エンドタクシー

 走り出したゼファーの姿を見たベンは、素早く意図を理解したのか走り出す。

 しかし先に走り出したほうが相対的に早く着く。それは絶対的な法則である。

 先に到着したのはゼファーの方であった。素早く車に乗り込むとアサルトライフルを取り出し、問題がなく撃てるか確認する。

 そして問題が無いことを確信すると、照準をベンに合わせ素早くトリガーを引く。


「クソが!」


 アサルトライフルの銃声が鳴り響くと同時に、ベンは苛立ったような声を上げてローリングして回避運動をとる。

 いくら重サイボーグであるベンであっても、アサルトライフルの銃弾をモロに受ければ致命傷は間違いない。

 フルオート射撃で銃弾を全てを撃ち尽くした。ゼファーは素早くリロードをしようとする。だがその姿を見たベンは、地面に落ちている石を拾い上げると、勢いよく投擲した。


「そらぁ!」


 大リーグのピッチャー顔負けの一撃は、まっすぐゼファーの元へ飛翔し肩に命中した。


「ぐっ……」


 肩を襲う痛みで口から血が出るほどに食いしばるゼファー。それでもアサルトライフルのリロードだけは完了させる。

 リロードが完了したアサルトライフルを構えると、先程よりも集中して照準を合わせていく。そしてトリガーを引いた。


「クソが!」


 フルオートでばら撒かれる鋼鉄の雨を前にして、ベンは苛立ったような声を上げて木を遮蔽物にする。

 タタッタンと地面に命中した銃弾が乾いた音を上げるなか。ゼファーはアサルトライフルの照準を、ベンの隠れている木に合わせる。

 再度放たれたアサルトライフルの銃弾は木の一箇所に全弾命中し、そのまま遮蔽物としての役割を終わらせた。


「チッ!」


 ベンに銃弾が命中しなかったことを確認したゼファーは、再びリロードを開始する。その間にうつ伏せとなっていたベンは立ち上がると、こちらへ近づくために走ってくる。

 ――これは勝負だ。

 ゼファーのリロードが先か、ベンの一撃がゼファーを捉えるのが先か。

 まるで現代の早打ちのようであった。


「よし……!」


 リロードを完了させ照準を合わせようとしたゼファーの視界に入ってきたのは、拳を振り上げたベンの姿であった。

 ――最早照準を合わせる暇はない。

 そう判断したゼファーは反射的にトリガーを引いた。

 銃声が鳴り響いた戦場で、ゼファーの眼前には握り拳が止まっている。そして視線の先には胸部を撃ち抜かれ、血を流すベンの姿があった。


「俺の……勝ちか」


「ちくしょう……俺の負けかよ」


 そう呟くと事切れたのか。ゆっくりと倒れていくベン。勝者となったゼファーは、ゆっくりと腰を下ろしてひと息つく。


「ゼファー! 大丈夫!?」


「ああなんとかな。心臓に悪いや」


 眼の前に殺人パンチが迫りくる光景を目の当たりにして、未だに心臓がバクバクと言っている。

 そんなゼファーを心配したのか、ジェーンは抱きしめて心音を確認するほどに焦っていた。


「嫁入り前がなんてことしてんだ」


「いいのよ。どうせ私は結婚できないもの」


「あ? どういう意味……」


 言葉を続けようとしたゼファーの眼前に広がったのは、黄金色の髪と赤く染まった頬であった。

 眼の前の光景に思わず唖然としてしまい。何をされたのか理解が及ばない。

 そしてジェーンが離れていくと、ようやくキスされたのだと理解するゼファーであった。


「ねえゼファー。今度は貴方を指名する依頼を出してもいいかしら?」


「あー仲介人フィクサーが困らないような依頼なら」


「それを聞いて安心した」


 そう言って眼の前の彼女はニッコリと笑みを見せてくれる。夕日が沈む景色も相余ってその光景は1枚の絵画のようであった。


「お嬢様ーどこですかー!」


 周囲から男たちの声が聞こえてくる。

 ――お嬢様?

 理解の追いつかないゼファーは、ふと周りを見渡すが今この場にいるのは、ゼファーとジェーンの2人だけ。

 ――ジェーンを探している可能性がある?

