第36話 それは初めて口から出た言葉

 馬車から降りてきた少女が駆け寄って来る。

 病弱な彼女だけど、それを感じさせない笑顔で。

 クラウシェラもまた、それにこたえるように馬車を下りた。


 あれ? なんだか違和感。

 ゲームでも彼女との接触は数回あるけど、常に“身分を弁えろ”という態度を崩さなかった。

 取り巻きがいたから?

 ううん、あんな有象無象に左右される彼女じゃないわ。

 学園に入ると、やっぱり他の貴族の子息子女がいるからかな?

 でもまあ――、


「久しぶりね、アリアン」


「クラウシェラ・ローエス・エルダーブルグ様も、お変わりなく――」


「あ、それ止めて。クラウシェラで良いわ」


「え?」


 へ?


「別にいいじゃない。久々に会ったのだから」


「え、で、でも」


 なんだか逆におびえている。うん、分かるわその感情。

 あたしの知っているクラウシェラは、アリアンと交流を持ちながらも身分の差をはっきりとさせていた。

 王子と婚約関係にある公爵令嬢と騎士候の娘。比べるまでも無いわね。

 その辺りの事はものすごくしっかりと線を引いていただけに、アリアンが驚くのも無理はないか。

 あたしとしてはまあ……あまり違和感がなくなった。

 今のクラウシェラは、間違いなくゲームで出会った頃の彼女とは違うと思うから。

 根は一緒だと思うけどね。


 こうして2人はクラウシェラの馬車に乗り、様々な話をしながらフェルトラン騎士領へと入った。

 最初は緊張していたアリアンも、その頃にはすっかり打ち解けていた。良い傾向ね。


 ちなみに彼女の姉も攻略対象。それに遊撃部隊を率いる第4部隊の騎士も攻略対象よ。

 このゲーム、とにかくネームドは老若男女関わらずほとんどが攻略対象なのよね。

 対象外なのはオーキスと、このアリアンだけかしら。

 でも王様と結婚エンドはあるけど、王妃と結ばれるルートに入った事は無いのよね。まだまだ奥深いわ。

 なんだかちょっと思い出して顔が熱くなるわね。

 もし帰れたら、是非またプレイしたいわね。

 でもその時はきっと……。





 ▼  ▲  ▼





 フェルトラン騎士領にある小さな部屋。

 そこでは今、3人の男性がテーブルを囲んで話し合っていた。

 身なりは全員悪くはない。それどころか、それなりの地位を現わしている。


「本当にやるのか? 相手はあの虐殺公女のクラウシェラだぞ」


「しかも護衛は公爵軍が300騎だ。まともに相手をしたら勝ち目はないぞ」


「たった300騎だ! 本軍の黒曜騎士団ならともかく、どんなに強くとも所詮は鍛えられただけの普通の人間だ。数で奇襲を仕掛ければ負ける要素は無い!」


「しかし宿願を果たしたとして、その後は……」


「まさか生き残ろうとでも考えているのか? カーナンやリリゼットの町へ行った同士がどうなったかを知らないはずは無かろう」


「だからこそだ。クラウシェラ・ローエス・エルダーブルグ。あの女さえいなくなれば、公爵家は養子を取る以外に道はない。当然新たな子を求めようが、元々男子を求めながらも未だ果たされていない。例えそれが仮にであっても、もはやほかに道はない。そして公爵が死ねば……」


「そうだ。それで我らが宿願は果たされる。これまでの全てはそのためだ。何千人者同士が、その為に散っていったのだ」


「機会を待ちながらの長い雌伏であったが……手の内に飛び込んでくるのなら話は別か。この好機を逃してしまえば、もはや同胞に合わせる顔が無いとうものか」


「全てはあの方の計画の為」


「我らが宿願成就の為」


「クラウシェラに死を!」


「そのためにはこの命、惜しむことはない」


「その通りだ。それに護衛に関しても問題はあるまい。ここは我らの砦だ。こちらの顔を立てるためにも、実際に付くのは数人程度だろう」


「よし……決行だ。全ては神の為に」


「神の為に」





 ▼  ▲  ▼





 フェルトラン騎士領はそれほど大きな規模ではない。まあ騎士領ってのは何処もそんな感じね。

 規模から比較するとしたら男爵領だけど、独立採算制の男爵領と違って騎士領は所属する貴族の援助を受けている。

 だから所属する騎士、動員する兵力は同じ規模の領地とは比較にならない。まさに軍事の為の領土ね。


 そんな訳で、フェルトラン騎士領の主都はやっぱり砦といった感じ。

 幾重にも入り組んだ堀。効果的に建てられた塔。入り組んだ地形と、攻撃しやすい場所に配置された曲輪くるわ

 まともな戦いであれば、こういった騎士領を陥落させるのは並大抵の事じゃない。


 だけど公爵軍は、ペルム騎士領を数日で陥落させた。

 まあ裏切り者は出撃していたから、まともな兵は残っていないかったしね。

 そして今は、幽閉されていたケルジオス・ギ・マスチン騎士候の息子が跡を継いでいる。

 当主が戦死した上に領地が裏切ったにもかかわらず、ゲームで存続していたのはその為ね。

 一時は公爵の直轄領になっていたけれど、クラウシェラが存続のために尽力したのよね。


 ちなみにそのクラウシェラは、この難攻不落にして王国の玄関であるこの砦を10日余りで陥落させている。

 改めて考えてみると、結構チートよね。





 砦に入ると、馬車は本砦ではなく郊外にある館へと向かった。

 まあ砦と言ってもここはフェルトラン騎士領の主都。

 ちゃんと町になっていて、郊外には畑などもある。ちょっと特殊な造りである以外、普通の大規模な都市なんだよね。

 まあその都市自体が一つの巨大な砦ではあるんだけど。


 彼女の館はかつてのクラウシェラの館に比べると、かなり質素だ。

 そりゃあたしの家と比べれば豪邸だけどね。そこは比べちゃいけない。


「粗末な館でクラウシェラ様をおもてなしするにはお恥ずかしいのですが」


「砦の一等室とか面倒なだけよ。わたくしは久しぶりに会えた親友と気にせず昔話をできればいいわ」


「私のようなものを……親友……!?」


『あたしも驚いた』


 ――怒るわよ。

 わたくしだって、いつも気を張っていたら疲れちゃうのよ。

 でもまあ、そういう生活をしていたし、ずっとそう生きると思っていたわ。

 これはあなたの影響よ。悪い事になったら、責任を取ってもらうわよ。


『ま、まあ運命共同体だから、ちゃんと付き合うわよ』

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