更衣室にて


「な!?」


 いきなり更衣室に連れ込まれたゼファーは、驚いて声を上げそうになる。

 だがそれよりも早くマリアの柔らかい手が、ゼファーの口を塞ぐのだった。


「しー。ゼファーったら、ここで私に性犯罪者へクラスチェンジさせられたいの?」


「なりたくないにきまってるだろ」


「だよねー無職に追加で性犯罪者はもう再就職不可能だもの」


 マリアの「無職」という発言に、思わず反応しかけたゼファーであったが、再びマリアの手によってゼファーの口は塞がれてしまう。


「なんなのゼファー。本当に性犯罪者になりたいわけ? それなら、これはどう?」


 そのままマリアはゼファーの口を塞ぐように、自身の唇を合わせようとする。

 だがゼファーとマリアの唇が合わさる前に。


「お客様、大丈夫でしょうか?」


 更衣室のカーテンの向こう側から、訝しむような店員の声が聞こえてくる。

 店員の声を聞いたマリアは、ゼファーとの距離を即座に離す。

 そんなマリアのうぶな反応に、ゼファーは声を殺して小さく笑ってしまうのだった。


「はーい大丈夫です」


「それではお客様、更衣室は汚さないでくださいませ」


 そう言って店員はゼファーとマリアの入った更衣室から離れていく。


「緊張したねゼファー」


「まあな、でもマリアの方が心臓バクバクしてるんじゃないのか?」


「勿論。だってゼファーとこんなに近くでいるもの。心臓が落ち着くわけないでしょ」


 ゼファーは思わずマリアの胸に手を置きたい衝動に駆られるが、なんとか自重して我慢しきった。


「それでゼファー、どの下着がいい?」


 マリアは更衣室に持ち込んだ下着を手に取り、ゼファーに見せつける。黒のレースに、赤のベビードール、さらには大事な部分を隠せないような下着まであった。


「少し過激すぎないか?」


「そう? 好きな男の人の前ではね、女の子はどんな手でも使うの。わかるでしょ?」


「分からなくはないけどさぁ……」


 マリアはゼファーの反応を楽しみながらも、どの下着を試着しようか楽しげに見繕っている。

 楽しげなマリアの姿は、側から見れば普通の少女にしか見えない。

 しかし彼女の本業はハッカーであり、命の賭け方を知っている女なのだ。


「ゼファー。試着してみるから少し外で待ってて」


「おう。外でいいのか?」


「勿論。生まれたままの姿は、もっと大事な時に見てほしいから!」


 マリアの眩しい笑顔を前にしてゼファーは、少しこそばゆい感じをして、思わずほほを掻いてしまう。

 更衣室のカーテンの向こう側では、布と布が擦れるような音がわずがに聞こえてくる。

 カーテンによって視覚では見えないマリアの姿に、ゼファーは思わず脳裏でカーテンの向こう側を想像してしまう。


「ねぇ、どんな想像してる?」


 マリアの着替えている音が止まると、カーテンの向こう側からマリアの言葉が聞こえてくる。


「どんな風に返してほしいんだよ……」


「んー綺麗な君を想像してた。とか、一糸纏わぬ君さ。とか?」


「それは俺の性格じゃ無理だな」


 マリアの挙げた例にゼファーは思わず笑ってしまう。それに釣られてカーテンの向こう側からも、マリアの小さな笑い声が聞こえてくる。


「それじゃあ、お披露目ターイム」


 その言葉と同時に、カーテンが開く。

 更衣室の中には、黒いランジェリーを着用したマリアが立っていた。

 男の劣情を駆り立てるような、マリアの肉つきの良い胸と細身な腰回りのある身体に、ゼファーは思わずポカンと口を開けてしまう。


「綺麗だ……」


 思わず浮かんだ言葉を、ゼファーは無意識に口にする。

 直球で純粋な賞賛の言葉に、マリアは恥ずかしさからかピャァと奇声を上げ、そのまま更衣室のカーテンを閉め直した。

 カーテンで遮られたゼファーとマリア。先に再起動したのは、ゼファーであった。


「あーマリア……その、すまない」


「謝らないで……今の本心?」


「ああ、本心さ」


「なら許す。だからもう一回私の下着見てくれる?」


 再度カーテンが開かれる音と共に、黒の下着姿のマリアが現れる。マリアは恥ずかしそうにしながらも、ゼファーの方へチラチラと視線を向けていた。


「とても似合ってる」


「ありがとう。次の下着に着替えてくるね」


 恥ずかしそうにそう言ってマリアは、更衣室のカーテンを閉める。

 再び布と布の擦れる音が、カーテンの向こう側から聞こえてくる。残されたゼファーはその音を聞きながら、マリアがどんな下着に着替えているのか考えていた。


「ゼファー、カーテン開けるね」


 次の瞬間、カーテンが開かれ下着姿のマリアが現れる。

 赤のベビードールを着たマリアは、恥ずかしそうに髪をかき上げつつも、ゼファーに向けて次々とポージングをしていく。


「似合ってる?」


「勿論だ。でもやっぱり少し過激じゃないか?」


「いいのよ。相手はこれぐらいしないと落とせない城塞なんだから」


 ポージングをし続けていたマリアであったが、ふとポージングを止めると胸元を支えていたホックに手を伸ばす。


「ねぇゼファー。試しにここで外してみようか?」


「マリア……」


 マリアの言葉を聞いたゼファーは距離を詰めると、素早くマリアの腕を掴む。

 いきなり腕を掴まれたことに驚いた様子のマリアは、顔を赤く染めて手を止めてしまう。


「店員さんに汚すなって言われただろ」


「はぁ?」


 思わず怒りの感情を噴出しそうになるマリアであったが、すぐに先程の店員の言葉を思い出し冷静になる。

 冷静になったマリアは、すぐにホックを掴む手を離す。それを見たゼファーも、掴んでいたマリア腕を離すのだった。


「悪いな、マリア」


「いいよ。だって大事なもの貰えたし」


 ――どういう意味なんだ?

 マリアの言葉の意味が分からなかったゼファーは、ポカンとした表情で更衣室から出てカーテンを閉める。

 更衣室の中でマリアは、ゼファーに掴まれた時にできたあざを見つめながら嬉しそうに微笑んでいた。


「ふーん、ふーん」


 更衣室の中からは、ごそごそとマリアの着替えていると思わしき音が聞こえてくる。

 音を聞いたゼファーは再度、更衣室の中で着替えているマリアの姿を想像してしまう。

 程なくして着替えを終えたマリアが、更衣室から出てくる。その手の中にはマリアが選んだと思わしき下着が何着もあった。

 嬉しそうに下着を手に取ったマリアは、そのままレジに向かおうとする。


「もういいのか?」


「うん。サイズが合っているの選べたし、攻める相手用の下着も見つかったからね」


「お……おう。お前がいいならいいんだけど」


「さあ、行こう! ゼファー」


 マリアはゼファーの腕を掴むと、まるでスキップをしそうな足取りでゼファーと共にレジへ向かうのだった。

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