ゴブリン

 駆動音と衝撃音を聞いたゼファーは、即座に立ち上がると刀とピストルを携帯し直す。そして、音が聞こえてくる方向に視線を向けた。

 軋んでいるような、中古の機械が動いているような音が徐々に近づいてくる。

 ゼファーは警戒しながらもピストルを構えて、近づいてくるナニカを迎撃しようとした。


「死ねぇ、ゼファー・六条!」


 先程離れた男の声とともに、近づいてくるナニカが姿を表す。

 みすぼらしい棺桶にみすぼらしい手足が付いた全高2メートル程度の人型ロボット――コンバットメック。その名はゴブリン。

 ゴブリンは粗末な見た目に相応しく、その装甲は当たりどころが悪ければピストルの銃弾さえ貫通してしまう。

 しかしそんなゴブリンにも二つの利点が存在する。

 一つ目は中古の原付並みに安価であること。

 二つ目は片手でマシンガンを持ちながらも、移動しながらも安定してマシンガンを斉射できるバランス性能。


「まずっ!」


 ゴブリンの手に括り付けられたマシンガンを見て、ゼファーは思わず絶句してしまう。

 マシンガンに使用されている銃弾は、ピストルに使用されている銃弾と比べても、威力は桁違いである。

 ゴブリンはゼファーに照準を合わせると、マシンガンをフルオートで射撃してくる。その際に発生する銃声は、まるでチェーンソーの排気音のように凄まじい。


「クソ! 避難してるとはいえこんな往来でマシンガンをばらまくアホが居るなんて!」


 マシンガンの前では逃げの一択を取らざるおえないゼファー。なんとか遮蔽をとれそうな壁を見つけると、そこに全身を守るように身を隠す。

 ホッと一息をつくゼファーであったが、そんなゼファーを休ませないようにマシンガンの銃弾が壁に命中し続ける。

 耳をつんざくような銃声と共に、マシンガンの銃弾はまるで雨のごとく壁に降り注いでいく。

 ガリガリガリと壁は銃弾によって徐々に損傷していくのを見て、ゼファーはピストルだけを壁から乗り出させゴブリンに向かって狙いをつけずにとりあえあえず撃つ。

 1発、2発、3発と、弾倉の中にある銃弾をありったけ撃ち尽くすゼファー。

 弾倉内の銃弾がなくなれば即座にリロードをして、再び狙いをつけずに撃ち尽くす。


「仕方がない、虎の子のこいつを使うか……」


 ゼファーは惜しみそうな表情をしながらも、コンバットメックのカメラにも効果があるフラッシュバン取り出すと、マシンガンを撃ち続けるゴブリンに向かって投擲しようとする。

 しかし次の瞬間、ゼファーの携帯端末に通信が入ってくる。

 

 ――なんだこんな時に。


 ゼファーはそう思いながらもフラッシュバンの投擲を止めて、物陰に身を隠しながらも携帯端末の通信に出る。


『はぁいゼファー? 生きてる?』


「マリアか!? なんとかな。だけど長くは持ちそうにないと思う」


 携帯端末からは陽気な女の声が聞こえてくる。陽気な声の女――マリア・ゴーストハーツは、ゼファーの通信端末から銃声が聞こえているはずなのに、何も言わずに通信を続ける。


『へぇーあのSAREDの鬼の切り込み隊長がそんな弱音をねぇ』


「もう俺はSAREDのメンバーじゃない。そのあだ名も返上だ」


『OK、それじゃあゼファー。あんたの命が狙われている理由聞きたい?』


 ――聞きたいが今聞ける状態じゃない!


 そう大声で叫びたいゼファーであったが、口をつぐんで押し止めた。

 ゼファーとは裏腹にマリアはケラケラと笑いながらも陽気な声で話を続けてくる。


『と言っても、話が聞ける状態じゃなさそうだねゼファー? しょうがないからまた掛け直してよ』


「おい、ハッキングでこっちの状況を見ていないか? 少しは助けることなんて……」


『見ているわよ。でも残念ハッキングは魔法の力や万能の力じゃないの、私の所からゼファーを助けるなんて無理よ、距離が5kmも離れてるのよ』


 マリアの言葉に頭を痛めてしまうゼファー。とはいえ無理なものは無理なのだ。仕方なく再度フラッシュバンを構え直す。


「悪いがこっちも修羅場なんだ。切るぞ」


『わかったわよ。それじゃあ生きてまた会えることを祈ってるわ』


 そう言ってマリアは通信を切る。マシンガンの銃声が背後から聞こえる中、ゼファーの通信端末は沈黙する。


「それだけはありがたく受け取っておくぜ」


 銃声が響き渡る状況の中、ゼファーは誰にも聞こえない大きさの声で小さく呟く。

 そんなゼファーの背後では、ゴブリンがマシンガンを撃ち続けていた。


「出てこいやー! ゼファー・六条!」


 マシンガンを構えたゴブリンに搭乗していると思わしき男の声が、ゴブリンの中から聞こえてくる。

 男の声を聞いたゼファーは、ニヤリと笑うと「こっちだ! ウスノロ野郎!」と叫びながらフラッシュバンを投擲する。

 大きく弧を描いていったフラッシュバンは、カランと乾いた音とともに、ゴブリンの足元に落ちていった。


閃光手榴弾フラッシュバン!? クソが!」


 足元のフラッシュバンを確認したゴブリンは、慌てて距離を取ろうとするが時すでに遅し。

 1秒も経たずにフラッシュバンは、ゴブリンの足元で効率的に炸裂する。


「がっ……メインカメラが!」


 フラッシュバンの光によってメインカメラを焼かれ、視界が駄目になったゴブリンは、思わず右往左往してしまう。

 だがそんなゴブリンの隙を、ゼファーは逃さない。

 即座に刀を構えると全身をバネのようにしならせ、一気にゴブリンとの距離を詰めていく。

 ゴブリンもマシンガンを乱射することで弾幕を張ろうとするが、視界が駄目になっているために弾幕の意味をなさない。

 

「セイヤアアアァァァ!」


 気合の入った雄叫びと共に走り出すゼファー。そしてそのままゴブリンの胴体を横一文字に切り裂く。

 残心の後、ゼファーはピストルをすぐさま抜き。ゴブリンのコクピットに当たる部分を撃ち抜く。

 放たれた3発の銃弾は、ゴブリンの装甲を貫通するが中から反応はない。

 ゴブリンを対処したことを確認したゼファーは、ゴブリンの装甲板をめくり中のパイロットと対面する。


「自分がやったこととはいえ、こりゃ酷いな」


 ゴブリンのコクピットの中には上半身となった男の遺体と、血と臓物で汚れた機械類が散乱していた。

 ゼファーは素早く男の首元に手をかけると、男の肉体に埋め込まれたプラグを見つけ、そのまま自身の身体に埋め込まれたコードを挿し込んだ。

 ゼファーの視界に一瞬ノイズが走るがすぐに元に戻る。そしてそのまま男の遺体からデータを盗んでいくのだった。

 全てのデータをコピーしたゼファーはコードを抜くと、振り向くことなく惨劇となったその場を去っていく。

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