特殊機甲緊急対応課、通称SAERDに所属の俺は、前触れもなく退職勧告を受けたので、退職して傭兵(マーセナリー)として金を貯めます。

高田アスモ

無職・賞金首編

退職届

 西海岸に隣接する巨大な人工島とその一帯。通称、悪徳の街ヴァイスシティ。

 そんな眠らない街から遠く離れた郊外にある埋立地。そこには特殊機甲緊急対応課1課。通称SAERDの本部があった。SAERDの本部は古臭い建物で、対岸にある企業コーポのビルと比べると、建築に使われた予算はあきらかに桁違いである。


「ゼファーくん、悪いけど今すぐに退職届を出してくれない?」


 SAERDの本部の中でも、2番目に予算がある隊長室に呼ばれた黒髪碧眼の男。ゼファー・六条は、入室してすぐ、そう言われた。


「はあ……退職届ですか?」


「ええ、悪いけどそれを望むお偉いさんが多くいてね。本当に、多いんだ」


 入室したゼファーへ退職を告げた女性は、最後に苦虫を噛み潰したように、ゼファーに聞こえないように小さくつぶやく。

 女性の名はアリエラ・ネクロス。緋色の長い髪をひとつ結びにした髪型と、着衣しているスーツでも隠しきれない肉感的な身体が特徴的な女性である。


「一応ですけど……なんで退職届を出さないといけないか、聞いてもいいですか?」


「んーそうだね。まずは自分の胸に聞いてみるといいよ」


 申し訳無さそうなゼファーの言葉を聞いたアリエラは、頭痛がしたのか額を抑えてしまう。そんなアリエラの表情を見たゼファーは、気まずそうな表情をしつつも、原因を探ろうと記憶を掘り返していく。

 ゼファーは軽く記憶を思い返していくと、思い浮かんだ事件を1つ口に出した。


「あー……俺が前に女と宿で一晩寝ようとしたら、ホテルに暴れているサイバークライムいたんで、無断で一緒に鎮圧したことですか? 確かに四肢を切断したのはやりすぎたと思ってますけど……」


 サイバークライム。彼らはサイボーグ化のしすぎで、精神に異常をきたし犯罪を起こす者を指す言葉である。

 サイバークライムの大半は、自身の肉体に軍用サイバーウェアをいくつも入れており、その肉体は人型戦車の異名を欲しいままにしている。


「うーん違うね。確かに問題行動だけど、今回の話とは関係ない」


 表情を変えないアリエラの声色は、先程と比べ徐々に冷たいものになっていく。その冷たさはまるで、ゼファーの背中に氷を入れられたかのようだ。


「念のために言っておくけど、その類の事件は1回じゃなかったよね? 私の記憶している限り、3回は始末書を見たよ」


「ははは……俺の記憶だと5回ぐらい書いた気が……」


「残念。本当は少なくとも10回は始末書を書いてるよ」


 かまをかけたアリエラの言葉に、思わずゼファーは気まずそうな表情をしてしまう。そんなゼファーの表情を見たアリエラは、気が晴れたのか小さく微笑むのだった。

 

「えー……もしかして非番の日に別の管轄で暴れているサイバークライムの、首を叩き斬ったことで責められてます……?」


 ゼファーは心当たりのある事件を思い出すと、ばつが悪そうに声を小さくしつつもアリエラに質問する。それを聞いたアリエラの周囲は、まるで気温が下がったかのように冷たいものとなっていた。


「へぇーゼファーくんは質問に質問で返すんだね。まあいいやそれは置いておくけどその件についてはハズレ。そういう類じゃないよ今回の原因は、ヒントは最近あったこと」


 アリエラの言葉にゼファーはすぐにこの場を離れたくなったが、そんなことはできないので仕方なく心当たりを探ってみた。

 ギャング同士の抗争を対処するために暴れたゼファーが、メガコーポの工場を一部破壊したことが原因かと考えるゼファーであったが、それにしてはアリエラの機嫌が悪そうであった。

 ゼファーは記憶を思い返しつつ自分が関わった事件を、浮かべては消していく。そしてアリエラの「最近あったこと」という言葉をヒントに、ゼファーは一つの事件を思いついた。


「もしかしてですけど……最近企業コーポの下位グループの警備隊の奴が、うちの実力に悪態をついてきたから、俺一人で倒したことですか?」


「はい正解。もっと正確に言えば12人以上の警備員を一人で圧倒したのが原因だね。意識を取り戻した彼らの顔といったらとてもじゃないけど、見てられないものだったよ」


「ははは……」


 アリエラの言葉にゼファーは思わず苦笑いをしてしまうが、対照的にアリエラは氷のように冷たい表情のままであった。

 ――気まずい。

 思わずゼファーはそう思いながらも空気を読んで、普段は軽口を言う自身の口を強く閉じている。


「ゼファーくん」


「はい」


 普段は軽口を言うゼファーを先制するように、アリエラは一言ゼファーの名を呼ぶ。長い付き合いのあるゼファーは、それだけでアリエラが真剣なのだと確信する。


「その警備隊の人たちなんだけどね……下位グループの人間と名乗っていたけど、本当は企業コーポの警備隊の1チームだったんだ」


「は!?」


 アリエラの言葉に思わず驚いてしまうゼファー。アリエラの言葉が正しければ、ゼファーは企業コーポの戦力に喧嘩を売ったことになるからだ。

 

「あー……もしかしてですけど。SAERDって、企業コーポから圧力掛けられてます?」


「うんそうだね。なんならSAERDだけじゃなく、スポンサーまで圧力を掛けられているらしいよ」


 自分の起こした行動のせいでSAERDやスポンサーに害が及んでいることに、思わず自責の念を抱いてしまうゼファー。

 すぐにゼファーは懐からボールペンを取り出すと、「退職届。ありますよね」とアリエラに小さく、そしてしっかりと聞こえるように呟くのだった。


「もちろん。君のサインがあれば有効になる状態の書類がここに」


 そう言ってアリエラは側に置いてあった封筒から、一枚の紙の書類を取り出しゼファーの前に置く。退職届と書かれたそれには、一つも乱れのない書式で作成されており、ゼファーがサインするだけで、有効になるものであった。


「やけに準備がいいですね隊長?」


「嫌な確信だけど、君ならこの話を聞いて退職を受け入れるんじゃないかと思ってしまったからね。本当に残念だよ」


 残念そうな表情を見せたアリエラは、椅子に背中を預けて目を閉じる。その様子は、ゼファーとの思い出を思い返しているようであった。

 迷うことなく自身のサインを記入していくゼファーと、目を閉じ続けるアリエラ。二人の耳には紙が刻まれている音だけが入っている。


「よしっと。これでサインは終わりました隊長。今までお世話になりました」


 感謝と残念さを込めてペコリと頭を下げるゼファー。そんなゼファーの姿を見ながらも、アリエラはサインの記入された退職届を受け取る。

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