交渉

「さて、マリア。ハッキングはどうだった?」


「勿論、ある程度相手の拠点を見つけることができたわ。最もおおよそのデータしか分からなかったけど……」


 直後、マリアの携帯端末の液晶に様々なデータが表示される。

 それはヴァイスシティ各地にあるプロフェッサー・ネクロネットの手勢の拠点についてのデータであった。

 データの中には拠点内にどれだけの人数が存在するか、どの程度の装備があるのかなど、事細かに表示されている。


「……さすがだなマリア。こういうハッキング作業は俺には出来ねぇ」


「ふふん、もっと褒めてくれてもいいわ。っとゼファーこのデータを見て」


 マリアは携帯端末を操作すると、先程とは違うデータが表示されていく。

 表示されたデータを見たゼファーは、徐々にその眉間にシワを寄せていくのだった。


「これは……」


「すごい戦力よね、この拠点。荒事について無知な私でもこれぐらい分かるわ」


 表示された拠点には、プロフェッサー・ネクロネットの保有する最大戦力であるコンバットメックが、3機も配備されていることを示していた。

 さらにデータの内容が正しければ、3機のコンバットメックはどれもゴブリンではなく、最上位機種のトロールと記載されている。


「戦争でも起こす気か、ネクロネットのやつ……」


「本職が言うのなら戦争でも起こす気じゃないの? 例えばゼファーの命を狙うとか」


「非合理的すぎる。……しかし可能性はあるな、本当にごく僅かだが」


 プロフェッサー・ネクロネットの考えが分からないゼファーは、悩み悩んだ結果に可能性が1番低い考えを採用する。この考えがゼファーにとって、最悪な可能性なのだから。


「でもどうするの? 流石にゼファーでもこの戦力と総当たりは無理でしょ?」


「当たり前だろ。こういう時は使える戦力を使って割り振るのが相場だ。そのためにはこっち側の戦力を用意しないと……な」


 そう言ってゼファーはそう言って携帯端末を取り出し通話を開始する。

 通話を開始してワンコールも経たず相手は出てくれた。


『はぁい、ゼファーさん。ご機嫌よう』


「ようレヴィ、この前ぶりだな」


 通話を向かい側で聞いてるマリアは、ゼファーの通話相手がレヴィだと知って、眉間に若干のしわを寄せてしまう。


『それで一体どんな要件です? また私を買ってくれますの?』


「ある意味そうだな、鉄火場に興味は?」


『詳しく聞かせて貰っても?』


 レヴィの反応にゼファーはニヤリと笑み浮かべる。そのまま続けてマリアが集めてくれたらプロフェッサー・ネクロネットの戦力と戦闘を行う可能性を示唆して交渉を続ける。

 なおゼファーはレヴィとの交渉に集中しており、真向かいのマリアの表情に気がついていない。


『いいですね。夜の戦闘も良いですけど、真昼の戦いも昂りますわ』


「だろ? そこで相談なんだけど……」


『ええ聞かせてくださいな?』


 そんなゼファーとレヴィの通話を横で聞いていたマリアの表情は、会話内容を聞くにつれて不機嫌になっていった。


「ばーか!」


 会話の内容を聞いていたマリアは、遂に不機嫌の限界点に到達したのか、テーブルの上の領収書をゼファーの額に叩きつけた。

 その衝撃でレヴィとの通話も途切れてしまう。

 そしてマリアの怒声に周囲の客たちも、ゼファーとマリアに視線を向けてくる。

 周囲からの視線さえ気にしない様子のマリアは、怒った様子でそのまま1人カフェテラスを去っていく。


「喧嘩か……?」


「痴話喧嘩だろ」


「どの道男が悪いんだろ」


 事情を知らない客たちは、口々にゼファーへ有る事無い事を口に出す。

 ついに周囲の客たちからの視線は、殺気立ったものへと変化していく。

 このような状況で1人のままでいるとまずいと考えたゼファーは、領収書を手に取りその場を逃げるように走り出した。

 ゼファーの背後では客たちが好き勝手に感想を口に出しているが、それを全部無視して会計を済ませる。


「マリアのやつ……怒っているだろうなぁ……」


 ゼファーは先程のマリアの剣幕を思い出しながらも、対プロフェッサー・ネクロネット用の一手を打つ。そのためにも携帯端末である人物へ通話を始めた。

 ワンコール、ツーコール。そして相手が通話に出てくる。


『はぁい。ゼファーさん先程はどうもです』


「さっきは悪いなレヴィ。こっちの事情で通話を切ってしまって」


『いえいえ~そちらも忙しいのでしょうし、仕方ありませんよ。一応何があったか聞いても?』


 レヴィの質問に答えるか否かを悩んでしまうゼファーであったが、同じ女性に相談した方が良いだろうと判断し、ゆっくりと先程あったことを話した。


「実は……」


『はぁ〜ゼファーさん、今すぐにマリアさんを追いかけてください』


 先程のマリアの様子についてゼファーが詳しくレヴィに伝えたところ、返ってきたのは大きなため息であった。


「おい、仕事の話は……」


『追いかけないと仕事の話も無しです! 今すぐ追いかけてください!』


「わ、わかりました! 追いかけます!」


 レヴィの剣幕に圧倒されたゼファーは、大声で素早く返事をすると急いで走り出し、去っていったマリアを探し始める。


「マリアー! どこだぁー!」


 周囲を探してもマリアの姿はなく。呼んでもマリアの返事はない。

 もうこの周辺にはいないのか。そう判断したゼファーは、急いで自分の車に乗ってより遠くへマリアを探す。


 *********


 ゼファーがマリアを探している間も、レヴィとの通話は切断されていなかった。

 マリアを真剣に探すゼファーの声、走って息を荒げるゼファーの声、人にぶつかったのか慌てた様子で謝る声もレヴィには全部聞かれていた。

 そらを全て聞いていたレヴィは、目を閉じてゼファーの光景を想像しながら、キュンキュンと興奮するヘソの下部を1人で慰める。


「はぁ……聞かれてるとは思ってないんでしょうね、可愛いひと」


 銃器と下着が乱雑する誰もいない自室で、レヴィは火照る身体を処理しつつもゼファーから聞いた話を思い返す。

 ――まさかヴァイスシティであのような火種があるなんて……また楽しくなりそうですわね。

 これから起きる闘争を、戦火を想像すると、より一層身体が興奮しだすレヴィ。


「ふふふ……もっと楽しませてくださいねゼファーさん」


 熱のこもった声を小さく吐露しながらも、レヴィは己の衝動に身を任せて、快楽の海に浸っていくのであった。

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