 そう考えたゼファーはピストルを構え、リロードだけはしておく。

 だがそんな予想を裏切るように、ジェーンはピストルを抑えて「大丈夫」と優しく耳元で囁いてくれる。


「私はここにいるわ! 隣の男は傭兵マーセナリーで私の依頼オーダーを受けてくれただけ」


 その言葉を聞いた男たちは一瞬厳しい表情をし武器を構えようとする。だがジェーンの説明を全て聞くと武器を仕舞い笑顔で近づいてきた。


「お嬢様。こんな所にいては困ります」


「そうね、私を暗殺したがっている派閥の暗殺者が、じゃんじゃか出てきて大変だったわ」


「ん゛……それは失礼しました」


 ジェーンの嫌味を聞いて話を濁す男たち。その表情は仕事のミスを責められるサラリーマンのようであった。


「それじゃあ迎えも来し、帰るねゼファー。……また会いましょう」


 そう言うとジェーンは男たちを引き連れて公園を去っていく。しかし最後にこちらを振り向くと、チュっと投げキッスをしてくる。

 最後に特大の爆弾を投げ込んできたジェーンに、思わず頭を抱えたくなってしまうゼファー。

 ただ一つこれだけは分かる。彼女に気に入られてしまったことだけは真実だ。


 *********


 翌日、ディランと真っ昼間から飲みに来たゼファーは、とりあえず昨日の依頼について愚痴を呟いていた。


「一目で分かる依頼主って、まじで上流階級のお嬢様みたいな見た目の奴が来るなんて予想できねえよ。聞いてんのかディラン!」


「お、おう。聞いてるぜ、それであの依頼主のこと調べるのか?」


「いや……また会いましょうって言われたし、なんかまた再開しそうな予感がするんだよね」


「なんだそりゃ? お前の予感はフィフティ50%フィフティ50%だからな、正直当てにならん」


 酒を飲みながら軽口を言い合うゼファーとディラン。するとテレビのニュースがふと気になったので視線を向けて見ると。

 「大企業タチバナ社のご令嬢、ヴァイスシティに来訪!」というニュースが大きくテレビに放送されており。

 ゼファーとディランはそのニュースを聞いて、なんとなくテレビを見ると、驚きを隠せなかった。

 何故ならばタチバナ社のご令嬢と紹介されている女性は、昨日依頼を受けたジェーンと瓜二つなためである。


「ゼファー。これはどういうことだと思う?」


「知らねえよ。昨日の様子から見て普通のお嬢様だとは思ってなかったが、まさかタチバナの人間だったなんて」


 昨日の彼女との依頼オーダーで別れ際にされたことを思い出したゼファーは、顔面が蒼白になってしまう。

 ――さすがにご令嬢とのキスはヤバいって。

 しかし知り合いにこんな話をしても皆信じてくれないのは明白であろう。依頼オーダーを斡旋したディランにもだ。


「つーかさ、俺、またねって言われたのこういう事か!? 胃が痛くなってきた……」


 これから起こりそうな騒動を考えると、ゼファーの胃はキリキリと痛みが走っていく。

 同時に、携帯端末が震え通信を受信したことを知らせてくる。相手を見たゼファーはさらに顔面が蒼白となった。

 通信相手はジェーンのからなのだ。

 悩んでいるゼファーを余所にディランが勝手にジェーンの通信に出るように操作する。


『はーい❤ ゼファー元気してる?』


「まあなんとかな……ってなんで俺の端末にお前の名前があるんだよ!」


『決まっているじゃない、使えるハッカーに頼んでハッキングしてもらったの❤ 私のことは続けてジェーン・ドウでよろしくね❤』


 ジェーンの媚びるような甘え声にゼファーは思わず頷きかけるが、すぐにそれがどういう意味になるのか理解する。


「頷いたらまた依頼オーダーしてこないよな?」


「頷かなくても依頼オーダーは出すわよ。だってそれが私達の関係でしょ? 依頼主と請負人のね❤」


 頭が真っ白になる感じを覚えたゼファーは、思わず天井を仰ぎ見る。ただ一つ言えることは、ヴァイスシティにまた一つの火種が加わったことである。

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特殊機甲緊急対応課、通称SAERDに所属の俺は、前触れもなく退職勧告を受けたので、退職して傭兵(マーセナリー)として金を貯めます。 高田アスモ @ru-ru

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