マリアの涙


「……あー、アリエラさん? 何度見てもマリアの居場所が1箇所しか表示されないんですが……」


『勿論決まっているじゃない。忘れがちだけどマリアちゃんは司法取引済みとはいえ元犯罪者。彼女の位置情報なんてすぐにわかるようになって当たり前』


「それ、本人にバレたらハッキングされて改竄されるやつでは?」


『だろうね。まぁこの仕掛けを作ったのはSEARDの人間じゃないから、私は別に興味ないけどね』


 ヴァイスシティ警察の人間に聞かれれば、懲罰クラスの発言をあっけからんと言い放つアリエラ。

 そして今ゼファーにとって今重要なのは、マリアのことだけのためアリエラの発言について言及することはなかった。


『さぁ行きなさいゼファーくん。マリアちゃんが待ってるよ』


「ありがとうございました。今回のお礼は必ず……」


『別にいいよ。むしろこっちが貰いすぎたぐらいにね。だから今回のことが終われば一晩どうかな?』


「無事に解決できれば一考しますよ」


 ゼファーの一言と同時に携帯端末の向こう側から、ガシャンという金属音が聞こえ。その直後、慌てた様子のアリエラの息遣いぎも聞こえてくる。


『ゴホン……それは全力で楽しみにさせてもらうかも。ではまた』


 その言葉の直後、アリエラとの通話が途切れる。それを確認したゼファーは、すぐさまサイバーアイに表示されている情報を元に、マリアの下へ急いで走り出す。


 *********


 海の見える海岸沿いの手すりで、マリアは1人寂しくもたれかかり、誰もいない海を眺めていた。

 何十年とヴァイスシティの海は化学物質によって汚染されていて、人が遊泳するのには適さないせいか景色を見る程度の観光客しかいない。

 そんな海を眺めているマリアの目は、先程まで泣いていたのか赤く充血している。


「ゼファーのばーか。おたんこなす、女好き!」


 マリアは心の底から本音をぶち撒け、鬱憤を晴らすよう大声で叫ぶ。


「ゼファーのあほー! バカー! ええっと……」


 ゼファーを罵倒する言葉が浮かばなくなったのか、マリアは言い淀むとそのまま俯いてしまう。そして彼女の瞳からはポタポタと涙が流れていく。


「嫌いなんて言わないからさ……ゼファー私も見てよ」


 涙と悲しみによって本心が漏れ出したマリアは、少しずつではあるが本音を吐露していく。そんな泣いている彼女に近づいてくる者がいた。

 誰かの足音を聞いたマリアは、即座に涙を拭って表情を明るくして顔を向ける。だがすぐにそれは崩れてしまう。


「マリア・ゴーストハーツさんよぉ、あんたの身体に随分な賞金がかかっているんだ。俺たちと来てくれるよなぁ?」


 マリアに話しかけてきたのは、見た目からしてみすぼらしいゴロツキたちであった。ゴロツキたちはニヤニヤと下劣な笑みを見せながらも、マリアの全身を視姦している。


「嫌って言ったら、何をされるのかしら?」


「そりゃあもちろんパーティーでしょ!!!」


「Foooooo!」


 1人のゴロツキの言葉に、他のゴロツキたちも賛同するように声を上げる。その様子はさながら発情したサルのようである。そのままマリアの周囲を囲んでいくゴロツキたち。

 囲まれたことに気づいたマリアは、急いでその場から逃げ出そうとするが、ゴロツキたちの動きから隙を見いだせず、逃げ出すことができない。


「ヘイヘイ、逃げないの? このままだと捕まっちゃうよ?」


「あら、そんなふうに数で押さないと、女の子に声をかけることもできないの? とんだ臆病者ね」


 わざと恐怖を煽るためか、集団でマリアを囲み高圧的に話しかけてくるゴロツキたち。

 だがマリアも屈することなく、逆にゴロツキたちを煽ってみせた。


「テメェ!」


 囲んでいるゴロツキたちの殆どは、マリアの挑発に乗ることはなかった。だが集団の中には必ず想定外の行動を行う者は存在する。例えばマリアの挑発に乗ってしまった1人のゴロツキのように。

 怒りの衝動に身を任せたゴロツキはマリアの腕を掴む。だが次の瞬間、その身体はふわりと宙へと浮く。


「あ……?」


 マリアの柔術によって投げられたゴロツキは、思わず呆けた声を出してしまう。そしてそのまま地面に受け身を取ることも出来ずに尻餅をつく。


「ひゃはは、なんだその無様な格好!」


「そうだ、そうだ!」


「俺なら恥ずかしくて生きてられないね!」


 尻餅をついたゴロツキを見て、他のゴロツキたちは馬鹿にするように軽口を言い合う。

 渦中のゴロツキは1人、何も言わずに怒りで顔を真っ赤に染めていた。


「殺す!」


「おい、マジになってどうするんだよ……」


「黙れぇ! 殺す、そう決めたんだ!」


 ゴロツキはそう叫ぶと懐のピストルを抜く。それを見た周囲のゴロツキたちは、ピストルを持ったゴロツキを止めようとするが聞く耳持たない。

 騒然とするゴロツキたち。

 そんな周囲をよそにマリアへ照準を向けトリガーを引こうとするゴロツキ。だがトリガーを引く直前、遠くから銃声が響くと同時にゴロツキの手からピストルが転げ落ちる。


「ぐっ……誰だ!?」


「それはこっちの台詞だよ。マリアを探してたら銃を向けられたマリアがいるし、どうなってるんだ?」


 ゆっくりとマリアとゴロツキたちに向かって歩いてくるゼファー。マリアは目の前の光景を見ただけで、まるでモノクロの世界から、色彩のあふれた世界に戻った気がした。

 逆に近づいてくるゼファーを見たゴロツキたちは、ざわめいた様子でゼファーへ視線を向けてくる。


「ゼファー・六条!?」


「賞金のかかっている男だ! 当分遊んで暮らせるぞ!」


 だがゴロツキたちも騒然とした様子のままでは終わらない。各人己の所持している武器――ピストルやサブマシンガン、刀に鈍器を抜き、ゼファーにそれらを向けようとする。


「遅い」


 だがゴロツキたちが武器を向け終わるよりも速く。ゼファーはゴロツキたちとの距離を詰め、手に持った刀の柄で、1人のゴロツキの頭部を全力で殴りぬいた。


「ガッ……!?」


「みっくんが!」


「あのグループの中じゃ、5番目に強いみっくんがやられた!?」


 みっくんと呼ばれたゴロツキは頭から血を流し、そのまま地面に倒れてしまう。ピクピクと身体は痙攣しているので生きていると思われるが、頭部から流れる血はドクドクと地面を朱に染めていく。


「さぁ、次はどいつだ?」


 まるで歌舞伎の見得を切るようにゼファーは、ピタリと動きを止め、ゴロツキたちに鋭い視線を向けるのだった。

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