第41話 襲撃者の末路

 自分の目から流れ出たものが分かる。

 その姿も、動かし方も。

 だけど意思のようなものは感じられない。

 かつての伝承はともかく、これは完全に彼女の一部。手や足と同じ感覚だわ。


 兵士たちは怯んでいる。

 そりゃそうよね。勝ったと思ったら、こんな状況になっているのだから。

 黒い竜はクラウシェラだけでなく、そばにいたアリアンも包んでいる。

 でも炭にはなっていない。今なら分かるけど、これは対象を選べる。

 クラウシェラも器用に使っていたけど、ここまで明確に対象を分ける事は出来なかった。

 何はともあれ、これじゃあ彼らは近づけないわよね。


 でもどうする?

 どうせなら、このまま逃げてくれないかな。

 ゲームならともかく、目の前にいる人たちは間違いなく人間。

 そりゃこんな事をした以上、ただで済むわけがない。

 公爵家への体裁も考えれば、一族郎党、全員首が飛ぶわ。

 でもそれをあたしがやるのでは全然意味合いが違うのよ。


「怯むな! 弩弓隊、一斉に放て!」


 マズい!

 竜の前面を動かして熱を持たせる。

 熱いけど、こちらは火傷する程じゃない。でも飛んできた矢は一瞬で燃え、風で吹き飛ばされるように火の粉となって舞い上がった。


「あ、熱!」


 アリアン!?

 ああ、これはダメだわ。

 もっと器用に使える感覚はあったけど、現実は全然ダメ。

 確かに操れてはいるのだけど、それでも前だけのはずなのにアリアンにも熱が行ってしまった。

 もし後ろからも射られたら、間違いなくアリアンが炭になる。


 それは完璧にアウト。

 クラウシェラが死ぬのとあたしが死ぬのは同じ意味だけど、彼女はクラウシェラに託された親友。

 万が一のことがあれば、もうあたしの言葉なんてクラウシェラの心には届かない。

 当然ここまでの関係もご破算。

 そして彼女は、破滅に向けて突き進む。

 あー、もう最悪。


「怯むな! 射続けろ! 槍隊! 後ろからかかれ! アイテムは効いているんだ。実際に奴は動けない。今しかないのだ! 思い出せ! 神の意志を!」


 神の意志? いったい何の事なの? 何度もゲームをしているのに、聞いたことが無い。

 そんな事あるの?

 ううん、今はそれどころじゃない。

 ごめんね、お父さん、お母さん。あたし、人の道を外れちゃう。


 ここは確かにインフィニティ・ロマンティックに酷似した世界。

 だけど、ゲームとは違う。人の息吹が感じられる。ただの設定じゃない、本当の人間としか思えない。

 だけどやる。それしかないの。たとえ土下座して命乞いをしても、絶対に無駄な事が分かるから。

 それしかないの。他の方法なんて思いつかないから。


 竜を広げる。

 包み込んでいた状態から、あたしとアリアンの外側まで。

 広がった竜はそれだけ巨大になり、尾の一撃は背後にいた兵士を軽々と炭にし、その咆哮は前にいた騎士やその周囲の兵を焼き尽くす。

 羽ばたいた翼から鱗粉の様に噴き出された黒い粉もまた体の一部なのだろう。

 渦の様に周囲を広がっていき、逃げようとする兵士、命乞いをする兵士、あまりの恐怖で気を失った兵士。全てを等しく灰にした。


 ああ、あたしがやったんだ。

 こんな事を……いや、違う。今までクラウシェラにやらせていたのよ。

 彼女自身を守るために。同時にあたしを守るために。

 だからこれは、立場が変わっただけ。

 彼女にやらせていた事を、あたしがやっただけよ。

 そう、運命共同体なのだから。


「クラウシェラ様! もう!」


「あ、そうだった。どう考えてもやり過ぎちゃったわよね。何人か残すとか言っていたのに。どうしよ?」


「クラウシェラ様?」


「あ、えっと、コホン。何でもありませんわ。久しぶりでしたので、少々加減を間違えましたわ」


「そ、そうですか……」


 うーん、これは違う。彼女に対しては、もっと柔らかくフランクに。でも公爵令嬢としての威厳を……だめ、難しすぎる。

 とにかく起こさなきゃ。


 正面で命令していた男の元へ行く。もう炭だけど。

 あたしの記憶が正しければ、持っているのは王家の秘宝。

 かつて公爵家が調伏した邪竜がいた。

 その力を抑えるために使われたという伝説のワンド。それは公爵家が忠誠の証として王家に献上したのよね。

 だけど長い間安置されていたから何の力も無かった。

 それを聖女の力で復活させる事が、攻略の重要な鍵になる。

 でも……。


 そういえば捕らえるとか言っていたっけ。もう遅いけど。

 というかアレね。ここまで落ち着いている自分が意外。絶対に後悔してガタガタ震えていると思っていた。

 けど、程よい緊張感がまだ体を包んでいる。

 まだ敵がいるかもしれないという考え。

 アリアンを守るという使命感。

 何より自分自身とも言えるクラウシェラを守り通すつという生きる意志。

 そういった事が、今の自分を冷静にしているんだわ。


 けど……男はワンドなんか持ってはいなかった。

 それはそうよね。まだ王家に安置されているし、長い時を経て力も失われていた。

 アレは婚約を破棄されたクラウシェラが暴走し始めた事に恐怖した王様が、聖女エナ・ブローシャに託した事で力を取り戻す。

 それが逆に更に火をつけるわけだけど。


 それはさておき、なら方法は……これかしら?

 クラウシェラが力を失った時、確かに何かした。

 その時はよく分からなかったけど、その後で“それ、本当に効いたんですかい?”と言われた時に、確かに左手の手首を見ていた。

 そこにあるのは焼けて歪み、炭の肌に張り付いた腕輪の残骸。

 これが何なのかは分からないけど、少なくともクラウシェラには効いた。


 邪竜を封じるアイテム?

 それは間違いないかもしれないけど、どうしてあたしの竜は封じられなかったのかしら?

 そんな事を考えていると、地響きのような音と振動が砦全体に響く。


「アリアン、この状態で一番安全な所はどこ?」


 しかし無言で首を横に振る。

 まあ砦なんだし、そりゃそうよねー。

 ホイホイ抜け道とかがあったら何の役にもたたないわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る