マッドタクシー

 ゼファーと金髪の女性の乗る車両は、法定速度ギリギリの速さでサウスタウンを走っていく。

 時折ゼファーは背後を確認しては、先程の男たちのような襲撃者が来ないことをチェックする。


「慎重なのね」


「まぁ、職業柄そうならなきゃならんので。それでお客さん……あーなんてお呼びすれば?」


「ジェーン・ドウ。ジェーンでいいわ」


 ゼファーの質問に対して金髪の女性――ジェーンは明らかに偽名を告げる。ゼファーは思わず偽名ではないかと、問いたかったがこの商売傭兵家業で偽名は珍しくないのだろうと判断し何も言わなかった。


「聞かないのですね」


「ええ聞かれたら不味いのでしょう。なら聞きませんよ」


「ありがとう。それでタクシーの行き先なんだけど、サウスタウン全体を回ってほしいの」


 ジェーンの言葉を聞いてゼファーは思わずハンドルを大きく切ってしまう。大きくSの字を描きながら、車は大きく揺れていく。


「ちょっと、どうしたのよ!?」


「いや、予想外の依頼オーダーが来たもんでつい」


「まあいいわ、それで依頼を受けてくれるかしら?」


 不敵な笑みを浮かべるジェーン。そんな彼女に同意するようにゼファーは無言でサムズアップをする。


「受けますよ。……それに命もかかってそうですしね」


「え?」


 ゼファーの言葉の真意が分からなかったのか、ジェーンは首を傾げるがその意味をすぐに理解する。バックミラーに軽トラックが3台、ゼファーたちの乗る車を追いかけてるのだ。

 軽トラックの席には男たちが武器を持って、ゼファーたちを睨みつけている。


「これって!」


「また追撃でしょう。何故とは聞きませんよっと!」


 ゼファーは素早くハンドルを切って車を狭い路地裏に進ませる。それを見た男たちの乗る軽トラックは、迷うことなく路地裏を追ってくる。


「追ってきたか! 捕まっててくださいよ!」

 

 そう言うとゼファーは全力でアクセルを踏み車を加速させる。その速度は既に時速100キロを超えていた!


