こんなもんかね」
数時間後、自身に与えられていた部屋に戻ったゼファーは、部屋にあった荷物を片付けていた。
パワードスーツを斬れる愛用の刀に、自費で購入したピストル。さらに着慣れた防弾ジャケットに下着の類、そして個人用の携帯端末と、荷物は全部でダンボール3箱分になった。
「あとはこれだけだな……」
何もなくなった部屋を眺めたゼファーは、3箱のダンボールを軽々と持ち上げると、そのまま愛用の車へと歩き出した。
ダンボール3箱を持ちながらも、ゼファーはバランスを崩すこともなく駐車場へと歩いていく。
「誰とも合わないのは悲しいな」
駐車場についたゼファーは思わず独り言を呟いてしまう。なにせ車にたどり着くまで、SAREDのメンバーと誰とも合わなかったのだ。
愚痴を言っても仕方なくバンにダンボールを載せたゼファーはエンジンをかけて、SAREDの本部を後にしようとする。
地下の駐車場からバンが飛び出ると、バンの窓から日光が入ってきてゼファーの視界を妨害してくる。
「ん……」
思わず一瞬目を閉じてしまうゼファーであったが、すぐに慣れて目を開く。
ゼファーの視界に広がったのは、別れを惜しむSAREDのメンバーたちであった。
「ありがとうございました! 六条さーん!」
「ゼファーさん、いままでありがとう!」
ゼファーとの別れを惜しむSAREDのメンバーの声に、ゼファーも思わず涙腺が緩んで涙を流しそうになる。しかしそんな顔を見せることなく、ゼファーはSAREDのメンバーに無言の返事をするように腕を窓から出すのだった。
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