【 迫りくる陰謀の序章 】

第13話 悲劇の始まり

 そんなこんなで早2年が経った。

 ゲームでは全然知らなかったけど、彼女は実に多忙だ。

 いや本当に、あたしがこんな生活をしたら、3日で逃げ出す自信がある。


 夜明けと共に起き、朝の鍛錬が始まる。

 屋敷にある運動室で軽くストレッチから始まり、次はランニング。そして丸太相手に剣の稽古。

 彼女の武器は剣ほどごつくはないけれど、レイピアよりは太く、そしてしならない。

 刺突をメインにしつつ、切る事も出来る点は便利ね。

 半面、これは実戦で使うには厳しそう。兵士のでっかい剣なんか受けたら、簡単に砕けてしまいそうだわ。


 でもゲームでも使っていたし、見事な腕前だった。

 素人にとっては頼りなくとも、こんな頃から練習していれば確かに慣れるわね。

 でも今の所は一人だけかー。オーキスが見ていて必要となればアドバイスもするけど、実戦のように斬り合う事はしない。

 まあ顔にかすり傷ひとつでも付けたら死刑確定だもの。


 そして頭が冴えた所でお勉強。

 日によって来る教師は違う。基本は文字、数学、薬学、宗教学、天文学ね。

 誰も来ない時は、オーキスが地理学と市勢学を教えるわ。

 クラウシェラはこれが好きみたい。

 もちろんオーキスとの時間がじゃなくて、地図だけでは見えてこない地形の情報に興味津々だ。

 同じ長さに見えても、そこが平原なのか森林なのか湿地なのか、それに起伏などや道や橋がどのくらいの規模で整備されているのか。

 乗りに乗って来ると頭の中に紙片が舞うけど、内容は侵略と防衛でいっぱい。もっと平和な事を考えて欲しい。


 それが終わるとやっと朝食。

 この何も出来ない空間だけど、味や満足感が伝わって来るのはありがたい。

 基本的に、彼女の考えだけじゃなくて感情や他の事も色々と伝わって来るのよね。

 最初の内は本当に虚無空間でどうしようかと思ったけど、案外この生活も悪くは無いわ。

 痛みも伝わってくるのは問題だけどね。

 そう考えると、今までの破滅を自分で味わうとなるとぞっとする。

 あんな屈辱は味わいたくないわー。

 やったのはあたしだけどね。


 朝食後は公爵かその秘書がいる時は帝王学を学ぶ。

 ある意味これが一番大切なのだけど、殆ど無いわね。

 その代わり、絵画や楽器、ダンスなんかの教養の時間。

 でも必要以上の事はしない。あくまで礼儀作法や、文字通り教養の為だけね。本人もあまりやる気はないみたい。

 自主練とか見た事も無いし。


 こうして午前の教育が終わったら軽い――本当に貴族様の食事? と驚くほどに質素な食事。

 それでもハムとかソーセージなんかも入っているから、それはそれで豪華なのよね。

 そういやいつも朝食には卵が出て来るけど、あれも高級品だった記憶。


 まあそれはともかく、食事が終われば午後の鍛錬。

 午前中にやらなかった科目の授業がメインだけど、やっぱり運動が入るのよね。

 なんとなく、貴族のお嬢様とかは運動とは無縁で、優雅にオホホ的なイメージがあったけど彼女は全然違うわね。


 そしてそれが終わると、各地から来た手紙や伝令が持ってきた書類の整理。

 まあ目を通して次の指示をするだけではあるけど、毎日何十通と書いているわね。

 ここまで筆まめとは思わなかったわ。


 思い返せば、ゲームでも5武行典ごぶぎょうてんの一人とも渡り合っていたけ。

 あ、この世界の強い人というか、凄い人? まあ焦らなくても、普通に進めば絶対に出て来るわ。


 終わったら侍女に全身を磨かせた後で夕食なのだけど、このタライに真水、更にヘチマのような植物で石鹸も無くごしごしされるのは慣れないわ。

 冬もこうなのよ。もうちょっと豪勢な入浴とか無いのかしら……うん、ゲームにも無かった。

 そういったお色気シーンはなーんにも無し。

 まあ男子がやるゲームでもないしだけど、女の子だって結構好きなのよ。特にあたしとかは。


 そうしていよいよ夕食になるわけだけど、これは物凄い豪華。

 とても一人では食べきれない量が何皿も出てきて、それを切り分けるの。

 とは言っても、公爵がいない時は彼女の分だけ。でも出てくる量は同じ。

 まあ、あまり関係ないかな。

 食べるのは1割にも満たない量。残りは全部破棄。ああ、もったいない――とは思うのだけど、破棄すなわち屋敷の者達の夕食になる。

 貴族と平民との間に分厚い壁を作っている彼女の事。同じ物を食べるなんて絶対に許さないと思っていたんだけど。

 だってさ、普通悪役って、こういう食べ残しは全部捨てるじゃない? 飢えている人の目の前で。


『ちょっと意外』


 ――ん? なにがよ。


『食べ残しを分けることがかな。貴族の食べ物を庶民に分け与えたりとかしないと思った』 


 ――当たり前でしょ、するわけがないじゃない。まあ例外はあるわね。祭りや式典では、それなりに分け与えるわよ。理由はともかく、賑わっていないと沽券こけんにかかわるもの。


『いやそうじゃなくてね』


 ――ふふ、分かっているわよ。いつもの夕食でしょ。たとえ父上ではなくとも、突然の来客なんてよくある事でしょ。


『あ、そういえばたまにあるわね』


 ここは物凄く広いけど、お城ではなくお屋敷なのよね。

 本来の公爵は住まうのはお城の方。城塞といった方が良いかな? とにかく政治の中枢もそっちね。

 ここはクラウシェラのためだけに用意されたお屋敷。

 たまに公爵も来るけど、それは公務に空きが出た時に会いに来る程度。

 それも娘の顔が見たいとかではなく、様々な分野がどれだけ上達したかを確認する為ね。

 来るのは大抵決まって夜。さすがに公務を長期間空けるってのはダメなのかな。

 そしてそんな時は、一緒に行商人や他の貴族が訪ねて来る事もあるし、護衛の騎士もいる。


 ――だから夕食は常に多めに用意しておくのよ。公爵家として客人を空腹にさせるわけにもいかないでしょう。


『ごもっとも』


 ――でも食べ物も無限に湧いてくるわけではないわ。使えるものは使うのが流儀なの。


 今更ではあるけど、彼女の考えは合理的だと思う。

 この世界の貴族としてきちんと学び、将来に備え、身分という線引きはしっかりするけど、理不尽な事はしない。

 ……この頃はだけど。


 ゲームが始まった時にはもうすっかり強大な権力を有していて、かなりやりたい放題だったのよね。 

 当然敵も多かったけど、ヒロインであるあたしが助けないと攻略対象が次々と粛清されていくという、ある意味恐ろしいゲームでもあったわね。


 なんてことを考えていると、まるで図ったかのように来客があった。

 だけどオーキスはすぐさま周囲の警戒をはじめ、護衛の兵士達も慌ただしい。

 当然ね。これは何の連絡もない不意の来客。普通は不意の来客でも、事前に何かしらの伝来が来るものだもの。

 だけどあたしはゲーム中での過去話で、この出来事を事を知っていた。

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