「依頼はサウスタウンを詳細に観たいのです!」


 ジェーンの依頼オーダーを聞いたゼファーは、思わずハンドルを殴りたくなったが、今はそんなことをしている時間も惜しい。

 素早くピストルを構え、背後の軽トラックに照準を合わせ、連続で引き金を引く。

 響き渡る銃声。

 ピストルの銃弾がタイヤに命中した軽トラックは、スリップしつつそのまま壁に衝突していく。


「このまま逃げ切ってや……る……?」


「どうしま……し……!」


 後方を見たゼファーの様子がおかしいことに気がついたジェーンは、同じく後方を振り向く。ジェーンの視界に広がったのは、マシンガンを構える男の姿であった。

 流石にこの状況でマシンガンを連射されれば、避けることもできず蜂の巣にされてしまう。

 そう考えたゼファーは素早く後部座席に置いておいたアサルトライフルを手に取り、後方にアサルトライフルの銃弾をばら撒いていく。

 そして即座に車をバックさせる。

 バックによる急激なGが2人の体を襲うが、ゼファーはGを気にすることなく、軽トラックに向けて銃弾を放ち続ける。

 銃声が響き渡りその直後、軽トラックを操縦していた男の頭部が弾け飛ぶ。


「う……」


「吐くなら外でしてくださいよ」


 眼の前の惨劇に吐き気を催したのか、ジェーンは口元を抑えてしまう。そんなジェーンを気にすることなくゼファーは、アクセルを踏んで車を走らせるのだった。


 *********


 サウスタウン南。海沿いにある建設が中止になった巨大なテーマパーク前。そこではゼファーは周囲の様子を探り、ジェーンはテーマパークを見ていた。


「ここがVヴァイスDデスティニーLランドになる予定だった場所ね」


「まあ土地のバブルが弾けたり、建設会社が倒産したせいで中途半端な出来のまま残っているのが実情ですが」


「そしてここVDLの跡地には、不法滞在移民がたむろしているわけね」


 VヴァイスDデスティニーLランド、面積は37万平方メートルと、かのテーマパーククラスに広さを誇る巨大テーマパークになるはずだった。

 しかしディランの言った通り様々な要因が重なり建設は頓挫、その結果残ったのは不法滞在者がはびこる巨大な箱物だけであった。


「あの中を見て回りたいって言ったらどうする?」


 ジェーンの言葉を聞いたゼファーは、思わずしかめっ面をしてしまう。いくらゼファーでも1人で多人数の襲撃を防ぐのは不可能な時もある。


「止めてくださいよ。レイプされたいんですか? それとも破滅願望でもお持ちで?」


「あるわけないでしょ、聞いてみただけよ」


 やれやれと肩をすくめながらジェーンはVヴァイスDデスティニーLランドの周辺を、まるで観察するように見続ける。

 その光景を見てゼファーは思わず何が目的なのか聞きたくなってしまうが、あふれる好奇心を抑え口を閉じる。そしてゼファーがVヴァイスDデスティニーLランドに視線を移した瞬間、キラリとなにかが光るのを目撃する。


「危ない!」


 素早くゼファーはジェーンを押し倒し地面に転がっていく。その際にジェーンの身体から女性特有の甘い香りが、ゼファーの鼻孔をくすぐる。しかし今のゼファーに香りを楽しむ余裕などなかった。


「何!?」


 いきなり押し倒されたことに驚くジェーン。次の瞬間、銃弾がジェーンの頭をかする。

 スナイパーライフルによる狙撃。

 何が起こったのか理解したジェーンは、額から冷や汗を流してしまうが、それを拭う時間はない。


「逃げますよ。お嬢さん!」


 ゼファーはジェーンを立ち上がらせると、すぐさま車に戻る。その間にも狙撃は続いていく。


「どこからの攻撃なのよ!」


「さあね。とりあえず依頼オーダーとして聞きますけど、このままVヴァイスDデスティニーLランド見続けますか? おそらく狙撃はやまないでしょうけど」


「逃げるわ! もうここはもういい! 次に行って!」


 ジェーンの依頼オーダーを聞いたゼファーは、急いでアクセルを踏んで車を走らせる。なぜかその間に狙撃はされず、2人は無事に逃げることができた。


 *********


 VヴァイスDデスティニーLランドから逃げた2人は、そのまま貧民窟に到着した。そこでは多種多様・老若男女の人間がスラムを形成している。

 ジェーンは周囲の人々から見られているが、それを無視して貧民窟を歩き続けていく。その背後に付き従うのはゼファーだ。


「ジェーンここでは何を?」


「何も聞かないのが傭兵マーセナリーじゃないの? いいから黙って付いてきて」


 ジェーンは強気な態度を見せつけ、貧民窟の住人を威圧し続ける。そんなジェーンを見て貧民窟の住人たちは羨望の籠もった視線を向けるのだった。


「酷い所ね……」


「え、まあ汚いしな」


「そうじゃないわ。ここの住人の心のことよ。妬み・嫉妬・羨望するだけで何もする気がない」


「一つ訂正させてください」


「え?」


「何もしないは違いそうですね」


 そう言うとゼファーは貧民窟の住人の頭にピストルを突きつける。ジェーンを襲う算段だったのだろう、突きつけられた住人の手にはナイフが握られていた。


「訂正するわ。心が貧しいのね」


「まあ、思うだけなら自由ですしね……」


 厳しい批評をするジェーンの言葉に、ゼファーは否定も肯定もしない。それはゼファーもこの貧民窟を見て、そう思った節があるからだ。

 歩き回ること10分ほど、何度かジェーンが襲われることはあったが、それは短絡的な貧民窟の住人によるものであった。


「次、行きましょう……」


 何度も起きる襲撃、不衛生な住居、そして酷い獣性的な視線の雨に晒されたジェーンは、疲れたようにゼファーに告げて雪崩れるように車へ乗り込む。

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