2人の小悪魔

 会計を終えたゼファーとマリア。二人の手には購入した下着の入った袋があった。


「やあ、楽しそうだね」


 楽しげに鼻歌を歌うマリアを邪魔するように、後ろから女性の声が聞こえてくる。

 女性の声に聞き覚えがあったゼファーとマリアは、素早く後ろを振り向く。そこには袋を抱えている私服姿のアリエラがいた。


「お疲れ様です。えっとアリエラ?」


「ふふ、お疲れ様。そんなに堅苦しくなくていいよゼファーくん。私だったらお疲れ様、でいいと思うね」


 ゼファーの敬語がおかしかったのか、アリエラは小さく笑ってしまう。そして例を挙げつつもゼファーの肩を軽く触るのだった。


「むー……お久しぶりですアリエラさん」


「久しぶりマリアちゃん。なにかいいことでもあったかな?」


 互いに敵対心を隠さずにぶつけ合うマリアとアリエラ。そんな二人にのけ者扱いされたゼファーは、一人オロオロとしてしまう。


「やめようか、ゼファーくんが困ってるし」


「そうですね。ゼファー帰ろ」


「ああ待って、ゼファーくんちょっとこっちに」


 そう言ってアリエラはゼファーの腕を掴むと、自分の方へと引き寄せる。

 ふわりと移動したゼファーの身体は、アリエラに抱きしめられる形となる。ゼファーの視点からは見えなかったが、その瞬間のマリアの表情は険しいものであった。

 アリエラはゼファーの身体を抱きしめると、ギュッと力を込める。


「っ〜!」


 単純なハグであったが、アリエラの豊満な胸の感触に、ゼファーは思わず腰砕けになってしまいそうになる。

 そんなゼファーの様子が気に入らなかったのか、マリアも後ろからわざとらしく胸を当てるようにゼファーを抱きしめる。


「マリア!? アリエラ!?」


「ちょっと黙ってねゼファーくん」


「これは女同士の戦いだから水を差さないで」


 息を合わせたような2人の言葉に、ゼファーは圧倒されてしまう。そのままマリアとアリエラは、ゼファーを前後で挟むようにハグを続ける。


「すぅー」


「すぅー」


 マリアとアリエラはわざとらしく頭をゼファーの身体に擦り付け、自分のにおいをマーキングしている様子であった。同時に2人は今のうちにゼファーの雄のにおいを堪能している様子だ。


「2人とも? そろそろ人の視線が……」


「後10秒我慢してくださいゼファーくん」


「私は後5秒よゼファー」


 そのままゼファーを抱きしめること5秒後に、マリアは名残惜しそうに離れていき。さらに5秒後、アリエラも名残惜しそうにゆっくりとゼファーから離れていく。


「あー、2人とも落ち着いた?」


「勿論。ねえマリアちゃん」


「本当はもう少し堪能したかったですけど、すごく落ち着いた」


 離れた時アリエラとマリアの様子を見たゼファーは、軽くため深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

 女遊びに慣れているゼファーといえど、いきなり抱きつかれるのは予想外だったために、心臓の鼓動がおさまらないのだ。


「へぇ……ゼファーくん。どうしたのかな? まるでドキドキしているみたい」


「いやいや、そんな初心な学生じゃあるまいし」


「だよね、じゃあもうもう一度抱きしめてもいいよね?」


「周囲の視線が痛いので駄目です」


 両腕を伸ばしてゼファーを抱きしめようとするアリエラ。だがゼファーはアリエラの抱擁を、少し離れることで拒絶する。


「じゃあ、人が居ない所なら抱きしめていいんだね」


「アリエラさん! 私たち用事があるので失礼します!」


 このままだとアリエラにゼファーを取られると判断したのか、マリアはゼファーの腕を掴んでその場を走って去っていく。

 咄嗟にアリエラはゼファーの腕を掴もうとするが、残念ながらその手は空を切ってしまう。


「ふぅん……」


 1人残されたアリエラは、人混みに消えていくゼファーとマリアの背中を見ながらも、名残惜しそうにまた、獲物を狙う肉食動物のように目を細めていた。


 *********


「はぁ……はぁ……疲れたぁ」


「マリア、流石にいきなり走り出すのは失礼だと思うぞ」


「ゼファー。アリエラさんはもう上司じゃないんでしょ? ならこれぐらいの無法は許してくれるんじゃない?」


 悪びれないマリアの言葉に、ゼファーは仕方ないと言わんばかりにため息を吐く。

 そんなゼファーとマリアが着いた場所は、客の多いカフェテラスの前であった。

 カフェテラスには広い客層で賑わっており、休むにはちょうど良さそうである。


「ねぇゼファー。少しお茶しない? どうせ走って疲れたんだし」


「ん……まぁ今日はお姫様のわがままに付き合う予定だからな。少し休むか」


「休むよりもお茶の方が優雅でしょ。ならこっちの方がよくない?」


「そういうものなのか……」


「そうよ、お茶の方が大事な人と一緒にいるって感じがする!」


 腑に落ちなかったゼファーであったが、笑顔のマリアを見てそういうものだと納得する。そして2人はカフェテラスに入って行くのだった。


「いらっしゃいませ、お二人ですね。お席は店内と店外の2つがありますが、どちらにいたしますか?」


「んー店外で」


 マリアは数秒ほど悩み外を選ぶ。だがゼファーにはマリアが悩んだふりをしていたように見えた。


「はいお外ですね。お好きな席でお待ち下さい」


 そう言って店員はゼファーたちに注文用のタブレット端末を渡し、外へ促すのだった。


「なぁマリア、お前何か用があってこの店をえらんだな?」


「半分正解、半分当たり。人が多くて盗み聞きがされない所ならどこでも良かったけど……ね」


 ゼファーの言葉にマリアはイタズラが成功したような笑み浮かべると、いそいそと空いた席にゼファーを引っ張っていく。

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