変わらぬ昔馴染み
蓮花との通話の準備を終えたゼファーは、携帯端末の前に正座で座り、その傍らには愛用の刀を置いてある。
「スーハァー、スーハー、スゥーハー」
深い深呼吸をゼファーは何度も繰り返す。それこそ身体中の空気を、総とっかえしているのではないかと見間違えるほどである。
――このまま深呼吸を続けていれば、蓮花に通話しなくてよくないか……?
ゼファーはそう思いながらも、ちらりと現在時刻を確認すると、既に携帯端末の前に座り込んで、10分以上経過していた。
このまま無駄に時間を過ごせば、蓮花から通信が来る可能性がある。その時の蓮花の表情を想像したゼファーの背中は、恐怖でピンと正された。
「よし……」
決断したゼファーは目の前にある携帯端末を操作し、蓮花へとビデオ通話を始めた。
ワンコール、ツーコール。
静寂に包まれたゼファーの自宅に、携帯端末の通信音だけが鳴り響く。
そして遂に相手が通話に出る音がする。
そして携帯端末から映像が表示され、長い銀髪を一房に纏めた女性――風・蓮花が出てくる。
蓮花は白装束を身にまとい、傍らには短刀が添えられいた。
『メッセージを送ってから17分ですか……まぁいいでしょう』
通話に出て最初の発言が、メッセージの送信からどれほどの時間が経ったか、それについて言及する蓮花に、ゼファーは思わず通話を切りたくなってしまう。たがゼファーは精神力をフル稼働させ、なんとか通話を切らずに済んだ。
「お、お久しぶりです蓮花さん」
『蓮花さん? 昔の通り蓮花、と呼んで構いません』
ゼファーが幼少期の頃に通っていた剣術道場の一人娘、それが蓮花である。
蓮花とその父、そしてゼファーは、6年前にゼファーが何も言わずに飛び出すまでは、まるで家族のような関係だった。
6年ぶりに会話をする幼馴染の声色は、絶対零度のように冷たさを感じさせる。
蓮花の冷たい反応に、ゼファーはどんな対応をしていいか分からない。そもそも何の要件でメッセージを送ってきたのかも、ゼファーには分からなかった。
「あー蓮花。久しぶり……だよな?」
『ええ久しぶりです。父が体調を崩した直後に、何も言わずに従軍し、また何も言わずに定職に付き、最近退職して無職になったゼファー・六条さん?』
冷たい蓮花の言葉が、まるで刃のごとくグサグサとゼファーに突き刺さる。
言い返したかったゼファーであったが、蓮花の告げた事は全て事実のために、ゼファーは何も言い返せなかった。
『それで、ゼファー貴方は今後どうするつもりなのですか?』
「どう……とはどういう意味……なんだ?」
『そのままの意味です。ヴァイスシティで別の職を探すのか、私と父のいる日本に戻ってくるのか、それとも別の道を考えているのか教えていただきたいのです』
蓮花の告げた内容はゼファーにとって重要な選択であった。
このまま蓮花のいる日本に戻れば、ゼファーにかけられた賞金を狙う者に命を狙われる事はないだろう。だがその代わりにマリア、ディラン、アリエラ、その他ヴァイスシティで会った人々と二度と会えないかもしれない。
それを考えたゼファーはすぐに己の中で、どうするのかを決断した。
「なぁ蓮花、これの話はおじさんも知っているのか?」
『いえ、父は知りません。それがどうかしましたか』
「いや、おじさんだったら、何も言わずにヴァイスシティに殴りこんできそうだからさ」
ゼファーの言葉を聞いた蓮花は、嬉しそうにクスリと小さく笑みをこぼす。恥ずかしい姿をゼファーに見られたと気づいた蓮花は、すぐに手のひらで表情を隠すが既にゼファーに見られていた。
『……見ましたね?』
「……イエミテナイデス」
『見ましたね!』
怒気のこもった蓮花の質問に、ゼファーは嘘をつくが無意識にカタコトで返答してしまう。
さすがに幼馴染には通用しなかったのか、すぐにバレてしまい。蓮花はさらに怒気を込めて詰問してくる。
蓮花の勢いに圧倒されたゼファーは、無言でコクコクと頷く。
「はぁ……もう子供じゃないのですから、そのような真似はしないでください。いいですねゼファー?」
ゼファーの反応を見た蓮花は、大きなため息をつきながらも、その表情は嬉しそうであった。
『それでゼファー、あなたは今後どうするつもりで?』
「俺は……この街に残るよ。嫌なことも辛いこともあったけど、俺はこの街に住んでいる友人たちが好きだから」
『わかりました。あなたがそう言うのであれば私は何も言いません。で、す、が。従軍した時の褒賞金のほとんどを、父の治療費につぎ込んだ愚か者については、話があります!』
先程まで聖母のように優しい笑みをしていた蓮花であったが、一変して阿修羅のごとき怒りの表情と変化する。
蓮花の気迫に負けたゼファーは、思わず正座を崩してその場から逃げたくなったが、気合いを入れ逃げずに蓮花の説教を聞くことを選んだ。
『そもそも何も言わずに従軍したこと自体、説教ものですが、聞けばゼファーあなたは最前線に望んで配属されたそうですね。あなたは何を考えているのですか!? いくら父の治療費が莫大とはいえ、命を種銭にするなど言語道断です!』
「は、はい」
蓮花は矢継ぎ早にゼファーへ説教をし始める。その密度は息継ぎなしで行われるほどであった。
『はい。は1回です。もしかしてゼファー、あなたは昔教えたことも忘れたのですか? もしや剣の腕も鈍っているなんてことはないでしょね?』
「そ、そんなことは、今も変わらず斬鉄できるから!」
ゼファーの言葉を訝しんだ様子の蓮花であったが、数秒ほどゼファーの目を見つめる。
ジッと海のように透き通る青色の目に凝視されるゼファー。まるで心の中まで見通されているような感覚を覚え、思わず背筋をピンと正してしまう。
『いいでしょう。ゼファーあなたはこの街で好きにしなさい。いつでも私たちは迎えますから』
「ありがとう。蓮花」
ゼファーの反応が気に入ったのか、蓮花は慈愛に満ちた微笑みをゼファーに見せた。
『ではあなたの健康を祈ってますよゼファー』
そう言い残して蓮花はゼファーとの通話を切断する。
通話が終えてもゼファーは即座に正座を崩すことなく、一言も発することなく無言を貫いていた。
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