メタルビースト

「逃げろマリア!」


 反射的にゼファーはそう叫ぶと、マリアを突き飛ばす。そのまま照準を合わせずレヴィへ向けて、ショットガンのトリガーを引く。

 放たれたショットガンの銃弾はレヴィの拳に命中するが、そのまま貫通することなく跳弾した。

 ショットガンの銃声をかき消すように、鋼鉄の粉砕される音が響き渡る。

 マリアが見たのは目の前でレヴィの振り下ろした拳が、床に大きく穴を開けた惨状であった。


「嘘でしょ……」


 マリアもサイバーウェアを入れサイボーグ化しているとはいえ、このような大きさの穴を作るほどの膂力は出ない。

 それほどまでに眼の前の穴がレヴィという女が、どれだけのサイボーグかを無言で物語っていた。


「ゼファー! 勝てるの!?」


「そういう次元の話じゃない。とりあえずお前は逃げてろ! マリア!」


 必死そうなゼファーの表情を見たマリアは、ゼファーの勝利がどれだけか細いものかを理解する。

 そして死んだツギが持っていたピストルを奪い、マリアはこの場を逃走した。

 ゼファーは逃げるマリアの背中を一瞥することなく、ショットガンを構え目の前のレヴィを見据え続ける。


「見逃してくれてよかったのか?」


「ええだって私の依頼はマリア・ゴーストハーツの捕縛まで、依頼主たちもそれで同意していました。なのでそれ以降は私の個人的な事情です」


 レヴィはまるで恋する女子高生のような表情でゼファーを見据える。その視線にはゼファー以外のことは入っているようには見えない。

 ヤベェ……そんな表情をしながらもゼファーは無言でショットガンを構える。

 レヴィという目の前の身体を重サイボーグ化させた女とは、昼はSAERD以外の仕事で死線をくぐりあった仲であり。夜は閨を共にし互いの知らない部位は無いとも言える関係であった。

 故に目の前のサイボーグがどれだけの戦闘力を持つのか、ゼファーにはどれだけの勝率があるのか簡単に理解できる。


「さあ、ギアを上げますよ?」


「せめて歩くような速さでアンダンテ歩くような速さでじゃ駄目か?」


「駄目です❤ 壊れるように激しく行きます!」


 その言葉と同時にレヴィの背中から伸びた鋼鉄の尻尾が、まるで大蛇のごとく襲いかかる。

 即座に尻尾の攻撃を回避したゼファーは、反撃として素早くショットガンのトリガーを引く。

 銃声。そして甲高い金属音が響き渡る。


「マジか……」


 ゼファーが見たのはショットガンの銃弾が、レヴィの尻尾にはじかれる瞬間であった。

 レヴィの外付けされた尻尾は重サイボーグの身体並の硬度を持っており、ゼファーの持つショットガンでは貫通することはできない。

 それを理解したゼファーであったが、それでも折れるほどやわではない。

 SAERD入隊より前に居た戦場と比べれば、絶望するほどでもない以上折れる理由は無いのだ。


「行くぞレヴィ!」


「ハハハ、来てくださいゼファーさん!」


 ゼファーの言葉を聞いたレヴィは頬を赤く染め、コンクリートをたやすく破壊できる腕を振っていく。

 ショットガンのトリガーを引き銃弾を放つゼファー。銃弾を受け止め、時には指で掴むレヴィ。

 ゼファーとレヴィとの間には、まさに破壊の化身による嵐という言葉が相応しい状況であった。

 しかしその時間は長く続かなかった。精神的に劣勢であったゼファーが、レヴィの一撃を受けたからだ。


「が……!」


 まるでゴム毬のように吹き飛ばされるゼファー。その身体は壁を突き破り、ガレージと思わしき場所に叩き込まれる。

 強烈な痛みがゼファーの背中を襲うが、ゼファーは歯を食いしばって立ち上がる。ふと見れば自身の手を見れば先程まであったはずのショットガンが無い。おそらくは先程の一撃で紛失したのだろう。


「ここはガレージか?」


 ガレージの中にはバンやトラックなどが停車されている。しかしどれもゼファーとレヴィとの戦闘の余波で、動くかどうか怪しい状態であった。

 せめて逃げる足でもあればとゼファーはガレージを探索する。

 ガレージを探索する理由の中には、せめてレヴィに渡り合えるものがないか。と一縷の望みを掛けていたからでもある。

 しかしゼファーがいくら探しても見つかるのはジャンクか、車両関係のパーツ、そしてジャンクであった。


「クソ! このままじゃ……あ、こいつは?」


 使える物が見つからずにイライラが高まり、思わず悪態をついてしまうゼファー。そんなゼファーの前に、カバーにかけられた全高2m以上何かを見つける。

 反射的にカバーをめくって何があるのか確認したゼファーの前に現れたのは、メタルビーストと呼ばれる鋼鉄の狼――アーミーウルフであった。


「へ、こんなものがあったなんて」


 アーミーウルフの姿を見たゼファーは思わず笑みを浮かべると、即座に走り出しアーミーウルフのコクピットに乗り込む。

 コクピットはやや埃っぽいが整備はされており、電源ボタンを押せばすぐに起動した。

 起動音と共にコンソールに電源が入る瞬間を見たゼファーは、まるで子供のような笑みを浮かべながらも、身体に埋め込まれたコードをアーミーウルフに接続する。


「ん……」


 アーミーウルフと接続したゼファーの視界に、一瞬ノイズが走る。しかしすぐにノイズは収まり、ゼファーの視界にアーミーウルフの状態が表示されていく。

 問題なくアーミーウルフが稼働することを確認したゼファーは、子供のように笑みを浮かべるとアーミーウルフを神経接続で操作し始めた。

 本来であれば神経接続すると、操縦者に負担が大きいというデメリットが存在する。だがゼファーはそのようなデメリットを、受けない特殊な才能を持っている。


「行くぞ! アーミーウルフ!」


 アーミーウルフはそんなゼファーを主と認め、凄まじい雄叫びを上げ走り出す。

 ガレージの扉を突き抜けたアーミーウルフはゼファーを探していたレヴィの前に現れた。


「まさかそんなものアーミーウルフを出してくるなんて……激しいのがイイんですねゼファーさん」


「悪いがお前さんクラスのサイボーグに勝つには、これぐらい出さなきゃ無理なんでね。元SAERDのメタルビースト乗りの実力、見せてやる!」


 興奮した様子でサブアームと尻尾を動かすレヴィ、そして神経接続による人機一体と化したゼファー。二人の傭兵による戦闘が再び始まる。

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